文章で稼ぐ贅沢

作詞からプログラミングまで、文字を並べて生きる物書きのひとりごと @ 逗子

タグ:感謝

駅前のロータリー。路線バスから降りて、JRの改札まで歩く途中、いつもビラ配りをする若い女性が待ち受けている。

彼女の口から聞こえてくるのは、鼻にかかった甘ったるい声の「ンまア〜〜〜す♪」。
本人は「お願いします」と言ってるつもりだろうが、通る人たちは「また、こいつか」とばかりに顔を伏せて行き過ぎ、誰も手を伸ばそうとしない。

ティッシュならまだしも、何の宣伝だか言わなくちゃ、受け取る人はいないだろう。ルックスと時間帯からすれば、美容院のビラ蒔きを命ぜられたスタッフだと思うけれど、受け取って特典があるのか、店の名前すら分からない。万が一その店に入ったとして、あの「ンまア〜〜〜す♪」が耳元で響くのは、拷問に近い気がする。

かくしてバスを降りたあと、声をかける暇がないように、改札口までダッシュするのが習慣になってしまった。見るに忍びなかったのである。

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そんなことが一年続いて、ぱったりと彼女の姿を見なくなった。他の仕事に変わったのか、店がなくなったのか、それはそれで心配になる。快くビラをもらって功績にしてあげればよかったと、自分の器の小ささに後悔しているのである。

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もし彼女が「お願いします」じゃなくて、「ありがとうございます」と言ってビラを差し出したらどうだったろう。声を掛けられた側は「えっ?」と戸惑っても、受け取ってもらえる確率は高かったはずだ。

一世を風靡した「引き寄せの法則」は、あながち嘘ではなかったと思う。人の心は波動でできていて、自分の思いを受け取って欲しいと真剣に強く願えば、相手もそれを感知する。頼まずとも向こうから寄ってきてくれることだってある。恋なんて、そうんなふうにして生まれることが多い。

「ありがとう」は、生きとし生けるものの中で最も美しいことば。
報酬をもらう前に感謝をする「ありがとう」は言霊だ。
伝える側も受け取る側も顔に笑みが生まれて、お互いが素敵な気分になる。

いつか何処かで彼女に再会することがあったら、あのときはありがとうと言うつもりだ。いや、ひょっとしたら明日、駅前のロータリーに舞い戻っているかもしれないな。会えてありがとう。元気でいてくれてありがとう。今日は何度も口にしながら、未来を引き寄せている。
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そろそろ電気を点けたくなる時間。ブルーグレーの空に満月が昇ってきた。

エクストラ・スーパームーン

3月20日の午前4時9分、今夜の月は地球に最も近いところを通過する。しかも1992年以来の最短距離になるそうで、エクストラ・スーパームーンと呼ばれている。地球上の磁界に影響が及び、次はアメリカ西海岸に大地震が起きると予測する地質学者もいるようだが、ネガティブな未来は飽き飽きした。今だからこそ美しい月はタイムリーな贈り物。同じ月を同じ時間に見ている人たちと、希望を共有したいと思った。

願い事を叶えるスーパームーンのパワーは次の新月まで続くらしい。何を願おうかと考えているところに、いつも私を心配してくれる友人からの電話が鳴った。
「ちょっとでいいから飲みに出ておいでよ。みんな待ってるよ」

久しぶりに訪ねた馴染みの店は、見慣れた顔たちが「よおっ!」とこっちを振り向く。「逗子は大丈夫だよ」と乾杯のグラスを掲げる。私に電話をくれた友人は、外見は泣く子も黙りそうな強面なのだが、照れくさそうに初めての秘密を教えてくれた。

彼は朝6時に起きたら、まずは神社に行って拝むのを習慣にしているという。
「今日もここに来られて、ありがとうございます。美味しいご飯を食べられて、ありがとうございます。友人たちが元気でいてくれて、ありがとうございます」と、思いつく限りの感謝をするのだそうだ。
「神様には願い事をするんじゃなく、感謝をするんだよ」
亡くなったお母さんの教えを守り、彼は毎朝欠かさず神社に通って感謝を続けている。

時計の針が明日に近づいた。談笑を終えて店を出ると、さっきまでの生ぬるい空気は去り、頭上には涼やかなスーパームーンが私を照らしている。なんて大らかで優しいんだろう。

家に戻ってニュースを見ると、原発に放水を行った東京消防庁ハイパーレスキュー隊の会見の様子が流れていた。声を詰まらせながら答える総隊長3人の目には、堪えきれない涙。命をかけて任務を遂行した隊員たちへ、生還を信じて送り出してくれた家族への「ありがとう」だ。

辛いことは山ほどあり、これからも山ほどあるだろうけど、少しずつ好転していく。その陰には誰かの犠牲と涙がある。月が地球にいちばん近づく午前4時9分が来たら、願いの代わりに感謝の「ありがとうございます」。もう他の言葉は要らない。

エクストラ・スーパームーン
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父が入居している介護施設に、年間ケアプランの説明を聞きに行った。同じ文章を去年もブログに書いたなと思いながら、一年があっという間に過ぎていくことに驚く。

小坪の「魚佐次」で中トロのサクを買い、食べやすい大きさにカット。
「旨いマグロの刺身が食べたいなあ」と言う父が楽しみに待っているお土産だ。3時のおやつに間に合うかな。

面談表を広げてのミーティングが終わると、「おーいおーい」と声が聞こえる。
待ちかねた父が私の名を呼ぶ声である。
テーブルに行こうねと、スタッフにお願いしてベッドから車椅子に移してもらうと、父は何度も「ありがとう」を繰り返す。

身体の向きを変えてもらうと「ありがとう」。
着衣の乱れを直してもらうと「ありがとう」。
筋力が弱り震える手でお刺身を口に運びながら「旨いなあ、ありがとう」。
アルツハイマーの入居者が傍に寄って来れば「こんにちは、ありがとう」。

ケアステーションの中にいるスタッフたちの名前を呼び続けて、「どうなさいまいしたか?」と聞かれたら「○○さん、いつもありがとう」。
経営者時代の癖が残っているのか、わざわざ呼びつけて「ありがとう」には皆で大笑いしてしまう。

仕事をしていた頃、お客様に何千回何万回と頭を下げて言った言葉。
物忘れがどんどん酷くなっていく中で、最後まで記憶に残っている言葉。

脳卒中で倒れてから4年が過ぎたが、今でも父を口汚く罵ったり陥れようとする輩は多い。でもきっとそんな人たちに対しても、父は「ありがとう」と言うだろう。

今さらながら、なんて素敵な言葉なんだろうと目からウロコが落ちた。
私を育ててくれた親に感謝して「ありがとう」を引き継いでいかなくちゃ。
いつも励ましてくれる友人たちに感謝して「ありがとう」を広げていかなくちゃ。

口に出して、こんなに心地よく響く言葉は他にない。
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