文章で稼ぐ贅沢

作詞からプログラミングまで、文字を並べて生きる物書きのひとりごと @ 逗子

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北風は冬を名残惜しんでいるけれど、窓から差し込む日差しは確実に春を連れてきている。
ベランダに出て、左から右に4枚、昼間の景色を撮ってみた。

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一番左は湾岸のビルたち。夜になるとレインボーブリッジのライトが点滅し、夏には東京湾に上がる花火も見える。

左から2枚目は、ウェスティンホテル東京。時間帯によって顔を変える。
同じ目の高さにフィットネスルームがあって、早朝からトレッドミルで走っている宿泊客の姿も見えれば、昼間には空港行きのリムジンバスを待つ旅行客。
夜はパーティーを終えて出てくるドレスアップした客たちがタクシーに乗り込む。クリスマスシーズンには見ていて飽きないシーンだ。

左から3枚目はTSUTAYA
本社がガーデンプレイスタワーにあるだけあって、DVDもCDも品揃えが多い大型店舗である。私のお隣には俳優の山城新伍さんが住んでいらっしゃるのだが、通りを渡って今夜の映画を借りに行くのが日課のようだ。

一番右はJOEL ROBUCHON(ジョエル・ロブション)。
モダンフレンチで名高いレストランで、二人でディナーを食べてワインを空けると10万円ぐらいかな。でも母体は宅配ピザのピザーラで有名なフォーシーズなのだから怖れることはない。
1階のラ・ターブルなら2800円でランチが食べられる。

私の部屋はロブションの屋根と同じ高さにあって、8の字に似た二つのマークが見える。
これを見た風水師のMaster Kohは、これはとてもラッキーな景色だと目を細めて喜んだ。8はとてもおめでたい数だそうで、しかもそれが2つ並んでいる。
風水は何事も「陰と陽」。例えばベッドサイドにナイトテーブルを置くにしても、同じものを両サイドに置きなさいと言われる。恋愛運に恵まれるのだそうだ。

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さてさて今日のランチは、ラ・ブティック・ド・ジョエル・ロブションで買ってきた「季節野菜のフォカッチャ」、焼きたてだ。
後ろに写っている赤い袋は、先日「良く生きて良く死ぬ」というエントリーに登場した師匠のデザイン。いつぞやこの袋を下げていたら「それ、俺のデザインだよ」と言われて驚いたことがある。

こんな都会たちに囲まれて、独り暮らしもあながち淋しいものではない。
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昨日、塩と酢の記事をアップしたらその夜、偶然にもそれを下さった本人と食事することになった。
恵比寿駅で待ち合わせて、隠れ家のような小さなイタリアンレストランで白ワインをオーダーする。

乾杯をするとき、彼は決してグラスを合わせない。「お疲れさま〜」なんていう決まり文句も言わない。
黙って目の高さにグラスを上げて、一呼吸置くだけ。そのしぐさが実に様になっている。

元祖「ちょいワルオヤジ」で、お酒、お茶、料理、食器、ギター、骨董品等などなど、趣味の世界で抜きん出ている彼は、私にとっては大人のセンスとマナーを学ぶ厳しき師匠である。
隣に座ると図々しくも二の腕をつねって、セクハラ脂肪チェック。
「肥ってないでしょ」と言えば「フン、どうだか」。けなすことはあれど、褒めてくれることは滅多にない皮肉オヤジだ。

今必死に練習しているMARTIN D-41に関しても、
「"D"というのは甲板のデッキのDなんだ。つまり甲板のデッキのように広くて大きいということ。ピックでかき鳴らして弾くギターであって、女の子が爪弾くギターじゃないよ。やめときなさい」
とズケズケ言ってのけられた。そうは言いつつ、ゲージを3種類プレゼントしてくれる優しさも持っている。
ちなみにMARTINに関しては、シリアルナンバーもまだ入っていない、マンハッタンで作られていた時代のものからコレクションしているそうだ。

彼は鎌倉で「THE BANK」というバーを開いていて毎週土曜日には顔を出しているのだが、そこにはファンの「男たち」が次々と、話を聞きに訪れる。
「俺は女より男にもてるんだよ」と苦笑いしているが、別にゲイではない。
濃紺のジャケットに趣味のいいポケットチーフ。ウィスキーのグラスを前に、ゆっくりとシガーの煙をくゆらせている姿は、バーカウンターに溶け込んだ一つの絵画のようだ。

若い頃からずっとシガーを愛してきた彼が、体調が悪くてこの2週間は1本も吸っていないという。
「シガーが吸えないのは、人生の楽しみの半分を失くしたようなもんだ。俺ももう長くはないな。」と将来を案じつつ、「地球はあと50年持たないぞ」と暖冬の昨今から地球の未来も心配する。
まあ、長生きすればいいってもんじゃないしね〜と言葉を返したら、しばし黙っていた彼がインディアンの諺を教えてくれた。

「良く生きて良く死ぬ」

生まれたときから人は死ぬ運命を抱えている。そう考えると空しいだけだが、人生を充実して生き、安らかに大地に帰っていくのは幸福なことだ・・・そんな意味だろうか。
今ままで医者には1回も行ったことがない(外科は別)と豪語する顔が、インディアンの長老のようにも見えてきた。
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