まだ梅雨が明けない7月の夜は蒸し暑くて寝苦しい。仕事関係の飲み会で酔っぱらい、終電で帰宅できたのは良かったけれど、ハッと目覚めるとネクタイをしたままベッドに転がっていた。また、やっちまったか。

干からびた喉を潤そうとキッチンに行くと、蛇口から水がポタポタ垂れている。あれっ?と後ろを振り返れば、ベッドサイドにグラスが置かれていた。なんだ、ちゃんと用意していたんだと自分を褒めて、スーツを床に脱ぎ散らかしたら、また大の字になる。
ああズボンが皺になるなあ、でも面倒くさい。こんな暮らしを続けている僕のワンルームマンションは汚部屋と言うに等しく、掃除好きな田舎の母さえ呆れて寄り付かないほどだ。

鳴り響く目覚まし時計をうっかり止めてしまった翌朝は、超特急で出勤の支度。床に落ちているスーツを着ると、なぜか皺になっていないのにホッとした。ドアを開けて空を見上げ、玄関先に転がっている傘をつかむ。駅まで走る途中で案の定ポツポツと降り始めたので、傘のワンタッチボタンを押した。

えっ、この傘って!?

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ポンと開いた黒い傘は、内側が星空の模様。恋人だった君が一年前に忘れていった傘だ。メールで知らせようと思ったけれど、あのときは手が止まった。口喧嘩をして気まずかったので、仲直りの道具に取っておこうと小ずるい考えが浮かんだからだ。彼女の置き傘が家にあるっていう安心感で、恋に胡坐をかいていた時期。

でもそれきり、君が僕の部屋にくることは二度となかった。いつもみたいに「ごめんね」のメールが来ないので、しゃーない、僕が折れてやるかと3日ぶりに電話したら、聞こえてきたのは君のお父さんの声だった。ポツリと一言、「娘は事故で亡くなりました」と。土砂降りの中、横断歩道のない道路を走って渡ろうとしたところを、前方不注意の車に撥ねられたという。

付き合い始めて間もなく、ステディな約束もしていなかった僕のことを、彼女のご両親は知らない。焼香の列に並んだ雨の通夜、黒い額縁の中で微笑む君の遺影をまともに見ることさえできずに、やけ酒を飲んで帰ったのは一年前の七夕だった。

駅までダッシュしようとした足が止まり、今は傘の中の星座たちを見上げている。天の川はどこだろうと探していたら、まさかの出来事。小さな星が僕の頬にポツンと落ちてきたのだ。雨が漏ってるんじゃなくて、間違いなく金平糖みたいな形をした星の粒だ。

「酔いすぎたときは、お水を沢山飲まなきゃダメよ」でポツン。
「スーツは皺にならないようハンガーにかけなきゃダメよ」でポツン。
「私から解放されて、次の恋を見つけなきゃダメよ」でポツンポツンポツンポツン。
そら耳に違いないと思うのに、君の声が聞こえて星が降ってくる。

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驚愕のあまり身体がフリーズして、相当な時間が経ったように思う。気付くと星空の傘は何の変哲もない、僕の平凡な黒い傘に戻っていた。すぐに雨は上がり、電車にも間に合って通常通り出勤できたのは、まだ寝ぼけていたのだろうか。

その晩、会社から早めに帰った僕は、必死になって部屋の掃除に励んだ。スーツはハンガーにかけたし、酒も飲んでないのに水を沢山飲んだ。シーツを替えたベッドに入って電気を消し、真っ暗な天井を見上げる。
「もう一度だけでいいから、会えるかな」

一年ぶりにデートをして夜明けの時刻、手を振る君は天の川の向こう側に渡っていく。これは夢を見ているんだと夢の中で思い、僕の心残りは空高く星になった。

朝はゴミ捨て場まで何往復かして、田舎の母に電話をしよう。「もう泊まりに来て大丈夫だからね」。急に人恋しくなった自分はちょっと情けないダメ男である。

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何となくスタートして毎年7月7日に書いているラブストーリー、ついに10回目です。今回は一人暮らしをしている若い男性を主人公にしてみました。選んだテーマは断捨離。目に見える物だけではなくて、心の中に取ってある思い出のアルバムも、時には断捨離しなくちゃいけません。切ないけれど、自分が前に進むためです。今回のお話、気に入ってくれたら、拍手ボタンを押してくださいね。