医療・介護・高齢者

June 27, 2008

ありがとうは究極の言葉

父が入居している介護施設に、年間ケアプランの説明を聞きに行った。同じ文章を去年もブログに書いたなと思いながら、一年があっという間に過ぎていくことに驚く。

小坪の「魚佐次」で中トロのサクを買い、食べやすい大きさにカット。
「旨いマグロの刺身が食べたいなあ」と言う父が楽しみに待っているお土産だ。3時のおやつに間に合うかな。

面談表を広げてのミーティングが終わると、「おーいおーい」と声が聞こえる。
待ちかねた父が私の名を呼ぶ声である。
テーブルに行こうねと、スタッフにお願いしてベッドから車椅子に移してもらうと、父は何度も「ありがとう」を繰り返す。

身体の向きを変えてもらうと「ありがとう」。
着衣の乱れを直してもらうと「ありがとう」。
筋力が弱り震える手でお刺身を口に運びながら「旨いなあ、ありがとう」。
アルツハイマーの入居者が傍に寄って来れば「こんにちは、ありがとう」。

ケアステーションの中にいるスタッフたちの名前を呼び続けて、「どうなさいまいしたか?」と聞かれたら「○○さん、いつもありがとう」。
経営者時代の癖が残っているのか、わざわざ呼びつけて「ありがとう」には皆で大笑いしてしまう。

仕事をしていた頃、お客様に何千回何万回と頭を下げて言った言葉。
物忘れがどんどん酷くなっていく中で、最後まで記憶に残っている言葉。

脳卒中で倒れてから4年が過ぎたが、今でも父を口汚く罵ったり陥れようとする輩は多い。でもきっとそんな人たちに対しても、父は「ありがとう」と言うだろう。

今さらながら、なんて素敵な言葉なんだろうと目からウロコが落ちた。
私を育ててくれた親に感謝して「ありがとう」を引き継いでいかなくちゃ。
いつも励ましてくれる友人たちに感謝して「ありがとう」を広げていかなくちゃ。

口に出して、こんなに心地よく響く言葉は他にない。

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May 24, 2008

ホームドクターの笑顔

生身の身体を持つ以上、病院選びは生涯のテーマだ。
大病院志向が強い日本人は、ちょっとした風邪でも紹介状なしで総合病院に行きたがるという。その結果、高度な医療を必要とする患者に皺寄せが来たり、医師の労働時間と過労も増すばかり。みんなイライラ、身体はもちろん精神状態にも良くない。

CITIZENが2005年5月、首都圏のビジネスパーソン400人を対象に行った「待ち時間」意識調査では、「総合病院でどのくらい待たされるとイライラしますか?」の問いに対して、なんと半数強が30分と答えているという。

かく言う私も月1回、都内の専門病院に通っているのだが、混んでいる時には2時間待って診察時間はたったの5分。会計や処方箋薬局での待ち時間を入れると3時間コースになる。
この病院では診察時刻が近づいたら携帯電話に知らせてくれるサービスがあるものの、
外出するのが面倒なのか、あきらめ顔で待つ患者たちがほとんどだ。

なるべく待たなくて済む診察。しかも納得がいくコミュニケーションをとれる診察。
内科に関してなら、私には素晴らしいホームドクターがいる。

胃潰瘍になった昨年の夏、友人に紹介された近所の開業医なのだが、不安いっぱいの私にニコニコしながら、「あなたは大丈夫!」と現代医学の進歩を説明をしてくれた。
また来るのは大変だろうと、血液検査の結果は自宅へFAX。電話で詳細を教えてくれる
上に「いや〜な胃カメラを飲む必要があっても、上手なところを知ってるからね」と不安を取り除く。
処方して貰った薬がドンピシャで効いて後日お礼に行った際も、再度血液検査の結果を用語解説つきで教えてくれるという親切さだった。

友人の紹介だからかなと思いきや、診察室から出てくる患者さんたちを見ていると、翳りが取れて柔らかな表情になっている。
ホームページや広告すらなくても、地元の人たちには人気の病院なのがよく判った。

さて話は元に戻り、困ったのは都内の専門病院。来月も待たされると思うと憂鬱になる。
どこか近場を紹介して貰うべく、ホームドクターを訪ねてみようかな。
「僕の知り合いにいい医者がいるよ」と、あの先生なら親身になってくれるはず。
もちろん「飲みすぎ」の検査もお願いして、「大丈夫!」の笑顔を貰ってこよう。


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May 09, 2008

たかがお酒されどお酒

生ビールがおいしい季節になった。身体のことを考えて節度ある飲酒をするとしたら、1日にどれ位だったら許されるのだろう。
瓶ビールなら中瓶1本、日本酒なら1合弱、ウイスキーはダブル60ml、焼酎は1/2合弱、ワインは120ml(小さいグラスに2杯)。さらに週2日は休肝日を取るのが理想だという。

久里浜アルコール症センターの院長から伺った話によると、欧米人の殆どがアルコールに強いのに対して、日本人は3つのタイプに分かれるそうだ。
  • 5割は欧米人同様、アセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH)活性型のタイプ(飲みすぎるとアルコール依存症になりやすい)

  • 4割は飲むと顔が赤くなる、ALDH部分欠損型(飲みすぎると食道癌になりやすい)

  • 1割がアルコールを全く受け付けない下戸

怖いデータが出ている。
飲酒運転の違反歴がある男性ドライバーを調べると、2人に1人はアルコール依存症の疑いがあるという。
特に企業の営業職となると夜は大量に飲んで、昼間は車を運転することが多い。
お酒が切れてくると手が震えてきてハンドルを旨く握れないので、ついコンビニ等で飲酒してしまう。痛ましい事故を起こす前に、勇気を持って病院のドアを叩くことが必要だ。

久里浜アルコール症センターに入院している患者は、常時約170名。
「夜、抜け出す人はいないんですか?」と聞いたところ、少しでもお酒を飲んだ形跡があればすぐに退去してもらうという厳格なルールを設けているそうだ。
入院1か月後の一時帰宅で飲酒してしまった人には、断酒の誓約書を書けば、もう一度だけのチャンスを与えるという。

しかし困っているのは、神奈川県が制定を目指している禁煙条例。
公共施設での喫煙が禁止になれば、当然ながら病院もその範疇に入る。
アルコール依存症患者にはヘビースモーカーが多く、現在は分煙という形で喫煙を許しているのが、法律の規制で全く吸えなくなると、彼らのストレスは如何なものだろう。

ちなみに日本酒に換算して1日平均3合以上飲む人を、多量飲酒者と規定するのだそうだ。
厚生労働省ではこれを2割以上減少させるのを目標としているそうだが、私のブログの常連さん(誰とは言いませんが)には耳の痛い話かもしれない(^_^;)


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April 14, 2008

8年漏れた年金加入記録

社会保険庁から「ねんきんとくべつ便」という緑の封書が、父宛てに届いた。
本人は介護施設で寝たきりで確認できる状態にないため、代わりに私が加入記録をチェックすると、ごっそりと8年分も抜け落ちている。

厚生年金の記録はあるが、個人事業を営んで国民年金を払っていた頃の記録がゼロになっているのだ。古びた確定申告書の綴りを調べると、社会保険料控除の欄に支払保険料の金額がきちんと記入されている。

年金加入記録回答票に必要事項を書き入れて、横須賀社会保険事務所を訪ねた。
「ねんきんとくべつ便」コーナーと記された部屋に入ってびっくり。私の前に22人も待っている。耳の遠い老人も多くて1人につき最低10分はかかるのに、係員の数は5名しかいない。

話を聞いていると、どこからも同じような台詞。
「これは有り得ないですよね。申し訳ありません。でも領収書がないことには・・」
「調査に6ヶ月かかりますが、お知らせは必ず届きます」
早口でまくしたてられ、頭を傾げながら帰っていく老人。あの係員には当たりたくないと思っていたら私の名が呼ばれた。

一通りの説明をすると、持参した確定申告書には目も通さず「調査に6ヶ月・・」が始まった。
どうして6ヶ月もかかるのか尋ねると、年金記録確認第三者委員会に諮って対応を決め、調査が必要と認められれば、その後に申告書なり何らかの証拠を提出してもらうという。
「証拠はここにあるのにコピーもとらず、6ヶ月後にまた持って来いというんですか?」と突っ込めば、「年金記録確認第三者委員会の有識者が決めたことですので・・」と責任転嫁。二言目には「有識者」が登場する。

しかも確定申告書は税務署に提出する書類で、社会保険庁には関係ないと言い放った。
「つまりは横の連携が取れてないってことですね?」
「そうお取りになるのは自由です」

さらにまたカチンと来る一言。父が65歳になった時、どうして国民年金の加入記録を調べなかったのか、何か理由があるんじゃないかと、娘には知るよしもない質問をしてきた。
「父が確定申告書に、虚偽の社会保険料を書き込んだとでも?」
「いえそういうわけじゃ。まずこちらの記録を調べてみないことには・・」
「記録に載っていなかったら?」
「有識者の意見を聞いてみないと・・」
話は堂々巡りだ。

6ヶ月後の通知を待つしかないと諦め、コインパーキングに戻ると料金は2時間分。
我ながら人の良すぎる国民だなと清算機に紙幣を入れる。

改革もへったくれもない社会保険庁。
録音テープ以下の対応しか出来ない係員なら、最初から「有識者」を窓口に座らせたらどうですか?

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February 24, 2008

がんの緩和ケアに願うこと

三寒四温が続き、渇きを癒す雨が降り、待ちかねた桜が咲く。春の訪れにワクワクするこの季節が、私には悲しみのリフレインになり心身が不安定になる。

今日、NHKスペシャルの『最期の願いをかなえたい〜在宅でがんを看(み)取る〜』を見た。
死が刻々と近づいている末期がん患者たちとその家族。
年老いた夫を気遣って自殺したいと思う寝たきりの妻、若くして余命1ヵ月の息子にどう接すればいいのかと悩む両親・・、緩和ケア専門の診療所を立ち上げた医師に密着取材したドキュメンタリーである。

末期がん患者に付き添うことはとても辛い。
2年前亡くなった私の恋人は、死の1週間前まで自ら車を運転して医者の門を叩き続けた。
辛ければ部屋に篭ったきりか、体調が良ければ外に出てしまう家長に、家族は戸惑った。
死に目も立ち会えなかった恋人は、彼の身体が冷たくなってしまったことが未だに理解できない。

まさか自分が?の末期がん患者に「もう諦めなさい」と誰が言えるだろうか。
金銭をむしり取る怪しい療法にも「こんなのインチキだよ」と怒りながら、奇跡を信じてこっそりと訪ねていく。
1ヵ月に200万円出せば助けてやると言った有名医師に対して、死を選びますとベッドを降りながら、涙がポロポロとこぼれる。

そして・・・宝物のような1日1日が過ぎ、ある日いきなり連絡が取れなくなった。

担ぎ込まれた面会謝絶の病室で、強い痛み止めに目をギョロギョロさせている当人は、「彼女を呼んであげるから」と慰める家族に対して、「こんなもの要らない!」と携帯電話を壁に叩き付けたという。
それでも本当は会いたくて会いたくて会いたくて・・・、友人達の計らいで病室に忍び込んだときには、子供のように泣きじゃくっていた。身の丈180cmのマッチョマンには、あと1年は持つと信じていた身体が、恋人に面目なくて情けなかったからだ。

2年前の春、2人で最後に見上げた洗足池の桜。周りは飲めや歌えの大宴会。
「これが最後かなあ」
「違うよ、来年も再来年も一緒に見るのよ」
あと2ヶ月後に命が途絶えることを知っていれば、医者に言われることなんか無視して、大好きなお酒を飲みまくっていただろう。
薬を飲むために神経質になっていた時間を、吐きながらでもヨットのティラーを握り潮風と語らっただろう。

やがて近いうち、あなたか私かが(日本人の1/2)が、がんで死んでいく時代になる。
死んでいくことが確実ならば、何がいちばん大切なのか。
病院食さえ喉を通らない身体をベッドに縛り付けることではなく、痛みを失くし、心理面や経済面でも死を迎え入れる準備を整えることではないのだろうか。

本人が亡くなった後だって緩和ケアは必要だと考える。それは「愛」に他ならない。
家族も友人も、映画『象の背中』のように陰の人間にだって、心のケアはとても大事だと思うのだ。死にゆく本人を取り巻く人たちがどれほど理不尽な思いと悲しみを抱え続けていくだろう。

春一番が吹いた。日にち薬は心に優しい。
彼が元気だった頃にカラオケで私に何度もリクエストした歌、中島美嘉の『桜色舞うころ』を、そろそろ歌えるようになるだろうか。


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February 08, 2008

あなたが隣にいてほしいから

4月から後期高齢者医療制度がスタートする。「高齢者にふさわしい医療」と言いながら、まるで75歳以上は国のお荷物だと言わんばかりの制度だ。
在宅死の割合を、現在の2割から2025年までに4割に引き上げるという目標。
救急車で運ばれる老人が病院をたらい回しにされているうちに亡くなった・・なんていうニュースは、そのうち報道すらされなくなるだろう。

逗子に住んで気がついたことは、高齢者数の多さだ。
住宅地の郵便局に行くと、並んでいるのは老人ばかり。虎の子の貯金が少しでも増えてくれないかと、窓口で利息の説明を繰り返し聞いている。
病気になったら誰が看てくれるのか、生活資金は底をつかないか、悪政に対する不安は増すばかりだ。

それでも表情が暗くないのは、「気」のいい土地柄のおかげか。
行きつけの居酒屋では、毎晩のように老夫婦が肩を並べ、その隣では定年退職後のお父さんが世相話をしながら焼酎をおかわりする。
老人パワーが若いお客を巻き込んで、カウンターは笑いが最高のツマミになる。

今では親交はなくなってしまったけれど、とあるシャンソン歌手の老夫婦をモデルにして書いた詞がある。
『凪の風景』という連続ドラマの主題歌に採用されたことが、お世話になった2人への最高のプレゼントになった。

どこに行くにも2人一緒、顔つきまで似てきて、お互いをあだ名で呼び合う。
そんなカップルが安心して暮らせる日本であってほしい。


           これからの風景

窓辺に置いたいつもの椅子で あなたは朝刊を広げている
横顔照らす春の日差しが 重ねた疲れをやわらげていく

きのうはこんな事件(こと)があったと わたしを大声で呼びつけて
今夜の献立何度聞いても 返事のひとつも返さないのに

  愛情(あい)のあかしは言葉じゃなくて カップにのぼるふたつの湯気
  幸せのあかしは形じゃなくて なにげないこんなやさしい朝

子供はやがて巣立っていった 錆びた自転車をあとに残し
空いてる部屋が増え分だけ 思い出話が多くなったわ

初めてふたり旅した渚へ 夏の日もう一度出かけてみた
変わってないのは空の青さと 速足で歩くあなたの癖

  愛情(あい)のあかしは言葉じゃなくて これから先も暮らしていくこと
  幸せのあかしは形じゃなくて ありがとう言える ふたりの日々

人はいつかは星になるけど できることならあなたよりも
     たった一秒長く生きたい さみしい思いをさせないように

愛情(あい)のあかしは言葉じゃなくて これから先も暮らしていくこと
  幸せのあかしは形じゃなくて ありがとう言える ふたりの日々

Copyright by Yuriko Oda


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January 31, 2008

レーザーで泣いた花粉症

暖かくなるとやってくる「ハークッション! ズルズル・・」の季節。ウェザーニュースの「2008年 全国花粉飛散予想」を見ると、首都圏では2/5〜10頃から花粉の飛散が始まりそうだ。しかも過去5年間で2番目に飛散量が多いという。
今年は何の対策も講じていないので、ティッシュの箱を小脇に抱える日々はもうすぐだ。

数年間の1月、風邪をひいて耳鼻科に行った時のこと。
『花粉症レーザー治療に保険が適用されます』のポスターを発見し、ドクターに質問してみた。「これって痛いんですか?」
麻酔をするから大丈夫との返事をもらい、さっそく検査と手術の予約。
もっと詳細な質問をすれば良かったものの、1万円で長年の苦しみから解放される希望しか目の前になかった。

そして手術当日。鼻の中に麻酔のガーゼを突っ込まれ、待合室で待機する。名前を呼ばれ、手術室に通されるのかと思いきや、座らされたのは単なる診察台。
顔に布をかけるでもなく、心の準備をする暇もなく「では始めます」で、鼻の穴に器具を突っ込まれた。

ジュッと肉が焼ける臭い。2〜3発で済むと思っていたら大間違いで、モニターを見ながら満遍なく焼いていく。
「もっと奥まで入れますよ」に身構えると、ギャーッ!! そこは麻酔が効いてないっ!!
目からは涙が溢れ、どうして人間には鼻の穴が2つあるのかと、再度襲ってくるであろう痛みに悶絶する。

30分か1時間か。毛が抜けそうな儀式を終えて、術後の注意事項を聞いた。
当日の入浴・飲酒は控えること。鼻の中が火傷状態になっているので、強く鼻をかまないこと。かさぶたは無理にはがさないこと。

そして最大のショックは最後に訪れた。
「これで花粉症とは一生お別れできるんですよね?」
「いいえ、効果が期待できるのは1〜2年でしょう。気になったらまた手術を受けてください」。
絶句。・・・・・最初に聞いておけば良かった。

それからの1ヶ月は、気取ったレストランで食事だなんて夢の夢。
ちょっとした刺激で鼻血がたらーりの状態が続き、鼻の穴に綿を突っ込んで暮らした。

う〜む、ヤブ医者だったのだろうか。でもどんなに上手な医者だと勧められても二度と御免で、あの恐怖だけは拭い去れない。
文句を言いながら焼き鳥屋のカウンターに垂らした赤い点々。「花粉症 = 鼻血」の記憶はまだ鮮明なままである。

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January 06, 2008

家族で囲む食卓

いつもなら独りで過ごすお正月。今年はリビングルームに家族の灯が戻ってきた。
といっても父は介護施設にいるし、母は数十年前に家を去ってしまったので、本物の一家団欒ではない。

笑い声を運んで来てくれたのは、日々仕事に追われる友人とそのお母様。
私の父と同学年というお母様は、足が不自由でここ十数年は旅行したことがないそうだが、幸い我が家はバリアフリー。しかも森林と海が間近な逗子は、心身を健康にさせる「気」の宝庫である。
暮れにアメ横で買い込んだ食材を役立てるためにも、ぜひにと誘って泊まりに来て頂いた。

1人っ子であり親も離婚・自分も離婚の私には、親戚がほとんど居ない。
誰とでも仲良くなる自信はあっても、ご年配のご婦人と向かい合うのは久しぶりで、お互いに緊張気味。
お茶ひとつ入れるにも薄めがいいのか渋めがいいのか、もしかして私に気を使って自分の好みを我慢してるんじゃないのか、余計な配慮が先回りする。

大皿に残った最後一枚のお刺身。
冷えた身体を温める一番風呂。
ベッドから起き出して物音を立てる時刻。
一つ屋根の下の第一段階は、ぎくしゃくとした譲り合いだ。

食器の在り処を知って、勝手にお茶を飲んでくれた第二段階。
外泊先では絶対に無理だった「お通じ」があったと喜んでくれた第三段階。

「ゆり子さん、梅干ある?」
遠慮なく私の名前を呼んでくれたことが第四段階。記憶の彼方にある懐かしい時間が戻って来た。
あの日の朝の台所では、祖母が納豆をかき回していたっけ。
広げた新聞紙から出た手に、母がお湯飲みを渡していたっけ。
家族の食卓に味噌汁の湯気が立ちのぼる。いつも女たちの笑い声がしていた。

うちに滞在して足の痛みが無くなったと喜ぶお母様。
送る言葉は「さようなら」ではなくて「いってらっしゃい」にしよう。
私の母ではないけれど、もう二度と出来ないと思っていた親孝行が出来た嬉しさ。
東京に向けて遠ざかっていく車に手を振りながら、神様のプレゼントに感謝した。

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January 02, 2008

歳を取るほど泣けなくなる?

週に一度、季節の花束を抱えて近所のアンティークショップに遊びに行く。
おばちゃんと自称する素敵なマダムにコーヒーを入れてもらい、数時間のお喋りを楽しむためだ。

60年代の魔女みたいな服装が似合う彼女は、褒め言葉の魔法を使う。
「あなた最近泣いたことある?」
首を縦に振ればニヤリと笑って、
「それは若い証拠よ。歳をとると滅多なことでは泣けなくなるんだから。」

良かった、私は泣き虫だ。
人前では極力我慢してるけれど、悲しくても悔しくても感動してもポロポロと涙が出る。
金魚みたいに瞼を腫らした翌日は、周りに見破られないかと、コンビニに行くのさえ躊躇するほどだ。

おばちゃんは言う。「泣きたくても泣けない人がいるんだよ。」

彼女の友人は度重なるご主人の裏切りが原因で、ある日涙がピタッと止まってしまった。
長年の親友がこの世を去った時も、能面のような顔でお葬式に出ていたという。

感情の蓋に鍵がかかってしまった人。
父がお世話になっている介護施設でも、そんなおばあさんに出会った。
滅多に家族が訪ねてこない彼女は、何を思うのか私の周りをウロウロする。
「こんにちは、一緒にお茶飲みませんか?」とテーブルに誘うと、『だるまさんが転んだ』みたいにその場に立ち尽くす。
無表情のまま、穴が開くほどずっと私の顔を凝視しているのだ。

声をかける自分が、体裁を繕う偽善者になるのが怖くて目を伏せた。
触ってはいけない涙を見た気がして、胸がしょっぱかった。

アンティークショップは外が薄暗くなって、雑談もお開き。
コートを着る私に、おばちゃんがもうひとつ魔法をくれた。
「だけどね、好きな男の前では何度も泣いちゃダメよ。一度だけにしときなさい。」

う〜ん、どういう意味なの?
答えはまた来週、春間近なスイトピーの花束を抱えて聞きにくるとしよう。

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December 26, 2007

元気と病気の間にいる人たち

『近代医療の飛躍的発達で、かつては死に至った病気が治癒できるようになった。しかし、治ったとはいっても<元気>というわけではない。<元気>と<病気>の間にいる人たちも飛躍的に増えたのだ。その典型が脳出血や脳梗塞といった脳血管障害である。』
(三好春樹著『老人介護 常識の誤り』より引用・抜粋)

私の父は脳出血で半身不随の身となってから、介護付高齢者施設でお世話になっている。
不安や幻覚につきまとわれ、数分おきにナースコールを押しまくるだけでなく、いつ悪化するとも知れぬ肺疾患を抱えているので、自宅で看れるような状況ではないからだ。

いつものように愚痴を聞く面会コーナー。とろみつきコーヒーをスプーンで飲む父。
「ちょっと宜しいですか?」とフロアマネージャーから声がかかり、今年7月に目標を立てたケアプランがどのように進んでいるかの説明を受けた。

最初は一緒に耳を傾けていた父の様子が変わってくる。
「なに言ってるのかわかんないよ」「はやく横にしてよ」と落ち着かない。

フロアマネージャーがテーブルの上で父の手を握った。涙ぐんでいる。
「ごめんなさい。僕の配慮が足りませんでした。聞きたくないですよね、こういう話。」
父はますます落ち着かず、さっき行ったばかりのトイレにまた行きたいと言い出して、他のスタッフに声をかける。

そうなのだ。脳の機能は正常人と比べて2割程度しかなくても、心の機能は衰えていない。喜怒哀楽の「哀」の部分が、元気な頃の何十倍にも膨れ上がっているのだ。
「お前には済まないな」「俺がこんなになっちゃったのが悪いんだな」・・。
周りに迷惑をかけ通しなことに、頭が爆発しそうなほどの重責感を持ち続けているのだ。

車椅子からベッドに移して、テレビのスイッチを入れた。
大相撲の放映はないのだと言っても、自分でリモコンを持ってチャンネルを探す。
「何とかなるから大丈夫よ。心配しないで、自分のことだけ考えていてね。」
「お前も用事があるだろうから、暗くなる前に帰れよ。」
画面に「1」の数字が止まって、今日のニュースが流れる。

外は賑やかなクリスマスの夕暮れ。
階下へ降りるエレベーターを待つあいだ、スタッフたちが笑顔で見送ってくれた。
疲れきっている彼らの心身も<元気>と<病気>の間にいるかもしれないのに・・。

ありがとうは何度言っても、言い足りる言葉ではない。


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