文章で稼ぐ贅沢

作詞からプログラミングまで、文字を並べて生きる物書きのひとりごと @ 逗子

カテゴリ: 社会貢献・危機管理・マナー

神経をとがらせて文章を書いているとき、いちばん邪魔になるのが「音」だ。自分が好んで流しているBGMならリラクゼーション効果があるが、固定電話とスマホから容赦なく鳴り出す音は、これまで頭の中で積み立ててきた構想を一気にドミノ倒しする。いらない音 = いらだつ音だ。

電源を落とせば済む問題かもしれない。しかし高齢の父が入居している介護施設からの連絡や、クライアントからの要請には常にスタンバイしておく必要がある。それがメールでくる場合もあるので、音の出ないマナーモードにはできないのだ。

最も腹が立つのは固定電話で、知らない電話番号の100%がセールスだ。出てみれば「お忙しいところを失礼します。私どもは〇〇〇の」で始まって、複合機や通信サービスの売り込みをマニュアル通りに喋り始める。

今日の電話も「お住まいのご町内を回らせて頂いております」と言うので、「どこの町内ですか?」と質問すると「・・・」の沈黙。「えーっと、逗子市です」と答えたのに対し、「電話で回ってるんですか?」と嫌味を言ってしまった。お断りしたあとにナンバーディスプレイを見て、電話番号拒否リストに設定するイタチごっこである。

そうしてかかってくる電話番号をネットで調べれば、迷惑電話の口コミが出てくる出てくる。もちろん社名も晒されているが、可愛そうなのは営業電話をかけてくる社員(もしくはテレアポのバイト)で、迷惑がられ、罵声を浴び、よほど神経が図太くない限りは精神的に参ってしまうだろう。ブラック企業の一面が見て取れる。

固定電話の必要性については常に議論されている。法人の場合は信頼度の獲得、子どもがいる家庭では学校との連絡用、クレジットカードの申し込みにも必要らしいが、電話加入権があった時代の名残ではないかと思ってしまう。

そもそもNTTでは電話交換機の製造を中止していて、2025年までにはアナログからIPへ移行する方針を決定している。利用者側も固定電話離れが進み、半数近くが一般加入電話を持った60歳以上の人でも、携帯電話を使う方が多い。20代で一般加入電話を持っているのは40%しかいない。

もはや固定電話は信頼度を得るツールではなくなった。むしろ振り込め詐欺やブラック企業の手足となるツールなのだから、なぜ政府は早急な対策を施さないのか。アナログからデジタルに切り替えて欲しいのは、お役人たちの頭の中だと思っている。
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50年に一度の記録的な大雨が関東を襲った。「線上降水帯」いう行き場をなくした積乱雲の帯が、神奈川−東京−埼玉−群馬ー栃木の上空に縦のラインを作り、信じられない豪雨が降り続いた。秋雨前線が停滞した日本列島を台風17号、18号が挟み撃ちしたことによって、未曾有の災害を体験させれられたのである。

戦国の世、織田信長が人間の人生なんて短いのだから思い切って進むべしと、「敦盛」の一節である「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。ひとたび生を得て滅せぬもののあるべきか」と舞った話は有名だ。しかし平成の世になって、兵士が束になっても敵わない自然の脅威が威力を増し続けている。

逗子市に土砂災害警戒情報が発令された9月9日、我が家にも災害無線が途切れ途切れに聞こえてきた。無線で流れる声は聞き取れないのでホームページで調べたところ、「市内全域に避難準備情報を発令し、自主避難所を開設した」という内容。高台にある我が家は避難の必要がなくとも、崖下にある家、しかもインターネットが使えない高齢者の家だとすれば、どうやって迫りくる危機を察知するのだろう。

雨雲レーダー

行政の災害無線はいつもと同じ柔らかい声、いつもと同じ感情のない口調。のどかな平日の昼下がりに「オレオレ詐欺に気を付けて下さい」と流れてくるノホホンさと同じである。およそ緊迫感を感じさせない「まったりアナウンス」を、激しい雨音の中で聞き取れという方が難しい。しかもアナウンスは各方向に向けて一回だけ、テレビを見ていたら絶対に聞き逃すだろう。

堤防が決壊した茨城県では、市長がマスコミの取材に対して「決壊する前に避難指示を出した」と答えていた。ところが夜が明けて分かった真実は、市民から情報提供があった地区にしか避難指示を出していなかったこと。そこから聞こえてくる遠い無線に耳をすませながら判断が付かず、逃げ遅れた決壊場所の住民たちの怒りはいかほどのものであろう。

9月10日のテレビ放送は全て、家に取り残された住民たちを救助する自衛隊ヘリのライブ映像。電信柱にしがみついて耐える男性、住居の瓦屋根にペットを抱えて座りこんだ夫婦、電線を避けて近づくヘリコプターから降りてきた隊員が救助する様子がリアルタイムに放映される。

しかしこれを映して良いものか、周囲を飛び交ってカメラを向けているマスコミのヘリコプターにはなぜ抗議が向かないのか不思議だった。万が一、自衛隊員が救助に失敗して水中に転落したら、ロープが間に合わなくて濁流にもまれて溺れてしまったらどうするの?ズームレンズで追い続けて、人間の生死をライブで記録する放送局にモラルがあるのかと、2011年大震災の津波より、もっとスクープを狙うぞとする報道姿勢に嫌悪感を感じた。

決壊地点に災害無線を放送できなかった行政のアナログ。災害が起きそうな場所をITで予知していち早く取材に向かうマスコミのデジタル。どちらも業務怠慢だと思う。行政はIT(デジタル)を学び、マスコミは心(アナログ)を取り戻し、両者が協力し合っていく体制はできないものか。自分の利を守るな!だ。

まもなく始まるマイナンバー制度。混乱をきたすのは火を見るより明らかだけど、マスコミはシステムの不具合をこそこそ収集して非難の爪を研ぐのでなく、「ほら見てごらん」の前に人を助けようとする愛の使者が現れて欲しいものである。
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昨日は残雪の影響で車が出せずに、電車とバスで移動した。混んだ山手線の吊革につかまると目の前にはメイクをする若い女性。口をポカーンと開けてコンパクトを覗き込みながら、真っ黒なマスカラをつけるのに夢中だ。私は品川から恵比寿までの10分間しか見ていないが、上下の睫毛一本一本にたっぷり塗りこんでは玉になったのを指で拭う作業は、延々と続いていたに違いない。

1週間ほど前にも田園都市線でメイクをする女性に遭遇したが、彼女は隣に座ったとたん度派手に足を組み、バッグからブラシを取り出して髪を梳かし始めた。指でつまんで床に捨てた抜け毛はもれなく私のコートに密着。その後もバッグの中をガチャガチャと引っ掻き回しては、ファンデからアイメイク、アイブロウといった変身グッズが次々出てくる様子はまるでマジシャンみたいであった。

こんな話を友人に話していたら、京王線はもっと凄まじいと言う。メイクはもちろんのことカップラーメンをすする客、冷やし中華を食べる客等々の傍若無人ぶりに、ついには「電車の中での飲食はご遠慮ください」という車内アナウンスが流れるようになったとか。たぶん電車が揺れたはずみで服を汚される等して迷惑を受けた客からのクレームが増えたのだろう。

あきらかな公共マナー違反まで至らないグレーゾーンほど、周囲にとってストレスになる。直接本人に注意すれば逆切れされるのも面倒だ。だから寝たふりをしたりスマホの画面に目を落としたり、見てみない振りで遣り過ごすしかない。

「みっともない」という言葉が通用したのは、おじいちゃんおばあちゃんが口を酸っぱくして叱った昭和の時代まで。下品・下衆・下賤の意味を知っている若者たちは今やどれくらいいるのだろう。
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今日の東京は暑かった!
オフィシャルな用事があるので、いつもの私には有り得ないおしゃれ着で出かけたが、こういう時に限って神様は突然のイタズラをするのである。炎天下に立って、下校時の小学生たちの通学安全活動を行うことになった。横断歩道を渡る子供たちのために黄色い旗を差し出して、車を止める役目である。

私たちは某ボランティア団体のタスキをかけた有志たち。「ようし、守るからね!」と張り切っていても、こちらの横断歩道を渡る子は少なくて、マダムみたいな格好をした私は、大人たちのために旗を振り出している感じが照れくさい。

緑のおばさん

それでも遠く小学校の方を見ていると、1年生は黄色い帽子、2年以上は緑の帽子がぴょこぴょことやってくる。「気を付けてね!」と声をかけると、恥ずかしそうに頭を下げてくれる子もいれば、信号待ちのあいだ「今日はプールで泳いだよ」と喋ってくれる子もいる。「お帰りなさい」か「さようなら」か言葉選びに悩みながら、芸能プロダクションの社長が「お疲れさまでした!」と言っているのには笑ってしまった。「おはようございます!」よりはまだ良かったけれどね。

一通りの下校が終わって、カラカラになった喉を潤すためにカフェテラスで一息。みんなが口々に出たのは共通して「可愛いよね」だった。この通学安全活動を始めてから先生たちに感謝されたのは、子どもたちが挨拶をするのを覚えたことだという。

夕方になり次の会合場所であるアークヒルズに向かいながら、踏ん張った足の指にできた豆たちをちょっぴり誇らしく思えた体験であった。
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今日はジリジリと気温が上がって、練馬では真夏日となる30度を記録したという。朝のウォーキングもキャップを目深にかぶり、日陰から日陰へと移動して日焼けを避けているが、紫外線よりもっと危険なものに出会う確率が高くなった。それは日傘という凶器だ。

逗子・鎌倉は道幅の狭いところが多く、当然ながら歩道も狭い。ところが日傘をさして歩く女性の半数は、擦れ違う時のマナーが欠如しているのだ。傘の露先がこちらの顔にコツンと当たっても知らんぷり。他人へ危害を及ぼさないことより、自分の顔が紫外線に当たらないことを優先している。先日も二人並んで日傘をさして歩いてくる若い女性にムカーッ。片方が後ろに下がって避けるでもなく、傘を斜めに傾けるでもなく、お喋りに夢中で周りにはお構いなしだった。

昔の人は生活マナーとして「江戸しぐさ」を大切にした。雨の日には傘を外側へ傾げて、擦れ違う時に相手に水滴をかけないようにする「傘しぐさ」や、道の真ん中を歩かずに、急ぐ人のために7割をあけて歩く「七三の道」など、常に他人への粋な配慮があったものだ。それは学校の道徳の時間には教えてくれないが、親から子へと日々の暮らしの中で教えていく人間関係を円滑にするためのマナーだったと思う。

自転車のルール是正には警察が乗り出したが、歩行者のマナーまでは取り仕切れるはずもなく、個人の気付きや思いやりに委ねるしかない。いくら流行のファッションで着飾ろうと、メイクや美白にお金を注ぎ込もうと、育ちの悪さは隠しきれないものだ。内面は見た目よりも、ふとした仕草に滲みでることを分かっていないと、せっかくの恋のチャンスを失う可能性も大である。
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