August 2007
August 31, 2007
み〜んなランチタイム
雨上がりの木々からは、夏を終わらせてなるものかとセミのコーラス。
アブラゼミ、ミンミンゼミにツクツクボウシまでが加わって、凄まじいまでの不協和音だ。
あまりの騒がしさに仕事をあきらめ、ランチに出かけることにした。
家の外に出た途端、クロアゲハが凌霄花(ノウゼンカズラ)の周りを飛んでいるのに出会った。オレンジの花から花へと羽根を震わせながら蜜を吸っている。
優雅で妖艶なランチタイムだ。

ぷらぷらと歩いて、小坪のゆうき食堂は11時半からオープン。
ベンチシートをキープして刺身の2点盛定食を頼んだ。新サンマにしようかカツオにしようかと悩んだあげく、選んだのは「本サワラのあぶり」と「ワラサの葱たたき」。ごはんが進む秋の味覚だ。
向かいの釣り道具屋の店主も「1時半に戻ります」の張り紙をしてランチタイム。
シャッターを下ろした店の前には、すかさずトラックが停まり、運転手が食堂のメニューを覗きに来る。
赤帽も、タクシーの運転手も、建設作業員も、病院の先生と看護婦も、ベビーバギーのお母さんも・・・、両脇に車を置いて続々と集まるランチタイム。巡回中のパトカーが諦め顔で通り過ぎていく。
お腹一杯になったあとは、涼しい風に吹かれて材木座海岸まで散歩。
引き潮のビーチには、沢山のウィンドサーフィンのセールが置きっぱなしで、サーファーたちの姿が見当たらない。
もしかしてここもランチタイム?

砂浜に腰を下ろして沖を見ると、カモメたちがくるくると餌を探して舞っている。
8月31日、夏の終り。海水浴客が去りビーチハウスも片付けられていく。
普段着の海が帰ってきた。
アブラゼミ、ミンミンゼミにツクツクボウシまでが加わって、凄まじいまでの不協和音だ。
あまりの騒がしさに仕事をあきらめ、ランチに出かけることにした。
家の外に出た途端、クロアゲハが凌霄花(ノウゼンカズラ)の周りを飛んでいるのに出会った。オレンジの花から花へと羽根を震わせながら蜜を吸っている。
優雅で妖艶なランチタイムだ。

ぷらぷらと歩いて、小坪のゆうき食堂は11時半からオープン。
ベンチシートをキープして刺身の2点盛定食を頼んだ。新サンマにしようかカツオにしようかと悩んだあげく、選んだのは「本サワラのあぶり」と「ワラサの葱たたき」。ごはんが進む秋の味覚だ。
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向かいの釣り道具屋の店主も「1時半に戻ります」の張り紙をしてランチタイム。
シャッターを下ろした店の前には、すかさずトラックが停まり、運転手が食堂のメニューを覗きに来る。
赤帽も、タクシーの運転手も、建設作業員も、病院の先生と看護婦も、ベビーバギーのお母さんも・・・、両脇に車を置いて続々と集まるランチタイム。巡回中のパトカーが諦め顔で通り過ぎていく。
お腹一杯になったあとは、涼しい風に吹かれて材木座海岸まで散歩。
引き潮のビーチには、沢山のウィンドサーフィンのセールが置きっぱなしで、サーファーたちの姿が見当たらない。
もしかしてここもランチタイム?

砂浜に腰を下ろして沖を見ると、カモメたちがくるくると餌を探して舞っている。
8月31日、夏の終り。海水浴客が去りビーチハウスも片付けられていく。
普段着の海が帰ってきた。
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August 30, 2007
初秋に出会う旅(富士五胡編)
秋を探す小さな旅の2日目は、箱根から御殿場を回って富士五湖へ。河口湖から西湖へと向かった。
西湖の周辺には青木が原の樹海が広がっている。溶岩上に形成された原生林を見られるのは日本でここだけ。木の根元にはシダが生え、苔の絨毯が敷き詰められている。
一度入ったら二度と出られないと言われているのは、天然の落とし穴が無数にあるからだそうだ。
でも遊歩道を歩いている分には何の不安もなく、木漏れ日の下で森林浴を楽しめる。
針葉樹が多いせいか、秋が来たという季節感はあまりない。時間の流れも止まった感じがした。
河口湖に比べると観光客の少ない西湖は、お気に入りの静かな湖。
キャンバーや釣り客が訪れる以外は、ぞろぞろと歩く観光バスのグループもいなくて、ゆっくり湖畔の散策ができる。
ススキの金色の穂が風にたなびき、ピンクのコスモスが午後の光に揺れている。
確実に秋。
靴を脱いで波打ち際を裸足で歩くと、尖った石のかけらが痛い。
ひんやりとした湖水に足を入れて発見したのは、小さな岩の上に乗ったミヤマクワガタ。
今にも水をかぶりそうになって、しかも直射日光を浴びて岩にしがみついている。羽根が濡れたら飛べなくなり自殺行為だろうに、後ろの森から飛んできたのだろうか。

そっと岩から剥がして救助。
暑さと乾燥に弱く、地球温暖化になると早く絶滅してしまう恐れのあるクワガタだそうだが、出会ったのも何かの縁。
残り少ない一夏の命を全うしてくれることを願った。
西湖の周辺には青木が原の樹海が広がっている。溶岩上に形成された原生林を見られるのは日本でここだけ。木の根元にはシダが生え、苔の絨毯が敷き詰められている。
一度入ったら二度と出られないと言われているのは、天然の落とし穴が無数にあるからだそうだ。
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でも遊歩道を歩いている分には何の不安もなく、木漏れ日の下で森林浴を楽しめる。
針葉樹が多いせいか、秋が来たという季節感はあまりない。時間の流れも止まった感じがした。
河口湖に比べると観光客の少ない西湖は、お気に入りの静かな湖。
キャンバーや釣り客が訪れる以外は、ぞろぞろと歩く観光バスのグループもいなくて、ゆっくり湖畔の散策ができる。
ススキの金色の穂が風にたなびき、ピンクのコスモスが午後の光に揺れている。
確実に秋。
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靴を脱いで波打ち際を裸足で歩くと、尖った石のかけらが痛い。
ひんやりとした湖水に足を入れて発見したのは、小さな岩の上に乗ったミヤマクワガタ。
今にも水をかぶりそうになって、しかも直射日光を浴びて岩にしがみついている。羽根が濡れたら飛べなくなり自殺行為だろうに、後ろの森から飛んできたのだろうか。

そっと岩から剥がして救助。
暑さと乾燥に弱く、地球温暖化になると早く絶滅してしまう恐れのあるクワガタだそうだが、出会ったのも何かの縁。
残り少ない一夏の命を全うしてくれることを願った。
August 29, 2007
初秋に出会う旅(箱根編)
残暑を逃れて小さな旅。一足先に秋の気配を探しに、箱根・富士五湖へ小旅行をしてきた。
まずは箱根神社にご挨拶。私にとっては江の島神社に次ぐパワースポットで、隣の九頭竜神社共々、龍に出会える場所だ。
手を合わせて瞼を閉じると、金色の大きな龍の頭が真正面にどっしりと構えているイメージ。その下で何匹もの小さな龍たちが、下界に向かって火を吐いている。しかし不吉な前兆ではなく、警戒度1程度のスタンバイのように感じた。
むしろ心配なのは杉の御神木。なんだか色が薄くなり、伝わってくる気のパワーが落ちている。異常気象の影響がここまで来ているのだろうか。
参道で大木に耳をあてて何かを聴こうとしている老婦人を見かけた。
その様子を見て、クスクス笑いながら通り過ぎる若い女性たちのグループ。
感受性の鈍い人たちだなと思った。
悠久の歳月を経て立っている杉の大木は、喋りも歩きもしないけれど、天と地を結びながら、人間の営みを見下ろし続けている生き物だ。
その太い幹に触り、抱きつき、音を聴く。心が通い合えば彼らのメッセージを感じ取ることが出来る。でもこの夏は、その声も弱々しい。
箱根神社を後にして、次は駒ヶ岳に登ってみた。
ロープウェイが上っていくにつれ、周囲は深い霧に包まれていく。
箱根神社元宮は、赤い鳥居の向こうにある社殿もすっぽりと霧の中。何も語らずに沈黙したままだった。
そして芦ノ湖畔でぼんやりとやり過ごす夕暮れ。
白鳥のボートを漕ぎ、遊覧船に乗る家族連れの姿は、幾つ夏を越しても昔のままだ。
はしゃいで走り回る子供たち。おばあさんを気遣うお母さん。ちょっと退屈そうに後ろから付いてくるお父さん。
心のシャッターを押し、いつまでも変わらずにいて欲しいスナップショットを撮った。

長くなったのでブログは明日に持ち越し。富士五湖・西湖編に続きます。
まずは箱根神社にご挨拶。私にとっては江の島神社に次ぐパワースポットで、隣の九頭竜神社共々、龍に出会える場所だ。
手を合わせて瞼を閉じると、金色の大きな龍の頭が真正面にどっしりと構えているイメージ。その下で何匹もの小さな龍たちが、下界に向かって火を吐いている。しかし不吉な前兆ではなく、警戒度1程度のスタンバイのように感じた。
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むしろ心配なのは杉の御神木。なんだか色が薄くなり、伝わってくる気のパワーが落ちている。異常気象の影響がここまで来ているのだろうか。
参道で大木に耳をあてて何かを聴こうとしている老婦人を見かけた。
その様子を見て、クスクス笑いながら通り過ぎる若い女性たちのグループ。
感受性の鈍い人たちだなと思った。
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悠久の歳月を経て立っている杉の大木は、喋りも歩きもしないけれど、天と地を結びながら、人間の営みを見下ろし続けている生き物だ。
その太い幹に触り、抱きつき、音を聴く。心が通い合えば彼らのメッセージを感じ取ることが出来る。でもこの夏は、その声も弱々しい。
箱根神社を後にして、次は駒ヶ岳に登ってみた。
ロープウェイが上っていくにつれ、周囲は深い霧に包まれていく。
箱根神社元宮は、赤い鳥居の向こうにある社殿もすっぽりと霧の中。何も語らずに沈黙したままだった。
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そして芦ノ湖畔でぼんやりとやり過ごす夕暮れ。
白鳥のボートを漕ぎ、遊覧船に乗る家族連れの姿は、幾つ夏を越しても昔のままだ。
はしゃいで走り回る子供たち。おばあさんを気遣うお母さん。ちょっと退屈そうに後ろから付いてくるお父さん。
心のシャッターを押し、いつまでも変わらずにいて欲しいスナップショットを撮った。

長くなったのでブログは明日に持ち越し。富士五湖・西湖編に続きます。
August 26, 2007
秋一番のお客様
玄関を開けたら、ポーチの白壁にお客様。今年初めて見るカマキリだ。
何を考えてじっとしてるのか、ブローチかオブジェのよう。デジカメのレンズを近づけたら頭をクイッとこちらに向ける。
両親と一緒に、夏休みの度に訪ねた新潟の村では、そこらじゅうで見かけた戦闘士。
指を近づけてからかうと、じゃれた猫みたいに前足を振り上げて応戦してくる。気の強さが面白くて、草むらに腹ばいになっては相手をしたものだ。
日本大歳時記で探してみたら、カマキリは秋の季語で「蟷螂(とうろう)」と書く。
前足は鎌状をして他の虫を捕らえるので「鎌切」、拝むような格好もするので「拝み太郎」「祈り虫」、いぼを食べるというので「いぼむしり」「いぼじり」の名もあるという。
交尾の後に、メスはオスを頭から食べてしまうというのは本当だろうか。
ウィキで調べてみたところ、共食いの傾向は種によって大きく異なると書かれていた。
「極端な種においてはオスはメスに頭部を食べられた刺激で精子嚢をメスに送り込むものがあるが、ほとんどの種の雄は頭部や上半身を失っても交尾が可能なだけで、自ら進んで捕食されたりすることはない。」
上半身を失っても交尾が可能とはかなりグロだけど、交尾時の共食いはメスが自分より身体の小さなものに飛びつくという習性によるらしい。

ふうん。この子はメスなのかオスなのか、頭を触ろうと手を伸ばしたら、のそのそと壁を這い上がって行く。
バイバイ、また顔を見せに来てね。いずれにしても一秋の命を全うして欲しいものだ。
何を考えてじっとしてるのか、ブローチかオブジェのよう。デジカメのレンズを近づけたら頭をクイッとこちらに向ける。
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両親と一緒に、夏休みの度に訪ねた新潟の村では、そこらじゅうで見かけた戦闘士。
指を近づけてからかうと、じゃれた猫みたいに前足を振り上げて応戦してくる。気の強さが面白くて、草むらに腹ばいになっては相手をしたものだ。
日本大歳時記で探してみたら、カマキリは秋の季語で「蟷螂(とうろう)」と書く。
前足は鎌状をして他の虫を捕らえるので「鎌切」、拝むような格好もするので「拝み太郎」「祈り虫」、いぼを食べるというので「いぼむしり」「いぼじり」の名もあるという。
交尾の後に、メスはオスを頭から食べてしまうというのは本当だろうか。
ウィキで調べてみたところ、共食いの傾向は種によって大きく異なると書かれていた。
「極端な種においてはオスはメスに頭部を食べられた刺激で精子嚢をメスに送り込むものがあるが、ほとんどの種の雄は頭部や上半身を失っても交尾が可能なだけで、自ら進んで捕食されたりすることはない。」
上半身を失っても交尾が可能とはかなりグロだけど、交尾時の共食いはメスが自分より身体の小さなものに飛びつくという習性によるらしい。

ふうん。この子はメスなのかオスなのか、頭を触ろうと手を伸ばしたら、のそのそと壁を這い上がって行く。
バイバイ、また顔を見せに来てね。いずれにしても一秋の命を全うして欲しいものだ。
August 24, 2007
もしも津波注意報が出たら
湘南の海岸を散歩していると、津波が発生した場合に備えて『地震 = 津波 → 避難 すぐ高いところへあがってください!』の看板を見かける。
今月ペルー沖で起きたM7.9の地震では、藤沢市がうっかりと東海地震注意情報を流してしまったが、間違いに気づいた5分後に津波注意報の発令に切り替えた。
深夜で大事には至らなかったものの、もしこれが海水浴客やサーファーで賑わう真昼間だったら、皆どんな反応を示すだろう。
本当に津波が来るのかと半信半疑で見守る人たちも多いのではないだろうか?
津波のスピードは沖合いではジェット機並み、浅瀬でも新幹線並みと速く、必ずしも「引き波」のあとにやってくるとは限らない。
突然波が押し寄せる「押し波」もあるという。
ところが気象庁が行ったアンケート調査によれば、「大津波の前には必ず水が引く」と思っている人が75%だそうで、前兆がないからまだ大丈夫と悠長に構えているうちに、こぞって波に呑まれてしまう可能性もあるのだ。
湘南に大津波がきたときの被害はどれくらいか。
関東大震災では鎌倉の大仏まで波が押し寄せたと言うし、もしスマトラ沖地震のような10m級の津波が相模湾を襲ったなら、小田急線片瀬江ノ島駅のプラットフォームは水深3mぐらいに沈むと予測されている。
津波注意報を聞いたり、震度4以上の揺れを海辺で感じたら、まず高いところへ避難。
周りはどうかと反応を見る情報収集は、それから行えばいい。
4月3日の記事「たぶん大丈夫は本当に大丈夫? 」に書いたように、大規模災害で亡くなるのは、慌てて行動した人より、何もしなかった人の方が圧倒的に多いのだ。
穏やかな海は、いつ悪魔の海に豹変するとも限らない。
何が起こってもおかしくない世の中だということを、心の隅に認識しておきたい。

今月ペルー沖で起きたM7.9の地震では、藤沢市がうっかりと東海地震注意情報を流してしまったが、間違いに気づいた5分後に津波注意報の発令に切り替えた。
深夜で大事には至らなかったものの、もしこれが海水浴客やサーファーで賑わう真昼間だったら、皆どんな反応を示すだろう。
本当に津波が来るのかと半信半疑で見守る人たちも多いのではないだろうか?
津波のスピードは沖合いではジェット機並み、浅瀬でも新幹線並みと速く、必ずしも「引き波」のあとにやってくるとは限らない。
突然波が押し寄せる「押し波」もあるという。
ところが気象庁が行ったアンケート調査によれば、「大津波の前には必ず水が引く」と思っている人が75%だそうで、前兆がないからまだ大丈夫と悠長に構えているうちに、こぞって波に呑まれてしまう可能性もあるのだ。
湘南に大津波がきたときの被害はどれくらいか。
関東大震災では鎌倉の大仏まで波が押し寄せたと言うし、もしスマトラ沖地震のような10m級の津波が相模湾を襲ったなら、小田急線片瀬江ノ島駅のプラットフォームは水深3mぐらいに沈むと予測されている。
津波注意報を聞いたり、震度4以上の揺れを海辺で感じたら、まず高いところへ避難。
周りはどうかと反応を見る情報収集は、それから行えばいい。
4月3日の記事「たぶん大丈夫は本当に大丈夫? 」に書いたように、大規模災害で亡くなるのは、慌てて行動した人より、何もしなかった人の方が圧倒的に多いのだ。
穏やかな海は、いつ悪魔の海に豹変するとも限らない。
何が起こってもおかしくない世の中だということを、心の隅に認識しておきたい。

August 23, 2007
南仏気分の隠れ家フレンチ
昨日に続いて近所のレストラン紹介。歩いていけるフレンチレストランとして重宝しているのが、逗子市小坪にある「Le Pirate(ル・ピラート)」だ。
花屋さんの細長い石段を3階まで上ると、南フランスの田舎に来たみたいな可愛い入り口。
元は「ジャルダン・ヴェール」というフレンチのあった場所を、若いお髭のシェフと色白の可愛いスタッフとで切り盛りしている。
予約するならお勧めは、窓際の席だ。
西向きなのでこの季節、夕方はちょっと眩しいけれど、気分はギリシャ・ミロス島。
スタッコ風の白壁にオレンジの素焼き瓦のリゾートマンション群が広がっている。

フレンチとは言えどカジュアルなので、ディナーコース(前菜盛り合わせ・メインディッシュ・デザート・カフェ・パン)は2,800円。
前菜盛り合わせにはレバーも生ハムも、色とりどりの野菜もたっぷりだ。
「これお勧めなんです。私、毎日食べてます」に誘われて追加オーダーしたのは「しめ鯖のスモーク」。
メインディッシュには「イサキのグリル」を選んだ。
最後にコーヒーを飲む頃には、明日の晴天を知らせる夕焼け。
ねぐらに帰る鳥たちを目で追いながら、静かにゆっくりと流れる時間を楽しむ。
ちなみにブログのプロフィールに使っている写真はこの店で撮ったもの。
デジカメが必需品なプライベートレストランである。
花屋さんの細長い石段を3階まで上ると、南フランスの田舎に来たみたいな可愛い入り口。
元は「ジャルダン・ヴェール」というフレンチのあった場所を、若いお髭のシェフと色白の可愛いスタッフとで切り盛りしている。
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予約するならお勧めは、窓際の席だ。
西向きなのでこの季節、夕方はちょっと眩しいけれど、気分はギリシャ・ミロス島。
スタッコ風の白壁にオレンジの素焼き瓦のリゾートマンション群が広がっている。

フレンチとは言えどカジュアルなので、ディナーコース(前菜盛り合わせ・メインディッシュ・デザート・カフェ・パン)は2,800円。
前菜盛り合わせにはレバーも生ハムも、色とりどりの野菜もたっぷりだ。
「これお勧めなんです。私、毎日食べてます」に誘われて追加オーダーしたのは「しめ鯖のスモーク」。
メインディッシュには「イサキのグリル」を選んだ。
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最後にコーヒーを飲む頃には、明日の晴天を知らせる夕焼け。
ねぐらに帰る鳥たちを目で追いながら、静かにゆっくりと流れる時間を楽しむ。
ちなみにブログのプロフィールに使っている写真はこの店で撮ったもの。
デジカメが必需品なプライベートレストランである。
August 22, 2007
フェアレディZとイタリアン
逗子で旬の魚と野菜を食べるイタリアンレストラン。最近のお気に入りは裏通りの住宅街にある「Katsu's(カツズ)」だ。
いつぞや予約なしで行ったら超満員で入れなかったのだが、オーナーはじめスタッフの皆さんが平謝りして下さり、なんて接客態度の良い店なんだろうと感心した。
店の入り口でシンボルとなっているのは、ロングノーズのフェアレディZ。どうやって駐車したのかと驚くほど、玄関スペースにきっちりと収まっている。

少人数で行くなら、座りたいのはテーブルよりはカウンター席。
お喋り好きなオーナーと会話しながら、時にはレシピも教えて貰いながら、豪快な調理風景を見ることが出来る。
画像は魚のカマ焼き。日によって素材は変わるが、この日は尾長鯛をピリ辛のスパイスで時間をかけて焼いてくれた。イタリアンでありながら、青味にパクチーを使っているのが以外。白ワインが進んで困るほど、おつまみにはぴったりだ。

次の画像はタコの空揚げ。なんと網から生きているタコを取り出し、足を一本切り落とす。逃げようと擦り抜けるタコ、それを押さえるスタッフたち。
驚いたのは切り取った足が元気に動いていることだ。
オーナー曰く、「腕にからみついて、吸盤のあとが付いちゃうんですよ」。
カリカリに揚がったタコを塩で頂くと、またまたワインが進んでしまう。
親しみが増した記念に、勝手ながら小さなお土産を置いてきた。
前回訪ねたときに話に出た、私の父が乗っていたダットサン・フェアレディの写真だ。
キッチンの隅に貼ってくれたオーナーの心遣いが、幸せの調味料になったディナーだった。

いつぞや予約なしで行ったら超満員で入れなかったのだが、オーナーはじめスタッフの皆さんが平謝りして下さり、なんて接客態度の良い店なんだろうと感心した。
店の入り口でシンボルとなっているのは、ロングノーズのフェアレディZ。どうやって駐車したのかと驚くほど、玄関スペースにきっちりと収まっている。

少人数で行くなら、座りたいのはテーブルよりはカウンター席。
お喋り好きなオーナーと会話しながら、時にはレシピも教えて貰いながら、豪快な調理風景を見ることが出来る。
画像は魚のカマ焼き。日によって素材は変わるが、この日は尾長鯛をピリ辛のスパイスで時間をかけて焼いてくれた。イタリアンでありながら、青味にパクチーを使っているのが以外。白ワインが進んで困るほど、おつまみにはぴったりだ。

次の画像はタコの空揚げ。なんと網から生きているタコを取り出し、足を一本切り落とす。逃げようと擦り抜けるタコ、それを押さえるスタッフたち。
驚いたのは切り取った足が元気に動いていることだ。
オーナー曰く、「腕にからみついて、吸盤のあとが付いちゃうんですよ」。
カリカリに揚がったタコを塩で頂くと、またまたワインが進んでしまう。
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親しみが増した記念に、勝手ながら小さなお土産を置いてきた。
前回訪ねたときに話に出た、私の父が乗っていたダットサン・フェアレディの写真だ。
キッチンの隅に貼ってくれたオーナーの心遣いが、幸せの調味料になったディナーだった。

August 21, 2007
大人になった桃太郎
桃から生まれた桃太郎。おじいさん、おばあさんの手塩にかけて育てられ、どんな大人になったのだろう?
映画監督でドキュメンタリー作家である森達也氏の『王様は裸だと言った子供はその後どうなったか』を読んだ。この第3話に風刺をきかせた『桃太郎』が登場する。
桃太郎は優秀な成績で大学を卒業し、正義を愛する崇高なジャーナリストになる。テレビのゲストコメンテーターとしても人気者だ。
周りの期待を一身に集め、ここで一発キメたい桃太郎は、鬼が島の取材に行き特番を撮ることにした。
音声やサブカメラなど、取材クルーはジャーナリストの卵である犬と、サルと、キジだ。
彼らは船をチャーターして意気揚々と踏み出したが、問題が発生。鬼たちは離れ小島に引っ込んで暮らしているものの、何も危害は加えてこない。どうして退治する必要があるのか?
正義漢・桃太郎の考えとしては、鬼とは悪の化身である。おとなしいふりをして、ある日突然強奪にやってくるかもしれない。テロを画策しているかもしれない。悪い芽は未然に摘んでおくべきなのだと。
結果、海辺で漁をする鬼の子供たちを追いかけ回し、子を守ろうとする鬼の親たちを一網打尽に検挙して、桃太郎のレポートは全国ネットで流れてヒーローとなる。
ジャーナリストは時として主観にとらわれる。報道することにより悪へ懲罰を与えるのだと思い込む。
マスコミの過剰報道に国民たちが巻き込まれ、正義という名のもとに誰かを血祭りにあげなくては気がすまなくなる。刺客を送り、逮捕の文字に沸きあがる。
でもみんな、心の片隅で思っているんじゃないだろうか、調子に乗りすぎたと。本当は犯ってないんじゃないかと。
人間個々は冷静な良識を持っていても、強烈な個性に扇動されれば自分を忘れる。
報らせて悪を絶つ正義のヒーロー。その実の姿は邪心を隠し持った催眠術師かもしれないのだ。
あなたの周りにも「桃太郎」はいませんか?
映画監督でドキュメンタリー作家である森達也氏の『王様は裸だと言った子供はその後どうなったか』を読んだ。この第3話に風刺をきかせた『桃太郎』が登場する。
桃太郎は優秀な成績で大学を卒業し、正義を愛する崇高なジャーナリストになる。テレビのゲストコメンテーターとしても人気者だ。
周りの期待を一身に集め、ここで一発キメたい桃太郎は、鬼が島の取材に行き特番を撮ることにした。
音声やサブカメラなど、取材クルーはジャーナリストの卵である犬と、サルと、キジだ。
彼らは船をチャーターして意気揚々と踏み出したが、問題が発生。鬼たちは離れ小島に引っ込んで暮らしているものの、何も危害は加えてこない。どうして退治する必要があるのか?
正義漢・桃太郎の考えとしては、鬼とは悪の化身である。おとなしいふりをして、ある日突然強奪にやってくるかもしれない。テロを画策しているかもしれない。悪い芽は未然に摘んでおくべきなのだと。
結果、海辺で漁をする鬼の子供たちを追いかけ回し、子を守ろうとする鬼の親たちを一網打尽に検挙して、桃太郎のレポートは全国ネットで流れてヒーローとなる。
ジャーナリストは時として主観にとらわれる。報道することにより悪へ懲罰を与えるのだと思い込む。
マスコミの過剰報道に国民たちが巻き込まれ、正義という名のもとに誰かを血祭りにあげなくては気がすまなくなる。刺客を送り、逮捕の文字に沸きあがる。
でもみんな、心の片隅で思っているんじゃないだろうか、調子に乗りすぎたと。本当は犯ってないんじゃないかと。
人間個々は冷静な良識を持っていても、強烈な個性に扇動されれば自分を忘れる。
報らせて悪を絶つ正義のヒーロー。その実の姿は邪心を隠し持った催眠術師かもしれないのだ。
あなたの周りにも「桃太郎」はいませんか?
August 19, 2007
パワースポットに連れて行くもの
スピリチュアルな能力として良いのか悪いのか、死して彷徨っている魂を引き受けてしまうことが度々ある。
例えば1979年に火災事故が起きたT高速Nトンネル。数年後、旅行に行った際の出来事だ。
トンネルを通り抜ける途中、車の両脇から何本もの手が伸びてきて私にしがみつくのを感じた。トンネルを抜けた後もそれは離れず、私の両腕はずーんと鉛のように重くなった。
例えば友人と一緒に鎌倉の海蔵寺を訪ねたとき。
有名な井戸を見に仏殿裏に行ったところ、観光ツアーの団体客に道を塞がれて、やぐら(鎌倉時代後期に発祥した横穴式墳墓)の前で立ち往生してしまった。
家に戻ったその晩、寝苦しくて目が覚めると足元に、鎧兜を着た武士が立っている。無表情でこちらを見つめているが、特に悪さをするわけではない。
そして今月14日の夜。月初めに亡くなった友人が、「僕を連れて帰って欲しい」と訪ねてきた。
トランス状態になった私は車の鍵を取り、彼の望む場所へと走らせようとしたけれど、目的地はわからない。とんでもない徒労感に襲われてドライブを中止した。
こんな事態に陥ったときにする行動はいつも同じ。私のパワースポット、江ノ島の奥津宮へ行って手を合わせ、魂たちを天に昇らせるのだ。
昨日も朝早く家を出て、土産物屋が開き始めたばかりの江ノ島の階段を、奥へ奥へと上がった。連日の猛暑を覚悟していたら、汗もかかずに歩ける快適な天候。
途中で足をとめたヨットハーバーを見下ろす展望台からは、シラス漁の船が見える。なんて長閑な朝だろう。時間が止まっているようだ。
奥津宮に着くと人影はなく、境内をほうきで掃いていた宮司さんも、裏手に消えてしまった。
いつものように神殿に向かい礼をして、手を合わせる。
目を閉じると、大木の頂上に上っていくような感覚がやってきて、頭上には群青色の空。
2匹の龍がぐるぐると回りながら、友人の魂を連れて昇っていく。
やがて紅い牡丹の花が咲き乱れる場所で、嬉しそうにはしゃぐ友人の顔が見えた。
「とっても綺麗よ。貴方もつまらない世界にいないで、こっちにいらっしゃいよ」
「ごめん、私はまだ行けないの。でもいつか必ずね」
見守る天女たちに友人を託し、ほっとして奥津宮を後にする。
ずっと食欲がなかったけれど、役目を果たして爽快にお腹がすいた。
森戸海岸まで車を走らせ、オープンテラスの席で潮風と共に朝食をとった。
お盆も終り、空の色を映した海には、秋がそうっと近づいている。
例えば1979年に火災事故が起きたT高速Nトンネル。数年後、旅行に行った際の出来事だ。
トンネルを通り抜ける途中、車の両脇から何本もの手が伸びてきて私にしがみつくのを感じた。トンネルを抜けた後もそれは離れず、私の両腕はずーんと鉛のように重くなった。
例えば友人と一緒に鎌倉の海蔵寺を訪ねたとき。
有名な井戸を見に仏殿裏に行ったところ、観光ツアーの団体客に道を塞がれて、やぐら(鎌倉時代後期に発祥した横穴式墳墓)の前で立ち往生してしまった。
家に戻ったその晩、寝苦しくて目が覚めると足元に、鎧兜を着た武士が立っている。無表情でこちらを見つめているが、特に悪さをするわけではない。
そして今月14日の夜。月初めに亡くなった友人が、「僕を連れて帰って欲しい」と訪ねてきた。
トランス状態になった私は車の鍵を取り、彼の望む場所へと走らせようとしたけれど、目的地はわからない。とんでもない徒労感に襲われてドライブを中止した。
こんな事態に陥ったときにする行動はいつも同じ。私のパワースポット、江ノ島の奥津宮へ行って手を合わせ、魂たちを天に昇らせるのだ。
昨日も朝早く家を出て、土産物屋が開き始めたばかりの江ノ島の階段を、奥へ奥へと上がった。連日の猛暑を覚悟していたら、汗もかかずに歩ける快適な天候。
途中で足をとめたヨットハーバーを見下ろす展望台からは、シラス漁の船が見える。なんて長閑な朝だろう。時間が止まっているようだ。
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奥津宮に着くと人影はなく、境内をほうきで掃いていた宮司さんも、裏手に消えてしまった。
いつものように神殿に向かい礼をして、手を合わせる。
目を閉じると、大木の頂上に上っていくような感覚がやってきて、頭上には群青色の空。
2匹の龍がぐるぐると回りながら、友人の魂を連れて昇っていく。
やがて紅い牡丹の花が咲き乱れる場所で、嬉しそうにはしゃぐ友人の顔が見えた。
「とっても綺麗よ。貴方もつまらない世界にいないで、こっちにいらっしゃいよ」
「ごめん、私はまだ行けないの。でもいつか必ずね」
見守る天女たちに友人を託し、ほっとして奥津宮を後にする。
ずっと食欲がなかったけれど、役目を果たして爽快にお腹がすいた。
森戸海岸まで車を走らせ、オープンテラスの席で潮風と共に朝食をとった。
お盆も終り、空の色を映した海には、秋がそうっと近づいている。
August 16, 2007
人生はサンライズ・サンセット
なんだか眠れないままに夜を明かした。
窓の外が白み、目に痛いような太陽が昇ってくる。
朝に気づいたセミが、静寂を突き破って一番目の鳴き声をあげる。
東京で暮らしていた頃と比べると、空を眺める機会が圧倒的に多くなった。毎日表情を変える天空のキャンバスにカメラを向けては、たぶん一生に一度しかチャンスのない写真を撮っている。
日が昇り、うかうかしていたらすぐに日暮れ。
人生もし80年生きるとすれば、この繰り返しを29,200回も体験していくのだ。その中で泣いたり笑ったり、他人からみればちっぽけな営みでも、2人として同じ人生はないのが不思議だ。地球の営みの中で、今日の空はこれ1回しかないように。
ミュージカル『屋根の上のバイオリン弾き』の主題歌『Sunrise, Sunset(サンライズ・サンセット)』が、今日は何度も心にリフレインする。
Sunrise, sunset.Sunrise, sunset.
Swiftly flow the days.
Seedlings turn overnight to sunflowers,
Blossoming even as we gaze.
Sunrise, sunset.Sunrise, sunset.
Swiftly fly the years.
One season following another,
Laden with happiness and tears.
(日は昇り、また沈む
あっという間に毎日が過ぎる
苗は一晩でヒマワリなってしまう
私たちが見ている間に花開く
日は昇り、また沈む
あっというまに月日が過ぎる
季節は次に移ろい
幸せと涙をどっさりと載せて)
人生最高の日もあるだろう。悔しくて涙が止まらない日もあるだろう。
人はこの世を去る時、回転木馬のように一生を再体験するというのは本当だろうか。
送り火を焚く盆明け。亡くなった友人を送る小さな集まりに、今夜は参加する。
窓の外が白み、目に痛いような太陽が昇ってくる。
朝に気づいたセミが、静寂を突き破って一番目の鳴き声をあげる。
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東京で暮らしていた頃と比べると、空を眺める機会が圧倒的に多くなった。毎日表情を変える天空のキャンバスにカメラを向けては、たぶん一生に一度しかチャンスのない写真を撮っている。
日が昇り、うかうかしていたらすぐに日暮れ。
人生もし80年生きるとすれば、この繰り返しを29,200回も体験していくのだ。その中で泣いたり笑ったり、他人からみればちっぽけな営みでも、2人として同じ人生はないのが不思議だ。地球の営みの中で、今日の空はこれ1回しかないように。
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ミュージカル『屋根の上のバイオリン弾き』の主題歌『Sunrise, Sunset(サンライズ・サンセット)』が、今日は何度も心にリフレインする。
Sunrise, sunset.Sunrise, sunset.
Swiftly flow the days.
Seedlings turn overnight to sunflowers,
Blossoming even as we gaze.
Sunrise, sunset.Sunrise, sunset.
Swiftly fly the years.
One season following another,
Laden with happiness and tears.
(日は昇り、また沈む
あっという間に毎日が過ぎる
苗は一晩でヒマワリなってしまう
私たちが見ている間に花開く
日は昇り、また沈む
あっというまに月日が過ぎる
季節は次に移ろい
幸せと涙をどっさりと載せて)
人生最高の日もあるだろう。悔しくて涙が止まらない日もあるだろう。
人はこの世を去る時、回転木馬のように一生を再体験するというのは本当だろうか。
送り火を焚く盆明け。亡くなった友人を送る小さな集まりに、今夜は参加する。



































