私が大好きな花は愛媛で生まれた子供の頃からずっと同じだ。春は菜の花、秋はコスモスで、他の季節の花は思い浮かばない。どちらも道端で自然に咲いている平凡な花だけれど、自分の葬式の時には在り来たりの菊や百合は不要で、菜の花かコスモスでお棺をいっぱいにして欲しいと願っている。

4月まで書斎に缶詰めの原稿書き生活。人前には絶対に出られない「安達が原の鬼婆」(正体は知らないが、祖母がよく言っていた恐怖の存在)の様相となって、髪をボサボサに振り乱し、室内着ともパジャマともつかないジャージを3日ぐらい平気で着続けている。クサイかも?の心配をよそに、いつも足元のホットカーペットを陣取っている与六を見れば、臭いに敏感な猫がまだまだ我慢できる安全圏にいるらしい。夏でなくて良かった・・。

ヒッキーな物書きに心優しいプレゼント。友人から「玄関にバケツを出しておいてね」という連絡に従った今朝、菜の花のブーケがサンタのプレゼントみたいに届いていた。さっそく花瓶に生けて写真を撮ってみたが、ほとんど蕾なので残念ながら華やいだ絵にならない。でもそれで良いんだよね。これからリビングルームでゆっくりと咲いていく花は、あした目覚めた時の開き具合をワクワクさせてくれる。

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恋愛もたぶん一緒。見栄えの良さに惹かれて飛びついたとしても、蕾の頃を全く知らないのはどうしたものか。出会ったときが大輪の花であり過ぎて、散っていく姿は死ぬほど辛いのはどうしたものか。メラメラ燃え上がる恋ではなく、不器用で堅い蕾から、些細な想いが寄り添う自然体同士で始めたい。

道端で風に揺らいでいる平凡な花。足を止めて愛でてくれる人。私が気付かない間に、菜の花の蕾を玄関先に届けてくれた友人(恋人かな)の心遣いに感謝して、リビングに到来した小さな春を何より喜んでいる。

ねえ皆さま、幾つになろうと始まったばかりの恋ってイイネ!だよね。