アナログな生活に戻りたいこの頃

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悶絶した締切りが終わったのに、まだ疲労が抜けずにいる。主治医から貰っている薬も効果がなく、ちょっと動くと息切れしてしまうのは運動不足のせいだろう。起きている時間はほとんどパソコンの前にいた生活で、足腰を含め身体機能が低下している。血圧と尿酸値がアップして、女だてらにオヤジそのものだ。

文筆業とWEB制作の仕事はIT環境さえ整っていれば、都心に住まずともやっていける。スタッフとはサテライトオフィスで連携。山と海とが見渡せる逗子の高台に暮らし、淋しさを紛らわせてくれるコンパニオンアニマルの猫を飼い、万事OKな暮らしを手に入れた。それが思惑から外れてきたのは、責任感が強すぎるA型気質が原因なのだろうか。

原稿書きに追われて参加できなかったボランティア団体のイベント。待たせ続けてきた友人からのお誘いメール。それ以上に申し訳ないのは介護施設にいる父の見舞いに行けずにいたことだ。睡眠不足とディスプレイの見過ぎで視力が衰えたために車の運転ができなくなり、介護士とケア方針を決める打ち合わせに行けなかった。電車で向かうにも目がチラチラして階段の昇り降りができず、これでは病人である父から「大丈夫か?」と心配されてしまう状況である。頭脳労働がここまで身体をボロボロにしたのはストレス以外にないだろう。それはどんなストレス?

「人に振るべき時が来たんだと思うよ。もう若くないんだと知って、僕もそうしてる。」
主治医に言われた言葉は胸に刺さり、何でも自分主体で完結しようとする性分を改める時が来たんだと感じている。周りに任せればいいのに、念には念を入れる責任感。それはきっと周りを信じられない青臭さのせいだ。疑心暗鬼こそがストレス。

春がきた。桜が咲いた。もうすぐ鮮やかなツツジが咲いて初夏がくる。どんな天変地異が起ころうと、悠久の時を経てちゃんと繰り返す自然のローテーションは完璧だ。それに比べて人間は、ネアンデルタール人の頃には存在しなかった経済なんていうものを発明したばかりに、自分で自分の首を締めて生き急いでいる。経験のない脅威に向かうばかりの日々である。

平和会議に臨む裏で虎視眈々と武力を強化する国々。セキュリティが進むほど漏れてしまう個人情報。人の妬み嫉みを儲けに結びつけるマスコミ。「捏造」が今年の漢字になりそうな不信だらけの世の中だ。

私たち、変わらなきゃいけない時が来てるんだよね。いや「変わる」じゃなくて「戻る」かな。物々交換で生きていた時代はもっとシンプルで、複雑な経済システムでトップになるための頭脳競争なんてなかった。斧を持って殺し合いもしただろうが、マスコミにリークして敵を滅ぼすような小賢しい文明はなかった。いったいどうしちゃったんだろう、この地球。

パソコンよりもワープロよりも前。銀座の鳩居堂で淡黄色枠の原稿用紙を買って、指にタコを作って文字を書き入れていた時代が懐かしい。NHKやTOKYO FMの放送原稿だって、そうして一枚一枚書いていたんだ。ほんのちょっと昔がとても遠い。

そろそろ逗子の桜も花吹雪になる。ウォーキングとは長い間ご無沙汰していたが、明日はスニーカーを履いて、逗子から鎌倉までお花見しながら歩いてみようと思う。毎年美しい花を咲かせる木々からパワーを貰って、アナログな人間らしさを取り戻したい気持ちでいっぱいだ。大人になるとは、後退というスタンスの前進なのかもしれないね。

コメント

  1. 的は逗子の素浪人 より:

    文明が、頭脳の負荷と心身の負荷のバランスを崩していると思います。それが「過剰ストレス」の原因と感じます。
    私もしばらく「穴倉生活」をしています。まるで自衛隊の警戒管制隊ように、明かりはPC液晶のだけ。
    そんなある朝、建屋の外から小鳥たちのさえずりが聞こえました。その時「あ、命」と思いまた。
    日本の祝祭日、つくし、たんぽぽ、うぐいす、あり、、、春らしいことに疎い生活ですが、ぼちぼち「違和感」を払拭する時期かと感じています。

    原因が何にしろ、心身をお大事にしください。

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