文章で稼ぐ贅沢

作詞からプログラミングまで、文字を並べて生きる物書きのひとりごと @ 逗子

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好きな花はなに?と聞かれると、春なら「菜の花」、秋なら「コスモス」と答える。季節の訪れを感じる花が好きだ。

私は恵比寿ガーデンプレイスに住んでいるのだが、去年の春にはサプライズがあった。ある朝起きたら、ガーデンプレイスのセンター広場に異変が起きていて、いきなり菜の花畑が出現していたのだ。いつもならLIVEステージと客席ベンチのある広場に、大きな花壇が広がっているには、子供のように喜んだ。

菜の花1菜の花2


物心がついた頃、私は愛媛県の西条市に住んでいた。
家の前には大きな菜の花畑があって、その向こうには公民館があり、白い日傘をさした母が泳ぐように黄色の海を渡っていった妖艶な景色が目に焼きついている。

今の職業につく前、物書きをしていた頃に、5年間ぐらい加山雄三さんの全国ツアーの構成をしていた時期がある。どこのホールを回ろうかという打ち合わせの席で、「四国も入れてくれませんか?」とわがままを言い、松山での公演が決まった。

うだるような暑さの夏の日、公演があったあくる日に、予讃本線に乗って昔探しの小さな旅を試みた。
3歳の記憶は何故か残っていて、昔住んだ家を探し当てたものの、その家は垣根だけが残り、門柱には表札の跡。夏なので菜の花畑はないけれど、それがあったはずの場所には小さな家々が軒先を並べていた。
大きな川だと記憶していた川は、ただの小さな用水路。保育園まで通った大きな道は、車もすれ違えないような狭い道。

呆然として駅まで戻り、暇な雑貨屋さんに入ってジュースを買い、店番をしていたおばあさんに、私の苗字の記憶があるかどうか聞いてみた。「そんなお家、あったかしらねえ?」と首をかしげるおばあさんに笑顔を返して、駅のホームでなかなか来ない鈍行の列車を待った。

そして今、私の部屋には菜の花が飾られている。いつも花を欠かしたことはないけれど、菜の花をフラワーショップで見つけた時は、心が躍った。
黄色と緑の色彩に目を休めながら、心は子供時代を旅して、今年の春もまたガーデンプレイスに菜の花畑が出現してくれることを期待している。


菜の花3
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日本にインターネットが普及し始め、ホームページなるものが登場した頃、Macintoshを買った。
OSは漢字TALK。一体型筐体(本体とディスプレイが一体となったデザイン)のPerformaで、「狛犬(こまいぬ)」なんていうあだ名で呼んでいた。

当時私は、TOKYO FMの放送台本を書くのにワープロを使っていたのだが、コンピュータにシフトした途端、文章を書くことよりも、コンピュータをいじることに興味が移ってしまったのである。

特にのめり込んだのがホームページ。
見ているだけでは飽き足らず、さっそくホームページの作り方なる書籍を買ってHTMLを研究し、SOFMAPでPhotoshopを買って画像の加工を覚えた。
初めての作品を、システム制作会社を経営している友人に見せたところ、「せっかくだから仕事にしてみたらどうだ?」と、なんと無謀にも、彼の会社で請け負った企業のホームページ作りを任せてくれたのである。今になれば目にするのも恐ろしい(?)稚拙なページだったと思う。

HTMLのタグをほぼ暗記したころ、またその社長から申し入れがあり、企業のPC研修サービス等を行っているF通ラーニングメディアに講師として派遣されることとなった。
「HTMLによるホームページ作成」という講座を受け持ったのだが、まず困ったのは使用するマシンがWindowsだということ。あわててパソコンを買いに走り、徹夜で操作を猛特訓した。
受講生たちはSEやプログラマーというプロたちなのに、右クリックって何?の私が、一夜漬けでよく指導が出来たものだと、今思えば顔から火が出そうである。

その後はJavaScriptやPerlの講座も受け持ち、上司からの命令でデータベース(OracleやPostgreSQL)を勉強して、CGIとデータベースの連携について教えるようになった。CGIに関してはテキストも自分で作ったのだが、講師業をやめた今でも、自社のWEBページを管理するとき、あんちょこ本として役立っている。
私が作った数々のサイト。デザインのセンスは今一つだが、ホームページ作成ソフトを使わなくても、テキストエディタに言語を打っていけるのは昔取った杵柄(きねづか)だ。

指を動かすのはボケ防止にもなるし・・。100歳まで続けたい趣味である。
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