老人ホームの夕焼け小焼け

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3日遅れで父の誕生日を祝いに行ってきた。たまプラーザ駅は晴れた日曜日とあって、ベビーカーを押した若い家族連れが目立つ。昨年に妻を亡くした父を見舞うシングルの一人娘にとっては、ちょっと辛い環境だ。

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若緑の葉が芽吹いた桜並木を歩き、老人ホームまで15分。行くたびに上り坂が前よりきつく感じて、父の会社があった目黒の権之助坂がオーバーラップした。大鳥神社交差点から目黒駅まで歩くのに、年老いた父は途中で一休みして「俺も爺さんになったなあ」と言っていたのを思い出す。今は歩くどころか半身不随の車いす生活に痴呆も加わった。それでも私の顔を見れば「ゆり子、プリン持ってきたか」と食べものをねだる様子は、子ども返りして可愛いものである。

 

おやつ時間前のダイニングルームではカラオケ大会の真っ最中。「青い山脈」「北の国から」「上を向いて歩こう」「北国の春」と昭和歌謡が流れ、スタッフのリードに合わせて居住者たちが元気にコーラスしている。🎵あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな🎵と私も一緒に声を出し、父の故郷である愛媛県にしばし想いを馳せた。今は叔母一家しか暮らしていないけれど、小学生の夏休みに遊びに行った記憶はゴッホの風景画のように瞼の裏に残っている。田んぼの小川で従妹たちと遊んでいたらヒルに吸い付かれたこと、直射日光と草いきれでむせ返るバス停で1時間に1本しかないバスを待ったこと、垣根に夕顔の花が咲く時間になるとホームシックになって泣いたこと。

 

「今日は何を歌ったの?」と父に尋ねたら、返ってきた答えは偶然にも「夕焼け小焼け」。前には演歌の2~3曲は歌えたのに、今は童謡の1曲だけになったらしい。挨拶にきてくれた看護師さんが、車いすの横にしゃがみこんで父を見上げた。「織田さんはすごいんですよ。『夕焼け小焼け』を全部暗記してるんです。記憶力には驚かされます。」

試しに「幾つになったの?」と聞けば「87歳」。誕生日も今日の日付も正確に言うことが出来る。しかし一言も口にしなかったのは継母の名前で、亡くなったことを知ってか知らずか、現在はタイムスケジュールに沿った老人ホームでの生活を幸せに楽しんでいるらしい。

 

継母の溜め込んだゴミを片付けて綺麗に整頓して戴いた居室は、清潔好きな父には居心地の良い場所になっている。引き出しを開けるとスタッフたちと撮った写真の下に、叔父に宛てた手紙が見つかった。「俺はお前の親ではない。盗んだ株券を返せ」と訴えたシビアな内容。漢字はひとつも間違いがなく、大きな文字で便箋3枚に渡って綴られている。これを書かせたのは継母だと思うが、処分して良いのか悩んだスタッフがそのまま残してくれたのだろう。引き出しを閉めて放置することにした。

 

戻れない過去への郷愁、現在の不安、未来への希望。どこに身を置くかは本人次第で、せめて家族にできることは「生きていたい」と思う気持ちを支えることだ。次に面会に行くときはプリンと日経新聞をお土産にしよう。屋上の庭園に咲く花の名前に興味は無くとも、日経平均株価や企業情報には関心を示すに違いない。その時は娘に「夕焼け小焼け」の歌をプレゼントしてねと、いつまでも🎵おててつないで みなかえろう🎵の家族でいられるようにと願った。

コメント

  1. 管理人 より:

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