June 2007

June 29, 2007

ポジティブ100%でいること

転居と新会社設立と共に、自分に課したルール。
仕事であろうとプライベートであろうと、ネガティブな人間は回りに置かないことだ。

「この会社、来年まで持つかなあ。」
「もっと切り詰めなきゃダメですよ。リストラしましょう。」
「俺たちの苦労なんて、誰もわかってくれないんだ。」

事業を営むのに経費節減はもちろん必要であるが、爪に火をともす利益にしがみつき経費を切り詰めたって、給料もモチベーションも上がらない。
ゴールの見えない山道で、朝から晩まで自転車を漕ぎ続ける空しさが続くのみだ。

いつも最悪の状況を念頭に置いて経営するのは、さらにペダルの負荷を重くしているだけのこと。
催眠商法のネガティブ版、「失敗する」「潰れる」と自己催眠をかけているのと同じことだ。そんな経営陣が社員たちに催眠をかけ続ければ、彼らの野心は縮小し、いずれ思ったとおりに倒産するだろう。

未来とは現実のコントロールから生まれ、自分の耳の中に反響する暗示が潜在意識となって、成功か失敗かへのベクトルとなる。

例えば今期の売上が10億円だったとして、来期はどう計画する?
「もし目標達成できなかったら? がっかりしないように、売上目標は11億に設定してあります。」
こんな考え方は未来の責任逃避。目標通りに売上は11億に留まるだろう。

「目標は、売上20億円!」
具体的な数値が潜在意識となり、成功を100%信じ続けることで、夢は現実に向かっていく。きっと自分をサポートしてくれる人たちや利益率の良い仕事が、自然と集まってくるはずだ。運とはそういうものだからだ。

私のもう一つの役目、「巫女」としての使命は、ともすればマイナス志向に陥りそうな人たちにパワーをあげる事だと思っている。パワーを高めるため、風水師のMaster Kohからも心のトレーニングを受けてきた。

目標は、ポジティブ100%仲間だけを周りに集めること。
「絶対に大丈夫!」
言葉を信じて笑顔と自信を取り戻してくれた人は、一生涯の友人になる。


June 28, 2007

氏神様の守り猫

6月26日の記事「押しかけペットふたたび」の猫について、ずっと考えていた。
以前どこかで会った記憶があるのだ。夢の中とかデジャヴでなくて、本当に会ったことがある。

データフォルダを探して発見。この猫だ。
昨年の3月、写真を撮ったときは太ってはいてもまだ子供だった。大人になった今は三毛の色こそ濃くなったが、目に特徴があったのでよく覚えている。

須賀神社の猫


我が家から歩いて5分ほどの距離にある氏神様「須賀神社」の石段にいた猫。
当時私は逗子に来るのは週末だけだったが、いつ前を通っても必ず石段の同じ場所で寝ている、「狛犬」ならぬ「狛猫」のような存在だった。
しかし1年ほど前から姿を消して、階段にはエサ入れだけが残されていたが、冬になりやがてそれも無くなった。

デジカメを持って、神社の前に立つ。
猫はいなかったけれど、屋根にレンズを向けて驚いた。お社を守るように龍の彫り物が施されているのだ。
ここにも龍が居たとは、またもや不思議な巡り会わせである。

須賀神社1須賀神社の龍


バス停で貼紙を見ると、小坪須賀神社祭礼「天王祭」のポスター。
7月14日〜22日までと2週間に渡るお祭があるらしい。
押しかけペットのリズは石段の定位置に帰ってくるのかな。

天王祭

June 27, 2007

真夜中のラップ音

東京で暮らしていた頃の生活習慣と明らかに違うこと。
時間は短くてもぐっすりと眠れるようになったことだ。ベッドに横になった途端、ものの1〜2分もあれば寝てしまう。

ところが夕べは、会合で相当飲まされて帰ってきたに関わらず、全く睡魔が襲ってこなかった。横になって本を読んでみても、ページはどんどん進み1冊を読み終わってしまう。

深夜1時半頃だろうか、部屋の隅からパシッ、パシッというラップ音が聞こえてきた。
木造家屋でよく起きる現象だが、我が家は鉄筋コンクリート。たまに何かの音がすることはあっても、こんなに一定の間隔で鳴り続けるのは初めてだ。

目を閉じて約1時間。頭はますます覚醒するばかりで、音の発生する方向に神経が集中していく。
発生源は隣の部屋、ウォーキングクローゼット。
何かいるのだろうか。思い切ってドアを開けた。

明かり取りの窓を見上げて気付いたのは、ああそうだ、窓の下に「九頭龍神社」のお札が置いてあるのだった。
箱根神社に行った際、何の気なしに買ってきたお札だけど、風水師のMaster Kohに「それは大切にしなさい」と言われて祀っておいたものである。

頭を下げて手を合わせる。
「どうか周りの方々が、愛に恵まれますように」
それ以降ラップ音はぴたりと止まって、ベッドに戻った私にも眠りが訪れた。

それにしても今月は、かつてない頻度で龍が私にメッセージを送ってくる。
吉兆であるようにと祈らずにはいられない。



June 26, 2007

押しかけペットふたたび

昨日は午後から東京へ。夜9時過ぎに帰宅した。
我が家の愛らしい侵入者、凌霄花(ノウゼンカズラ)の脇を通って玄関に行くと何かがいる!
また新たな侵入者を発見してしまった。

いや、正確に言えばこれが2回目。
4月8日の記事「暖かい瓦屋根の猫」で紹介したリズだ(私が勝手に付けた名前)。
鳥でもないのに、彼女はいきなり2階の屋根に出現して助けを求めてきたデブ猫である。
勝手に登ってきたくせに「降ろせ降ろせ」と大騒ぎされ、仕方なく大きなボディをぶら下げて地上に帰してあげてから、ずっと姿を見かけなかった。

約2ヶ月半ぶりの再会。私の姿を見つけるとニャーニャー甲高い声を上げる。
発情期なのかな。甘ったれて身体を摺り寄せてくるけれど、私は君の飼い主じゃないぞ。
いったい何の用事? 数ある家々の中からどうして我が家を選ぶの?

リズ1リズ2


「入っちゃダメよ。お家に帰りなさい。」
中に入れろと鳴き続けるリズの前で、心を鬼にしてドアを閉めた。
毛並みは綺麗だし、太ってはいるし、きっと飼い猫なのだから諦めて帰るだろう。

1時間後にそっとドアを開けてみる。
「ニャー、ウミャー!」
まだ居るんだ。しかも騒ぎ方が先ほどよりも激しい。何を訴えているのか、そんなに顔を見ないでよ。
押しかけ女房ならぬ、押しかけペットは初めてだ。

ごめんね、入れてあげたいけれどペット禁止のマンションなの。
シンデレラのタイムリミットを過ぎたら、さすがに姿を消していたのがちょっと淋しい。
こんな時こそ猫語を教えてくれるNOVAがあれば、企業再生になるかと思うのですけどね。

June 25, 2007

生命の味を食する

恵比寿から逗子に移り住んで、友人達から聞かれること。
「買い物が不便でしょう?」
「スーパーは近くにあるの?」
まるで度田舎に住んでいるかのようだ。歩いて5分の距離には静かな商店街があり、八百屋、肉屋、魚市場を覗きながら、今日の新鮮な素材を選ぶ。

恵比寿では住居の隣がデパートで便利ではあったが、食料品売り場の広さに反比例して、買いたい物が見つからないのだ。
野菜も魚も高額の割にはあまり美味しくなく、専門店のお惣菜は高カロリー。フロアーをぐるぐる3周してもまだ決まらないことが多々あった。

逗子は魚が美味しいのは当たり前だが、一番のお気に入りは「鎌倉野菜」。
鎌倉の若宮大路にある「鎌倉市農協連即売所」では、登録した30の農家が4グループに分かれて、交代制で朝獲りの露地野菜を出品している。
形は不ぞろいだし、泥つきなので下ごしらえが面倒だけど、どれも土の香りに満ちている。

農協連直売所1農協連直売所2鎌倉野菜


私が今朝買ったのは、トマト、ルッコラ、ズッキーニ、アーティーチョーク、タマネギで、レジ袋2つ分だ。値段は驚くなかれ、全部で900円。スーパーで買ったら軽く3倍はするだろう。
1,000円を越えるときはトマト一山をおまけしてくれたり、ズッキーニだって一番大きいのを選べと、おばちゃん、お兄ちゃんがアドバイスをくれる。

家に帰ってさっそく試食。完熟トマトを丸ごと食べてみた。
緑のヘタから青臭い匂い。子供のころ遊びに行った田舎の家で、裏庭のトマトにかぶりついた夏を思い出す。

レジ袋から出した野菜たちは、しなびないよう新聞紙に包んで冷蔵庫に入れたら1週間分はOKだ。
ベーコン、ニンニクがあるので、ラタトゥイユを作ろうかな。
太陽の恵み、生命の味を食する幸せは、デパートやスーパーでは買えない贅沢である。



June 24, 2007

パワースポットで見たもの

私は物書きです。作詞家、脚本家、構成作家、プログラマー・・、著作物には読み手に興味と喜びを与えるための、当然ながらの脚色があります。

ただしもう一つ、生まれる前から請け負っていた使命の「巫女」として、日本に生まれてきた義務として、嘘ではないものを伝える義務を背負っています。
これから書き落とすことは物書きではなく巫女として、私の感情を度外視したものだと予めお伝えしておきます。

さて、昨日の夕方に江ノ島に行きました。
疲れていたので不本意ではありがなら、弁天橋から船に乗って岩屋に着き、期待度0%の洞窟にも行きました。
江ノ島の秘境である洞窟は、落盤事故があってから閉鎖されていましたが、今はカップルの女の子が「キャー、怖いっ!」と、彼に抱きつくホラースポットです。

なぜそんな所に行ったか。古代のメッセージを封じこめてしまった洞窟はただの観光場所でありながら、実は第一洞窟の奥に、富士山の「人穴」に通じているという細道があるからなのです。修復される前、子供のころに何度も覗いたその洞穴は神秘そのものでした。

江ノ島の岩屋1江ノ島の岩屋2


やっぱり既にここは終わっている。
当然のがっかりのあとは奥津宮へ。私のパワースポットです。
いつもと逆コースなので、最初は五頭の龍が祭られている龍宮の前に立ってまたがっかり。オブジェとしてお賽銭稼ぎの場所に作られたのはわかっていましたが、当然ながら龍はいません。江ノ島から消えているのです。
いったいどこに行ったのか、先日彼らが睨んでいた東方に飛んで行ったままのなか、空を見上げても答えは見当たりませんでした。

次に私のメインステージ、奥津宮に頭を下げて目を閉じると・・、これまで見たこともない強いメッセージを受け取ったのです。
ひらがなの「し」を逆にした形。地上に稲妻が落ちたイメージではありましたが、炎のようにもっと赤い色です。地上を突き刺す力強さなのに、下のほうが不自然に曲がっているのが気になります。それが何か、目を閉じて目をこらして注視し続けてわかったのは、炎の前にある歪みは高層ビルの角。その後ろに真っ赤な衝撃が落下しているのだろうと見てとれました。

6月の奥津宮

怖くなって急ぎ足で階段を下りて、途中にある二つの神社にもよりましたが、先ほどの赤い衝撃はもう見えません。まぶたの裏に浮かんだのはフラットな、白い灰のような大地でした。

そして江ノ島から離れる弁天橋。とても不思議な光景を見たのでここにアップします。
それは一方的なメッセージではなく、見た者が右にも左にも、ラッキーとも不吉とも取れる美しい光でした。
巫女として独りよがりな意見は言えせんが、ここだけの秘密、まだ間に合うと思うのです。
どうか皆さん、隣人を愛し綺麗な心でいて下さい。愛が集合すれば、世間が不安を抱いている今後の危機はきっと乗り切れるはず。

弁天橋から


「私は逃げなくちゃちいけないの?」
「そこに居て大丈夫。」
確かに聞こえた声が明日の安心を示唆していることを最後に記します。


June 23, 2007

ベランダからの侵入者

2階の書斎で仕事をしていると、このごろ誰かに覗かれている気がする。
私はアイデアが浮かんだその時が執筆タイム。服を半分着かけた状態や、入浴途中でバスタオルを巻きつけたままPCに向かうこともあるので、非常にマズイ。

覗いてるのは誰!
思い切ってカーテンを開けたら、意外な犯人を発見した。
凌霄花(ノウゼンカズラ)、英語名はTrumpet Creeper。鮮やかなオレンジ色の花たちが、知らぬ間にぐんぐんとベランダに侵入してきている。

のうぜんかずら1のうぜんかずら2


確か1階で咲きはじめたはずが、恐るべき生命力。下垂するのではなく、他の木に巻きついて這い上がっていくツル植物なのだ。

花占いを見てみると、
『草原の輝きにも似たあなたの瞳。どんな人をもひきつけずにおきません。開放的でWILDな面も魅力的。あなたは、生きることの喜びを知っている人です。その喜びを、恋人にもわけてあげてください。』
(引用元:『366日誕生花の本』 瀧井康勝著 )

なんだか気を良くしてしまったところで、外は青空のリゾート日和。出かけなくちゃ。
観光客をかき分けて、これから江ノ島の弁財天と守護神の龍に逢いに行ってきます。


June 22, 2007

老人たちのメッセージ

先月末に東京から逗子へ引っ越して、私は「何か」から避難したのだと思う。見て見ぬ振りをする乱れた生活は遠ざかり、心も表情も落ち着いた。
それでも襲ってこようとする敵には、2匹の龍が炎を吐き出さんほどの口を開き、空から威嚇する。

例えば今週、チンピラのような連中から私を困らせようとするメールが届いた。
放っておけばいい。なのに龍たちがボディガードのごとく過剰反応するのは、相当ピリピリした緊迫感を持っているのだろう。いったい何に備えているのか、私は首を傾げて空を眺めるばかりだ。

昨日はティータイムに仕事を終え、父がいる介護施設に車を飛ばした。
予定していなかったのに何故か。祖父母の墓にお参りし、スパ爆発事故の危機から守って頂いたお礼をしたら、お父さんを訪ねてちょうだいと祖母の声がしたからだ。

夕陽が差し込む面会コーナー。
いつもは『みんなに配るお小遣いが欲しい』とか『昔の彼女はどうしてる』とか、私を困らせる父の様子がおかしい。『ベッドに寝かしてよ!』とヒステリックに言い続けるのだ。
『寝かしてくれ』は車椅子に座っている姿勢が辛くなるのが原因だが、どうも今回は違っていた。目を開けているとイライラして気が狂いそうだと、涙をこぼしながら訴えるのである。

父の涙を初めて見た私のもとに、見知らぬお婆さんが近づいてきた。彼女は大きなグラフィック雑誌を差し出して、何かを訴えようとしている。
「どうなさったの? ああこれ、綺麗な写真ですねぇ。」
表紙だけ見て答える私に、そうではない!と首を振る彼女は、父と同じく目に涙を溜めている。
『ああ、うう』としか言えないけれど、もどかしげに大事なことを伝えようとしているのだ。

そしてもう1人。車椅子のお爺さんが遠くから何度も頭を下げて挨拶してくる。
えっ、私に? この施設で父以外に知り合いはいないのに、どうして挨拶するの?

想像するに、彼らは小動物だ。
大地震や戦争の前触れを感じて騒いだり、いきなり姿を消したりする小動物と似ていないか?
脳に損傷を受けている父、アルツハイマーらしきお婆さんとお爺さんは、私達とは違う感受性を研ぎ澄まし、得体の知れない恐怖に怯えきっているように見えた。
「大丈夫よ、心配しなくていいのよ。」
私は曖昧な返事しか出来ないまま父の手をさすり、お婆さんの顔を覗き込み、お爺さんに笑顔で手を振った。

果たして2匹の龍は、敏感に反応している小動物たちを守ってくれるのだろうか。
歳は取ろうと頭は呆けようと、どんな命だって美しい。
暮れていくグレーの空に姿は見えなかったけれど、心の声は届いていると信じよう。


June 21, 2007

2匹の龍を見た朝

早朝、眠りの中で誰かに呼ばれて目が覚めた。
「お風呂に入って身体を清めなさい。そして空を見なさい。」

訳もわからずベッドから降りてバスルームへ。
窓の外は今日も青空で、餌を探すトンビたちがゆっくりと弧を描いている。ガラス窓に面した我が家のお風呂からは、空と緑と海を眺めることができるのだ。

やがてお湯が溜まりバスタブに身体を沈めると、先ほどまで無かったものが目の前に現れた。
龍の形をした2つの白い雲が、正面にぽっかりと浮かんでいる。大きく口を開いた頭には眼もあり角もあり、うねった尾は海から登ってきたかに見える。
2匹とも威嚇するように東の方角を睨みながら、私の前に留まっている情景は・・・、まるで飼い主の横に寝そべり、暗闇の敵に向かってウーッと唸る犬だ。

彼らに向けて両手をかざすと、手のひらが燃えるように熱くなった。
どうしたの? 何を伝えたいの?
残念ながらその意味はわからない。

10分ほど空を眺めて、バスタブから出た。
髪を洗ってふと顔を上げると、2匹の龍は跡形もなく消えている。立ち上がって東の方角を探したけれど、頭も尾も見当たらない。スピードを上げて飛んで行ってしまったのだろうか。

お風呂から出てベッドルームに戻り、窓を大きく開けた。
部屋の隅に置いたクリスタルの龍は、階下にある金色の龍(5月5日の記事「パワースポットと龍伝説」参照)と共に、風水師のMaster Kohからプレゼントされた風水の置物だ。
必ず海に向けて置くようにと言われたその姿、まるで子供の龍が親を呼んでいるように見える。

海を見る龍

PCを立ち上げてメールをチェックすると、偶然にもMasterからのメッセージ。7月7日から15日まで日本にやってくるとか。とても重要な用事があるそうだが、私にはまだその意味はわからない。

火曜日の不思議な出来事を含めて、今は散らばっているリンクが繋がったときに何が起きるのか。感じるのは不安と期待、すべては自然に任せて天命を待つ気分である。

June 20, 2007

導かれた運命の分かれ道

昨日は午前中から東京へ。会合や会議に幾つか出席し、午後2時過ぎに解放された。
次の約束までのプライベートな数時間、行く場所はもう決めている。以前からネットで充分な下調べをして予算も用意してある。

足早に歩きJR山手線のホームに降りていくと、品川・東京方面行きの電車が来ていた。時間調整をしているのか、ドアは開いたままで何のアナウンスもない。
しかし私が乗るのは渋谷・新宿方面。運悪く出たばかりのようで、待っている人数はまばらだ。
やがて反対側で発車メロディーが鳴り出す。なんだか心がザワザワして、居ても立ってもいられない気持ち。息を止め、ドアが閉まる寸前に飛び乗ってしまった。渋谷に行くはずだったのに・・。

なんで乗っちゃったんだろう。どこへ行こう。
とりあえずは友人が経営している喫茶店に向かうことにした。
いつもなら常連達が集う夕方以降に顔を出すのだが、午後2時半のカウンターは知らないお客さんばかりである。

コーヒーを頼み、マスターとぽつりぽつり雑談していると、友人から携帯メールが届いた。
『渋谷で爆発、数名負傷』
その後またメール。
『渋谷と言うより松涛。原因調査中、家が一軒全壊』

いやな予感がしてニュースをチェックすると、信じられない速報が眼に飛び込む。
『東京・渋谷の温浴施設で爆発』。シエスパって、さっきまで私が行こうとしていた施設じゃないの!
もしあのまま渋谷方面行きに乗っていれば、シエスパに着くのはちょうど爆発時刻の2時半ごろ。通行人として被害に遭っていたかもしれない。

「さすが悪運が強いね。守護神に龍がいるだけのことはあるよ!」。マスターが目を丸くして声を上げる。被害に遭われた方は本当にお気の毒だが、どこかに運命の分かれ道があったことは確かだ。

そうそう、前日にもうひとつ不思議なことがあった。
買い物に行こうと車に乗ったら、いつもはすんなり走る道が工事中だらけ。偶然近づいた鎌倉霊園に寄ることにした。
祖父母が眠る墓に手を合わせていると、どこから現れたのか黄色い蝶が私の周りを飛んでいる。墓参りを済ませて車に乗り込むまで、それは私にずっと付きまとっていた。
何かを伝えたかったのだろうか。

強くはっきりと感じるのは、誰かが強いパワーで守っていてくれること。
運命の分かれ道で助かったことは今回だけでなく、過去に何度もあったからだ。
パワーの発信源は、たびたび私の背後に写る江ノ島の龍かもしれないし、天国にいる祖父母や先祖かもしれない。

そして彼らから伝わってくる波動のようなメッセージ。
昨年の秋から居ても立ってもいられない気持ちが続き、今年5月末に東京から逗子へと引っ越した。
これが何を意味するのか、今はわからない。運命の分かれ道がまたやってくるのだろうか。