文章で稼ぐ贅沢

作詞からプログラミングまで、文字を並べて生きる物書きのひとりごと @ 逗子

カテゴリ: プライベートライフ・生活

立秋の昨日は、テレビが大騒ぎだった。マラソン選手の速度で日本列島を縦断していった台風5号は、ようやく日本海に抜けたらしい。

出されていた警報はすべて解除され、朝方のベランダから見上げる空は、グレーからブルーに移りつつある。

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風雨に晒された植木鉢も引っくり返ることなく、お盆休みの静けさが戻ってきた。

ミーティングで都内に向かうため、逗子駅に来たらホームはガラガラ。雨の代わりにセミの鳴き声のシャワーが降り注いでいる。

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隣のベンチで上り電車を待つお婆さんが、「暑いわね〜」と扇子でパタパタする風を分けてもらいながら、遠い昔に亡くなった祖母を思い出した。

私が小学生低学年のころ、家の裏手にある川が氾濫。避難指示が出たらどうしようと、戦々恐々としていた。

仕事が忙しい両親はきっと帰ってこないし、おっとりと少々間抜けな祖母は頼りにならない。

今は私が家の主なのだという責任感が芽生え、まずは家財道具を守ることにした。
いちばん高価そうなのは、父が大事にしているコンボーネントステレオ。裏に回ってケーブルを外し、アンプを手前のちゃぶ台に乗せかえる。

祖母の手を借りて、ウンウンと持ち上げているときにハッと気づいたのは、今までアンプを置いてあった台よりも、ずっと低くなること。
あまりのバカさ加減に二人で笑い転げ、そのあとは「まあ、何とかなるでしょ」の冷静さが戻ってきた。

幸いにも床上浸水にはならず、台風は遠ざかって、川の水も引いていった。外に出ると、堤防の向こうには夕焼け空が広がり、カナカナとヒグラシが鳴き始めている。

全く大したことはなかったのに、無事だったと思うと涙がこみ上げて、一人じゃなく祖母がいてくれたことに感謝した。

あれから何十年かが過ぎ、家も何度か引っ越して、今は逗子で一人住まい。災害時に不謹慎かもしれないけれど、あのとき一緒にあたふたした家族がいたことが懐かしい。

猫の鳴き声だけでなく、人間の喜怒哀楽が聞こえてくる家もいいな思う秋の入口である。

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西日本では記録的な豪雨で災害が多発している7月。それに対し、南関東では空梅雨かと思うほど雨が降らない。

我が家の周りの花たちは、アガパンサスから夾竹桃へと主役のバトンタッチを始めたけれど、なんだか元気がないのは水が足りていないからだろうか。

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窓を開けるとモンスーンみたいな蒸し暑さ。床でへたっている与六のためにエアコンを入れると、風がいちばん当たる場所に転がって、モフモフのお腹を広げる。ニャンコにとっては厳しい季節。これから9月の半ばまで、電気代が嵩むのは致し方ない。

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この2カ月間は、半生でいちばん働いたと思う猛烈な忙しさだった。毎日2〜3時間の睡眠で、食事も不規則。曜日の感覚すらない状態が続いて、よく身心を壊さずにいたものだが、まだ当分はハードワークが続きそうな状況である。

外に出ないままに、氏神様のお祭りの賑わいが聞こえてくる週末。
PCに保存してある画像をチェックすると、ちょうど10年前の今ごろ、お神輿を追いかけて歩いたときの写真を見つけた。コロコロと肥っていた私が、そこかしこの道を酔っぱらって歩いていたのだと思うと無性に恥ずかしくなる。

お祭り

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旅先で撮った写真も見つけて、撮ってくれた人に語りかけてみた。私は成長しましたか? それとも相変わらずのワガママ女ですか?

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空に旅立ってしまった人からの返事がない代わりに、窓の下を通り過ぎていく山車(だし)から聞こえてくる笛太鼓の音。新盆の関東では、お盆の期間だったのを思い出した。

空梅雨の夏、猛暑の夏、急ぎ足の夏。あと幾つの夏を越すかは分からないけれど、いつかは私にも送り火を焚かれる番がやってくる。10年ひと昔でワープしてしまわないよう、仕事ばかりじゃなく、今のうちに遊びも旅も満喫しなくちゃいけないな。あと一踏ん張り働いて、8月のカレンダーには空きを沢山つくることに決めた。
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今年は春の訪れが早い。1月のはじめに、「パワーグリーンが幸せの前兆をくれること」で写真を載せたシンビジウムが、蕾を弾かせていっせいに咲き始めた。例年より1か月以上早いうえに、大輪の花である。

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三寒四温という四字熟語そのまんまの気候。
昨日は南岸低気圧が通り過ぎた大荒れの空模様で、暴風波浪警報のアラームがスマホに届いたのが嘘のようだ。ポストに手紙を入れに行ったら、身体ごと吹き飛ばされそうになり、自然の驚異に平伏していたところである。

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強風にしなって、激しく揺れていたパームツリーたちは、夜があければ何事もなかったかのように、のほほんと太陽を浴びている。白波が立っていた相模湾は穏やかな水色に戻り、とんびの鳴き声がピーヒョロロと空に響く。

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右向け右とばかりに、みんなが春に向かっていくなか、私は例年通りの書斎ごもり。都内での行事には欠席の返事を出して、昼夜パソコンの前が定位置になっている。

ストレスが溜まって、以前なら「飲みに行きたいな〜」と恨めしい気分でいたのが、今はちょっと変わったかも。昨年の5月に立ち上げたファッションブログのために、原稿書きの合間を縫って、服のコーディネート写真を自撮りするのがストレスの発散となった。おかげで一日一食となってしまったが、好きなことが食欲に勝るのだから仕方がない。毎日1,000を超え、多い日で2,000のアクセスを頂いているのも励みになる。

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金魚のフンみたいに私の後を引っ付いてくる与六が、キャットタワーから興味深げに様子を眺めて、「ニャ?」と声をかけてくる。
仕事しなくていいのかニャ? お腹は空いていないかニャ? 眠くないかニャ?

はいはい、心配してくれてありがとう。心も身体も元気です。
年齢的にはずいぶん出遅れたけれど、子どものころから大好きだったファッションがもう一つの仕事になりつつある今は、人生も三寒四温。幸せな春に向かっていることだけは間違いない。
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立秋とは名ばかりの、うだるような猛暑だ。昨夜は冷房を付けっ放しで寝てしまったので、身体がだるくて節々が痛い。こんな時にはちゃんと汗をかかねばと、意を決して散歩に出たものの、焼けつくような日差しに根をあげた。

日曜日だというのに、人っ子一人いない昼下がり。ジージー、ミーンミーンと降り注ぐような蝉しぐれに反して、子どもの声ひとつ聞こえないのは、揃ってプールにでも行ってるんだろうか。

とりあえず街に出て買い物をしようとバス停に立つと、前の家の洗濯物が目に入った。家族が多いのか、幾つも下がった物干しハンガーの最も手前に、肌色の大きなブラジャーが下がっている。道路側なのに何て大胆な・・・と凝視したけれど、きっとビア樽みたいなお腹をした、陽気なおばあちゃんの下着なのだろうと笑いがこみ上げてきた。

鳥の影が横切ったので空を見上げると、クロスした沢山の電線。ケーブルが全て地中に埋まっている我が家の周りに比べると、昭和の時代にタイムスリップした風景である。

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耳をすませば、どこか他の家からオリンピックの実況中継が聴こえてくる。お父さんが枝豆とビールをお供に、競泳の応援をしているのかな。「金メダル〜!」と絶叫するアナウンサーの熱狂度に、なんだか東京オリンピックがあった昭和39年が懐かしくなり、私も家に引き返すことにした。

「秋立つや 身はならはしの 余所(よそ)の窓」 一茶

小さな家々が軒を連ねた川沿いの道。蚊取り線香の匂い。
ゆっくりと首を振る扇風機を従えて、バレーボール女子の応援をしていた祖父がどこかの窓にいるようで、ちょっと切ない帰り道である。

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ついにスマホからFacebookを削除した。と言っても消したのはアプリで、Facebookを退会したわけではない。見ようと思えばブラウザから可能だけれど、この数週間はアクセスしていないし、興味が失せてしまった。

スマホの動きが重たくなる原因のほとんどは、常駐しているアプリ。Androidの設定から実行中のアプリを確認すると、いつもトップにあってメモリーを喰っているのはFacebookとMessengerだ。しかも鬱陶しいほど更新が頻繁で、重たいシステムをダウンロードするたびに「改悪」していくのに腹が立つ。未完成品の実験モニターにさせられ、ストレスの原因を生むアプリは捨てるのがいちばんである。

この2カ月は仕事が立て込んで、プライベートな時間がなかったのも、Facebook離れのきっかけとなった。知りたいのは他人が何をしているかのタイムラインではなくて、自分自身をアップデートするための最新情報や知識。そのためにFacebookを利用することが多かったけれど、100のうち1つぐらいしか欲しいものは見つからない。目次すらなく、下へ下へと指を滑らす効率の悪さは、暇つぶしアプリと名付けたくなるほどだ。


だから欲しいものは自分から取りに行く。コーヒーブレイクには、日経ビジネスオンラインやJBpress、WISDOMニュースなどで無料の情報を得て、寝る前と電車での移動時間には、Kindleで電子書籍を読む。ワーカホリックになったわけじゃなく、この歳になっても脳細胞が成長していることが楽しくて嬉しい。頭の中だけは20代に戻った気分である。


そして暇つぶしアプリの代表格、『ポケモンGO』も全然やる気にならない。GPSをONにして自分の居場所を晒し、バーチャル空間でゲットしたモンスターの数を競うのは、子どもゲーマーに任せておけば良いと思うからだ。

群れて興じないと仲間外れになるかもしれないが、人は人、私は私と割り切るようになった。ブームに乗っかり消費する側よりは、ブームを作り出して稼ぐ側になりたいと思うこの頃。アルコールを止め、Facebookを止めることで生まれた時間の価値に、なぜもっと早く気付かなかったのかと悔やむことしきりである。

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