February 24, 2008
がんの緩和ケアに願うこと
三寒四温が続き、渇きを癒す雨が降り、待ちかねた桜が咲く。春の訪れにワクワクするこの季節が、私には悲しみのリフレインになり心身が不安定になる。
今日、NHKスペシャルの『最期の願いをかなえたい〜在宅でがんを看(み)取る〜』を見た。
死が刻々と近づいている末期がん患者たちとその家族。
年老いた夫を気遣って自殺したいと思う寝たきりの妻、若くして余命1ヵ月の息子にどう接すればいいのかと悩む両親・・、緩和ケア専門の診療所を立ち上げた医師に密着取材したドキュメンタリーである。
末期がん患者に付き添うことはとても辛い。
2年前亡くなった私の恋人は、死の1週間前まで自ら車を運転して医者の門を叩き続けた。
辛ければ部屋に篭ったきりか、体調が良ければ外に出てしまう家長に、家族は戸惑った。
死に目も立ち会えなかった恋人は、彼の身体が冷たくなってしまったことが未だに理解できない。
まさか自分が?の末期がん患者に「もう諦めなさい」と誰が言えるだろうか。
金銭をむしり取る怪しい療法にも「こんなのインチキだよ」と怒りながら、奇跡を信じてこっそりと訪ねていく。
1ヵ月に200万円出せば助けてやると言った有名医師に対して、死を選びますとベッドを降りながら、涙がポロポロとこぼれる。
そして・・・宝物のような1日1日が過ぎ、ある日いきなり連絡が取れなくなった。
担ぎ込まれた面会謝絶の病室で、強い痛み止めに目をギョロギョロさせている当人は、「彼女を呼んであげるから」と慰める家族に対して、「こんなもの要らない!」と携帯電話を壁に叩き付けたという。
それでも本当は会いたくて会いたくて会いたくて・・・、友人達の計らいで病室に忍び込んだときには、子供のように泣きじゃくっていた。身の丈180cmのマッチョマンには、あと1年は持つと信じていた身体が、恋人に面目なくて情けなかったからだ。
2年前の春、2人で最後に見上げた洗足池の桜。周りは飲めや歌えの大宴会。
「これが最後かなあ」
「違うよ、来年も再来年も一緒に見るのよ」
あと2ヶ月後に命が途絶えることを知っていれば、医者に言われることなんか無視して、大好きなお酒を飲みまくっていただろう。
薬を飲むために神経質になっていた時間を、吐きながらでもヨットのティラーを握り潮風と語らっただろう。
やがて近いうち、あなたか私かが(日本人の1/2)が、がんで死んでいく時代になる。
死んでいくことが確実ならば、何がいちばん大切なのか。
病院食さえ喉を通らない身体をベッドに縛り付けることではなく、痛みを失くし、心理面や経済面でも死を迎え入れる準備を整えることではないのだろうか。
本人が亡くなった後だって緩和ケアは必要だと考える。それは「愛」に他ならない。
家族も友人も、映画『象の背中』のように陰の人間にだって、心のケアはとても大事だと思うのだ。死にゆく本人を取り巻く人たちがどれほど理不尽な思いと悲しみを抱え続けていくだろう。
春一番が吹いた。日にち薬は心に優しい。
彼が元気だった頃にカラオケで私に何度もリクエストした歌、中島美嘉の『桜色舞うころ』を、そろそろ歌えるようになるだろうか。
今日、NHKスペシャルの『最期の願いをかなえたい〜在宅でがんを看(み)取る〜』を見た。
死が刻々と近づいている末期がん患者たちとその家族。
年老いた夫を気遣って自殺したいと思う寝たきりの妻、若くして余命1ヵ月の息子にどう接すればいいのかと悩む両親・・、緩和ケア専門の診療所を立ち上げた医師に密着取材したドキュメンタリーである。
末期がん患者に付き添うことはとても辛い。
2年前亡くなった私の恋人は、死の1週間前まで自ら車を運転して医者の門を叩き続けた。
辛ければ部屋に篭ったきりか、体調が良ければ外に出てしまう家長に、家族は戸惑った。
死に目も立ち会えなかった恋人は、彼の身体が冷たくなってしまったことが未だに理解できない。
まさか自分が?の末期がん患者に「もう諦めなさい」と誰が言えるだろうか。
金銭をむしり取る怪しい療法にも「こんなのインチキだよ」と怒りながら、奇跡を信じてこっそりと訪ねていく。
1ヵ月に200万円出せば助けてやると言った有名医師に対して、死を選びますとベッドを降りながら、涙がポロポロとこぼれる。
そして・・・宝物のような1日1日が過ぎ、ある日いきなり連絡が取れなくなった。
担ぎ込まれた面会謝絶の病室で、強い痛み止めに目をギョロギョロさせている当人は、「彼女を呼んであげるから」と慰める家族に対して、「こんなもの要らない!」と携帯電話を壁に叩き付けたという。
それでも本当は会いたくて会いたくて会いたくて・・・、友人達の計らいで病室に忍び込んだときには、子供のように泣きじゃくっていた。身の丈180cmのマッチョマンには、あと1年は持つと信じていた身体が、恋人に面目なくて情けなかったからだ。
2年前の春、2人で最後に見上げた洗足池の桜。周りは飲めや歌えの大宴会。
「これが最後かなあ」
「違うよ、来年も再来年も一緒に見るのよ」
あと2ヶ月後に命が途絶えることを知っていれば、医者に言われることなんか無視して、大好きなお酒を飲みまくっていただろう。
薬を飲むために神経質になっていた時間を、吐きながらでもヨットのティラーを握り潮風と語らっただろう。
やがて近いうち、あなたか私かが(日本人の1/2)が、がんで死んでいく時代になる。
死んでいくことが確実ならば、何がいちばん大切なのか。
病院食さえ喉を通らない身体をベッドに縛り付けることではなく、痛みを失くし、心理面や経済面でも死を迎え入れる準備を整えることではないのだろうか。
本人が亡くなった後だって緩和ケアは必要だと考える。それは「愛」に他ならない。
家族も友人も、映画『象の背中』のように陰の人間にだって、心のケアはとても大事だと思うのだ。死にゆく本人を取り巻く人たちがどれほど理不尽な思いと悲しみを抱え続けていくだろう。
春一番が吹いた。日にち薬は心に優しい。
彼が元気だった頃にカラオケで私に何度もリクエストした歌、中島美嘉の『桜色舞うころ』を、そろそろ歌えるようになるだろうか。
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この記事へのコメント
1. Posted by しのぶ
February 25, 2008 02:38
『桜色舞うころ』なんてきれいな題名でしょう。
ゆりさんの歌声は、大切な方に届くかもしれないし、
その方も、この歌を待っていらっしゃるかもしれない。
ゆりさんの歌声は、大切な方に届くかもしれないし、
その方も、この歌を待っていらっしゃるかもしれない。
2. Posted by
こまちゃん
February 25, 2008 10:02
酔っぱらったら歌えるのかも知れませんが、
普段は聴くのも泣けてくる。。。
3. Posted by
yuris22
February 25, 2008 15:40
しのぶ様
中島美嘉のバラードの中でも、特に好きな歌です。
あと1ヶ月もすれば、桜色の季節になるんですね。
できれば京都の桜を思う存分見てみたいです。
中島美嘉のバラードの中でも、特に好きな歌です。
あと1ヶ月もすれば、桜色の季節になるんですね。
できれば京都の桜を思う存分見てみたいです。
4. Posted by
yuris22
February 25, 2008 15:44
こまちゃん
そういえば最近、こまちゃんの歌を聞いてないなあ。
得意なのは何だったけ?
いつも相当酔っ払った二次会のカラオケなので、記憶に残りません・・(^_^;)
そういえば最近、こまちゃんの歌を聞いてないなあ。
得意なのは何だったけ?
いつも相当酔っ払った二次会のカラオケなので、記憶に残りません・・(^_^;)
5. Posted by 素浪人
February 25, 2008 21:27
できたら親の最後を
「家で家族と共に静かに迎えること」
が出来れば・・・と願う。
それが自分の子供世代に見せる義務だとも感じる。
「家で家族と共に静かに迎えること」
が出来れば・・・と願う。
それが自分の子供世代に見せる義務だとも感じる。
6. Posted by
yuris22
February 25, 2008 21:45
素浪人様
充分に人生を全うした祖父が亡くなる時、家族を追い出して延命措置を
する病院関係者たちには憎しみさえ感じました。
死んでいく人間と、不可抗力を受け止める人間たち。
大切なのは冷静になり、「それ」から先を考えて話し合うことだと思い
ます。
生まれたときから「死」は遅かれ早かれ訪れることが決まっている。
納得するための術を、私達は手に入れなくてはいけませんね。
充分に人生を全うした祖父が亡くなる時、家族を追い出して延命措置を
する病院関係者たちには憎しみさえ感じました。
死んでいく人間と、不可抗力を受け止める人間たち。
大切なのは冷静になり、「それ」から先を考えて話し合うことだと思い
ます。
生まれたときから「死」は遅かれ早かれ訪れることが決まっている。
納得するための術を、私達は手に入れなくてはいけませんね。
7. Posted by
駒(koma)
February 26, 2008 09:48
はじめまして。先月、悪性リンパ腫で母を亡くした者です。
あの番組、見ました。母に真実を告げられず、ぐっとこらえ続け看病した自分とダブって見えて、涙がとめどなく流れました。
お棺に入る前、眠る母を見ると、まだ息をしているような顔をしていました。小さな骨壷に入ってしまっても、まだ母の死を信じることができない自分。普段は感情を顔に出さないのに、お通夜で号泣する父の姿。あの時は、悪い夢を見ているような気分でした。
母は息を引き取る数日前に、朦朧とする意識の中で「お父ちゃん、サヨナラ」と言ったそうです。母はどこへ行こうとしたのでしょうか。
看病しながら、いろいろな昔話をし、泣いたり笑ったり怒ったり。とてもいい時間を過ごせたと思っています。母と暮らした時間を思い出しながら、これからは生きていくような気がします。すいません、長くなりまして。
あの番組、見ました。母に真実を告げられず、ぐっとこらえ続け看病した自分とダブって見えて、涙がとめどなく流れました。
お棺に入る前、眠る母を見ると、まだ息をしているような顔をしていました。小さな骨壷に入ってしまっても、まだ母の死を信じることができない自分。普段は感情を顔に出さないのに、お通夜で号泣する父の姿。あの時は、悪い夢を見ているような気分でした。
母は息を引き取る数日前に、朦朧とする意識の中で「お父ちゃん、サヨナラ」と言ったそうです。母はどこへ行こうとしたのでしょうか。
看病しながら、いろいろな昔話をし、泣いたり笑ったり怒ったり。とてもいい時間を過ごせたと思っています。母と暮らした時間を思い出しながら、これからは生きていくような気がします。すいません、長くなりまして。
8. Posted by
yuris22
February 26, 2008 11:16
駒(koma)様
はじめまして。
辛い経験をなさってまだ日が浅いのですね。
末期がんはエンドラインが見えている病気です。
本人告知は賛否両論ですが、もし私だったら事実を知らせて貰い、飛び立つ日のために
準備をしたいと願い出るでしょう。
置いていく側・いかれる側のコミュニケーションは心行くまで交わしたいと・・。
誰かが言っていました。
死によって別れることは未来の出来事は無くなるけれど、思い出は生きていくんだよ。
涙より笑いの数が増える日がくれば、空のお母様も安心なさるでしょう。
はじめまして。
辛い経験をなさってまだ日が浅いのですね。
末期がんはエンドラインが見えている病気です。
本人告知は賛否両論ですが、もし私だったら事実を知らせて貰い、飛び立つ日のために
準備をしたいと願い出るでしょう。
置いていく側・いかれる側のコミュニケーションは心行くまで交わしたいと・・。
誰かが言っていました。
死によって別れることは未来の出来事は無くなるけれど、思い出は生きていくんだよ。
涙より笑いの数が増える日がくれば、空のお母様も安心なさるでしょう。


