文章で稼ぐ贅沢

作詞からプログラミングまで、文字を並べて生きる物書きのひとりごと @ 逗子

タグ:ありがとう

駅前のロータリー。路線バスから降りて、JRの改札まで歩く途中、いつもビラ配りをする若い女性が待ち受けている。

彼女の口から聞こえてくるのは、鼻にかかった甘ったるい声の「ンまア〜〜〜す♪」。
本人は「お願いします」と言ってるつもりだろうが、通る人たちは「また、こいつか」とばかりに顔を伏せて行き過ぎ、誰も手を伸ばそうとしない。

ティッシュならまだしも、何の宣伝だか言わなくちゃ、受け取る人はいないだろう。ルックスと時間帯からすれば、美容院のビラ蒔きを命ぜられたスタッフだと思うけれど、受け取って特典があるのか、店の名前すら分からない。万が一その店に入ったとして、あの「ンまア〜〜〜す♪」が耳元で響くのは、拷問に近い気がする。

かくしてバスを降りたあと、声をかける暇がないように、改札口までダッシュするのが習慣になってしまった。見るに忍びなかったのである。

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そんなことが一年続いて、ぱったりと彼女の姿を見なくなった。他の仕事に変わったのか、店がなくなったのか、それはそれで心配になる。快くビラをもらって功績にしてあげればよかったと、自分の器の小ささに後悔しているのである。

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もし彼女が「お願いします」じゃなくて、「ありがとうございます」と言ってビラを差し出したらどうだったろう。声を掛けられた側は「えっ?」と戸惑っても、受け取ってもらえる確率は高かったはずだ。

一世を風靡した「引き寄せの法則」は、あながち嘘ではなかったと思う。人の心は波動でできていて、自分の思いを受け取って欲しいと真剣に強く願えば、相手もそれを感知する。頼まずとも向こうから寄ってきてくれることだってある。恋なんて、そうんなふうにして生まれることが多い。

「ありがとう」は、生きとし生けるものの中で最も美しいことば。
報酬をもらう前に感謝をする「ありがとう」は言霊だ。
伝える側も受け取る側も顔に笑みが生まれて、お互いが素敵な気分になる。

いつか何処かで彼女に再会することがあったら、あのときはありがとうと言うつもりだ。いや、ひょっとしたら明日、駅前のロータリーに舞い戻っているかもしれないな。会えてありがとう。元気でいてくれてありがとう。今日は何度も口にしながら、未来を引き寄せている。
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お人好しのエピソード。
飲み仲間に「今日30円しか持ってないんだよ」とポケットの小銭を見せられて、その日の勘定を全部持ったことがある。彼は1000万円を超える年収があるのを後に知り、冗談を真に受けた自分が間抜けに思えた。酔っぱらいの戯言はご破算という暗黙のルールがあるなら、KYな私はやはりお酒をやめて正解かもしれない。

しかし真昼間でもお人好しにはアクシデントが降りかかる。締め切りを抱えて焦りまくっていた先日、恵比寿での用事を済ませて駅までダッシュした。湘南新宿ラインの逗子行きまであと2分しかない。自動改札機にスイカをタッチしようとしたら、あれ、幼稚園ぐらいの女の子が前に佇んでいる。「どうしたの?」と声をかけると、「お母さんがいないの・・・」と涙をいっぱいに溜めた顔が振り向いた。もう一度周りを探してごらんと促しても、お母さんらしき姿は見当たらず、とりあえず改札口の端にある事務室に向かった。

ブースの若い駅員さんは、早口でまくしたてる外国人客への応対で忙しい。合間を見て「迷子なんです」と何度か声をかけると、「分かりました。構内放送で流しますので、置いて行ってください」の短い返事。隣で足を震わせている女の子は行先の駅名を教えてくれるが、しゃくりあげて泣いているので言葉が聞き取れない。「大丈夫よ、お母さんが来るまで一緒にいるから」と手をつなぎ、何時間でも待つしかないと心に決めた。締め切りに遅れる言い訳には嘘くさいなと、クライアントへの謝罪方法を考えながら。

5分ほどして遠くから「アンタ、何してんの!」という声が聞こえ、お母さんらしき人が手招きしている。「モタモタしてるからでしょ!」と叱りつけて、後を追いかける女の子と共に走り去ってしまった。そして駅員さんは未だ事務室から出て来ず、次の湘南新宿ラインはあと30分後で、取り残されたのは私だけ?

電車が来たら空いている先頭車両に乗って、逗子まで眠って行こう。シートの端っこを確保して爆睡体制に入ったが、現実は甘くなかった。駅に停まるたび、隣に座ったお婆さんが「ここどこ?戸塚に着いた?」と聞いてくるのである。仕方ないので戸塚まで目を開けてお喋りに相槌を打ち、お婆さんが無事に降りて行ったのを見届けた。

どうしてこうなるのか、自業自得かな。きっと私はポケットに最後の30円しかなくても、誰かに奢ってしまうタイプだろう。でもそれは見栄を張っているんじゃなく、ケチになりたくないからだ。

ケチとは節約家を言うのではなく、思いやりのない人を言うのだと思っている。「ありがとう」「お疲れさま」の言葉を口にするのさえケチる、心の渋ちんだ。どこかのサイトに「ありがとう」の反対語は「あたりまえ」と載っていたが、他人が自分のために動いてくれるのを当たり前と思っているうちは、きっと一番欲しいものが手に入らない。

でもね、子育て中のお母さんなら許す、人生をいっぱい歩んできたお婆さんなら許す。
昼下がりのホームで電車を待っている間、心がほっこりする贈り物を神様がくれた。それは春のように暖かな日差し。もうすぐ線路際にソメイヨシノと菜の花が咲き始めるのを空想して、心の中にパステルカラーの絵を描くのは楽しい。

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小さな贅沢と幸せを目指してお人好しが行く。明日は都内で会議だけれど、どうか帰りの電車で爆睡できますように(*^^)v
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私は携帯電話が鳴るのが恐い。父が入居している介護施設から緊急連絡が来るのが恐い。「高熱が続いたまま下がらないので、救急車を呼んで病院に搬送します」という連絡には何度も肝を冷やした。嚥下性肺炎や腎盂腎炎、心臓にペースメーカーを入れる手術もしたが、7年前に脳出血で高次脳機能障害となった父にはいつ何が起きても不思議ではないのである。

桜吹雪の舞う道を介護施設まで、今日は呼び出しを頂いた主治医との面談に行った。内容は父の睡眠障害についてである。夜眠れなくてナースコールを押し続ける父に入眠剤を処方したが効きめがない。もっと強めの薬剤を処方しても良いかとの相談だった。以前だったら昼間に爆睡していたのに今はずっと起きているので、日々の疲れが溜まると身体に差し障るとの心配である。父に聞こえないようこっそり「痴呆・・」と話してくれた先生に、私は納得して静かに頷いた。

人間好きで女好きで、フロアにいる女性入居者やスタッフの名前を全て記憶していた父は、この1〜2年で誰の名前も口に出せなくなった。呂律の回らない口調で「今すぐ来てよ」と何度もかかってきた電話が途絶えた代わりに、お見舞いに行けば私を実母や継母の名前で呼ぶ。「継母さん来ているの?」と聞けば、来ているはずなのに「来ていない」と言う。現状の致すところは誰彼かまわず握手を求め、相手の一挙一動への返事は必ず「ありがとう」となった。

こんな父を親身になって見守ってくれる主治医はまだ若く、そしてイケメン。なのに神経系の病気で歩行が困難。父のいるフロアーへエレベーターで上がってきて診察室まで歩いていく姿は、小児麻痺だったのかと思う歩き方で、白衣を着ていなければ患者さんに間違えたかもしれない。そんな先生に比べて「仁」の足元にも及ばない私は恥ずかしいばかりだ。

胸に聴診器を当て「息を吸って下さいね」の先生の言葉に、父は「アーッ、ウーッ」と寄声を上げ続け、ナースさんが「そこまで息しなくて大丈夫ですよ〜」と失笑する。可愛いね。空気が和やかになって先生の目にも笑みがこぼれた。父の具合が悪い時には休みの日にも様子を見に来てくれる方なのだ。

一世一代で企業を立ち上げてCEOとなった父がどんどん幼児のようになっていく。食べることだけが楽しみで、今はどんなペースト食にさえ文句を言わず、ドロドロの液体をスプーンで黙々と口に運ぶ。最後の一すくいどころか、ビニールエプロンに落ちたのも口に運ぶ。今日のランチメニューは「照り焼き丼」だったけれど、かろうじて米粒が見えるお粥の横にあるのはベージュ色のムース。温野菜のサラダも緑と白の絵具みたいなムースだった。

ひたすら食べるだけの父に「美味しい?」と聴けば「ありがとう」の返事。デザートに持っていった特大プリンを平らげた後はウツラウツラと船を漕ぎ出す。眠くなってくれたことが嬉しくて、でもスタッフの皆さんには夜に迷惑をかけることが申し訳なくて、逃げ帰るしか無かった自分が情けない。

昼下がりを過ぎても、隣の診察室では先生がまだ入居者たちの健康診断を続けている。とても痩せていた風貌からしてお昼ご飯を食べる暇もないことを想像しつつ、私には感謝することしかできない。声が聞こえてくる閉まったドアに「ありがとう」を言って、そして父の何度も何度もの「ありがとう」に送られて下りのエレベーターに乗った。
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そろそろ電気を点けたくなる時間。ブルーグレーの空に満月が昇ってきた。

エクストラ・スーパームーン

3月20日の午前4時9分、今夜の月は地球に最も近いところを通過する。しかも1992年以来の最短距離になるそうで、エクストラ・スーパームーンと呼ばれている。地球上の磁界に影響が及び、次はアメリカ西海岸に大地震が起きると予測する地質学者もいるようだが、ネガティブな未来は飽き飽きした。今だからこそ美しい月はタイムリーな贈り物。同じ月を同じ時間に見ている人たちと、希望を共有したいと思った。

願い事を叶えるスーパームーンのパワーは次の新月まで続くらしい。何を願おうかと考えているところに、いつも私を心配してくれる友人からの電話が鳴った。
「ちょっとでいいから飲みに出ておいでよ。みんな待ってるよ」

久しぶりに訪ねた馴染みの店は、見慣れた顔たちが「よおっ!」とこっちを振り向く。「逗子は大丈夫だよ」と乾杯のグラスを掲げる。私に電話をくれた友人は、外見は泣く子も黙りそうな強面なのだが、照れくさそうに初めての秘密を教えてくれた。

彼は朝6時に起きたら、まずは神社に行って拝むのを習慣にしているという。
「今日もここに来られて、ありがとうございます。美味しいご飯を食べられて、ありがとうございます。友人たちが元気でいてくれて、ありがとうございます」と、思いつく限りの感謝をするのだそうだ。
「神様には願い事をするんじゃなく、感謝をするんだよ」
亡くなったお母さんの教えを守り、彼は毎朝欠かさず神社に通って感謝を続けている。

時計の針が明日に近づいた。談笑を終えて店を出ると、さっきまでの生ぬるい空気は去り、頭上には涼やかなスーパームーンが私を照らしている。なんて大らかで優しいんだろう。

家に戻ってニュースを見ると、原発に放水を行った東京消防庁ハイパーレスキュー隊の会見の様子が流れていた。声を詰まらせながら答える総隊長3人の目には、堪えきれない涙。命をかけて任務を遂行した隊員たちへ、生還を信じて送り出してくれた家族への「ありがとう」だ。

辛いことは山ほどあり、これからも山ほどあるだろうけど、少しずつ好転していく。その陰には誰かの犠牲と涙がある。月が地球にいちばん近づく午前4時9分が来たら、願いの代わりに感謝の「ありがとうございます」。もう他の言葉は要らない。

エクストラ・スーパームーン
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