自己紹介

February 26, 2008

プロフィール画像を替えた理由

プロフィールの画像を現在から過去へ替えた。
下の画像の左側から右側へ、子供の頃に父と収まったツーショットだ。発売1日前に無理やり手に入れたフェアレディZをバックに、ボディカラーと同じ色の服で写っている。

profフェアレディ


レンズを向けたのは、父の浮気に耐え切れず新しい人生に走って行った母。
私は両腕に抱きかかえた仔犬に目を落とし、普段は不仲な両親がニコニコとドライブする休日を持て余している。

この日、日本に1台しか走っていないオープンカーは振り向く人たちに誇らしい。
風に揺れる水色のスカートも白いソックスも、新品の匂いが嬉しい。
でも記憶に全く残っていないのは何故だろう。

スピリチュアル感覚に長けたマイミクさんの日記を読んで分かった。
私はずっと「愛情返し」を求めていたのだ。

一人娘を何処に出しても恥ずかしくないレディにするため、自分たちは困窮しても贅沢を教えたし、英才教育、マナー教育、経営者教育、味覚教育、嫁入り修行まで、いつもいつもお勉強だった。

でも足りないものがひとつ。
わがまま娘には「ねえねえ、聞いて」と、今すぐ話しかける相手がいない。
暮らしの向上のためか借金返済のためか、働き続ける両親はいつも忙しくて家を空け、帰っても疲れきっていた。
時々は母がキッチンに居てくれたら、父も週に2〜3度ぐらいは帰って来てくれたら・・。
2人の話し声が深夜に聞こえるスペシャルナイトには、邪魔するのが申し訳なくて寝たふりをしていた。

愛を試そうとする自分を恥じるのが、私のインナーチャイルド。子供時代から引きずっているトラウマだ。

ポジティブ100%を謳っているくせに、暗いことを書いちゃったかな。
人の顔色、ひいては恋人の顔色を見すぎてしまう私の癖は、愛情返しを求める癖だ。それを分かってと強要はしないけれど、1人で求めて1人で冷めてしまう繰り返しはもう避けたいと願っている。

たぶん私と似たような、ひとりぼっちさんは沢山いるだろう。
でもそれは「ひとりぼっち」でなくて「ひとりよがり」や「ひとり相撲」かもしれないね。

プロフィール写真を替えた理由。
誇らしげな父とシャイな娘にレンズを向けている母、ここに3人が存在しているから今の私がいるのだと、改めて自己紹介にしたいからだ。

この当時の両親の年齢を超えた今、彼らの心の弱さを理解して書ける物書きでありたいと思っている。
2人のぎこちない愛情へ、娘からの「愛情返し」は今からでも遅くない。ありがとう!・・って、照れずにもっと早く言えれば良かったな。

yuris22 at 00:53|PermalinkComments(14)TrackBack(0)clip!

June 11, 2007

作詞家になるには・その2

昨日の記事(6月10日「作詞家になるには・その1」)の続き。

高校生でヤマハと著作権契約を交わし、作編曲も学んだというのに、プロになるまでは相当なブランクがあった。
広尾のS女子大に推薦で入って在学中に婚約。卒業と同時に結婚して数年で離婚。その間は女として生きることに一生懸命で、音楽で食べていく夢はどこかに置き忘れていた。

しかし再独身になって就職するには、自信の持てるものが何もない。
とりあえず何か習いに行こうと見つけたのが、青山にある作詞作曲を教えるスクール。作詞の3年間コースを選んだ。
でも場所と時間に問題が・・(^_^;) 受付に課題作品を出しておくのみで、週1回夜間の授業はいつも六本木のディスコ、お立ち台に皆勤賞だった。

3年目で研究科へ進むに当たっての講師面接。出席率は低いが作品は優秀とされ、山川啓介氏(「太陽がくれた季節」や「時間よ止まれ」の作詞者)のクラスへ入ることになった。
しかも数ヶ月後には、森山良子さんのラジオ番組の構成をやってみないかと、初仕事まで頂いたのだ。

TOKYO FMで流れる音楽ラジオドラマ。
男女が交互に台詞を語りながら間に音楽を挟むという30分番組で、放送局に入るのも初めての私には、初めてのスタジオ、初めてのレコード室、初めての台本読み・・何もかもが震える思いである。
研究科のクラスからは3人が抜擢されてのコンペティションだったが、私の作品が勝ち取ることが多かった。

当時のギャランティーは確か台本1本につき2万円だったような。生まれて初めて文章で稼いだお金は、銀座の伊東屋に行って、薄い黄色の枠が入った原稿用紙を束で買ったのを覚えている。

だんだん放送台本書きに慣れてきた頃、ディレクターから別番組の構成を依頼され、アーティストのプロデューサーからはコンサートの構成を依頼され、そして念願だった作詞も手がけるようになった。作詞に慣れたらミュージカルも書く。

高校生のときは別として、一番最初の作品は何だったか忘れてしまったけれど(たぶん外国曲に日本語の歌詞を付けたかも・・)、録音スタジオで歌手が初めて口ずさむのを聴いた瞬間は、天にも上る喜びだった。

というわけで私の場合は、大した苦労はなくラッキーな出発だったと言える。
しかし運も実力のうち。いつ巡ってくるかもしれないチャンスに対応できる力は、育てて磨いておいて損はない。
たとえ何十年後に遅れてきたチャンスでも、天職は生きている限り続けていくものなのだから。

yuris22 at 11:38|PermalinkComments(6)TrackBack(0)clip!

June 10, 2007

作詞家になるには・その1

プロフィールに載せているように、プログラミングも含めて私はいろんなジャンルの文章を書いている。しかし物書きとしてのスタート地点は作詞からだった。

業界に憧れる方々から「作詞家になるにはどうすればいいですか?」と聞かれる。
曲先(メロディへ詞をはめ込む)等のテクニックは持っていると仮定して、どこで才能を認めてもらえるか。
手っ取り早いのはオリジナル曲のデモテープを作って、音楽プロダクション等のオーディションに応募することだろう。
もちろん作曲・演奏・歌も必要となってくるが、自作自演J-POPSの時代に、作詞だけで売り込むのは難しい。

私の場合は高校生の時、無謀な売り込みをしたのがきっかけだ。
親に買ってもらったフォークギターを練習しているうちに、自分でも作ろうと数曲書き溜めた。それをラジカセでカセットテープに録音して、ヤマハ音楽振興会に送りつけたのである。

拙さ丸出しの楽曲。山と積まれたデモテープに埋もれて消えるはず・・が、意外な返事が来た。
「作曲についてはもっと勉強する必要があるが、詞は才能がある。優秀作品としてヤマハのポプコン歌詞集に載せたいので著作権契約をしたい」という内容だった。
一斉を風靡したヤマハのポピュラーソングコンテストは、中島みゆき、長渕剛、チャゲ&飛鳥など多数の有名アーティストを輩出した新人の登竜門。詞を書くのが苦手な人のため、ヤマハが発行する作詞集に載せてもらったのである。しかも2曲だ。

当時の目標は、目指せポプコン出場。
作曲の勉強も始めるため、新宿にあったヤマハの作編曲教室に通い始めた。
しかし手渡された教則本は、渡辺貞夫の「ジャズ スタディ」。5〜6人いた生徒達は全員アレンジャー志望で、まるで大学生の中に小学生が紛れ込んだ環境だ。「高校生です」と言える雰囲気ではなく大学生と偽って参加したため、当然飲み会にも付き合わされた。

週1回の授業の後、渡される宿題は・・・(絶句)。
ポップスオーケストラの楽曲を聴いて音を拾い、スコアを作って来なさいだって!?
私に出来るわけないでしょ! そもそも作曲を習いに来たのにぃ・・と嘆きながら「♪ザバザバザバザバ♪」と、怪しい和音を五線譜に書き込んだものだ。

本当の大学生になってからは辞めてしまったけれど(と言うより作編曲教室自体が無くなった)、今思えばあの勉強、曲先の作業には大いに役立っている。楽器がなくても全体のトーンは解るし、譜面さえ持ち運べば何処でもいつでも詞をはめ込めるからだ。

そしてついにプロとしてのデビューは・・・。
前置きが長くなりすぎたので次回に持ち越します。♪ザバザバザバザバ♪


yuris22 at 13:56|PermalinkComments(4)TrackBack(0)clip!

May 06, 2007

作詞の再開

物を書く意欲が急速に高まっていく。

1年間逃げ回っていた作詞への依頼を、今日から再開した。
いや、逃げ回っていたという表現は正確ではない。詞を書ける心境ではなかったのだ。

親しい人の死や、父の後を継いだ2代目社長としての試練、襲ってくるネガティブな感情や人間関係などが絡み合って、文章を生み出すことを邪魔していた。

でも吹っ切れた今はもう大丈夫。
作詞家に専念していた当時よりも、新鮮で的確な言葉が堰を切ったように溢れてくる。
コンピュータプログラミングを覚えたことによりスキームと理論立てが身につき、会社を経営して毎日沢山の方々と知り合ったことで、その数だけの人生観を得た。

知らず知らずボキャブラリーの引き出しがこんなに一杯になっていたとは!

キーボードで音を拾いながら、スコアの音符の下に歌詞を書いていく。
業界用語で言うと、「曲先(きょくせん)」のハメコミ作業だ。
歌いながら書いていくので、はっと気付くと声がガラガラになっていたりもする(^_^;)

キーボード譜面

私の歌詞はストーリー性がありすぎると批評されたこともあるが、今では何でもありな時代。ブログに何万パターンの個性があるように、歌詞にも自分しか書けない個性を盛り込もう。

詞が仕上がった後は、コピーライトの仕事にも取り掛かる。
「良い仕事をする基本は、良い文章を書くこと」。これはどんな業種にも当てはまる成功策だ。


yuris22 at 13:41|PermalinkComments(4)TrackBack(0)clip!