自ら望んでまた独りになってしまった。過去を振り返って落ち込むのは、幾度経験を重ねても恋愛下手なことに尽きる。友人たちの協力により昨年の暮れあたりから色っぽい話が持ち上がっていたが、密接な関係になることが嫌でブレイク。「いい歳こいて減るもんじゃなし」と周りから叱られつつ、受け入れられずに遠ざかってしまった。

結婚も恋愛も2年サイクルでブレイクしてきた私(結婚は1度(^^;)は、長続きできない女。チョー玉の輿の相手にすら「あなたには2度と会いたくない!」と、恋のちゃぶ台返しをしてしまうアホなのである。勿体なかったなあと後悔すること度々だが、なんで激情したのかを学習して反省してもまた繰り返す。トホホ。

付き合う相手を選ぶ基準は「年齢・容姿・学歴・職業・年収・家族・宗教」などいろいろあり、夢見るシンデレラ・シンドロームだった昔の私にとって、「性格と価値観」は下位基準にあった。若いんだから、性格なんて愛していれば一緒に変えられると思っていたのである。

就職活動もしないまま大卒後すぐ、見た目いちばん・スポーツ万能・おぼっちゃんの基準で選んだ相手と結婚したことが諸々の始まり。新婚旅行の第1日目に「失敗した」と確信しつつ素敵な奥さんを演じ、日常生活が始まってからも心の中に湧き起ってくるイライラや矛盾を相手にぶつけず我慢して、ある日突然爆発した。何が嫌だったか、何が溜まっていたか、説明できる理性すら失っていた。間違ったスタートを仕切り直す寛容さがなかったのだと思う。でもハネムーンベビーとして授かった子どもが幸せでいてくれることがたった一つの感激だ。

それから幾年。故き名言にあるように片目だけ開けていれば長いお付き合いが出来た恋の数々も、黙っていたことを一気に吐き出す「ちゃぶ台返し」で自らぶち壊してきた。嫌なものは嫌だったんだから潔い!と自分を褒めて慰める不甲斐なさ。

やっとやっと今になって言えるのは「年齢・容姿・学歴・職業・年収・家族・宗教」などは「性格・価値観」よりずっと後回しで良いのだ。歳を取り、容姿が変わり、家族がお墓に行き、亭主がリストラにあったりもして、死ぬまで寄り添っていけるのは包み隠しのない「心」でしかないのである。お互い穏やかにニュートラルでいなくちゃね。

逗子に引っ越してきて何度の恋をしただろう。今は私だけを見つめてくれる与六が唯一の同居人だが、この猫を一緒に溺愛してくれる素敵なBETTER HALFが見つかったらいいなあと懲りずに想っている。

与六