コミュニティ・異業種交流

March 16, 2008

BBQとゴージャスな仲間たち

前日の大雨はどこへやらで土曜日は朝から快晴。さっそく友人にメールを送った。
「私たちの行いの良さを反映したお天気ですね。今日は午後1時を目指して来て下さい」。
逗子・葉山に住む友人たちを集めて、今年初めてのバーベキューパーティーだ。
クリエーター、レストランバーのオーナー、オカマバーのママ、韓国財閥の令嬢、会社社長・・、バラエティに富んだ職業の面々が顔を揃えた。

食材は小坪の魚市場「谷亀」で選んだ魚介類、葉山「旭屋牛肉店」のステーキ、石釜焼ピザ「自遊人処」のオーナーご自慢のチョリソ、バー「海音」のオーナーお手製の燻製など各自の持ち寄り。アルコールも持ち寄りでビール、シャンパン、赤白ワイン、日本酒、焼酎と、お店が開けそうなほどにテーブルに並ぶ。

シャンパンで乾杯

逗子の気温19度。初夏のような日差しが降り注ぐテラスで、団扇片手の焼き係は男性にお任せしよう。
WeberのBBQグリルをセットして炭を起こし、豪快にアワビの残酷焼からスタートした。殻から逃げ出しそうなほどに悶えるアワビを、クリエーターのK氏の歌付きで動画に収める。



ミディアムレアな身を殻から外して熱々をカット。見た目もゴージャスに備前焼の器に盛れば、まだ手を付けるなよ〜!と暗黙の了解。各自デジカメを取り出して撮影大会が始まる。

BBQ_あわびあわび盛り付け


サザエの味付けは贅沢に、「海の精」の『杉樽仕込み・生しぼり醤油』と、日本酒のロマネコンティと言われる「朝日酒造」の『洗心』で。
ステーキはもっと贅沢に、逗子で知る人ぞ知る美女・ケメ子の手を借りてカットする。

BBQ_サザエとアスパラ愛のステーキカットBBQ_ステーキ

BBQ_チョリソ宴会真っ最中どんどん増えるゲスト


BBQは午後4時で終了予定だったのが、あまりに心地よい夕暮れだったので6時まで延長。
ゾロゾロと歩いて「自遊人処」へ移動してピザとワインをたらふく胃袋に入れたあと、「ケメ子」に移動してカラオケ、「海音」に移動して自家製の生ビール&燻製・・と、全員が記憶を失くすまで会は続いた。

それにしてもBBQのスタート時は3人だったのが何時の間にか10人になり、ピザ屋では14人、オカマバーでは15人。ひと声かければこの人数の集まり方が、さすが湘南らしい(っていうか末恐ろしい・・)。

明けて日曜日は携帯で連絡を取り合って全員の無事を確かめたが、聞こえてくるのは揃ってガラガラ声。
二日酔いで死んでます〜と言いながらもちろん、「次はいつ?」の相談に発展したのは言うまでもない。


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January 11, 2008

昭和National時代のツーリング

松下電器産業から「National(ナショナル)」のブランド名が消えるという。グローバル戦略としては致し方ないのだろうが、ますます昭和の良き時代が遠ざかる悲しい気持ちになる。

物心ついたときからテレビも洗濯機も冷蔵庫も、私の周りの家電はナショナル製品だらけだった。ステレオならビクター、車なら日産が日本一だと、父は信頼を置いていた。

愛媛の田舎に居た頃から新し物好きだった父は、東京に出てきて就いた職が日産のセールスマン。お客様の前でまず自分が手本になるんだと、当時の流行車を乗り回していた。

写真はダットサン・ブルーバードの愛好家が集まったドライビングクラブで、休日のたびに景勝地に向けてツーリングしていた。
初代ブルーバードのキャッチコピーは「幸せを運ぶ青い鳥」。1963年には日産の勢力を挙げてサファリラリーに参戦したそうだが、完走には至らなかったらしい。

ダットサン・ブルーバードブルーバード・ドライブ会員


古いアルバムから見つけた写真の下には、母の文字で「伊香保・榛名湖方面」と書かれている。
エンジンは「水冷 直列4気筒」。上りの山道が続いたのだろうか、全員がボンネットを開けて一休み。当然クーラーはなく、首に手ぬぐいを巻いた父が煙草を吸っている。
私も写ってはいるが、まだ幼くて景色は殆ど見えず、瞼に浮かぶ残像は座席のシートのみだ。当時は舗装されていない道が多く、ガタガタ揺れる中でお菓子を食べては、道端にゲーゲーと吐いた苦しい記憶もある。

あれから何十年。充分すぎるくらい大人になった私は、Mini Cooper Sを愛車として、mixiの「ミニミニ大作戦」というコミュニティに入っている。
まだイベントには参加したことはないけれど、昔のブルーバードが列をなして走ったように、ミニ集団が山道をツーリングする光景は可愛いだろうな。

その時には古いアルバムに残った最後の白いページに、ミニが並んだ写真を貼ろう。
National時代のツーリング改め、Panasonic時代のツーリングと添え書きをして。


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December 13, 2007

パーティーの参加上手になる

今年はやたらと忘年会、クリスマスパーティーのお誘いが多い。
以前より仕事の幅が広がったせいもあるのだが、お声をかけてくださることに感謝して、堅苦しい場所以外はなるべく出席するようにしている。

今は神経が図太くなったけれど、昔は1人でパーティーに参加するのが苦痛だった。
受付にいる主催者に「楽しんでってください」と言われても、次の行動が選べない。
1人っ子の鍵っ子で育った私は、既に仲良しの輪が出来ている場所に入っていくのが苦手だったからだ。

小学校5年生の昼休み。
給食を終えたクラスメートたちは、誘い合って校庭に飛び出していく。
優等生で学級委員の私は、担任に仰せつかった授業の準備をして、窓から下を見おろす。
今からドッジボールの仲間に入りたいけれど、「私も入れて」と一声出すことがどうしてもできないのだ。
そこへ様子を見に来た先生。私は引っ込み思案をさとられないように、友達と隠れんぼをしているフリをする。鬼なんかどこにも居ないのに、ひとりっきりの隠れんぼだ。
誰も見つけてくれるわけがない。

「私は1人で浮いてるんじゃないか」は自意識過剰の取り越し苦労。
たとえラブラブカップルの隣だって、「1人なんですけど、ここに座ってもいいですか?」と尋ねて、誰がダメと断るだろう。ともすれば彼氏が気を利かせて、彼女の分と私の分も、お酒を取ってきてくれるかも知れない。

パーティーは「陽気」が集まる場所。
今は努めて賑やかに騒ぎ、場が盛り上がるように振舞う。
昔の私みたいな消極的なゲストがいれば、話題の中心になるように声をかける。招待して下さった主催者へ感謝の意をこめての協力だ。

形ばかりの名刺交換よりも、嬉しいのは「また会ったね」と顔を覚えていて貰えること。
今年は何人友達が増えるか、パーティーの参加上手を目指す年の瀬である。

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November 27, 2007

ミシュランとロスチャイルド

グルメたちの話題をさらっている『ミシュランガイド東京2008』。

タイムリーにも今日の会食ランチは、3つ星を獲得した恵比寿の「ジョエル・ロブション」で頂いた。ただしお部屋は1階の「ラ ターブル ドゥ ジョエル・ロブション」だったので、1つ星だったかもしれないが、楽しみなことには変わりはない。

テーブルには日付入りのメニューが置かれ、まずはパンがサーブされる。
みんなが「美味しい!」と絶賛したスープは、カボチャのクリームスープ。泡立った感触が口の中にふわりととろける。

メインディッシュに選んだ魚料理は、活スズキのポワレ。赤ワインと野菜のクリームが混ざった甘酸っぱいソースは、イタ飯屋さんでは味わえない風味である。
しかし肉料理を選んだ隣の席を見て「しまった」と後悔した。特選和牛のグリエは、程よくローストされた肉の赤身がピンク色。素材の素晴らしさが見て取れるお肉だった。

ランチメニューメインディッシュデザート


思いのほか量の多い、カカオのデザートがサーブされた頃、ゲストのスピーチが始まった。
ヨーロッパの名門貴族ロスチャイルド家から、ソプラノ歌手でもあるバロネス・シャーロット・ドゥ・ロスチャイルドが、ご自宅のスライドを公開しながら巧みに日本語原稿を読み上げる。

美術品のコレクションは言うまでもなく、音楽に造詣の深いロスチャイルド家。
メンデルスゾーン、ワーグナーなどが友人・親戚であったのみならず、「ショパンは我が家のピアノの先生でした」と会場を驚かせる。

バロネスバロネス2


彼女のお爺さんの代から日本庭園作りにも力を注いで、100ヘクタールあるという庭園には汽車が走り、枯山水の庭や池泉の庭、藤棚・石楠花などが咲き誇る花の道など、スライドがチェンジするたびに天国を案内されているような気分だ。
「いつも200人の庭師が働いています」
「この石楠花はシャルロットという私の名前が付いています」
何を聞いてもヘェーッ、ホーッと溜息が漏れる。

「ぜひ遊びにいらしてください」の締めの挨拶に全員がうんうんと頷いて、この上なく贅沢なランチタイムが終了した。
目の保養に走りすぎて、食事が胃に収まった実感がないのが返す返すも残念である。

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March 07, 2007

二代目経営者の会にて

月曜に続いて、昨日も情報収集。
このブログからリンクを貼っている「新世代2世経営者研究会」の例会に出席した。
現在45名いる会員のほとんどが2代目の若手経営者。日ごろはメーリングリストで情報交換や近況報告をしながら、月に1回は集合し、メンバーの誰かの講演を聞いて懇親会を開く。

昨夜の会場は、新橋のスエヒロ。場所を提供して下さったU氏は、天下のビフテキで有名なスエヒロ商事の専務である。
ちなみに1月の新年会は人形町今半で、社長のT氏の半生記を聞いたあと、豪勢なすき焼きに舌鼓を打った。

とにかく喋り好きが集まった会合で、みんな一応自分の席は確保しても腰が落ち着かない。グラスを持ってあっちの会話、こっちの会話に参加しながら目の前にある料理をつつく。経営者交流会というよりは、同窓会の乗りである。

さて昨日の講話は教育同人社の常務、M氏による「教育制度にもの申す〜将来を担う子供達のために〜」。
戦前のお爺さんの代から児童の学習教材を作ってきたという同社は、移り変わる日本の教育制度のオブザーバーでもある。

そのM氏が学校側からの視点で語った。
義務教育はタダではない、児童1人当たりに1,000万円はかかるのだと。
そのほとんどは人件費であり、政府は予算減額のために、公立学校の数を減らそうと目論んでいる。

例えば品川区。ここは公立小学校に入学するにあたって、平成12年から学校選択制を導入している。行きたい小学校を自分で選べるのだ。しかしこれには裏目的があり、学校を競争させることによって人気のない学校を廃校にし、教育予算を減らす。
広島では4・5制導入で、小・中学校を1つにまとめる試みがなされているが、これも裏目的はコストダウンである。

次に狙っているのは、教師の残業代カット。
教師の給料は地方公務員より4%高く設定されているが、元来これは残業代として当てられていた。これを失くそうとしている。
給食費を払わない親元に夜集金に行っても、金八先生のように夜の街をパトロールに行っても、残業代は出ないのにである。しかも給食費に関しては、取れないものは先生が自腹で払っているそうだ。

公立学校で教える先生の立場は弱い。昔なら教師は尊敬の対象であったのが、今では父兄と教師の主従関係が逆転しているそうだ。

その原因、第一には保護者の高学歴化と少子核家族化。学歴の高いお母さんが自分の子供に勉強を教えれば、1人で30人を教える先生よりも効率が上がるのは当たり前だ。

そして第二は、教師の低学歴化。お勉強のできる学生は給料の安い教師を目指すより、今をときめく大企業に就職する。どこにも就職できなくて、仕方ないから教師にでもなるか・・。これでは父兄よりも勉強が出来ない教師の誕生となってしまう。

さらにはマスコミ報道の過熱化。教師がインターネットでエッチ画像を見ようものなら、極悪人として日本全国に報道される。
そこに給食代まで立て替えろ!、予算削減で学校を減らせ!では、いったいどこの誰が教師を目指すだろう。
今ここで公立学校で教えている教師たちは、逃げられない人たちだ。

教師の待遇をアップして質の高い教育をする、公立学校の再生を目指して欲しいと言うのが、森氏の熱い要望であった。
公立学校の再生とは、イコール、地域の再生でもある。
そのためには、まず親を変えなくてはいけない。親を変えるには、「子供を変えること」が先決。

ケンカをしたときには子供本人に謝らせる・・、昔の地域社会では当たり前だったことを教えるのは誰なんだろう?


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February 18, 2007

東京マラソン・ボランティア参加本番

東京に屋根があれば良かったのに・・と思うほどの本降りだった。
私たち水3班は午前9時、35km地点の築地3丁目に集合。点呼のあと名札が配られ、スケジュールと各自の役割分担をレクチャーされる。

グループリーダー中心に輪を組んでいるところに、けたたましいクラクション。
近くのビルに入る○LSOKの警備車が、お前ら邪魔だとばかりに歩道を走って行った。
これがうちの隊員だったら即刻引き摺り下ろして説教するところだけど、今日の私はただの一ボランティア。自我を消して、これからの一日に抜かりがないように聞き耳を立てる。
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やがてボトルを並べるテーブルや備品を積んだトラック。次にクリスタルガイザーを積んだトラックが到着。
素早く歩道に下ろしてテーブルセッティングとペットボトル並べを始めるが、軍手をしていると指がすべってキャップが外せない。
がちがちにかじかんだ手で作業をし、ホッとしたのもつかの間、車椅子のトップランナーが目にも止まらぬスピードで駆け抜けていった。

後続のランナーたちはどこにいるんだろう?すぐにワンセグでチェックを入れていると、えっ、もう銀座?
この褐色のボディは誰?と思ってる間に、本人のジェンガが私たちの前をすっ飛んで行った。

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それに続いてタイムを競うアスリートたちが次々と走りぬけ、当然彼らは私たち給水班なんかに見向きもしない。
いきなり誰かが目前のボトルを奪い取ってくれたときは、舞踏会で王子様に手を取られたような?スペシャルな感激で、「ファイト!」の声も大きくなる。
仮装ランナーも沢山見かけたが、トップは白いニワトリ。あの着ぐるみで、かなり上位を走っていたのには驚いた。

一般ランナーが多勢を占めるころになると、寒さも頂点。薄いウインドブレーカーに冷気が通り、つま先は氷のようになり、雨でぐっしょり塗れた軍手から震えが上がってくる。
それでも疲れて歩いてくるランナーたちを励まし、ボトルを補給し、彼らが捨てるゴミを拾っていると、お昼を食べに行くどころではない。

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ランナーの数がポツポツになったころ通達が走り、3時から撤収作業開始。3時15分に回収の車到着。3時半から一般車両を通すとのこと。
大きなゴミ袋を持って、地べたを走り回る。
最後と思えるランナーが歩いていった後、途中で彼らをピックアップするハトバスがゆっくりと進んでいく。

余ったペットボトルを積みこむ回収車を待っているとき、予期せぬ出来事が起こった。
本当に本当に最終のランナーが、歩道を走って行ったのだ。
それは両足が義足の若いアスリート。
杖を頼りに走る彼と、サポートするボランティアのチームワークに手が痛いほどの拍手を送りながら、じんわりと涙があふれて来た。

すべてが終わると、いつの間にか雨が上がっている。
帰り道につく私たちを、今日初めての日差しがご褒美のように背中を照らしてくれた。


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February 17, 2007

東京マラソン・ボランティア参加前日

週末はいつも逗子だけど、今週末だけは東京残留。
明日は恵比寿ロータリークラブから、東京マラソンにボランティアとして参加するからである。
周りからは「ボランティアよりも走る方が向いてそう」と言われるが、私なんかが走ったら日々トレーニングしてる方々に失礼だ。

ボランティアの公式ウェアとキャップも既に渡された。私は給水班なので、ブルーとグレーのコンビネーションウェアとグレーのキャップである。これだけじゃ寒すぎるので、下にいっぱい着込んでホカロンも持参しないと。

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拘束時間は午前9時から午後4時まで。
35キロメートル給水地点で、ここにアミノバリュー班とクリスタルガイザー班のテーブルが合計10個並ぶ。私たち水3班の場所は東京メトロ新富町出口4のあたりである。

ペットボトルを並べるテーブルをトラックから降ろして、給水所のセッティングからスタート。50cm×180cmのテーブル10台を固めて1つの置き台とする。そこにランナーたちが取りやすいようにボトルを並べ、一般ランナーには状況に応じて励ましながら手渡し。路上に散乱したゴミ拾いをして撤去作業をするまで、ずーっと立ちっぱなしである。

1つの班が受け持つペットボトルの数は3,000本。
1本1本キャップも外すのだから根気のいる仕事だし、ランナーが取りやすいように並べるテクニックもあるらしい。私たちの班には高校生11人も加わるというので、力仕事はお願いできそうだ。

それにしても天気予報は、降水確率80%、最高気温11度。
マラソンだから、雨が降ろうが雪が降ろうが決行するんだろうな。
ランナーたちを声で励ましながら、力の限りベストを尽くそう。

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February 10, 2007

SNSでのサプライズ

会社を継いでからずっと、経営を覚えることに必死だった。
コンピュータに関しては会社のイントラネットの整備や、社員管理システムの構築は行っていたが、インターネットに関しては外の世界で起こっていることに無関心。こんなに流行っているSNSやブログについては、つい先日までそれが何かさえ知らなかったのだから恥ずかしい。

少し時間が出来て、ひょんなことからSNSに入り込み、会員登録をした。
入会してから数ヶ月は放ったらかしだったが、このブログを立ち上げたことから、ついでにSNSも何とかしようとしたのが運のつき。
どうせ誰の目にも触れないだろうとフォトアルバムに自分の顔写真をアップしたら、いきなりメールが続々と届いたのである。

いったいどうして??
「これだけはっきり顔を出す方はそうそういないですね(笑)変なやつも多いのでご注意を!」というメールを貰って気付いた。
なんとそのSNSでは、アップした写真が「みんなの最近フォト」という枠に表示される仕組みになっており、私の顔が思いきり晒されてしまったわけである。
しかもそれで済んだわけでなく、勝手に一人歩きした写真は「見られてるフォトランキング」ベスト5に入り、(・_・;)(-_-;)の状態がしばらく続いた。もう開き直るしかない。

もともと写真を撮られるのは大の苦手。どんな顔をしたらいいかわからない。
メイクをするのも苦手だったが、接待の席でお客様に「化粧をしたらいいのに」と言われたときから、パウダーをはたいてマスカラを塗るぐらいのことはエチケットとして心がけている。

プロにメイクしてもらい、カメラマンに撮って貰った写真はこのブログに載せていた。
レンズの向こうから「もっと笑って」と言われると、ますます顔が硬直してひきつり、まるで手術台にでも上がった気分でやっとのこと撮ったポートレートだ。
こんな写真はきっと、二度と撮ることはないだろうな。苦難の末の記念品である。

追記:
エントリーした後、記事をみたという友人からメールが来た。
「そこまで書いたんなら、すっぴんの顔が見たいんだけど。」
仕方ない。正直に載せるけど責任は負いかねます。

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January 26, 2007

ロータリークラブ

昨年の6月に東京恵比寿ロータリークラブの会員になった。
例会場がウェスティンホテルということで、会社からも自宅からも歩いて行ける距離にある。
とかく男性会員が多いロータリークラブの中で、恵比寿RCは半数が女性という異彩を放つクラブである。

ロータリークラブって何?と言われると、まだまだ日の浅い私としては上手く説明できないが、会社経営者やそれなりの地位、有名人といったメンバーが集って親睦を深め、自己研鑽をし、社会奉仕を行う場と言ったら良いだろうか。

一つのクラブがまるで学校の一クラスのように、各自がSAA、職業分類、出席、会報、親睦活動、広報、会員増強・・・等の○○委員会に属して、学級委員である会長の下でクラブ奉仕を行っていく。ロータリアンたちはこれを学生時代に戻ったが如く実に楽しんで行っているのである。

こうした会に属したいと思うことは昔もあった。
作詞家・構成作家をしていた頃に始まり、その後IT業界で仕事をするようになってから、数多くの異業種交流会に参加した。
どんな人が来るのだろうと期待して行くと、フリーランスやSOHOばかりということが多く、情報交換の場としてはお粗末だったと記憶している。合コンの如く適当に飲んで、趣味の話をして、勘定を割り勘にして、2〜3度集まった後にメールのやり取りも途絶える・・という感じだろうか。

警備会社を継いでから若手のCEOが集う会に入会したが、IT業界の社長ばかりで、私の現業としては畑違い。
がっかりしていたところ、偶然その集いに来ていた運送会社の社長から、2代目経営者の研究会、さらにはロータリークラブを紹介されて、ドキドキのデビューに至った。

約15分間自己紹介をするイニシエーションスピーチでは、仕事の話は殆どせずに、これまでの「放蕩娘」人生を語り、会場の笑いを取ったのが幸いしたのか、皆さんに可愛がって頂いている。

そして今日は初めてのメークアップ(ホームクラブの例会に出席できない時、欠席回数を補うために他のクラブの例会に出席すること)。
ホテルオークラで行われる東京西RCの例会に出席した。
このクラブは男性会員でのみで構成されている名門中の名門で、最も古いメンバーは99歳。開始前に行う健康体操もシャキシャキとこなし、頭脳も肉体も衰えを感じさせない素敵な方であった。


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