文章で稼ぐ贅沢

作詞からプログラミングまで、文字を並べて生きる物書きのひとりごと @ 逗子

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おいしい魚が食べたいと思った時は、江ノ島水族館の裏手にある居酒屋の「寅さん」に行く。
座敷席は観光客、カウンターとテーブル席には常連たちが指定席として陣取り、その顔ぶれは釣り人、漁師、マグロの解体屋、サーファー、ヨットマンなど海つながりだ。

寅さんは数年前まで恵比寿で居酒屋を開いていたのだが、あまりに繁盛しすぎて、隠居生活を送るために片瀬江ノ島に引っ越してきた。適当にお店もやれば良いと住居の下で居酒屋を始めたところ、想像をはるかに超えた客が押し寄せ、週末の夜ともなると「もう疲れたよ〜」が口癖になっている。

寅さん1寅さん2
寅さん3寅さん4

昨夜は友人たちを呼び寄せて、「大根の葉っぱと厚揚げの煮物」「刺身の盛り合わせ(ウニ、イカ、金目鯛)」「さいまき海老の塩焼き」「ほうれん草とベーコン炒め」を頼み、オリジナル焼酎の「寅さん」を2本も空けた。

魚料理はもちろん、この店での何よりのご馳走は「会話」。
常連たちと釣りの話、海の話、テレビを見ながら野球の話、時には政治討論・・と、幅広いネタで盛り上がる。

カウンター越しには寅さんが、はやく仲間に入りたくてウズウズ。
夜8時半も過ぎれば観光客は帰って常連たちだけになるので、気を利かせた誰かが生ビールを注ぎ、いつも通りの二次会に突入する。
「俺よ〜」と、スキンヘッドをますます光らせながら寅さんの独演が始まるのだ。

時にはその流れでタクシーに分乗して三次会。
藤沢までカラオケを歌いに行ったり、昨夜は私の家でシャンパンを空け、気が遠くなるまで飲んだ。みんなどうやって帰ったのか覚えてないのがみじめ・・・(;O;)
「寅さん」の唯一の欠点は、行けば最後、シュランダー(酒乱だ)になることか。
女だてらに他のお客と大喧嘩して、寅さんが仲介に入ったこともある。

でもこの記事が人目に触れたら、もっとお客が増えちゃうだろうな。
ごめんね、寅さん。
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赤いやねの家

でんしゃのまどから 見える赤いやねは
小さいころぼくが すんでたあの家
にわにうめた柿のたね 大きくなったかな
クレヨンのらくがきは まだかべにあるかな
今は どんなひとが すんでるあの家

せのびして見ても ある日赤いやねは
かくれてしまったよ ビルのうらがわに
いつかいつかぼくだって 大人になるけど
ひみつだったちか道 はらっぱはあるかな
ずっと心の中 赤いやねの家
赤いやねの家


教育テレビで「ふえはうたう」という番組の構成をしていたころ、作曲家の上柴はじめさんと共に、毎回のように新曲を発表した。
単にリコーダーの指使いを練習するだけの曲でなく、情感のある歌詞をつけて、もっと音楽を好きになってもらおうという狙いである。

この「赤いやねの家」は、「峠の我が家みたいな、懐かしい曲調が欲しいな」という私のリクエストに応じて、上柴さんが作曲した「メロ先(めろせん・・メロディが先にあり、後から詞をはめこむこと)」だ。
構成会議の席でプロデューサーに見せたところ、「なんだかこの辺がジーンとしますね」と、彼は胸のあたりを押さえた。

番組が終了してもこの曲は一人歩きし、やがて小学校の教科書に載り、卒業式や合唱コンクール等のセレモニーでよく使われる曲となった。
「おかあさんといっしょ」で歌われたり、今ではアーティスト達もとりあげ、KABや岡本知高さんのアルバムにも入っている。
Googleで検索して頂けば、相当数のヒットがあるはずだ。

しかしやがて、そのヒット数も徐々に少なくなるだろう。
なぜなら学識者たちから、壁に落書きをしたり、秘密の近道を通る行為を推奨するような歌は宜しくないという意見が出され、教科書から消えつつあるらしい。
まるで戦争下の日本の、大本営陸軍部の検閲のようだ。
作者である私としては、子供のころの「やんちゃな」思い出を詞にしただけで、不良行為(?)を推奨したわけではないのだが・・。

歌を歌うことは、心を開放することだと思っている。
ともすれば殻にこもり、喜怒哀楽を閉じ込めてしまう最近の子供たちに、感情を喚起させる一手段でもあると思う。
音楽教育の行方が心配だ。

「してはいけないこと」を子供たちに教える教育か、「してほしいこと」を教える教育か、どちらが彼らの未来を明るくするだろうか。
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