文章で稼ぐ贅沢

作詞からプログラミングまで、文字を並べて生きる物書きのひとりごと @ 逗子

カテゴリ: 草花・季節・旅・自然

今年は春の訪れが早い。1月のはじめに、「パワーグリーンが幸せの前兆をくれること」で写真を載せたシンビジウムが、蕾を弾かせていっせいに咲き始めた。例年より1か月以上早いうえに、大輪の花である。

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三寒四温という四字熟語そのまんまの気候。
昨日は南岸低気圧が通り過ぎた大荒れの空模様で、暴風波浪警報のアラームがスマホに届いたのが嘘のようだ。ポストに手紙を入れに行ったら、身体ごと吹き飛ばされそうになり、自然の驚異に平伏していたところである。

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強風にしなって、激しく揺れていたパームツリーたちは、夜があければ何事もなかったかのように、のほほんと太陽を浴びている。白波が立っていた相模湾は穏やかな水色に戻り、とんびの鳴き声がピーヒョロロと空に響く。

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右向け右とばかりに、みんなが春に向かっていくなか、私は例年通りの書斎ごもり。都内での行事には欠席の返事を出して、昼夜パソコンの前が定位置になっている。

ストレスが溜まって、以前なら「飲みに行きたいな〜」と恨めしい気分でいたのが、今はちょっと変わったかも。昨年の5月に立ち上げたファッションブログのために、原稿書きの合間を縫って、服のコーディネート写真を自撮りするのがストレスの発散となった。おかげで一日一食となってしまったが、好きなことが食欲に勝るのだから仕方がない。毎日1,000を超え、多い日で2,000のアクセスを頂いているのも励みになる。

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金魚のフンみたいに私の後を引っ付いてくる与六が、キャットタワーから興味深げに様子を眺めて、「ニャ?」と声をかけてくる。
仕事しなくていいのかニャ? お腹は空いていないかニャ? 眠くないかニャ?

はいはい、心配してくれてありがとう。心も身体も元気です。
年齢的にはずいぶん出遅れたけれど、子どものころから大好きだったファッションがもう一つの仕事になりつつある今は、人生も三寒四温。幸せな春に向かっていることだけは間違いない。
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窓が南東に面したわが家のリビングは、夜明けから光がいっぱい。夜は私の隣でイビキをかいていた与六は、日だまりの中でごろんごろんと二度寝をむさぼっている。

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バスの時間が近づき、薄手のコートを着て飛び出すと、思いもよらぬ外気の冷たさに背中が丸まる。何十年と生きてきたのに、いまだに三寒四温の感覚がつかめず、訪れる春はノートの1ページ目のごとく真新しい。

賑やかにお喋りしているみたいに、水仙の花たちが風に揺れ、光と影がチラチラ動くのを、急いで写真に撮った。

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晩春の季語に「春近し」ということばがある。冬の終わり、春の近い訪れを待つ心であり、植物も動物も人間も目覚めの時を待っている。


「日あたりて 春まぢかなる 春の土堤(どて)」 山口 誓子

あと3日もすれば、歳時記は冬の巻から春の巻に替わる。私も本格的に逗子に引っ越してきてから10年。歳を取った以外に十年一昔の軌跡はないけれど、人間関係という宝物は格段に増えた。

不思議なこと。離れて行った人は追わずにいたのに、何の縁か彼らがひょんなきっかけで戻ってくる。アドレス帳から削除しなくて良かったと思いながら、人との繋がりに「春の再構築」を感じているこの頃である。

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1月5日から小寒に入り、暦通りの寒い日が続いている。私は風邪がぶり返して、熱は下がったものの、咳と鼻水が止まらない。先ほどかかってきた電話にも、返事をしようとしたら声が出なくて、息だけで「喋れませんが、聞こえています」とささやくのが精いっぱいだった。

明日は葉山マリーナで安全祈願祭があるけれど、これじゃヨットは絶対に無理。しかも味覚と嗅覚が使い物にならないので、食べ物の味が分からず、船内での宴会にも参加できそうにない。

身体がだるいお昼過ぎに、なにか栄養のあるものを口に入れなくてはと起き出し、ベランダの植物に水をあげた。目を覚ましてくれたのは、鉢植えのシンビジウム。去年は1本しか出なかった花芽が、今年は3本も出ているのだ。

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昨年4月のブログ「明日起きるかもしれない大災害」に書いたように、このシンビジウムは不思議なことに、大地震がある年には花芽が減る。2011年・東日本大震災の前には花芽が全く出ず、2016年・熊本地震の前には1本だけ。天変地異と因果関係があるのかは不明だけれど、今年は3本、それもこんな早い時期から花芽が出たのは何か良いことを察知しているのだろうか。

鉢の植え替えもせず、栄養も与えず、雪の降る日だってベランダに出したままなのに、健気に育ってくれるシンビジウムは、私のパワーグリーン。蕾は順調に膨らんで、春になったら大輪の花が咲くのは確実だ。

しばしベランダから景色を眺め、新春の陽光を届けてくれる空を見上げる。植物も人間も、何か大いなるものに守られ抱かれて生きているんだろう。病は気から。早く風邪を治して、逗子の宗泰寺に「気心腹口命」のご印施を戴きに行かなくてはならない。ちょっと鈍ってきた精神力を復活させるために、再び断酒を始めようかと思っている。

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長く降り続いた雨が上がり、やっと晴れ間が見えた9月最後の日曜日。富士山麓に用事がある友人のお供をして、秋のドライブに出かけた。海と山の行楽に繰り出した人たちで、逗子からの行きも帰りも大渋滞。眠気と戦うドライバーには申し訳ないけれど、のんびりと景色を眺める助手席のメリットを堪能させて頂いた。

富士・箱根方面で、私が最も好きな季節はちょうど今ごろ。銀色になったススキの穂が「面」となって風に波打つ姿は、深まる秋の郷愁を絵に描いたように美しい。眼下に光る本栖湖の上には、刻々と変化する雲の群れが、パズルの隙間から青空をのぞかせて行き過ぎていく。

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「ハギ キキョウ クズ フジバカマ オミナエシ オバナ ナデシコ」。ススキを見かけると、おまじないのように唱えるのが、祖母から習った秋の七草だ。子どもの頃はどれが何の花だか分からなかったが、実物を見て一つひとつ覚えていくたびに、おまじないは季節の宝物になった。

山上憶良が万葉集に残した秋の七種(ななくさ)の歌は、2首をもってワンセット。
「 秋の野に 咲きたる花を 指折り かき数ふれば 七種の花 」
「 萩の花 尾花 葛花 撫子の花 女郎花 また藤袴 朝顔の花 」(朝顔は桔梗のこと)

春の七草に比べると、どれも色が寂しげで儚くて、ひたひたと近づいてくる冬の忍び足を感じさせる。官人でありながら、貧しい者や病める者など弱者への愛を歌にした山上憶良は、画家のように繊細な目を持っていたのだと思う。

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軽い疲れと共に目覚めた今朝も晴れ。天気予報では暑さがぶり返すと言いながら、日差しは弱くて穏やかだ。郵便を出しにいくコースをいつもと変えて、萩の花がひっそりと咲いている秘密の場所を通ってみた。

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良かった、まだ咲いていた。歳を重ねるたびに、一期一会がいかに大切であるかが身に染みる。人はもちろんのこと、野にひっそりと咲く植物にも、今日の出会いを感謝したい秋である。
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八月の終わりから急に気温が下がって、逗子ではクーラーが要らなくなった。開けた窓からは心地よい風がカーテンを揺らし、配水管の清掃に来た業者さんが「ここは涼しいですね」と嬉しそうな顔をする。

興味深げに作業の様子を見守る与六は、今年で7回目の秋。やんちゃ加減も去年よりクールダウンして、おっとりとした日常を送っている。

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例年になく秋の訪れが早いのだろうか、昨日は意外なものを見つけた。バス停まで降りていく階段に、ドングリがいっぱい転がっているのだ。台風11号の強風で落ちたと思われるが、青い実ではなく、どれも丸々と熟した茶色い実なのが不思議。

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一つ二つ拾って、ジーンズのポケットに入れて降りていくと、階段のいちばん下には、誰かが集めたドングリの山。

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山盛りの秋がここには訪れている。今年はあと四ヶ月しかないんだと、時が過ぎるスピードに改めて驚いた。そういえば去年もここで拾ったドングリを、与六のオモチャに持ち帰ったっけ。コロコロ転がしてチェストの下に入ってしまった一個の代わりに、新しいのをプレゼントしよう。

「針箱のどんくり一つ年経ぬる」 馬場移公子

ポケットの中でツルツルした手触りを確かめながら、ひっそりとしたバス停で降り始めた霧雨。空は晴れているのに、思いもよらぬ雨がサーッと過ぎていくのは「秋時雨」だ。

「秋もはや日和しぐるゝ飯時分」 正岡子規

人恋しさが募る夕方は、待ち合わせしている人に早く会いたい。カーブの向こうからニョッと現れたバスが、なんだかトトロのネコバスみたいに思えた。


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