プロフィールに載せているように、プログラミングも含めて私はいろんなジャンルの文章を書いている。しかし物書きとしてのスタート地点は作詞からだった。

業界に憧れる方々から「作詞家になるにはどうすればいいですか?」と聞かれる。
曲先(メロディへ詞をはめ込む)等のテクニックは持っていると仮定して、どこで才能を認めてもらえるか。
手っ取り早いのはオリジナル曲のデモテープを作って、音楽プロダクション等のオーディションに応募することだろう。
もちろん作曲・演奏・歌も必要となってくるが、自作自演J-POPSの時代に、作詞だけで売り込むのは難しい。

私の場合は高校生の時、無謀な売り込みをしたのがきっかけだ。
親に買ってもらったフォークギターを練習しているうちに、自分でも作ろうと数曲書き溜めた。それをラジカセでカセットテープに録音して、ヤマハ音楽振興会に送りつけたのである。

拙さ丸出しの楽曲。山と積まれたデモテープに埋もれて消えるはず・・が、意外な返事が来た。
「作曲についてはもっと勉強する必要があるが、詞は才能がある。優秀作品としてヤマハのポプコン歌詞集に載せたいので著作権契約をしたい」という内容だった。
一斉を風靡したヤマハのポピュラーソングコンテストは、中島みゆき、長渕剛、チャゲ&飛鳥など多数の有名アーティストを輩出した新人の登竜門。詞を書くのが苦手な人のため、ヤマハが発行する作詞集に載せてもらったのである。しかも2曲だ。

当時の目標は、目指せポプコン出場。
作曲の勉強も始めるため、新宿にあったヤマハの作編曲教室に通い始めた。
しかし手渡された教則本は、渡辺貞夫の「ジャズ スタディ」。5〜6人いた生徒達は全員アレンジャー志望で、まるで大学生の中に小学生が紛れ込んだ環境だ。「高校生です」と言える雰囲気ではなく大学生と偽って参加したため、当然飲み会にも付き合わされた。

週1回の授業の後、渡される宿題は・・・(絶句)。
ポップスオーケストラの楽曲を聴いて音を拾い、スコアを作って来なさいだって!?
私に出来るわけないでしょ! そもそも作曲を習いに来たのにぃ・・と嘆きながら「♪ザバザバザバザバ♪」と、怪しい和音を五線譜に書き込んだものだ。

本当の大学生になってからは辞めてしまったけれど(と言うより作編曲教室自体が無くなった)、今思えばあの勉強、曲先の作業には大いに役立っている。楽器がなくても全体のトーンは解るし、譜面さえ持ち運べば何処でもいつでも詞をはめ込めるからだ。

そしてついにプロとしてのデビューは・・・。
前置きが長くなりすぎたので次回に持ち越します。♪ザバザバザバザバ♪