May 2007
May 31, 2007
人生管理システムを開発する
WEBプログラミングの講師として教壇に立っていた頃、同時進行でCGIとデータベース連携のテキスト制作も行っていた。
サーバはUnix、DBはOracle、言語はPerlとSQLで、サンプルとする「社員情報管理システム」やら「宿泊予約システム」を開発していたのだが、私の頭の中では歌詞や脚本を書くのと同一ラインにある作業だったと思う。
絵が見える具体的な目標に向かって、資料収集、スキームの組立て、開発(実際にソースなり文章を書いていく作業)、不具合の修正、クライアントへの摺り合わせ、最終決定へ。
理論武装がきちんと通り、いかに無駄がなく美しい文を書けるかが、作詞家なりプログラマーのセンスでもある。
開発の際、プログラムが異常終了したとき、Unixでは自動的にメモリ内容がダンプされる。
そのファイル(コアファイル)をデバッガに読み込ませ、エラーが起きた箇所を見つけてプログラムを修正していくのだ。
このダンプという言葉、ネット上ではよく「ブレインダンプ」という言葉で見かける。
数年間で億万長者になった平秀信氏が行ってきたエクササイズで、脳に埋まっている全ての情報を引き出し、今すべき事が一瞬で見えるようになる作業だ。
コンピュータの頭脳がメモリ内容を吐き出すのと同様に、私たちの頭脳に溜まった情報をすっからかんになるまで吐き出す。
ステップ1から12までの手順はネット検索して頂くとして、結果ステップ12では「ライバルの1000倍の結果を手にする」、「やる人とやらない人では年収に18倍以上の差が付きます」なんてことが書かれている。
非常に時間のかかる辛い作業ではあるが、これ以上に汗は出ないというほどサウナに入り浸った実感? 自分の核心である「コア」を知るのには最適な作業だろう。
そして私の現在の環境は、まさしくコアダンプ状態。
引越しも新会社立ち上げも一挙にひっくるめて行い、STEP2の「今現在やらなくてはならないこと」を書き出せば、それだけで一日を費やすほどだ。
しかし目標は今そこにある危機からの脱出ではなく、これまで生きてきた・これからも生きていく自分のコアは何なのか、片目をつぶらずに見極めることだと思っている。
というわけで今日も活動開始。私の人生管理システムはまだまだ開発途中である。
サーバはUnix、DBはOracle、言語はPerlとSQLで、サンプルとする「社員情報管理システム」やら「宿泊予約システム」を開発していたのだが、私の頭の中では歌詞や脚本を書くのと同一ラインにある作業だったと思う。
絵が見える具体的な目標に向かって、資料収集、スキームの組立て、開発(実際にソースなり文章を書いていく作業)、不具合の修正、クライアントへの摺り合わせ、最終決定へ。
理論武装がきちんと通り、いかに無駄がなく美しい文を書けるかが、作詞家なりプログラマーのセンスでもある。
開発の際、プログラムが異常終了したとき、Unixでは自動的にメモリ内容がダンプされる。
そのファイル(コアファイル)をデバッガに読み込ませ、エラーが起きた箇所を見つけてプログラムを修正していくのだ。
このダンプという言葉、ネット上ではよく「ブレインダンプ」という言葉で見かける。
数年間で億万長者になった平秀信氏が行ってきたエクササイズで、脳に埋まっている全ての情報を引き出し、今すべき事が一瞬で見えるようになる作業だ。
コンピュータの頭脳がメモリ内容を吐き出すのと同様に、私たちの頭脳に溜まった情報をすっからかんになるまで吐き出す。
ステップ1から12までの手順はネット検索して頂くとして、結果ステップ12では「ライバルの1000倍の結果を手にする」、「やる人とやらない人では年収に18倍以上の差が付きます」なんてことが書かれている。
非常に時間のかかる辛い作業ではあるが、これ以上に汗は出ないというほどサウナに入り浸った実感? 自分の核心である「コア」を知るのには最適な作業だろう。
そして私の現在の環境は、まさしくコアダンプ状態。
引越しも新会社立ち上げも一挙にひっくるめて行い、STEP2の「今現在やらなくてはならないこと」を書き出せば、それだけで一日を費やすほどだ。
しかし目標は今そこにある危機からの脱出ではなく、これまで生きてきた・これからも生きていく自分のコアは何なのか、片目をつぶらずに見極めることだと思っている。
というわけで今日も活動開始。私の人生管理システムはまだまだ開発途中である。
May 30, 2007
愛しのJ.J.MONKS
湘南で暮らし始めたのは小学校1年の秋。
片瀬、七里ガ浜、津、逗子・・と引越しをしながら、いちばん長く通った店は七里ガ浜のビーチ前にあったレストラン・バーのJ.J.MONKSだ。
少々風が肌寒い、でも日差しは確実に春の3月、午後のアウトデッキからキラキラ光る波を見るのが好きだった。オーダーするのはキーンと冷えたバドワイザーと、ボリュームたっぷりなハンバーガープレート。この味を覚えた友人が、長野から鎌倉に引っ越してきたのには驚いたっけ。
昨年の9月にJ.J.MONKSは23年間の幕を閉じ、シューズショップのABC MARTに場所を譲った。
行き場をなくした常連たちは、六地蔵のTHE BANKでカウンターに並んだり、誰かの家で持ち込みパーティーを開いたり、中には「J.J.が再開するまでじっとしてます」なんていう期間限定ヒッキーもいた。
そして今月の初めに届いたブルーの絵葉書は、J.J.MONKS 2nd.ステージの案内状。
逗子駅の近くに場所を移して今日、5月30日から再オープンする。
文面を引用させて頂くと、
「ランチ難民、ディナーシングルにBAR TIMEジプシー、カリブの海賊にムーラントサーファー、ジゴロに手品師に踊り子たち・・。本当にお待たせしました。」
ここに出てくる固有名詞たちが、昨夜のプレオープニング・パーティーに集まった。
内輪の集まりと言いながら、店内は大盛況。
中に入るとオーナーのK氏から「ゆりちゃーん、いらっしゃーい!」とハグの歓迎を受ける。
「体調整えて、肝臓鍛えておいてくださいね。」と予告された通りに、さっそくビールを飲んでワインを飲んで、カメラに向かってVサイン。
国道134号線の渋滞や真っ赤なサンセットはもう見られないけれど、集まるゲストたちが湘南の海を連れて来る。
家から歩いて行ける距離に帰ってきた、元祖湘南ワルガキ発信地。
「もう今日は終わり〜」と追い出されるまで、ローリングストーンズで踊った夜がまた始まる。
片瀬、七里ガ浜、津、逗子・・と引越しをしながら、いちばん長く通った店は七里ガ浜のビーチ前にあったレストラン・バーのJ.J.MONKSだ。
少々風が肌寒い、でも日差しは確実に春の3月、午後のアウトデッキからキラキラ光る波を見るのが好きだった。オーダーするのはキーンと冷えたバドワイザーと、ボリュームたっぷりなハンバーガープレート。この味を覚えた友人が、長野から鎌倉に引っ越してきたのには驚いたっけ。
昨年の9月にJ.J.MONKSは23年間の幕を閉じ、シューズショップのABC MARTに場所を譲った。
行き場をなくした常連たちは、六地蔵のTHE BANKでカウンターに並んだり、誰かの家で持ち込みパーティーを開いたり、中には「J.J.が再開するまでじっとしてます」なんていう期間限定ヒッキーもいた。
そして今月の初めに届いたブルーの絵葉書は、J.J.MONKS 2nd.ステージの案内状。
逗子駅の近くに場所を移して今日、5月30日から再オープンする。
文面を引用させて頂くと、
「ランチ難民、ディナーシングルにBAR TIMEジプシー、カリブの海賊にムーラントサーファー、ジゴロに手品師に踊り子たち・・。本当にお待たせしました。」
ここに出てくる固有名詞たちが、昨夜のプレオープニング・パーティーに集まった。
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内輪の集まりと言いながら、店内は大盛況。
中に入るとオーナーのK氏から「ゆりちゃーん、いらっしゃーい!」とハグの歓迎を受ける。
「体調整えて、肝臓鍛えておいてくださいね。」と予告された通りに、さっそくビールを飲んでワインを飲んで、カメラに向かってVサイン。
国道134号線の渋滞や真っ赤なサンセットはもう見られないけれど、集まるゲストたちが湘南の海を連れて来る。
家から歩いて行ける距離に帰ってきた、元祖湘南ワルガキ発信地。
「もう今日は終わり〜」と追い出されるまで、ローリングストーンズで踊った夜がまた始まる。
May 29, 2007
最後に寄りたい店
夕方から呑んで食べて、そろそろ日付が変わる時刻。家路に着くはずが、灯りに誘われてつい立ち寄ってしまう店がある。
日の丸自動車学校のはす向かい、目黒の三田通りにあるラーメン屋「大龍」だ。

自動ドアを開けると、おとうさん(って勝手に私が呼んでる)が「おっ、来たな〜」とニヤリとし、従業員たちも笑って出迎えてくれる。
「まったくこの人はねー、店が閉まってから無理やり入ってくるし、ワインは持ち込むし、朝まで居座るし、ほんと困った客なんだからさ、ハハハ」。
カウンターのお客に、おとうさんが私を紹介するときの決まり文句だ。
いつも大龍で注文するのは生ビールと3色餃子(海老餃子、しそ餃子、普通の餃子のセット)。
毎日作っているご自慢のチャーシューを少々と、野菜がいろいろ入った浅漬け。これがビタミンCたっぷりで美味しいのだ。
この浅漬けの作り方、京都の某有名料亭の花板さんから伝授してもらったそうで、おとうさんは引き換えに賄い食メニュー2〜3品を教えたとか。

ちなみに驚くなかれ、おとうさんは日体大&パレスホテルの出身。英語はネイティブ並みだし、体育会系子育てを受けた子供たちは、某一流企業で表彰状を貰うほどの優秀さだ。
そんなバックグラウンドは億尾にも出さず、「常連さんたちが毎日来てくれるのが嬉しいからね」と、お昼から深夜まで中華鍋を振って麺を茹でる。
しかし他店同様ご多分にもれず、おとうさんの悩みは求人難。なかなか良い応募者が来ない。
そこで学生時代にバイトしてくれた子たちにSOSの電話を入れると、「よし、わかった!」で快く助っ人に来てくれるのだという。
みんな昼間は学校の先生であったり、老舗ブティックの店員であったりしながら、、夜は勝手知ったる大龍のキッチンで学生時代に戻る。餃子の焼き加減なんてお手の物で、おとうさんの立派な片腕なのだ。
楽しいな。でも言いたくないけど言わなくちゃ。
逗子への引っ越しを打ち明けると、おとうさんはしばし呆然。「せっかく仲良くなったのに〜」としょんぼりした。
ごめんね。引っ越しても時々は襲いに来るからね。
だってまだ私、この店のラーメンを食べたことがないんだから!!
日の丸自動車学校のはす向かい、目黒の三田通りにあるラーメン屋「大龍」だ。
自動ドアを開けると、おとうさん(って勝手に私が呼んでる)が「おっ、来たな〜」とニヤリとし、従業員たちも笑って出迎えてくれる。
「まったくこの人はねー、店が閉まってから無理やり入ってくるし、ワインは持ち込むし、朝まで居座るし、ほんと困った客なんだからさ、ハハハ」。
カウンターのお客に、おとうさんが私を紹介するときの決まり文句だ。
いつも大龍で注文するのは生ビールと3色餃子(海老餃子、しそ餃子、普通の餃子のセット)。
毎日作っているご自慢のチャーシューを少々と、野菜がいろいろ入った浅漬け。これがビタミンCたっぷりで美味しいのだ。
この浅漬けの作り方、京都の某有名料亭の花板さんから伝授してもらったそうで、おとうさんは引き換えに賄い食メニュー2〜3品を教えたとか。
ちなみに驚くなかれ、おとうさんは日体大&パレスホテルの出身。英語はネイティブ並みだし、体育会系子育てを受けた子供たちは、某一流企業で表彰状を貰うほどの優秀さだ。
そんなバックグラウンドは億尾にも出さず、「常連さんたちが毎日来てくれるのが嬉しいからね」と、お昼から深夜まで中華鍋を振って麺を茹でる。
しかし他店同様ご多分にもれず、おとうさんの悩みは求人難。なかなか良い応募者が来ない。
そこで学生時代にバイトしてくれた子たちにSOSの電話を入れると、「よし、わかった!」で快く助っ人に来てくれるのだという。
みんな昼間は学校の先生であったり、老舗ブティックの店員であったりしながら、、夜は勝手知ったる大龍のキッチンで学生時代に戻る。餃子の焼き加減なんてお手の物で、おとうさんの立派な片腕なのだ。
楽しいな。でも言いたくないけど言わなくちゃ。
逗子への引っ越しを打ち明けると、おとうさんはしばし呆然。「せっかく仲良くなったのに〜」としょんぼりした。
ごめんね。引っ越しても時々は襲いに来るからね。
だってまだ私、この店のラーメンを食べたことがないんだから!!
May 28, 2007
イゼッタに乗った夜
大磯ロングビーチのヴィンテージカーレースに参戦していた友人から、午後8時過ぎに携帯メールが届いた。鎌倉のBANKに来てるんですけど、一緒にどうですか?という内容。
私は未だに引越しの荷物と格闘している状況なのだが、すっかりお腹が空いたことだし、家まで迎えに来てくれるというのは嬉しい。しかも彼の車は1955年のイゼッタなのだから一回は乗ってみなくちゃで、お誘いに応じることにした。
で、イゼッタ(Isetta)って何?。BMWが作った50年前の2シーターで、チョロQかカエルかというぐらい、可愛すぎるルックスの車なのだ。
もともと右のサイドミラーはないし、シートベルトもない。ワイパーは運転席の前に一本だけ。当然クーラーはないし、サイドの窓は三角窓しか開かないので、夏の暑さは推して図れる。
乗り込もうとして驚いたのは、この車はドアが前開き。おずおずとシートに座ると、遊園地の乗り物みたいに、コックピットがパカリと閉まる。
「いやー、大変でしたよ、この坂道。2速じゃ登らないんですよ。」
我が家は小高い丘の頂上にあるのだが、時速5kmの1速で必死に登ってきたらしい。
そしていざ鎌倉。ガーゴーと騒音と共に走り出す。サンルーフは全開ながらも室内にガソリン臭さが蔓延し、信号待ちの時などは今にもエンストしそう。カーブを曲がればバックファイアー!!
ボンネットから焼け焦げたような匂いがするし、爆発するんじゃないの?と問いかければ、「その時は2人で死にましょう」と余裕で笑われた。
スピードメーターを覗くと時速30km。
後ろの車が繋がれば、ルーフから手を出してお先にどうぞの合図をする。
でも滅多に出会えない車を観察するのが面白いのか、追い越さずに後ろからゆっくり着いてくる車が多いとか。隣には乗ってくれないけれど、指をさして笑う女の子にも彼は慣れっこだ。
BANKの窓から見張れる場所に車を止めて、日曜日のゆるゆるとしたバー。
彼はトニックウォーター、私は赤ワインをオーダーして、話の続きに入った。
一番気になるのはイゼッタの値段。運賃、メンテ代、保険代等をひっくめて200万円かかったという。
「それであと、何年ぐらい乗れるの?」
「うーん、わかりません。もしかしたら今年1年かもしれないし」。
ヴィンテージカーのためなら結婚も諦めるほど気合の入った彼には、幾ら札束を積んでも惜しくない恋人なのだろう。
赤ワインを3杯飲んで、また荷物の片付けに戻る時刻。
「送っていきましょうか?」の申し出を有難くお断りしてタクシーを呼んだ。
いや、乗りたくないわけじゃなくて、バックファイアーが怖いんじゃなくて、イゼッタはきっと女の子。彼女と2人で手をつないで、もといハンドルをしっかり握って、湘南の家路に向かって下さいね。
私は未だに引越しの荷物と格闘している状況なのだが、すっかりお腹が空いたことだし、家まで迎えに来てくれるというのは嬉しい。しかも彼の車は1955年のイゼッタなのだから一回は乗ってみなくちゃで、お誘いに応じることにした。
で、イゼッタ(Isetta)って何?。BMWが作った50年前の2シーターで、チョロQかカエルかというぐらい、可愛すぎるルックスの車なのだ。
もともと右のサイドミラーはないし、シートベルトもない。ワイパーは運転席の前に一本だけ。当然クーラーはないし、サイドの窓は三角窓しか開かないので、夏の暑さは推して図れる。
乗り込もうとして驚いたのは、この車はドアが前開き。おずおずとシートに座ると、遊園地の乗り物みたいに、コックピットがパカリと閉まる。
「いやー、大変でしたよ、この坂道。2速じゃ登らないんですよ。」
我が家は小高い丘の頂上にあるのだが、時速5kmの1速で必死に登ってきたらしい。
そしていざ鎌倉。ガーゴーと騒音と共に走り出す。サンルーフは全開ながらも室内にガソリン臭さが蔓延し、信号待ちの時などは今にもエンストしそう。カーブを曲がればバックファイアー!!
ボンネットから焼け焦げたような匂いがするし、爆発するんじゃないの?と問いかければ、「その時は2人で死にましょう」と余裕で笑われた。
スピードメーターを覗くと時速30km。
後ろの車が繋がれば、ルーフから手を出してお先にどうぞの合図をする。
でも滅多に出会えない車を観察するのが面白いのか、追い越さずに後ろからゆっくり着いてくる車が多いとか。隣には乗ってくれないけれど、指をさして笑う女の子にも彼は慣れっこだ。
BANKの窓から見張れる場所に車を止めて、日曜日のゆるゆるとしたバー。
彼はトニックウォーター、私は赤ワインをオーダーして、話の続きに入った。
一番気になるのはイゼッタの値段。運賃、メンテ代、保険代等をひっくめて200万円かかったという。
「それであと、何年ぐらい乗れるの?」
「うーん、わかりません。もしかしたら今年1年かもしれないし」。
ヴィンテージカーのためなら結婚も諦めるほど気合の入った彼には、幾ら札束を積んでも惜しくない恋人なのだろう。
赤ワインを3杯飲んで、また荷物の片付けに戻る時刻。
「送っていきましょうか?」の申し出を有難くお断りしてタクシーを呼んだ。
いや、乗りたくないわけじゃなくて、バックファイアーが怖いんじゃなくて、イゼッタはきっと女の子。彼女と2人で手をつないで、もといハンドルをしっかり握って、湘南の家路に向かって下さいね。
May 26, 2007
元総理から頂いたもの
今日は午後から日本橋へ。壺中居で開かれている元内閣総理大臣・細川護煕氏の個展を見に行った。
細川氏とは恵比寿のKANA BARで隣り合ったことがあり、大いに酔っ払っていた私はオバカな質問ばかりした恥ずかしい記憶がある。
いつもフラッと1人で訪れてはカウンターに座り、ウィスキーのロックをオーダー。さすがお殿様、カジュアルな服装でも立ち振る舞い一つ一つに品が感じられた。
ちなみに下の写真がKANA BARに飾ってある細川氏寄贈の書である。

政界を引退後、辻村史朗氏に弟子入りして陶芸家に転身。神奈川県・湯河原の工房で焼いた茶碗や花瓶、墨と言葉を選びぬいた掛け軸や額などが、今回は展示だけでなく販売もされている。
壺中居の3階に上がると、紺のスーツに白のワイシャツ、ノーネクタイの細川氏。正面からお顔を見るのは初めてだ。
おずおずと近づいてご挨拶したら、私を覚えて下さっていたようで、「この後はニューヨークで開くんですよ」と個展のスケジュールなどを雑談。素朴な直筆のサインをしたパンフレットを頂いた。
ゆっくりと焼き物を見て回りながら、最も気になって足を止めたのは一枚の大きな額。
太い筆で右から「想 妄 莫」と書かれている。
説明書きを読むと、莫妄想(まくもうぞう)は中国唐代の禅僧・無業禅師の言葉。
妄想する莫れ(なかれ)とは、いくら知恵を絞っても答えの出ない問題を考えるなという意味だそうだ。
過去の失敗をくよくよしたり、起きてもいない未来の出来事を心配したり、そんなことに悩むよりは今現在なすべきことをしなさい。
頂いたパンフレットも嬉しいけれど、座右の銘となる禅語を1つ手に入れたのはもっと嬉しい。心の財産が増えた今日を忘れないように、カレンダーに丸を付けておこう。
細川氏とは恵比寿のKANA BARで隣り合ったことがあり、大いに酔っ払っていた私はオバカな質問ばかりした恥ずかしい記憶がある。
いつもフラッと1人で訪れてはカウンターに座り、ウィスキーのロックをオーダー。さすがお殿様、カジュアルな服装でも立ち振る舞い一つ一つに品が感じられた。
ちなみに下の写真がKANA BARに飾ってある細川氏寄贈の書である。
政界を引退後、辻村史朗氏に弟子入りして陶芸家に転身。神奈川県・湯河原の工房で焼いた茶碗や花瓶、墨と言葉を選びぬいた掛け軸や額などが、今回は展示だけでなく販売もされている。
壺中居の3階に上がると、紺のスーツに白のワイシャツ、ノーネクタイの細川氏。正面からお顔を見るのは初めてだ。
おずおずと近づいてご挨拶したら、私を覚えて下さっていたようで、「この後はニューヨークで開くんですよ」と個展のスケジュールなどを雑談。素朴な直筆のサインをしたパンフレットを頂いた。
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ゆっくりと焼き物を見て回りながら、最も気になって足を止めたのは一枚の大きな額。
太い筆で右から「想 妄 莫」と書かれている。
説明書きを読むと、莫妄想(まくもうぞう)は中国唐代の禅僧・無業禅師の言葉。
妄想する莫れ(なかれ)とは、いくら知恵を絞っても答えの出ない問題を考えるなという意味だそうだ。
過去の失敗をくよくよしたり、起きてもいない未来の出来事を心配したり、そんなことに悩むよりは今現在なすべきことをしなさい。
頂いたパンフレットも嬉しいけれど、座右の銘となる禅語を1つ手に入れたのはもっと嬉しい。心の財産が増えた今日を忘れないように、カレンダーに丸を付けておこう。
May 25, 2007
朝の応援団
早朝に窓の外を見たら、泣き出しそうな曇り空。今のうち、目の保養に出かけよう。
逗子の小坪近辺は、四季を問わず色とりどりの花が咲いている。
垣根の中から香る薔薇やフジ、野次馬たちが背のびしてるみたいな紫のルピナス、崖っぷちに群生する白いドクダミとピンクのカタバミ、赤い実がなる前に白い花を咲かせるナナカマド・・、写真を撮っていこうものなら100枚ぐらいはあっと言う間だ。
今日アップするのは、家の周り半径50メートルで出会える花たち。
いつも丁寧に手入れされ、季節の彩を欠かしたことがない。ドアから出たとたんに、ほら元気なゼラニウム。眼にしみるような真っ赤な目薬だ。
ぎゅうぎゅうと顔を寄せ合うパンジーは、おしくらまんじゅうで笑いを誘う。
寝不足で元気のない朝であっても、彼らは眼から飛び込んで、頭と心をリフレッシュ。
「世界にひとつだけの花」の歌詞みたいに、うれしそうな横顔の自分になっている。
「おはよう」「いってらっしゃい」「元気だしてね」。
凛と咲く花々は側を通るたびに声が聞こえる、朝の応援団だ。
逗子の小坪近辺は、四季を問わず色とりどりの花が咲いている。
垣根の中から香る薔薇やフジ、野次馬たちが背のびしてるみたいな紫のルピナス、崖っぷちに群生する白いドクダミとピンクのカタバミ、赤い実がなる前に白い花を咲かせるナナカマド・・、写真を撮っていこうものなら100枚ぐらいはあっと言う間だ。
今日アップするのは、家の周り半径50メートルで出会える花たち。
いつも丁寧に手入れされ、季節の彩を欠かしたことがない。ドアから出たとたんに、ほら元気なゼラニウム。眼にしみるような真っ赤な目薬だ。
ぎゅうぎゅうと顔を寄せ合うパンジーは、おしくらまんじゅうで笑いを誘う。
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寝不足で元気のない朝であっても、彼らは眼から飛び込んで、頭と心をリフレッシュ。
「世界にひとつだけの花」の歌詞みたいに、うれしそうな横顔の自分になっている。
「おはよう」「いってらっしゃい」「元気だしてね」。
凛と咲く花々は側を通るたびに声が聞こえる、朝の応援団だ。
May 24, 2007
危険な才能
怖い告白をする。スピリチュアルな分野だ。
いつだったか、FM番組で聞いた大物歌手の実話。あまりに唐突だったので今でも忘れない。
彼女が中学生だった頃、気に入らない友人を懲らしめてやろうと思い、病気になれと念じたそうだ。すると念は現実となり、友人は原因不明の発熱で登校できなくなった。
そんなことを何度か体験し、彼女は自分が持っている危険な才能を二度と使うまいと肝に銘じたという。
そんなこと言っちゃっていいの? でもひょっとしたらと試したことがある。
ささやかな幸せを崩壊しようとする邪悪な女性が許せなくて、いなくなってしまえと念じた。
翌日、ガラス瓶をゴミ捨て場に出そうと階段を降りた彼女は、足を踏み外して転倒。割れた欠片が胸に刺さり、救急車で病院に運ばれた。
命に別状はなかったと聞いて、ホッと胸を撫で下ろした。私のせいじゃないよね? でもごめんなさい。
たとえ偶然としても復讐することの怖さを知った。もし相手が不治の病にでもなれば、取り返しのつかない復讐になる。
そうして今の私はどうか。やっぱり人を憎まず生きることは難しい。
風水師のMaster Kohに相談したら「retributive justice(因果応報)」という答えが返ってきた。
君はその才能を使ってはいけない。自ら手を下さなくても、その手の人間は犯した罪に対して必ず罰を受けるのだと。
新約聖書に出てくる有名なフレーズ、「愛する者よ、自ら復讐するな、ただ神の怒りに任せまつれ。録して『主いい給う。復讐するは我にあり、我これを報いん』」と同様である。
やられたらやりかえす、そんな連鎖反応を繰り返すほど空しいものはない。心がずっと過去に留まっているからだ。その間はどちらも幸せにはなれない。
幸せになるために、憎しみには愛を返そう。
愛を返すことは許すこと。
許すことは、呪縛からから解かれること。
自分の周りにいつまでも檻を築く必要はないと思うのだ。
なんだか難しい話になってしまった。
次回の記事は彩り豊かにしよう。逗子に咲く花たちを沢山撮ってアップしよう。
眼を和ませる小さな花は、優しくて大きな愛をくれる。
いつだったか、FM番組で聞いた大物歌手の実話。あまりに唐突だったので今でも忘れない。
彼女が中学生だった頃、気に入らない友人を懲らしめてやろうと思い、病気になれと念じたそうだ。すると念は現実となり、友人は原因不明の発熱で登校できなくなった。
そんなことを何度か体験し、彼女は自分が持っている危険な才能を二度と使うまいと肝に銘じたという。
そんなこと言っちゃっていいの? でもひょっとしたらと試したことがある。
ささやかな幸せを崩壊しようとする邪悪な女性が許せなくて、いなくなってしまえと念じた。
翌日、ガラス瓶をゴミ捨て場に出そうと階段を降りた彼女は、足を踏み外して転倒。割れた欠片が胸に刺さり、救急車で病院に運ばれた。
命に別状はなかったと聞いて、ホッと胸を撫で下ろした。私のせいじゃないよね? でもごめんなさい。
たとえ偶然としても復讐することの怖さを知った。もし相手が不治の病にでもなれば、取り返しのつかない復讐になる。
そうして今の私はどうか。やっぱり人を憎まず生きることは難しい。
風水師のMaster Kohに相談したら「retributive justice(因果応報)」という答えが返ってきた。
君はその才能を使ってはいけない。自ら手を下さなくても、その手の人間は犯した罪に対して必ず罰を受けるのだと。
新約聖書に出てくる有名なフレーズ、「愛する者よ、自ら復讐するな、ただ神の怒りに任せまつれ。録して『主いい給う。復讐するは我にあり、我これを報いん』」と同様である。
やられたらやりかえす、そんな連鎖反応を繰り返すほど空しいものはない。心がずっと過去に留まっているからだ。その間はどちらも幸せにはなれない。
幸せになるために、憎しみには愛を返そう。
愛を返すことは許すこと。
許すことは、呪縛からから解かれること。
自分の周りにいつまでも檻を築く必要はないと思うのだ。
なんだか難しい話になってしまった。
次回の記事は彩り豊かにしよう。逗子に咲く花たちを沢山撮ってアップしよう。
眼を和ませる小さな花は、優しくて大きな愛をくれる。
May 23, 2007
自惚れ鏡が映すもの
高校生の頃、眼鏡をかけたクラスメイトが羨ましかった。視力が低いというだけで前の席を選べるし、何より賢そうに見える。
ほとんど度の入っていない伊達眼鏡を作り、席替えの時に一番前へ移動してみたが、居眠りも内職もできない新発見を得たのみだった。
物書きになってからは順調に(?)視力が落ち、今では日々のシーンに合わせてコンタクトレンズと眼鏡とを使い分けている。
驚くのは朝起きて、鏡と向かい合った顔だ。
寝起きのまま裸眼で見る自分と、顔を洗いコンタクトを入れて見る自分とに差がありすぎ! シミ・ソバカスがこんなにあったっけ?
祖母が昔、映りの悪い鏡台を好んで使っていたのを思い出す。
それじゃ本当の顔が映らないでしょ?と指摘すると、「いいの、いいの、自惚れ鏡なんだから。綺麗に見えた方が嬉しいわ」とニコニコ笑っていた。
私の自己ルール、ポジティブ100%でいることは、自惚れ鏡を常用することに似ている。
本当は醜い自分、ダメを認めてしまいそうな自分を、鏡の外に追い出す思考だからだ。もしも他人の忠告や噂話、やっかみに振り回されて1%でも鏡に疑いを持った時、そこから足場はガタガタと崩れていく。
神田昌典氏の「あなたの悩みが世界を救う!」の第1章に、ポジチティブ思考について書かれていた。ポジティブになろうと努力するほど、仲間に裏切られたり不治の病になったり、不条理な出来事が起きるのはなぜか?
神田氏は、自分が試されている時代なのだと語っている。まるで荒野で修行して、悪魔の誘惑と戦ったキリストのようだ。
一部引用させて頂くと、
「ポジティブに思考したって、不条理な世の中が消えてなくなるわけではない。むしろ不条理だからこそ、できることがある。他人の定規で自分の『成功』や『幸福』を計る必要がなくなって、"あなた自身の定規を見せてみろ"と問われている」。
どんなに尊敬する師であっても、代わりに生きてはくれない。
どう生きていくかを決めるのは孤独な自分だし、覚悟を決めて前進しながら、自分に期待されていることを見つけなくちゃ。
96歳で亡くなるまで、皺ひとつなく美しかった祖母。
ろくに化粧もしない人だったけれど、彼女の自惚れ鏡は、自分の定規で見た美意識を映していた。
ひたすら信じれば真実になることを、教わらずして知っていたのだろう。
ほとんど度の入っていない伊達眼鏡を作り、席替えの時に一番前へ移動してみたが、居眠りも内職もできない新発見を得たのみだった。
物書きになってからは順調に(?)視力が落ち、今では日々のシーンに合わせてコンタクトレンズと眼鏡とを使い分けている。
驚くのは朝起きて、鏡と向かい合った顔だ。
寝起きのまま裸眼で見る自分と、顔を洗いコンタクトを入れて見る自分とに差がありすぎ! シミ・ソバカスがこんなにあったっけ?
祖母が昔、映りの悪い鏡台を好んで使っていたのを思い出す。
それじゃ本当の顔が映らないでしょ?と指摘すると、「いいの、いいの、自惚れ鏡なんだから。綺麗に見えた方が嬉しいわ」とニコニコ笑っていた。
私の自己ルール、ポジティブ100%でいることは、自惚れ鏡を常用することに似ている。
本当は醜い自分、ダメを認めてしまいそうな自分を、鏡の外に追い出す思考だからだ。もしも他人の忠告や噂話、やっかみに振り回されて1%でも鏡に疑いを持った時、そこから足場はガタガタと崩れていく。
神田昌典氏の「あなたの悩みが世界を救う!」の第1章に、ポジチティブ思考について書かれていた。ポジティブになろうと努力するほど、仲間に裏切られたり不治の病になったり、不条理な出来事が起きるのはなぜか?
神田氏は、自分が試されている時代なのだと語っている。まるで荒野で修行して、悪魔の誘惑と戦ったキリストのようだ。
一部引用させて頂くと、
「ポジティブに思考したって、不条理な世の中が消えてなくなるわけではない。むしろ不条理だからこそ、できることがある。他人の定規で自分の『成功』や『幸福』を計る必要がなくなって、"あなた自身の定規を見せてみろ"と問われている」。
どんなに尊敬する師であっても、代わりに生きてはくれない。
どう生きていくかを決めるのは孤独な自分だし、覚悟を決めて前進しながら、自分に期待されていることを見つけなくちゃ。
96歳で亡くなるまで、皺ひとつなく美しかった祖母。
ろくに化粧もしない人だったけれど、彼女の自惚れ鏡は、自分の定規で見た美意識を映していた。
ひたすら信じれば真実になることを、教わらずして知っていたのだろう。
May 21, 2007
イタリアン3兄弟
3日連続の引越しシリーズ。早朝4時まで頑張った甲斐があり、11時半には業者のトラックに荷物を積み終わった。
逗子で1時半に集合の約束をして、第三京浜、横々道路の追い越し車線をかっ飛ばす。
こんなに青空な夏日和なのだから、ランチは小坪のピッコロヴァーゾでイタリアン。
よーし、30分は時間を稼ごう。
今日のピッコロは、風を入れてオープンテラス。月曜なのに地元客で満席だ。
「空いてる?」と飛び込むと、オーナーのH氏から「もうすぐあそこが空くから」とヒソヒソ声のOKを貰った。
「アサリと小松菜の塩味パスタ」をオーダーする。
しばし待っていちばん窓側の席に陣取った。すると右斜め上から只ならぬ気配が・・(・_・;)
ほら、写真の真ん中辺にモヤモヤっとしたものがあるでしょ?

そこにヒラリと、眼にも留まらぬ速さで黒い影が飛んでくる。
「ピチュピチュピチュピチュ!!!」
けたたましい騒ぎの主は赤ちゃんツバメ3兄弟。黄色い口ばしを一斉に開いて、親ツバメの運んでくれる餌を求めていたのだ。イタリアンレストランにツバメの巣なんて初めて見た。

親ツバメが戻ってくるのは5分に1回ぐらい。
餌にありつける確立は3分の1だし、時々は通り過ぎるだけのフェイントもかます。
人間の3つ子だったら平等にミルクを与えられるだろうに、鳥の世界は生まれながらにして競争が激しい。
観察しているうちに熱々のパスタが目の前に。
3兄弟のハミングに合わせて、私も食欲がそそられる。

オーナーの黄色いバイク越しに、背の高いパームツリー並木。このレストランの窓枠は額縁のようだ。
昔よく買っていたFM STATIONの表紙みたいな色彩が、これからの私の風景になる。

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逗子で1時半に集合の約束をして、第三京浜、横々道路の追い越し車線をかっ飛ばす。
こんなに青空な夏日和なのだから、ランチは小坪のピッコロヴァーゾでイタリアン。
よーし、30分は時間を稼ごう。
今日のピッコロは、風を入れてオープンテラス。月曜なのに地元客で満席だ。
「空いてる?」と飛び込むと、オーナーのH氏から「もうすぐあそこが空くから」とヒソヒソ声のOKを貰った。
「アサリと小松菜の塩味パスタ」をオーダーする。
しばし待っていちばん窓側の席に陣取った。すると右斜め上から只ならぬ気配が・・(・_・;)
ほら、写真の真ん中辺にモヤモヤっとしたものがあるでしょ?
そこにヒラリと、眼にも留まらぬ速さで黒い影が飛んでくる。
「ピチュピチュピチュピチュ!!!」
けたたましい騒ぎの主は赤ちゃんツバメ3兄弟。黄色い口ばしを一斉に開いて、親ツバメの運んでくれる餌を求めていたのだ。イタリアンレストランにツバメの巣なんて初めて見た。
親ツバメが戻ってくるのは5分に1回ぐらい。
餌にありつける確立は3分の1だし、時々は通り過ぎるだけのフェイントもかます。
人間の3つ子だったら平等にミルクを与えられるだろうに、鳥の世界は生まれながらにして競争が激しい。
観察しているうちに熱々のパスタが目の前に。
3兄弟のハミングに合わせて、私も食欲がそそられる。

オーナーの黄色いバイク越しに、背の高いパームツリー並木。このレストランの窓枠は額縁のようだ。
昔よく買っていたFM STATIONの表紙みたいな色彩が、これからの私の風景になる。

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May 20, 2007
捨てる?捨てない?
昨日に続いて引越しシリーズ第2弾。
段ボール箱に荷物を詰めながら、迷うのは持っていこうか捨てようかの選別だ。
10年も袖を通していない服。いくらブランド物だってオークションに出しても売れないだろう。これを機に潔く捨てなくちゃ。
日に焼けた文庫本。取って置きたい本を選んでいたら読みふけってしまうので、眼をつぶって捨てなくちゃ。
棚の奥にしまっておいた貰い物の食器やグラス。趣味が悪いものは誰かにあげても迷惑。燃えないゴミで捨てなくちゃ。
ゴミ袋が積まれていく中で、どうしても決断がつかないものが残った。
昔ラジオドラマを書いていた頃、毎週録音したカセットテープだ。今時ラジカセを聴く人も少なくなってきただろうが、音は捨ててしまえば再生不可能。
いちいちMDに録り直すのは面倒だし、かと言ってこの大きな段ボール箱を引っ越すたびに持ち回るのも邪魔くさい。
さらにまた悩むものが登場。歌詞や脚本など手書きの原稿だ。
ある時からワープロを使うようになり原稿用紙の束を積むことはなくなったが、指にタコを作りながら枡を埋めた徹夜仕事が見て取れる。
ああこれはお正月にコタツの上で書いたっけ。ペンを置いて小休止、剥いた蜜柑が匂ってきそうで懐かしい。
ダメだダメだ、さっさと片付けなくちゃ。
心の思い出は幾ら増えても取って置けるのに、形になった思い出はどうしてこんなに悩ませるんだろう。
皆さんだったら捨てますか?捨てませんか?
段ボール箱に荷物を詰めながら、迷うのは持っていこうか捨てようかの選別だ。
10年も袖を通していない服。いくらブランド物だってオークションに出しても売れないだろう。これを機に潔く捨てなくちゃ。
日に焼けた文庫本。取って置きたい本を選んでいたら読みふけってしまうので、眼をつぶって捨てなくちゃ。
棚の奥にしまっておいた貰い物の食器やグラス。趣味が悪いものは誰かにあげても迷惑。燃えないゴミで捨てなくちゃ。
ゴミ袋が積まれていく中で、どうしても決断がつかないものが残った。
昔ラジオドラマを書いていた頃、毎週録音したカセットテープだ。今時ラジカセを聴く人も少なくなってきただろうが、音は捨ててしまえば再生不可能。
いちいちMDに録り直すのは面倒だし、かと言ってこの大きな段ボール箱を引っ越すたびに持ち回るのも邪魔くさい。
さらにまた悩むものが登場。歌詞や脚本など手書きの原稿だ。
ある時からワープロを使うようになり原稿用紙の束を積むことはなくなったが、指にタコを作りながら枡を埋めた徹夜仕事が見て取れる。
ああこれはお正月にコタツの上で書いたっけ。ペンを置いて小休止、剥いた蜜柑が匂ってきそうで懐かしい。
ダメだダメだ、さっさと片付けなくちゃ。
心の思い出は幾ら増えても取って置けるのに、形になった思い出はどうしてこんなに悩ませるんだろう。
皆さんだったら捨てますか?捨てませんか?












