文章で稼ぐ贅沢

作詞からプログラミングまで、文字を並べて生きる物書きのひとりごと @ 逗子

タグ:恋愛

早く咲けと花を急き立てるように降る雨を「催花雨」と呼ぶそうだ。一日降り続いた静かな雨のおかげで、ベランダのプランターに水をやらずに済んだ朝、眠い瞼をこすりつつ家を出た。相変わらず書斎ごもりが続いて、昼夜逆転している眼には、久々の空がまぶしい。

image

毎年ながら思うのは、お正月が終われば春のくるのが早いこと。一年の計が手付かずのうちに、すぐ夏が来て秋が来て、子どもの頃の4倍速ぐらいで時間が過ぎていく。

とはいえ終活をするにはまだ早いので、思いきって婚活を考えてみた。第二の人生も悪くない。
「まだ大丈夫かな?」と周りに聞けば、お世辞かどうかは別として、選り好みしなければイケるとの応援。どこに縁が転がってるかもしれないと思うと、お出かけの服選びにも気合いが入るというものだ。

でもねぇ、何だかねぇ。
都内へ向かう横須賀線の中、向かいのシートに座っている男性たちを眺めると、気が滅入る。
大股を開いて携帯で喋っている人。
息をするたびに鼻毛がチロチロ震える人。
ワイシャツのボタンがはち切れそうな脂肪を蓄えた人。
スマホをピコピコ鳴らしながらゲームに興じている人。
加齢臭だらけのステンカラーコートを着た人。

自分のことは三階の神棚に上げておいて、惚れたくなるような男性は見つからない。これを選り好みと言うんだなと苦笑いした。

そんな自分に対して、心の中に棲んでいる昔の私がささやく。
「好きになった人がタイプでしょ?」
「見た目じゃなくて中身でしょ?」

その通り! 過去の恋愛を振り返ると、ルックスに惹かれて付き合った人とはうまくいかず、ことごとく別れているのだ。曇った眼鏡を磨いて、人のハートを見なくちゃ。

幾つになろうが関係なく、新しいことを始めたくなる季節。私にも催花雨が降り注ぐ春である。
    このエントリーをはてなブックマークに追加

今日は暖房が要らないほど暖かい一日だった。Facebookで友人たちの投稿を見ていると、一気に開花した桜の画像が沢山アップされている。冬に強い冷え込みがあったほうが、ソメイヨシノの花芽は早く休眠から目覚めるらしい。

私のなかで近頃むくむくと芽生えてきた心理現象。それはここ数年に渡り全く興味を抱かなかった、誰かに恋をしたいというモチベーションだ。夕食を取りながら見ていたラブコメディ「デート〜恋とはどんなものかしら〜」の最終回で、30歳を越えながら絶対に自分から好きと言えないカップルの不器用さ・もどかしさに、恋が始まるドキドキ感を思い出した。主題歌のサビ、🎵あなたに恋をしてみました〜🎵のフレーズが耳にリフレインして、堅く閉じた蕾に春の陽光が差したような感覚である。

去年に増して2〜3月は家ごもりの仕事に時間を費やし、生きているぬくもりは足元を温めてくれる猫しかいない状況が続いた。明け方ベッドに入ればすっ飛んできて、添い寝してくれる親密度は恋人そのもの。与六がいれば男なんか要らないと豪語していたのが、やっぱり抱き合うのは人間でなくちゃと思ったのは、友人から届くWedding Partyの招待状であったり、いつもloveloveの画像をFacebookに投稿するカップルであったり、大人が恋に弾ける姿を見せつけられたせいかもしれない。

睡眠サイクルが二転三転し、夜明け前に起きた月曜日。早起きの小鳥が鳴く声に誘われて散歩してみた。水色の空の下端には、これから太陽が昇る紅色。まだ点ったままの外灯が、夜から朝にバトンを渡そうとしている。

DSC_2630

「いつまでも可愛い女の子でいなきゃだめだよ。もっと華やぎなさい」。20年来の仲である男友達に説教されたことで、外に出る準備を始めたこの頃。クローゼットに吊るされた服たちがどれも臆病な色に見えて、ビビッドな春色のブラウスを買いに行こうと決めた。失敗をひるまず、先ずは恋の始まりから楽しまなくちゃ。季節が新しく生まれ変わる4月はもう目の前まで来ている。
    このエントリーをはてなブックマークに追加

自ら望んでまた独りになってしまった。過去を振り返って落ち込むのは、幾度経験を重ねても恋愛下手なことに尽きる。友人たちの協力により昨年の暮れあたりから色っぽい話が持ち上がっていたが、密接な関係になることが嫌でブレイク。「いい歳こいて減るもんじゃなし」と周りから叱られつつ、受け入れられずに遠ざかってしまった。

結婚も恋愛も2年サイクルでブレイクしてきた私(結婚は1度(^^;)は、長続きできない女。チョー玉の輿の相手にすら「あなたには2度と会いたくない!」と、恋のちゃぶ台返しをしてしまうアホなのである。勿体なかったなあと後悔すること度々だが、なんで激情したのかを学習して反省してもまた繰り返す。トホホ。

付き合う相手を選ぶ基準は「年齢・容姿・学歴・職業・年収・家族・宗教」などいろいろあり、夢見るシンデレラ・シンドロームだった昔の私にとって、「性格と価値観」は下位基準にあった。若いんだから、性格なんて愛していれば一緒に変えられると思っていたのである。

就職活動もしないまま大卒後すぐ、見た目いちばん・スポーツ万能・おぼっちゃんの基準で選んだ相手と結婚したことが諸々の始まり。新婚旅行の第1日目に「失敗した」と確信しつつ素敵な奥さんを演じ、日常生活が始まってからも心の中に湧き起ってくるイライラや矛盾を相手にぶつけず我慢して、ある日突然爆発した。何が嫌だったか、何が溜まっていたか、説明できる理性すら失っていた。間違ったスタートを仕切り直す寛容さがなかったのだと思う。でもハネムーンベビーとして授かった子どもが幸せでいてくれることがたった一つの感激だ。

それから幾年。故き名言にあるように片目だけ開けていれば長いお付き合いが出来た恋の数々も、黙っていたことを一気に吐き出す「ちゃぶ台返し」で自らぶち壊してきた。嫌なものは嫌だったんだから潔い!と自分を褒めて慰める不甲斐なさ。

やっとやっと今になって言えるのは「年齢・容姿・学歴・職業・年収・家族・宗教」などは「性格・価値観」よりずっと後回しで良いのだ。歳を取り、容姿が変わり、家族がお墓に行き、亭主がリストラにあったりもして、死ぬまで寄り添っていけるのは包み隠しのない「心」でしかないのである。お互い穏やかにニュートラルでいなくちゃね。

逗子に引っ越してきて何度の恋をしただろう。今は私だけを見つめてくれる与六が唯一の同居人だが、この猫を一緒に溺愛してくれる素敵なBETTER HALFが見つかったらいいなあと懲りずに想っている。

与六
    このエントリーをはてなブックマークに追加

私が大好きな花は愛媛で生まれた子供の頃からずっと同じだ。春は菜の花、秋はコスモスで、他の季節の花は思い浮かばない。どちらも道端で自然に咲いている平凡な花だけれど、自分の葬式の時には在り来たりの菊や百合は不要で、菜の花かコスモスでお棺をいっぱいにして欲しいと願っている。

4月まで書斎に缶詰めの原稿書き生活。人前には絶対に出られない「安達が原の鬼婆」(正体は知らないが、祖母がよく言っていた恐怖の存在)の様相となって、髪をボサボサに振り乱し、室内着ともパジャマともつかないジャージを3日ぐらい平気で着続けている。クサイかも?の心配をよそに、いつも足元のホットカーペットを陣取っている与六を見れば、臭いに敏感な猫がまだまだ我慢できる安全圏にいるらしい。夏でなくて良かった・・。

ヒッキーな物書きに心優しいプレゼント。友人から「玄関にバケツを出しておいてね」という連絡に従った今朝、菜の花のブーケがサンタのプレゼントみたいに届いていた。さっそく花瓶に生けて写真を撮ってみたが、ほとんど蕾なので残念ながら華やいだ絵にならない。でもそれで良いんだよね。これからリビングルームでゆっくりと咲いていく花は、あした目覚めた時の開き具合をワクワクさせてくれる。

KIMG0195

恋愛もたぶん一緒。見栄えの良さに惹かれて飛びついたとしても、蕾の頃を全く知らないのはどうしたものか。出会ったときが大輪の花であり過ぎて、散っていく姿は死ぬほど辛いのはどうしたものか。メラメラ燃え上がる恋ではなく、不器用で堅い蕾から、些細な想いが寄り添う自然体同士で始めたい。

道端で風に揺らいでいる平凡な花。足を止めて愛でてくれる人。私が気付かない間に、菜の花の蕾を玄関先に届けてくれた友人(恋人かな)の心遣いに感謝して、リビングに到来した小さな春を何より喜んでいる。

ねえ皆さま、幾つになろうと始まったばかりの恋ってイイネ!だよね。
    このエントリーをはてなブックマークに追加

心にぽっかり穴が開くという表現は一般的に失恋や別離による喪失感を指す。しかしその逆で、好きな人が出来たときにも心に穴が空くことを最近知った。

緑と海が近くにあって、食べ物が美味しくて、そこそこに健康で、足元には可愛い猫がいて、時々は馴染みの店に飲みに出かけて、友人とお喋りを楽しんで・・と満たされた毎日。独りでクリスマスやお正月を過ごしても淋しいと思うことはなかったのに、特定の人と付き合い始めてから変化が訪れた。心の拡張と言おうか、誰かを心に住まわせる占有スペースが新たに生まれたことに気付いたのである。ただし空洞の「ぽっかり」とは違い、その穴には前回会ったときの空の色、何気ない会話や手のぬくもり、一緒に食べた献立、流れていた音楽などがまるで雑貨のように散らばっているのだ。

瀬戸内寂聴の著書『生きることば あなたへ』(光文社)から見つけた短文。
「やっぱり生きているということは、ああ、いい天気だとか、今夜は風が出そうだとか、今年のさんまはおいしいとか、そんなつまらないことを何の警戒心もなくふっと口にして、それを聞いてもらえる相手がいる、ということかもしれません。」

激情をぶつけあう真夏の恋には興味もエネルギーもなくなった今、冬の日だまりみたいに穏やかな恋なら、過去の古傷が溜まった心とは別のスぺースで始められる。そこは二人しか入れない開業したての小さな雑貨屋だけど、ありふれたエピソードをコツコツと集めていく作業は楽しい。

空が曇ってきたと窓の外を見ていたら、「声を聞きたいので今夜電話してもいいですか?」のメール。たぶんそのころは降り出している雨の音も、心にコレクションされていくのだろう。
    このエントリーをはてなブックマークに追加

このページのトップヘ