ひとりごと

August 12, 2008

クールな自由と温かい不自由

いくらPCの前で頑張ろうと仕事が捗らない時、真夜中であっても部屋の掃除を始めることにしている。
最も効果的なのは床の雑巾がけだ。

床に膝をついて目線を落とすと、立っているときには気付かなかったものが目に入る。
ソファーの下に溜まった綿ぼこりや、無くしたと思っていたピアス、嬉しい百円玉。
でもそれ以上に見つかる確率が高いのは起死回生のアイデアであったり、文章を小気味良く締めくくる最後の一行であったりする。
汗をシャワーで流すのさえもどかしく、言葉を一気呵成にPCに吐き出した時の快感はこの上ない。

そういえばクリエイティブな仕事をしている友人たち、それも独身が長い男性たちに同じような兆候が見られる。
おおよそ彼らの住まいはショールームのように洗練され、人目に触れない棚の奥まで整理整頓が行き届いている。

掃除が好きなだけでなく料理もプロフェッショナルな腕前で、みんなにご馳走するのが大好き。納得できる味を手に入れるためには人気店の常連になって、親しくなった料理人からレシピのヒントを仕入れる投資も生活費の一部らしい。

「独身だから出来ることなのよ」と、家庭持ちの友人は言う。
やんちゃ盛りの子供たちが走り回る部屋は掃除する傍から汚されるだろうし、ワインを飲みつつ3時間もソースを煮込んでるわけにはいかない。
その分いつも誰かの声がする温かさに包まれているのは、お金では得られない幸せだ。

クールな自由を恋人にするか、それとも温かい不自由を伴侶にするか、人生のコインの表か裏かを選ぶのは難しい。が、得てして前者のほうが橋田壽賀子ばりのホームドラマを上手く書けるんじゃないだろうか・・って物書きの強がりを言ってみる。

ないものねだりの物足りなさも、それぞれが選んだ人生である。

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July 25, 2008

モノに溢れたエコ生活

石油危機、食糧難と言いながら、資源の無駄遣いは相変わらず続いている。
捨てるしかないものを供給されたり、要らない新製品を買い込んでしまう日々に苛立つ。

毎日ポストに入ってくるチラシやダイレクトメール。
目も通さず捨ててしまうけれど、発注する人・制作する人・配る人の生活を支えているのを思えば心苦しい。
スーパーのレジ袋を使わないために購入したエコバッグ。
地球に優しいと言いながら、合成繊維やコーティング生地では土に戻らないのでは?と矛盾を感じる。
ランチで出てきた大盛りのカツ丼。
店の気前良さに感謝しつつ、最初から半分の量を頼めば良かったと、残飯になる白米を申し訳なく思う。季節外れの台風や洪水の被害が相次ぐフィリピンでは、深刻な米不足が続いていると言うのに・・。

カツ丼

私たちの国・日本は、モノ・モノ・モノに溢れた毎日。
しかし大地震や火災など突然の災害時に、何を持って逃げるだろう。
準備してある物を持ち出せず、命からがら逃げ出した場合、本当に何が必要だろう。
とりあえずは水、そして横たわることができる場所。
船が難破して無人島に流れ着いた自分を想像すると、都会暮らしの必需品が色褪せて見えてくる。

「スローライフ」「ロハス」「エコ」・・。
お洒落な横文字は増えていくけれど、本当の深刻さは浸透していない。口ばかりの資源対策の下にまたモノが増えてゴミが増える。
もしかしたら増殖していく文明人こそが、地球の最大のゴミかもしれないな。

自分を生んで育ててくれた母なる地球を、成長した子供たちが面倒を見る番が確実に来ている。

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July 15, 2008

人身事故が発生しております

今このブログを書いているのは停車している横須賀線の中。
大船駅で人身事故が起きたので、運転を見合わせているという。

列車の増結が行われるのでほぼ間違いなく座れる逗子駅も、今日はラッシュ状態。
うだるような暑さにうんざりした常客たちが、まだ電車の中の方が涼しかろうと、吊革につかまってアナウンスに耳を傾けている。

「只今お客様の救出活動をしております。」
「新しい情報が入りました。救出活動は終了して、このあと係員による電車の点検と、警察による現場検証が行われます。」
現場検証か。まだまだ時間がかかりそうだと、周りから溜め息が漏れる。

30分待ってやっと動き始めた。
大船駅に近づくと「前の電車が車庫に入る作業を行っております。信号が青になるまでお待ち下さい。」でまた停車。
クーラーのサーモスタットか、グワ〜ングワ〜ンと地響きのような不快音が天井から伝わってくる。眉間に皺を寄せた顔が増えていく。

これだけの人々に迷惑をかけるとわかっていても、無くならない列車への飛び込み自殺。
ふらふらっと死神の誘惑に吸い寄せられていくのか、誰も救ってくれなかった絶望を火花と散らして多人数に復讐したいのか、それは当事者にしかわからない。

「電車が遅れて大変ご迷惑をおかけしたことをお詫びいたします。」
人身事故は駅員のせいではないけれど、飛び込みや転落防止策を打ち出すことは出来ないのだろうか。
車掌が乗っていない地下鉄など、最近の駅では線路とホームを隔離する柵が設置されているのに、JRの駅では不可能なのだろうか。

朝夕のラッシュ時には溢れんばかりの人々がホームの端を歩き、電車がけたたましい警笛を鳴らす。ヒヤリとする瞬間のはずが、たぶん大丈夫と慣れていく。

パンパンに膨らんだエンドウ豆のさやのように、沢山の人生を詰め込んで走る電車。
派手な広告宣伝費をばらまくより先に、地道な安全対策にもっと経費をつぎ込んでほしいものだ。


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July 06, 2008

若くて美人は奢られて当然?

電車の中で、OLたちの会話を耳にした。
A子「昨日○○さんに飲みに誘われちゃって、奢りだって言うから行ってきた。」
B子「美人はいいよね、奢ってもらえて」
A子「今度Bちゃんも一緒に行こうよ。友達が一緒って言えば、向こうも誰か連れてくるよ。」
B子「え?私なんかでいいの?」
A子「若い女の子とデートできるだけでも感謝してくれなくちゃ!」

彼女たちの笑い声にだんだん腹が立ってくる。これは「奢り」じゃなくて「驕り」だ。
美人だから奢ってもらう、若いから奢ってもらうのを当然と思っている様子だ。
どこのテレビ番組だったか「私たちはお洋服やコスメにお金を注ぎ込んでるんだから、連れて歩きたいなら食事代くらいは男性が払うのが当然でしょ。」とインタビューに答えている女の子もいた。いつまで通用するのかな。

男性と飲食の席に行き、支払いの段階になったらどうするか。
・「ここはワリカンにしましょう」と宣言する。
・男性が伝票を手に取ったときに「あとで私の分をお渡しします」と言う。
・男性が支払った後にさりげなく「僅かですが・・」と、想定される額の半分を渡す。

「いいよいいよ」と断る男性は多いだろうが、払おうという姿勢を見せる女性には好感を持つはずだ。どんな大金持ちであったって、全ての女性に奢る義務はないのだ。
「今日は手持ちがなくて恥ずかしいんですけど・・」と500円玉を渡されたって、気持ちはスッとする。

就職して給料を貰うようになれば、社会人として自立した人生。
誰に対してもフィフティフィフティでいようとする凛とした姿は美しいし、相手を尊敬する気持ちはそこからスタートする。
お勘定にも思いやり。恋も友情も上下関係も、長持ちする女でいたいものだ。


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June 24, 2008

デキル女は足を隠すな!

自称・逗子の田舎者が東京のオフィス街を歩いた今日、驚くべき現象を発見した。
スカートの下にレギンス(昔で言うならモモヒキとかスパッツ)を履いている女性がとても多いのだ。それも申し合わせたかのように黒いレギンス。裾にレースが付いているか否かの差はあれど、流行を通り越してユニフォームのように見えた。

後ろについて歩きながら、上から下まで観察する。
重心が下がった背の低い女性が多いかな。ボディは細めでも、ふくらはぎ太めが多いかな。少しでもほっそり見える黒を選ぶのかな。

でもねえ、おかしくない?
LAやパリの女性たちがレギンスを履いた写真は見慣れているけれど、セレブレティなりに絵になっていて格好いい。彼女達の肩書きはモデルであったりエディターであったり、自由なスタイルを選べる職業だからこそ、どんなに足が太かろうと自信が表に出ているのだ。

それに比べて制約の中で生きてるレギンスたちは?
雇われた企業の名刺を持っているからには、あなたの服装が会社の品格を代弁する。
たとえば社長を取り巻くレギュラーたちが腹痛に倒れたとき、派遣社員であるあなたに接待の同行を任されたなら、銀座の料亭にレギンス姿で行けますか?
「私、冷え性だからこれ履いているんです」で通じますか?
どうせそんな機会は巡ってこないで満足していますか?

隠すことはネガティブだ。
スカートを履きたいなら足が太かろうが冷え性だろうが、堂々とふくらはぎを見せて欲しい。
流行のせいにして甘んじて、ケーキ食べ放題に行く言い訳を作らないで欲しい。
ついでに言えばレギンスだけでなく、ゴムウエストのスカート&パンツも止めて欲しい。

誰が言ったか忘れたけど、外見は心(中身)の最も外側の皮膚である。
お風呂に入ってツヤツヤと磨き、エレベーターには乗らずに階段を駆け上って、堂々と見せたくなる足を育ててよね。人に見られるほどに美しくなるのが女なのだから。

梅雨が明ければ湘南の夏がやってくる。
ビーチには黒いレギンスを履いた田舎者なんか1人もいないと、健康一番・足が野太い元祖湘南ガールが保証します!

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June 23, 2008

男の100%と女の100%

とあるパーティーの二次会で、60〜70代のおじさまたちと鎌倉の居酒屋へ行った。引き戸を開ければ和風のカウンター、昔は芸者だった女将さんが1人で切り盛りしている庶民的な店だ。

新鮮な鯵の刺身と芋焼酎を頂きながら、女将さんを交えて艶っぽい話へと発展していく。
大学の卒業祝いに芸者さんたちと伊豆に旅行しただの、奥さん以外に何人の彼女を囲っていただの、銀髪プレイボーイたちの武勇伝である。

こぞって上機嫌なのを見計らって、普段は聞きづらい質問をしてみた。
「皆さんは今も奥さんとセックスしているんですか?」

間髪をあけず、男性たちが首を横に振る。肉体的に不可能ではないけれど、妻とはそんな関係ではなくなったと言うのだ。しかし他の女性といるところを見られるのは怖い。
男は何人の愛人を持とうと各々に100%の愛を手向けることができるのに、それを理解できず女は男を追及するという。

「うちは違うな」。30歳年下の彼女を持つ某社長が一言。
「僕は家内と条約を結んだんだよ。君とはもうできないけれど、一生大事にするってね。それ以来、家内は僕の観音様になった。ずっと手のひらに乗せられてるよ。」
それを証拠に、彼女とのデートを目撃されても、無言で立ち去るようになったそうだ。
条約を納得して呑んだのだろうか。我慢や無理があるような気がしてならない。

女心を判っていない男の鈍さとして、映画「ブロークバック・マウンテン」の中で印象に残った台詞がある。
「女はパーティーに行くために化粧し、帰るためにも化粧する。どうせ帰るだけなのに。」

どうせじゃない。愛する人に綺麗だよと言われたくて、行きも帰りも化粧するのだ。セックスレスの夫であっても、もしかしたらの気持ちを持ち続けている。
女は100歳になろうと永遠に「女」なのだ。

どうか世の夫たちにお願いします。何の記念日でなくても、待っている奥様に赤い口紅をプレゼントしてあげて下さいな。
何人でも愛せる男と、たった1人だけを愛したい女。いつまでも埋められない溝があったとしても、傍にいてくれることに「ありがとう」の気持ちをこめて。それだけで涙を流すのも女心である。

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June 16, 2008

6月の胸騒ぎと結果

6月5日頃から胃の調子が悪くなった。前に胃潰瘍を患ったことがあるのだが、それとは違って常に胃が重苦しくて張った感じ。触るとぷっくり膨らんでいるのがわかる。

それと同時に胸騒ぎが始まり、何かが来るぞ来るぞと思えてならない。意識に集中すると居ても立ってもいられない気分になるのだ。こういう時は身近に大きな事件や災害が起きることが多く、動物の本能のようなものが掻き立てられる。

6月8日に通り魔殺人事件が起きた秋葉原の交差点は、すぐ目の前に友人が勤務しているだけでなく、私がかつて離婚した相手の家族が暮らしている。
被害に遭われた方々には悲しみが耐えないが、友人や元家族たちの無事が確認できて、あくる朝には胃の膨らみも消えていた。

しかし胸騒ぎの方は止まらない。
スピリチュアラーの間ではレイライン(地球のエネルギーライン)が乱れていると囁かれていることもあり、大きな地震が来るのでは?と不安で眠れなくなった。
「気をつけてね」と親しい友人にはメールを送り、気持ちを鎮めるためロシアン・レムリアンを手のひらに載せて、ゆっくりと撫でながら瞑想する。

ロシアンレムリアン

美しい星空が見えるのを期待していたら、煮えくり返るような赤い液体が見えて、不穏な気分が余計に高まってしまった。もう触りたくない。

そして6月13日の岩手・宮城内陸地震。
岩手県南部を震源とする直下型地震と聞いて、付近に暮らす友人の安否が気遣われた。昨年私が暴力の被害に遭ったとき、親身になって助けてくれた恩人なのだ。
「大丈夫ですか?」と送ったメールに返信があり、怪我もなく無事でいるのにホッとした。
隣にいる友人が「やっぱり地震が来たね。昨日あれだけ騒いでたもんね。前世はナマズ?」と聞いてくる。

とりあえずは気持ちが静まりつつある今日、ロシアン・レムリアンを取り出してみた。
レムリア大陸(ムー大陸)にて現代より数段進んだ文明を築いていたといわれるレムリア人たち。ゴツゴツとしたクリスタルに彼らの英知が刻まれた線(レコードキーパー)を記憶にとどめた後、空の上まで意識を高めて瞑想に入る。
今日見えたのは混沌としたグレーの海。荒天が近づき、政局の乱れがイメージされる。

レコードキーパー


不安は思い過ごしに越したことはない。みんなが笑って暮らせるようにポジティブな祈りを捧げよう。

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June 13, 2008

秋葉原通り魔事件の偽善者たち

だんだんと報道時間が少なくなっていく秋葉原通り魔殺人事件。
新たな事実の発掘に事欠いたTV各局で、今日は怒りをぶちまける医師の涙や有識者のコメントがそこかしこに流れていた。

「救助している様子を携帯で撮りながら、通行人たちは笑って電話していた」
「助けるよりカメラ。海外メディアでは日本人の傍観的な様子を異常と捉えている」
そのとき現場に居合わせた通行人たちが、携帯カメラやデジカメで被害者たちを撮っていたことへの批判である。

当日ニュースが流れた直後から、その場に居るはずもないマスコミ関係者たちがどこで得た画像なのか疑問に思ったし、アップロードした輩を許せない胸の内をここの記事でもぶちまけた。
同じ疑問は高まっているようで、今日のアクセス解析では「秋葉原 携帯 カメラ」といったキーワード検索がとても多い。
今ごろやっぱり・・と思いながら、今夜(もう昨日になるか)のTBS・ニュース23での白々しい数分間には何様だろう!と限界を超えた。

きっとこれまでの過程は以下のようだっただろう。
マスコミ「どんどん映像がアップされています。すぐにニュースに使いましょう!」
一般人「すげーよ! 俺が撮った写メが出てるよ!」
マスコミ「もっとサイトの情報を集めろ! あっ、犯人の掲示板も見つかったって!?」
てめーら、ふざけんなよ! 品格など関係なしに襟首をつかんで罵りたくなる。

惨劇を笑って撮った素人カメラマンの写真を、わざわざ名前入りのスクープで採用したのはどこの誰なのか。
しかも局にとっては視聴率稼ぎの「恩人」であろう彼らを、今度は人非人と扱う偽善者は誰なのか。

今の日本とマスコミは自ら喰いしゃぶり、自ら腐らせた身体を、自ら治そうとしている。

「政治」を忘れた「政局」争いに国民の税金を費やしている与野党代議士たちしかり、「庁舎を全面禁煙にするな」と言った職員に対し「嫌なら他の職を探せ」と言った某市長しかり、キックバックの居酒屋タクシー問題しかり、がん細胞はすでに身体よりも大きくなっていると思える。

本当に泣いているのは誰なのか。
本当に無くすべき悪は何なのか。
 
報道が大事件の余韻探しをする前に、制作サイドはもっと心豊かになる番組、ポリシーを掲げ持った番組作りをしてよと願いたい。さもなければ嘘と癒着だらけの地上波なんて、賢い視聴者たちはいずれ愛想をつかしていくだろう。

心のない作り物には、お人よしの私たちさえもう騙されない。

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May 11, 2008

晴れ男・晴れ女でいること

私の車の中には傘が1本入っているが、滅多に使うことがない。運転中に雨が降り出しても、降りるときになると運よく雨が上がっているからだ。
電車に乗るとき、天気予報を聞いてバッグの中に折り畳み傘を入れていっても、開くことは殆どない。重たくて損をしたと思うのだ常だ。
これを「晴れ女」というのだろうか、とかくお天気には恵まれている。連休中のBBQも降水確率50%だったのを無事クリアーした。

思えば昨年の12月、種子島へ行ったときもラッキーだった。
水中翼船の運航が危ぶまれるほど荒天だったにも関わらず、観光スポットに降りる度に雨が止んだ。これを何回も繰り返すと単なる偶然とは思えなくなる。最初のうちは念のためにと傘を持って歩いたが、広げることは一度もなかった。
このときハンドルを握っていたのが「晴れ男」。私の「晴れ女」と相乗効果だったらしい。

しかし見方を変えれば、晴れ男・晴れ女はポジティブ思考がもたらす成り行きともいえる。
自分は運がいいのだと信じきっていれば、天も味方するオプティミストだ。
「調子に乗ってんじゃないよ!」と不愉快に思う人もいるだろうが、ネガティブ思考は雨につながることが多い。何故か。

ノーベル賞を受賞した神経学者ジェラルド・エデルマンによると、記憶とは脳のどこかに貯蔵されているのではなく、思い出す瞬間に毎度再構築されるという。
脳の中で、記憶の元になる材料(シノプス)が結合してどんな形が作られるかは、その瞬間の気分に左右されるし、回りからの影響を受けやすい。
再構築を何度も繰り返すうちに記憶の経路は太くなっていくのだが、良くも悪くも変質する。
「旅行に行けば雨が降る」という暗い気持ちを重ねるたびに、「そうですね」と同調されるたびに、雨男・雨女の幻想が現実になっていくのだ。

どんな晴れ男・晴れ女にだって回りと平等に雨は降る。しかし雨の記憶をわざわざ作り出す必要はない。
「また失敗したらどうしよう」ではなく「今度も絶対に成功する」のポジティブ思考が未来を晴天に変える。


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May 10, 2008

恋の駆け引きランキング

恋をするのは楽しい。あの人が気になる前段階、片思いから両思いへ進む成長期、喧嘩と仲直りで理解が深まる発展期、かけがえのない間柄になる円熟期・・、どの段階でもドラマの主人公でいられる。

相手をもっと引き寄せるには、どんなテクニックを使えばいいか。
「実は使ったことがある恋の駆け引き行動ランキング」(gooランキング 2008年3月調査)によると、以下の順位になっている。



何とも可愛らしい手練手管であるが、アンケートに答えた年代はティーンから60歳以上までと幅広く、男女比もほぼ半々なのを見れば、万人共通オーソドックスな「恋の駆け引き」なのだろう。

それにしても意に介せないのは、「メールの返信はすぐしない」「急にメール・電話をするのをやめる」とか「急にそっけない態度をとる」「他の異性と仲良くしているところを見せる」など、ねじれたテクニックが目立つことだ。

ねじれた矛先はどこに行く?
こちらからのメールをやめれば、相手は気を悪くしていないか?と気にかかる。
急にそっけない態度をとれば、相手は他所で浮気していないか?と気にかかる。
結局は待ちきれずに再開のアクションを起こすのは自分だし、恋の駆け引きならぬ恋の独り相撲になってしまう。

相手を心配させたい系・焼きもちを焼かせたい系のテクニックは、喧嘩したときに「死んでやる〜」と脅すのと同じで何度も通用しない。
ランキングのタイトルに『実は使ったことがある』が付いているのは、『今だから言える』『ここだけの話』といった気恥ずかしさを加味してのことだろう。

好きなら毎日「好き」「愛してる」と言えばいい。
逢いたいなら今すぐ「逢いたい」と伝えればいい。
相手も同じ気持ちなら、期待する返事がくるだろう。もし断られたとすれば相手は自分を好きじゃなかったか、他に用事があったか、単純明快な結論があるだけだ。

素通しがいちばん! 自分でストーリーをこねくりまわして複雑にする必要なんか、ノンフィクションドラマには必要ないのだから。
陽気に公明正大な恋をしようよね!

yuris22 at 12:29|PermalinkComments(8)TrackBack(0)clip!