文章で稼ぐ贅沢

作詞からプログラミングまで、文字を並べて生きる物書きのひとりごと @ 逗子

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2018

新春のおよろこびを申し上げます

昨年中はあまり更新が捗らなかったにも関わらず、ご訪問いただきましてたいへん感謝しております。
新しい年の幕開けとともに、私も心の新学期をスタートしたいと思います。
凍える寒さはあと少し我慢すれば、すぐに立春。
時機到来と梅の花が開くように、皆様の夢が美しく開花することをお祈り申し上げます。

  平成30年 元旦
  「文章で稼ぐ贅沢」管理人
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NHK紅白歌合戦を見ながら万感の想いがこみ上げ、長渕剛の「ひとつ」とユーミンの「春よ、来い」で号泣しました。そして2012年。明けましておめでとうございます
旧年中は私のブログを訪ねて下さると共に数々のお心遣いをいただき、ありがとうございました。本年もこれまで同様、変わらぬお付き合いのほど宜しくお願い申し上げます。

日本にとって歴史上忘れることのできない厳しい一年が終わりました。一国民として新年を迎えるにあたり、涙は流しても決して負けない芯の強い心を持ちたいと思っております。そのためにも見て見ぬふりをしていた心の内と対話して、これからの人生をどこへ進むのか、光を見つけなくてはなりません。

織田信長は桶狭間の戦いに向かう前、「人間五十年 下天のうちを比ぶれば 夢幻のごとくなり ひとたび生を得て 滅せぬもののあるべきか」 と、『敦盛』の一節を謡って舞いました。
定命が五百歳である天界に比べれば、下天(人間界)ではわずか五十歳の命。この世に生をうけて滅びぬものなど何もないのだ、思うがままに生きればよいと謡ったのでしょう。

「己を信じて、思うままを話し、思うまま生きればよい。」
誰のものでもない自分の人生。代わりに死んでくれる人なんていないのだから、他人の顔色を伺って自分を偽る悪い癖はやめようと思います。人をいとおしむ思いやりには真の己が存在しても、ごまかしや愛想笑いには虚の己しかいない。素の己を信じて歩けば良かったのに、振り返ればどれだけオロオロと紆余曲折の道を作って歩いてきたのでしょうか。全て自己責任ではありますが、幸いなことに信長の時代より寿命が延びて、まだやり直せる時間があります。

まっさらになった今年。空からは豪雨が降ろうとも、心の中はいつも快晴でいられるよう、「真と芯」を自分の中に置きたい。一日の計は朝にあり、一年の計は元旦にあり。空から見守ってくれる逝った方々に感謝しながら、ここに覚書として私の初心を書かせて頂きました。

「巨大地震が来る」「戦争が起きる」「世界経済が破綻する」等々の不安を煽るネガティブサイトはブックマークから消しませんか。私は2012年で世界が滅ぶなんて全く思っていません。乗り越えてきた今、己を信じているなら愛する場所を守れるはず!
Lady GaGaの"Born This Way”、「私は正しい道を歩いている 私はこう生まれてきた」の通りです。最悪の痛みを経験して、これ以上悪くなることはないのだからポジティブに進みましょう。2012年を表す漢字はきっと復興の「興」になるんじゃないかな。
心たくましい皆様に、きっと今度こそHappiest NewYear!

長くなりました。皆様への感謝をこめて、私の大切な家族である与六と一緒に作った干支のデスクトップカレンダーを今年もアップします。もしお気に召しましたらサイズを選んで画像をクリック、別ウインドウが開いたらダウンロードして壁紙に設定して下さいませ。大空を駆ける逞しい龍のごとく・・とはいきませんが、ずんぐりむっくりのニャンコドラゴンが皆様にあたたかな幸せを運んでくれますように。今は私の足元で小さなイビキをかいて寝ています。

1600×900 1600×900(660kb)

1280×1024 1280×1024(624kb)

1280×768 1280×768(478kb)

1024×768 1024×768(403kb)

800×600 800×600(269kb)

480×600 480×800 携帯待受(71kb)

240×400 240×400 携帯待受(26kb)

240×320 240×320 携帯待受(23kb)
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2007年大晦日の午後7時。
ソファーに座ってニュースを見ていると、頭上に白い羽根が飛んできた。
捉まえようとすれば逃げて、さらに手を伸ばせばフワリと跳ね上がる。
窓は閉まっているし羽根布団もないのに、どこから現れたのか。

「もう大丈夫だね」
羽根が消えた後、1年半ぶりに懐かしい声がした。
私に邪気がとりつくと追い払い、いつも美しい気を保っていられるよう見守ってくれた魂。
あと数時間後に空へ旅立つ時が来たという。

ずっと遠ざかっていた「紅白歌合戦」を久しぶりに見た。
ZARDの坂井泉水、美空ひばり。逝ってしまった人たちが出演しているシーンに涙が出る。
ドリカムの出番には吉田美和の亡くなったご主人が横に居て、阿久悠を偲ぶ最後4曲の熱唱には、あの特徴ある横顔が大きな拍手を送っている。
みんな強いね。そこには魂たちの交流が見えた。

思えば2006年の大晦日は、初めて独りで過ごす方法がわからなかった。
馴染みの店で構ってもらい、友人に電話をかけまくり、酔っ払って眠りについた。

そして2007年の大晦日は、太陽が沈み木枯らしが窓を叩いても、心は温かさに満ち足りている。成長した自分がしっかりとここにいる。

  『旅をした経験のある精神は、
   将来風邪をひかなくなります。』(阿久悠「未完青書」p4より引用)

「ゆく年くる年」の除夜の鐘を聞きながら、空中に握手を求める。
手のひらに感じるぬくもりが指先へと移り、やがて天井から空へと遠ざかる。
ありがとう、今までありがとう、私は「いい女」になったよね?
何度も何度もありがとうを言い、日付は新年に切り替わった。私が私である新年。

  『人を愛したいと思うことは
   一度自分が半分になることです
   0・5を自分に残し 
   0・5を相手にあげ
   1・5の相手を好きになることです。』(阿久悠「未完青書」p141より引用)

2008年元旦の誓い。
私の0.5をこれから共に歩む誰かにあげよう。
それは今まで出逢った人たちから貰った愛が、ぎっしりと凝縮された0.5である。

2008年初日の出
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