怖い告白をする。スピリチュアルな分野だ。

いつだったか、FM番組で聞いた大物歌手の実話。あまりに唐突だったので今でも忘れない。
彼女が中学生だった頃、気に入らない友人を懲らしめてやろうと思い、病気になれと念じたそうだ。すると念は現実となり、友人は原因不明の発熱で登校できなくなった。
そんなことを何度か体験し、彼女は自分が持っている危険な才能を二度と使うまいと肝に銘じたという。

そんなこと言っちゃっていいの? でもひょっとしたらと試したことがある。
ささやかな幸せを崩壊しようとする邪悪な女性が許せなくて、いなくなってしまえと念じた。
翌日、ガラス瓶をゴミ捨て場に出そうと階段を降りた彼女は、足を踏み外して転倒。割れた欠片が胸に刺さり、救急車で病院に運ばれた。

命に別状はなかったと聞いて、ホッと胸を撫で下ろした。私のせいじゃないよね? でもごめんなさい。
たとえ偶然としても復讐することの怖さを知った。もし相手が不治の病にでもなれば、取り返しのつかない復讐になる。

そうして今の私はどうか。やっぱり人を憎まず生きることは難しい。
風水師のMaster Kohに相談したら「retributive justice(因果応報)」という答えが返ってきた。
君はその才能を使ってはいけない。自ら手を下さなくても、その手の人間は犯した罪に対して必ず罰を受けるのだと。
新約聖書に出てくる有名なフレーズ、「愛する者よ、自ら復讐するな、ただ神の怒りに任せまつれ。録して『主いい給う。復讐するは我にあり、我これを報いん』」と同様である。

やられたらやりかえす、そんな連鎖反応を繰り返すほど空しいものはない。心がずっと過去に留まっているからだ。その間はどちらも幸せにはなれない。

幸せになるために、憎しみには愛を返そう。
愛を返すことは許すこと。
許すことは、呪縛からから解かれること。
自分の周りにいつまでも檻を築く必要はないと思うのだ。

なんだか難しい話になってしまった。
次回の記事は彩り豊かにしよう。逗子に咲く花たちを沢山撮ってアップしよう。
眼を和ませる小さな花は、優しくて大きな愛をくれる。