窓が南東に面したわが家のリビングは、夜明けから光がいっぱい。夜は私の隣でイビキをかいていた与六は、日だまりの中でごろんごろんと二度寝をむさぼっている。

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バスの時間が近づき、薄手のコートを着て飛び出すと、思いもよらぬ外気の冷たさに背中が丸まる。何十年と生きてきたのに、いまだに三寒四温の感覚がつかめず、訪れる春はノートの1ページ目のごとく真新しい。

賑やかにお喋りしているみたいに、水仙の花たちが風に揺れ、光と影がチラチラ動くのを、急いで写真に撮った。

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晩春の季語に「春近し」ということばがある。冬の終わり、春の近い訪れを待つ心であり、植物も動物も人間も目覚めの時を待っている。


「日あたりて 春まぢかなる 春の土堤(どて)」 山口 誓子

あと3日もすれば、歳時記は冬の巻から春の巻に替わる。私も本格的に逗子に引っ越してきてから10年。歳を取った以外に十年一昔の軌跡はないけれど、人間関係という宝物は格段に増えた。

不思議なこと。離れて行った人は追わずにいたのに、何の縁か彼らがひょんなきっかけで戻ってくる。アドレス帳から削除しなくて良かったと思いながら、人との繋がりに「春の再構築」を感じているこの頃である。