文章で稼ぐ贅沢

作詞からプログラミングまで、文字を並べて生きる物書きのひとりごと @ 逗子

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駅前のロータリー。路線バスから降りて、JRの改札まで歩く途中、いつもビラ配りをする若い女性が待ち受けている。

彼女の口から聞こえてくるのは、鼻にかかった甘ったるい声の「ンまア〜〜〜す♪」。
本人は「お願いします」と言ってるつもりだろうが、通る人たちは「また、こいつか」とばかりに顔を伏せて行き過ぎ、誰も手を伸ばそうとしない。

ティッシュならまだしも、何の宣伝だか言わなくちゃ、受け取る人はいないだろう。ルックスと時間帯からすれば、美容院のビラ蒔きを命ぜられたスタッフだと思うけれど、受け取って特典があるのか、店の名前すら分からない。万が一その店に入ったとして、あの「ンまア〜〜〜す♪」が耳元で響くのは、拷問に近い気がする。

かくしてバスを降りたあと、声をかける暇がないように、改札口までダッシュするのが習慣になってしまった。見るに忍びなかったのである。

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そんなことが一年続いて、ぱったりと彼女の姿を見なくなった。他の仕事に変わったのか、店がなくなったのか、それはそれで心配になる。快くビラをもらって功績にしてあげればよかったと、自分の器の小ささに後悔しているのである。

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もし彼女が「お願いします」じゃなくて、「ありがとうございます」と言ってビラを差し出したらどうだったろう。声を掛けられた側は「えっ?」と戸惑っても、受け取ってもらえる確率は高かったはずだ。

一世を風靡した「引き寄せの法則」は、あながち嘘ではなかったと思う。人の心は波動でできていて、自分の思いを受け取って欲しいと真剣に強く願えば、相手もそれを感知する。頼まずとも向こうから寄ってきてくれることだってある。恋なんて、そうんなふうにして生まれることが多い。

「ありがとう」は、生きとし生けるものの中で最も美しいことば。
報酬をもらう前に感謝をする「ありがとう」は言霊だ。
伝える側も受け取る側も顔に笑みが生まれて、お互いが素敵な気分になる。

いつか何処かで彼女に再会することがあったら、あのときはありがとうと言うつもりだ。いや、ひょっとしたら明日、駅前のロータリーに舞い戻っているかもしれないな。会えてありがとう。元気でいてくれてありがとう。今日は何度も口にしながら、未来を引き寄せている。
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新緑がまぶしい5月のはじめ、久しぶりに目黒の坂道を歩いた。長いあいだ暮らしていた街の風景は、ところどころに新陳代謝が垣間見えるけれど、懐かしさには何も変わりがない。

出かけた目的は、ホテル雅叙園東京で開催されている「福ねこ at 百段階段」 〜和室で楽しむねこアート〜を見ること。重要文化財である百段階段の豪華絢爛たる和室に、現代アート作家たちが猫をモチーフにアイデアを競う作品が1,000点も飾られているとあっては、猫好きには居ても立ってもいられない。

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靴を脱いで、ひんやりした階段を上っていくと最初の部屋。365体の誕生日猫たちが並んだ中から、マイバースデーにゃんを見つけた。

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どのアーティストの猫たちも個性的で、ユーモアたっぷり。しかも豪華な絵画とのマッチングが素晴らしく、誰もがカメラを向けてシャッター音を鳴らしまくっている。

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おそらく一番人気だったのは、石渡いくよさんのコーナー。ひな壇の上で酔っぱらって笑い転げている猫の雛人形たちが可愛すぎて、他の部屋に移動するのに後ろ髪を引かれるほどだった。

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ふてぶてしくて、福々しい猫。
ツンデレで、野性味あふれる猫。
妖気を漂わせながら、おバカさ満載の猫。
何千匹のニャンコたちを見ているうちに、はやく家に帰って与六の頭を撫でなくちゃと、ホームシックになってくる。

やっぱり我が家のメタボな笑い猫がいちばんだなと、親バカを再認識した悶絶アートであった。

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