文章で稼ぐ贅沢

作詞からプログラミングまで、文字を並べて生きる物書きのひとりごと @ 逗子

カテゴリ: 地震・災害・事故

ランの代表格、シンビジウムが肉厚の花を咲かせている。ベランダに放置したまま時々の水やりだけで、夏の炎天下と冬の風雪に耐える強さだ。しかし今回は花芽が1本しか出ず、あの時みたいに天変地異の予兆かと気になっていた。

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どんなに手入れをしても、全く花芽が出なかったは5年前。3月11日に東日本大震災が発生して、根元でメジロが死んでいるのを発見した。鉢に飛び込んだのは地震の前か後か、それからすぐに福島第一原発のメルトダウンが起こった経過はブログに記してある。植物と動物は何かを感じていたんだろう。

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その年の暮れからまたシンビジウムは花芽を付け始め、春になるたび見事な花を咲かせた。スマホの緊急地震速報が鳴り響くような揺れは減っていき、警戒していた心が緩んでいく。喉元過ぎれば熱さを忘れる。空を見張って地震雲をアップすることも、いつしか止めてしまった。

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放っておいても花は毎年元気に咲くはず。しかし今年はなぜ1本だけなのか、首を傾げていたところに熊本地震が発生。4月15日の震度7から揺れは収まらず、震源は九州の中央部を中央構造線に沿って移動している。川内原発を停止しない政府にはネット上で批判が相次ぎ、ニュースの震度マップには鹿児島県が表示されないことへの疑問視まで出ているほどである。

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原子力防災担当相を兼務している丸川環境相は「原子力規制委員会において停止させる必要はないと判断されている」と報告。「今回の地震で川内原発において観測された地震動は最大で12.6ガルとなっている。これに対し、原子炉運転中に自動停止させる設定値は80〜260ガルに設定されている。さらに同発電所は新規制基準への適合性審査で620ガルの地震動を受けたとしても、安全上重要な機能は確保されることを確認している」がその理由だ。

はぐらかしのお手本みたいな報告だけど、分かってないな。国民が求めているのはコンピュータが計算した理論上の安心ではなく、揺れが収まらないことで高まっている心理的ストレスを軽減する篤実さではないのか。

政府は熊本県内の旅館やホテルに5000人分の部屋を用意し、食料品切れの小売店に70万食を届けるように要請した。事後対策として「今そこにある危機」に手を回し、カネの流れを途絶えさせない手段であるが、「明日起きるかもしれない危機」へはどう先回りするんだろう。生き物である人間が本能として持っている予知能力は、負のオーラが纏まると最悪の現実さえ引き起こしかねない。1000年以上の歴史がある阿蘇神社が崩落したことで、得体のしれない恐怖感に苛まれている人は相当数いるはずだ。

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活断層を刺激して、このまま震源が中央構造線上を移動していけば川内原発だけでなく、東には伊方原発がある。16日に起きたマグニチュード7.3が本震だと断定できるのか、もっと大きいのが来るかもしれないと不安とトラウマを抱えて、今夜も車で寝泊まりしている人たちがいる。その予感が当たった上に原発事故が起きた際には、寸断された道路を逃げるのは困難だ。

国会討議で、安心安全の言葉を何度も耳にしてきた。しかし不祥事が報道されるたびに閣僚は交代し、自分自身の安心安全さえ見えていない。植物と動物と国民はもっと感度の高いアンテナを持っているぞ。自民党政権の時に大地震は起きないという神話が崩れてしまった今、国民の心に寄り添った安心安全を与えてほしいと願わずにいられない。

: 追記 2016年4月20日 21:55
生暖かい外気。地震が心配な空です。

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陸前高田の地名を出して東日本大震災を予知したとされる、預言者のサイトを見て不愉快な気持ちになった。これから災害や戦争は激化していくと言い放ち、「天上から私たち人間を見ておられる神々が『人間の心よ清く美しくなれ』とさまざまな災害でそのお心を示されておられる気がいたします。」と書かれていたからだ。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。でも人間のみならず瑞々しい動植物を創造した天主(神様)が、災害を起こしてお心を示すなんてあるのだろうか。彼女が「来る来る」と書くたびに画面をキャプチャーしてきたけれど、懸念の事態は起こらないまま記事は削除されている。

旧約聖書に記されたバベルの塔とノアの箱舟の物語であれば、清い心の持ち主が一切消えてしまった地球で、神がペアの生物だけを残して全世界を洪水で滅ぼしてしまったのは仕方ない。しかし東北を襲った大津波により犠牲となってしまった方々に対して、出版や講演会などで金儲けに走る預言者が、神のお心が示されたと言うのは神と犠牲者を冒涜しているように思う。集まったお金はどこに行っているのか、なんだか韓国のドロドロした歴史ドラマを見ているみたいだ。度々登場する「知らないオジサマたち」が懐を温めているのかな。

私が育った家庭は毎日神棚に榊を捧げ、仏壇にご供物を備え、しかもミッションスクールでカトリック教育を受けさせられた。なのに未だ宗教の本質を見極められない。この宇宙を創造した神や、人の苦しみを救う仏が本当に存在するのか分からない。しかし人間が生まれながらに備わった心には、奢り高ぶりの世俗的仮面を拭い去れば、下地には赤子のように真なるものがあると思っている。それは空から見守ってくれている祖先からのDNAであり、共に生きながらも先に逝ってしまった大切な人からの愛と守護だと思うのだ。

悲しいかな、人間は欲望のために沢山の罪を侵し、中には殺人という極悪さによって死刑になる人もいる。日本には裁判員制度が出来て、より公平な目で人を裁く世の中になったけれど、長い歴史を遡れば法律はコロコロと変わってきたものだ。思想を貫いたために死罪となった吉田松陰は果たして神のご意思によって裁かれたのか、現在放映されているNHKの大河ドラマのヒーローとなっているからには、当時の処罰に疑問を抱く人たちも多いだろう。

何の権威もないちっぽけな私が言うことではないけれど、人が神の衣を着て預言などしてはいけない。預言内容に災害や戦争、経済不況といったネガティブなことばかり書きたてて人を脅してはいけない。心身が弱っているからといって、そこにお金を落とす相談者はもっといけない。

神や仏の御業を口にするのであれば、罪があろうとなかろうと皆が平等だ。次の災害を預言するスピリチュアラーが守ってくれる、だから自分は絶対に生きていられると確信する人はいるのだろうか。本来は幸せを予見するはずであったスピリチュアルブームは、バブルの終焉期を迎えたように感じている。天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず。真心を持って全うに生きていれば、幸せは向こうからやってくるものじゃないのかな。
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「夢」という言葉ですぐ思い浮かべるのは、橋幸夫と吉永小百合が歌った日本のオールディーズ「いつでも夢を」だ。実家にテレビが現れた日、家族が目をほころばせて見ていた画面で知った歌。

「星よりひそかに 雨よりやさしく
 あの娘はいつも歌ってる
 声が聞こえる 寂しい胸に
 涙に濡れた この胸に
 言っているいる お持ちなさいな
 いつでも夢を いつでも夢を
 星よりひそかに 雨よりやさしく
 あの娘はいつも歌ってる」
(作曲:佐伯隆夫 作詞:吉田正)

幼かった私に意味は分からずとも強烈にリフレインした言葉の「夢」が記憶に残った。それからウン十年後、2014年11月28日に東日本大震災復興支援イベントで宮城県の亘理町を訪ね、改めて「夢」について考える環境と歳に向かい合っている。

亘理町

そのイベントは私が所属している奉仕団体で「ドリームプロジェクト」という名称だった。住居の殆どが津波にさらわれ、3年目にしてやっと再建された中学校でJリーグ選手によるサッカー教室とお笑いトリオ「我が家」によるコント。元気になるための授業として金曜日の午後を割り当て、生徒たちは走って笑って夢の授業に参加してくれた。

サッカー教室

しかし体育館で大人たちと生徒たちとの対話が始まったとき、どうしようもなく嫌な思いになった。それは「あなたの夢は何ですか、将来どんな仕事をしたいですか」という質問だ。親の仕事を継ぎたいとか自衛隊に入りたいという生徒たちには大きな拍手が送られたけれど、「何になりたいか分からない、まだ夢がない」と答えた生徒に対しては皆が黙った。お笑いトリオと主催者代表は「一生懸命やって探し続けていれば、いつか見つかるよ」とアドバイスしたけれど、その子に何が起こったかの状況を知りもせず、通り一辺倒な励ましは空しい。

トークショー

津波に襲われて校舎の屋上で助けを待っていた生徒たち。大切な人たちを失い仮設住宅に住み、3学年で88人しかいない生徒たち。見渡す限り更地になった所々には沼が出来て、彼らは魚釣りをして遊んでいるという。なぜこんな更地の真ん中にある学校に通うのか、下校時刻に来る送迎バスに乗って仮設住宅まで帰っていくのは、周りに何もなくなった中学校だとしても愛する地域に再建された校舎で絆をつないでいたいからなのだ。

泣く・怒る・悲しむでなくて笑う。失いすぎた彼らに問う「夢」という言葉が重すぎて、そして参加した主催者たちは高齢なので今さら「夢」でもなく、何のイベントなのだか溜息しか出なかった。夢や希望といった通り一辺倒の言葉しか使えないのは物書きの私には耐えられず、奉仕団体を退会したい旨を伝えた。しかし取り囲まれて説得され、悶々とした状況が続いている。

「夢」って何ですか?
いつからいつまで見られるのですか?
意味の分からない幼児でも、呆けた高齢者でも見られるのですか?
聞かれたら必ず答えなくてはいけないのですか?

被災地へ出向いた記事をこの数年に渡り書いてきたけれど、今回は時系列の話は書けない。そして次はいつ被災地へ行く覚悟ができるのかも分からない。被災者の皆さんの笑顔を戴くことが目的なんだという意見もあるけれど、相手が「いつでも夢」を必要としているのかどうか、私だって訊ねられれば返答のしようがない曖昧な言葉に悩んでしまうのはどうしたものだろうか。
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台風18号が去った。「こちらは防災逗子です。大雨洪水警報ならびに暴風警報は解除されました。」のアナウンスが流れ、高い青空と鳥の鳴き声が戻ってきた。ピーヒョロロと旋回するトンビが、嵐の去った下界の食べ物を探している。風が止み、動かない落ち葉を見張っている与六は、背中に太陽の熱を集めて満足げだ。

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今朝は明け方から雷と猛烈な雨音で目が覚め、防災無線からは「・・・土砂災害・・・小学校へ避難して下さい。」と途切れ途切れの避難勧告が聞こえる。9時前には暴風域に入って、窓ガラスがドーン!としなる音にビクビク。我が家は洪水や崖崩れの危険はないけれど、標高35メートルで雨戸のないマンションは、強化ガラスであっても飛来物が当たれば割れる心配があるのだ。

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しかし今回は10時半を回った途端にピタリと風雨が止んだ。台風の目に入ったのでもなく、どんどん天候は回復。2011年9月に来た台風15号に比べるとあっさりと終った。とは言え鎌倉では若宮大路が浸水したというニュースが流れて、短時間でも被害は大きかったことが伺える。

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そして不思議なのは台風一過と同時に、2週間苦しんだ風邪がスカッと抜けたこと。しつこく残った咳と鼻水が止まり、身体も軽い。風邪とは「体内の毒を一掃するデトックスだ」と聞いたことがあるが、お昼からは久しぶりに食欲も戻ってきた。一週間前のお月見パーティーにはフラフラの体力で参加して、皆に「なんかゲッソリしていない?どうしたの」とご心配をおかけしたのが嘘のようである。

深い眠りから醒めたみたいに、気付けばもうハロウィンのシーズンだ。カレンダーは残り3か月。とりたててビッグニュースもないまま過ぎてしまった9か月を取り戻すべく、今から巻き返しを図らねば。暴風に負けず、どこからともなく香ってくる金木犀にアロマパワーを貰いながら、秋の再スタートを切ることにしよう。
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気仙沼からBRTで到着した大船渡の盛駅。アスファルトのバス専用道を渡って、反対側のホームに電車が着くようになっている。

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次の三陸鉄道・南リアス線の発車時刻まで1時間、急いでランチを取ることになった。激しくなった雨の中を歩くと、三色国旗の立った可愛いイタリアン・レストランを発見。1,300円でバリエーション豊かなオードブルや春キャベツのパスタに舌鼓を打つ。「トラットリア ポルコ・ロッソ」というこの店は地元の農家や漁師から手に入れた食材をふんだんに使い、女性にはハート形のバケットを出すなどの気の利いたサービスをしてくれる。ここでもクリスチャン氏は完食。食事を残すことは罪だと思っているのか、高齢にして食用旺盛なのか、食後のコーヒーまで超特急で飲んで、スタッフの見送りを受けながら慌ただしく駅へと戻った。

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4月に釜石までの全線が開通したばかりの南リアス線。ワクワクしながらホームで待っていると、回送と表示された車両が入ってきて前方車両との連結が行われる。平日の昼間とあって乗客は少なく、一人ワンボックスずつ席を独占して車窓からの風景を眺めることにした。リアスという名が付いていても海が見えるところは僅かで、緑深い山とトンネルが幾つも続いていく。

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楽しみなのは恋し浜駅。小石浜地区で養殖されている「恋し浜ホタテ」にちなんだ駅名に変更され、ホームの待合室にはホタテ貝の絵馬がいっぱい吊下がっている。志村けんやAKB48のメンバー3人が記念乗車した際のホタテも奉納されているらしい。

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約1時間の乗車で釜石駅に到着。偶然その場に居合わせた新聞社の取材を受けていると、私たちに「こんにちは!」と挨拶しながらリュックを背負った小学生一行が電車に乗り込んでいく。三陸鉄道は赤字路線から脱却するために団体貸し切りやお座敷列車などのアイデアを駆使しているそうで、その際には車両の隅に置いてあったカラオケセットやスピーカーも朝ドラの「あまちゃん」みたいに使用されているのだろう。

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ラグビーボールのモニュメントが出迎えてくれた駅前から、川沿いの道を通って養護老人ホーム「五葉寮」へ。ハンドルを握る支援員の方が釜石市の被災状況を話してくれた。大震災で亡くなられた方は1,000名近く、中でも被害が大きかったのはこの地域で、20〜30mの津波に襲われて約600名が犠牲になったのだそうだ。

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海岸から4kmの距離にあって高台に建つ五葉寮では、地震発生後に避難してきた地域住民と共に居室待機。安全な場所にあると思い込み、これまで津波を想定した避難訓練は行っていなかったという。ところが町並みを飲み込むように津波が押し寄せ、施設にも浸水が始まった。職員たちは入居者とデイサービス利用者50人を連れて裏山へ避難させたというが、途中で2名が流されて犠牲になったという。施設の2階まで浸水したため、その晩は地域住民と併せて130人が裏山の100屬曚匹虜邏判蠅如∈造蠅海澹を寄せ合って夜が明けるのを待ったのである。

その後、避難所に分散した入居者たちは県内の養護施設9か所が受け入れを決定。半壊した施設はもっと奥まった場所へ移転が認められ、昨年11月に建物が完成、今年3月末には定員60床が満床となった。津波で地域が壊れてしまい、おじいちゃん・おばあちゃんの見守りをできる家族がいなくなった。独り暮らしで経済的にも行き詰まった高齢者たちは養護老人ホームへの入居を待っている。

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今回私たちは、仕事がら足腰に負担のかかるスタッフ全員に腰用サポーターを寄贈。ヨーロッパで4割のシェアを誇るフランス・チュアンヌ社製の「第2の皮膚」と呼ばれる素材を使用したストレスフリーなサポーターである。若い年代は東京に仕事を求めて流出する東北では、施設は建設されても介護スタッフが圧倒的に少ない。五葉寮は自立できる入居者も多いが、それでもスタッフ1人で15人を看ているのだという。

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贈呈式が終わり、帰途はジャンボタクシーに乗って新花巻駅へ向かう。携帯の電波も立たない山道をくねくねと走ること約2時間、途中で一休みした道の駅「遠野風の丘」で自分へのお土産としてブリキのカッパを買った。

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18時には飲食店がクローズしてしまった新花巻駅で20時の新幹線を待ちながら、お疲れさまでしたと缶ビールで乾杯。次に東北を訪れるときは観光客として、たっぷり時間をかけた旅をしたいな。そのころには気仙沼も釜石も今よりずっと復興しているといいな。もっと地元の人たちと自然体で触れ合えるといいな。皆それぞれの想いを胸に、ちょっと後ろ髪を引かれる復興支援の2日間であった。
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