見るに堪えない手書きの文字

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長年の文筆業にあたり、手書きの原稿からワープロ、そしてパソコンへと文字を綴る方法が変わってきた。便利になった反面、うろたえているのは漢字を忘れただけでなく、手書きで文字が書けなくなったことだ。今日も宛名書きを失敗し、おしゃれな封筒を3枚も無駄にしてしまった。子どもの頃はすらすらと文字を書いていたのにね。漢字のテストでは満点を取っていたし、英文の続け字で先生に褒められたのはどこの誰?

辞書を見ながら何とか外国人と意思の疎通が図れそうになった中学生の頃、アメリカの少女と文通を始めた思い出がある。それがいつ途切れたか、名前も住所も忘れてしまったけれど、太平洋をはさんで遣り取りが出来たのが嬉しくて、かわいい便箋や封筒にお小遣いをいっぱい使った。インターネットなんてなかった時代、鉛筆で下書きしたのをペンでなぞって、もう一度辞書を持ち出しては間違いがないかチェックしたものである。

クリスマスにはプレゼント交換。どうすれば海外に小包を届けられるかを図書館で調べ、私は小さな日本人形の置物を送り、向こうからは手作りのチョコレート菓子が送られてきた。包装はとても簡素で、食べ物をこんな無造作に送ってくることにビックリ。まだ写真交換はしていなかったため、彼女がどんなルックスでどんな家に住んでいるのか邪推し、質問できないまま文通は終わってしまったように思う。本当に浅はかな推測から、英語の上達も文字を上手に綴る練習も自ら放棄してしまった。その後に至って綴れなくなったのは英文どころではない。

あの当時より今は日本語も上手く書けない。お習字はちょっとやったけれど、左利きを右に矯正してからギクシャクとした文字。老眼のせいもあり、文字を書くことが苦手になってしまった状況で、ちょっとした署名をするのにさえドキドキしてしまう。自分の名前すら綺麗に書けず、結婚式、御葬儀、パーティなどでペンを持ったとき、先に書かれた隣の文字を見ては緊張感が膨らむのである。でも文筆業を始めた頃はここまでじゃなかった。

TOKYO FMで構成作家を始めたころ、400字詰の原稿用紙にパーソナリティーのお喋りを何枚も綴り、失敗しては書き直しをした努力が懐かしい。クリスマスイブの生放送、周りに人がいっぱい集まった渋谷パルコのスペイン坂スタジオで、マイクに向かう某アイドルに走り書きで原稿を渡し続けたこともあった。そのとき私の文字は読むことができたんだなあと思いながら、中指のペンダコが消えてしまったことが悲しい。今さらペン習字を習うには気が遠いので、私のもう一つの職業であるパソコンの技能を使い倒し、下手くそな手書き文字を隠そうとしているダメダメさである。

機械の便利さに惑わされて、人間の手から直に生まれてくる貴重で美しい財産を失くしてしまった。海を挟んで文通をしていた彼女は今どうしているのかなと思いつつ、流れるような文字で手紙の交換をした頃が懐かしくてたまらない。

コメント

  1. Nモネ より:

    はじめまして。はじめてコメントさせて頂きます。
    文通のエピソードを読んで、自分も小学生の時に文通をしていたのを思い出しました。
    私の場合は、国内での文通でしたが、私から手紙を送った後は、もうそろそろ返事がくるかなと、それはそれは楽しみで

    家の裏にある父親の会社に郵便物が届いていたので
    毎日のように「手紙きてますか?」と聞きに行ったのを懐かしく、記憶の奥から引き出しました^^
    今は、本当に便利な世の中になりましたが
    不便さの中にある大切なものを失った気がします。それも、無いからこそ感じることができるのかもしれませんね。
    失ったのではない、ちょっと遠くに落とした落とし物。取りに行けばある、と思いたいです。大切なものはなくならない、沢山の人の記憶の中に存在するんだな、と。
    記憶を呼び起こしてくださり、ありがとうございます。

  2. yuris22 より:

    Nモネ様

    コメントをありがとうございます。
    SNSが浸透して、今や手紙どころかメールもfacebookやlineのショートメッセージになりました。言いたいことだけを伝え、面倒な時はスタンプを送るのは手軽ですが、大切なことが失われてきたように思います。

    空模様や花々に例えた時節の前置きや、相手の健康を祈る結びの言葉。型にはまった面倒な挨拶であろうと、相手を思いやる文章は手紙に価値を添えたと思います。そして手書きの文字も拙くあろうと、コンピュータ内蔵のフォントでは表現できない、人それぞれの個性を表していました。

    見極めるべくは「進化すべきもの、回帰すべきもの」。マニアの人気が上がり希少価値が出てきたというレコードみたいに、モノに何を求めるか、究極の本質を探す時代になってきたように思います。
    記憶の中でしか触ることのできないモノたちに会いたくてたまりません。どうして捨てちゃったんだろうの疑問はいつも付きまとっています。

  3. Nモネ より:

    こんにちは^^お返事ありがとうございます。
    自分が大切だと思ったものを大切にして生きていけたら、良いですね。遅いことは、ないと思います。
    手紙も、書きたい相手に書いたり。字がきれいじゃないなーと思ったら、丁寧に書くなど。そのひと手間が、実はひとつひとつ贅沢な時間で、かけがえのないモノだと思います。
    記憶の中でしか触れることのできないもの、、私は、父方母方の祖父母、両親、姉を亡くしているので、沢山ありますが、受け入れつつ、懐かしくて仕方ない事もあります。
    なくなってしまった実家、実家の裏にあった会社全ても。
    感傷的になってしまいましたが、以前の記事にありました「夢」について、思うこと。。
    本当に辛いことって、これでもかって位あったりしますよね。それでも、震災にあった方達を思うと胸が痛くて。私なんかが、かける言葉もみつからないのですが…

    「夢」って、なんでも良いんですよね。
    「絵がうまくなりたい」でも「歌がうまくなりたい」でも「いつかオーロラをみたい」でも
    「いつか、好きな芸能人に会いたい」でも。
    制限なんてないし、小さいも大きいもないと思うのです。だって、他でもない自分の夢。
    今は夢はなくても、いつか小さな夢が出てくるかもしれない。
    強制するものでもないし、その人それぞれで良いんですよね。
    有名なクリスマスキャロルの お話。
    実は恥ずかしながら30代になって、はじめて知った お話なのですが
    おじいさんになってからでも、遅くない。
    生きている限り、可能性は0にはならないと思うのです。

    季節の変わりめになり、あたたかな春にむけて
    寒暖差がありますので、ご自愛下さいませ。

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