文章で稼ぐ贅沢

作詞からプログラミングまで、文字を並べて生きる物書きのひとりごと @ 逗子

今日もMicrosoftからWindows10を推奨するメールが届く。マルチタスクで作業効率がアップするのは分かっているけれど、メインPCはあえてWindows8.1のまま置いておくことにした。出たばかりのOSにはどんなバグが潜んでいるか不明だし、法人向けネットバンキングやe-TaxソフトはまだWindows10に対応していないからである。

失敗作と言われるWindows8を早く諦めさせようと、Microsoftの策略は巧妙だ。タスクバーの右端に出る「Windows10を入手する」のアイコンに誘われ、予約をクリックすると「おめでとうございます。Windows10への無償アップグレードのご予約が成立しました」のメールが届く。この段階で気を付けなくてはならないのは、Windows Updateの設定で「更新プログラムを自動的にインストールにする(推奨)」にしていると、後戻りできなくなることだ。

バックグラウンドでシステムファイルがダウンロードされ、「Windows10を入手する」の画面は「予約−確認済み」、「ダウンロード−進行中」となって、予約は取り消せなくなる。ダウンロードが終わるとインストールのタイミングを選べるようにはなっているが、猶予は3日間しかない。もっと先延ばしできないのか。

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私のモバイルPCは「Windows10を入手する」を閉じて、Windows Updateの再起動ボタンを押したところ、なんとアップグレードがスタート。下の画像のように画面が推移して、約1時間後にはWindows10が立ち上がっていた。使用してみれば特に問題はなく、Windows8と大差ないデスクトップ画面であった。大したソフトは入れていないので、ま、いいか。

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しかし、メインPCだけはアップグレードしたくない。一方でWindows Updateには
Windows8.1やOfficeの重要な更新プログラムが溜まりまくり、セキュリティのためにも放置はできない。で、オプションからWindows10のダウンロードのチェックを外し、重要な更新ファイルだけを選択してインストールボタンを押してみた。すると画面に表示されるのは「Windows10をダウンロードしています」で、慌ててキャンセルボタンをクリック。アップグレードさせない手段をネット検索した。

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すぐに見つかったのはMicrosoftが発表した「Windows 10 への無償アップグレードを抑止する方法」で、実施手順は2つ。

・「コンピューターの構成」からグループポリシーを有効にする。
しかしこれはWindows8の一般的なエディションでは書き換えられず、可能にするにはWindows8 Proへの追加機能を12,800円で購入しなくてはならない。まるで陰謀だと思うので、購入は取りやめた。

・レジストリからブロックする方法
レジストリーエディターで以下の値を設定するようにと書いてある。

キー : HKEY_LOCAL_MACHINE\Software\Policies\Microsoft\Windows\WindowsUpdate
名前 : DisableOSUpgrade
種類 : REG_DWORD
値 : 1

「ファイル名を指定して実行」で「regedit」を入力、OK。ところが指定されたWindowsUpdateのキーがなく、値を設定しようがない。そこで管理者権限のコマンドプロンプトを立ち上げて、下記のコマンドを入力してみた。

reg add HKEY_LOCAL_MACHINE\Software\Policies\Microsoft\Windows\WindowsUpdate /v "DisableOSUpgrade" /t REG_DWORD /d 00000001 /f

レジストリエディタには無事にWindows Updateのキーが作られている。ホッ。

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そしてここからが運命の分かれ道。重要な更新ファイルのインストールボタンを再度押してみた。やはり「Windows10をダウンロードしています」が現れるが、先に進むしかない。ダウンロードが終わって今すぐ再起動のボタンを押すと、「更新プログラムを構成しています。30%完了。コンピュータの電源を切らないでください」の表示。やがて再起動されて「お待ちください」のあとまた更新表示が出て、見慣れたログイン画面が現れた。

良かった!Windows8.1の画面だ!

タスクバーの右下には相変わらず「Windows10を入手する」のアイコンがあり、開けば「Windows10をダウンロードしています」のまま止まっている。本当にアップグレードしたいときにはレジストリを下記の初期値に戻せばよい。

キー:HKEY_LOCAL_MACHINE\Software\Policies\Microsoft\Windows\WindowsUpdate
名前:(規定)
種類:REG_SZ
データ:(値の設定なし)

今日もWindows8.1の重要な更新があり、Windows Updateから更新をかけたが、インストールボタンを押すと「Windows10をダウンロードしています」が表示されるのは変わらない。しかしアップグレードは行われないので大丈夫だ。

長い記事になってしまったけれど、これはあくまでも私個人の覚書きです。レジストリを書き換えるのはリスクが伴うので、PC操作に自信のない方は真似なさらないでくださいね。

しばらくぶりの投稿になる。2007年からブログをスタートして、こんなに間が空いたのは初めてのことだ。猛暑に負けてサボっていたのではなく、人間の生死について考えているうちに心が宙ぶらりんになって、言葉選びが出来ない状況が続いていた。

半分が自伝、半分がフィクションの小説を書き始めている。登場人物にはどうしても避けて通れない大切な人たちがいるが、その殆どが病気や自殺などの理由で亡くなっている。いつも数珠を握って念仏を唱えていた継母は、不幸な孤独死をして初盆。死ぬ瞬間に何を思い、私に何を訴えたかったのか知りたいけれど、残念ながら一つもメッセージは受け取っていない。幽霊だって見ていない。

お盆の時期。しかも今年の8月15日は70回目の終戦記念日。テレビでは太平戦争のドキュメンタリーや映画が毎日放映されている。葬られていたフィルムが公開され、画像解析の技術が進んだことにより新事実が解明され、90歳を超えた遺族の涙が映される。

広島の爆心地で吹き飛ばされたのに奇跡的に助かった人。我が子に覆いかぶさって一緒に黒こげになった人。
特攻隊で飛び立ちながら機の故障で生き延びた人。未完成の人間兵器の実験台になって命を落とした人。

死なざるを得なかった人と、生かされている人との違いは何だろう。生死を分かつのは、運命や業なんていう宗教的な要素ではなく、地球をプログラミングする「1 or 0(存在するか否か)」の2進法的な力じゃないかと想像する。それを神と呼ぶのは容易だけれど、宇宙の想像主が神なのかコンピュータなのか、物質でも気でもない「・・・」なのか、人類が編み出した言葉では説明できないもの。今そこに有りそうで、おぼろげなそれがどうしても掴めない。

このところ私には新興宗教の信者からのアクセスが多い。電話にメール、SNS・・と何が起こったのかと思う。彼らの熱弁に対して疑問を抱くのは、「祈れば救われる」の宗旨にしがみついていること。熱心に祈り続けても無残な最期を遂げる人間は幾らでもいる。それを「信仰が足りなかったから」で片づけて、小さな教祖の作った小さな世界で派閥争いをすることに疑問を抱かないのだろうか。全員集会で祈りを捧げている場にリトルボーイならぬサタンが落とされたなら、何と理由付けするんだろう。

小説のネタには事欠かない、いろいろなことが起こった。ゆらゆらと迷って悩んで呆然として回帰して、それでも生かされている自分。人の生死を考え始めたら宗教に行きつくのは自然な流れかもしれないが、肉体が滅んだあとの魂の行き場所なんかじゃなく、私はもっと大きなものを見つけたい。哲学の答えは既にあり、自分一人で見つけるしかないことだけを知っている。

7月2日に続いて、今夜は同じ月に2度目の満月。3年に1度の貴重な月は「ブルームーン」と呼ばれ、仰ぐと幸福が訪れると伝えられている。

昨晩は夜遅くになるにつれ、霞んでいた月がだんだんクリアになっていった。外に出てカメラを向けると、ぶれることなく綺麗に撮れたのが嬉しい。紺色の空を背景に、完全に丸くなる前の月齢14。きっと素敵なことが起きるはずと、意味もなくワクワクして眠れないので、ジャズボーカルを聴くことにした。

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youtubeで探したのは"Blue Moon"。Nat King Coleバージョンを聴いているうちに、日本語で口ずさみたくなり、即席で訳詞をしてみた。ただの日本語訳とは違って、音符に言葉を嵌め込んでいるので、そのまま歌えるはずだ。



今夜一人で月を見上げるあなたへ。Blue Moonが金色に変わる幸せなときめきが訪れますように。

『ブルームーン(日本語詞)』 Lyrics by Yuriko Oda

Blue Moon 孤独な夜は
夢さえなくて 愛も知らない

Blue Moon 聞いてたんだね
僕の願いごと
誰かこの胸に

そして不意に現れた
ずっと抱きしめたい人
離さないで・・とささやき
金色に変わる月

Blue Moon  昨日までの僕
夢さえなくて 愛も知らない


"Blue Boon"  Lyrics by Lorenz Hart

Blue moon,
you saw me standing alone
without a dream in my heart
without a love on my own.

Blue moon,
you knew just what I was there for
you heard me saying a prayer for
somebody I really could care for.

And then there suddenly appeared before me,
the only one my arms will ever hold
I heard somebody whisper, "Please adore me."
and when I looked,
the moon had turned to gold.

Blue moon,
now I'm lo longer alone
without a dream in my heart
without a love on my own.

フィギュアスケーターの村上佳菜子が、20歳にして人生初のショートヘアを披露したという画像を見た。氷上ではいつも髪をまとめて輪郭丸出しにしていたので、短くしたからと言って特に違和感は感じない。あえて言えばボーイッシュになった感じかな。

村上佳菜子

ロングヘアをバッサリと切ることに、女はとても躊躇する。「髪の長きは七難隠す」の諺にあるように、日本では艶やかな長い髪が美人の条件だった。仲間由紀恵の黒髪ワンレングス。佐々木希の柔らかくカールした茶髪。かきあげるとき、風になびくときの色気とゴージャスさはロングヘアならではである。バービー人形とリカちゃん人形がパツンパツンのショートヘアだったら、売り上げは半減していただろう。

しかし何の手入れもせずに美しいロングヘアを保てるのは、一握りの生まれつき。大半の女性がお金と手間を費やして、見えない努力をしているのだ。美容院で定期的に縮毛矯正をして、毛先はクルンとなるようにデジタルパーマをかけ、カラーリングまですれば5〜6時間を費やす。家ではシャンプーのたびにトリートメント。重力の法則なのか抜け毛は多くなるし、床に落ちていれば気味悪く目立つこと極まりない。

20年くらいロングヘアを続けてきた私は、去年の9月に思い切ってショートにした。そしてこの7月に前回よりさらに短くした。くせ毛なのでシャンプー後にブローは必須だけれど、湿気が多くてどうにもならない雨の日には、後ろで短く束ねられるカットにして貰って凌いでいる。頭の軽さが心地よく、猛暑の中でも首筋が涼しい。

私は若い頃からずっと、父親譲りの首の太さがコンプレックスだった。髪を首で隠し、若く見せようと額も前髪で隠していた時期が続いた。しかし思い切ってオープンに晒せば、びっくりした身体がそれに付いてくる。皺ができちゃいけないぞ、顎がたるんじゃいけないぞと、脳の指令を受けた身体が焦るのである。女なら首を晒せ、足を晒せ、ウエストを晒せ、二の腕を晒せ!だ。

相変わらずパソコンの前で一日を費やしている生活なのに、運動せずとも絞れる「緊張感ダイエット」は素晴らしい。「髪の長きは七難隠す」に代表される神話を捨てれば、マインドコントロールから解放された道が開ける。隠すな、晒せ! 写真の村上佳菜子は首が太めに見えるが、まっすぐ顔を上げて自信の笑顔を振りまいてれば、どんどんシャープになっていく未来が見えてくる。

三つ子の魂百までという。たぶん3〜4歳だったと思うが、自分の性格で最もダメな部分を鮮明に認識したことを覚えている。

銀行の支店長だった父の異動に伴い、徳島に住んでいた頃の記憶だ。母と買い物に出かけた商店街のおもちゃ屋で、欲しいものを見つけた。ダメと言われても我慢できず、地団駄踏んで泣き叫ぶ私に、母は「これにしましょう」と無理やり絵本を買った。

引き摺られて家に帰って昼食の時間。祖母と叔母と、数人の女性たちが集まっていた居間で、私は人目も憚らず憤りが収まらない。ご飯を食べるように言われても首を横に振り、絵本を縁側から投げ捨てて、しゃっくりが出るほど激しく泣いた。「かんしゃく持ちだね」と誰かの声が耳に入り、相当恥ずかしいことを言われたと驚いて、さらにワアワアと泣いたのである。

大人になってみれば、おもちゃ屋で何が欲しかったのか全く思い出せない。おままごとセットか人形か、たぶん物なんて何でも良くて、自分の欲求を通すことが一番だったのだろう。セルフコントロールが出来なかったのは、一人っ子で甘やかされたのが原因なのか、祖父母を含めて当時の私を知る人は殆どが空の彼方に行ってしまった。

そして今は、どこで性格が変化したのやら、欲しいものが手に入らなくても地団駄を踏むことはない。むしろ無理な要求をして相手に迷惑をかけないよう、笑って唾を飲み込むパターンが多くなった。でもそれは自分を卑下しているのとは違う。生きてきた時間よりも残された時間の方が少ない年齢になると、我がままを貫いて手に入れたものをキープしていけるのか、対象への責任の重さを考えるようになったのである。乗らなくなった愛車は売ることができても、人への愛は自分から手放しちゃいけない。

昔、シャンソン歌手に頼まれて書いた歌。昼ドラの主題歌になった『これからの風景』のワンフレーズには、老年夫婦に向けた私なりの理想が込められている。
🎵人はいつかは星になるけど できることならあなたよりも
  たった一秒長く生きたい さみしい思いをさせないように🎵

選び、選ばれた間柄。本当に愛しているパートナーであるなら、「最期は看取ってあげるからね」と、相手よりも健康で長生きするように心がけるべきと思う。自分を分かってくれないと不満をぶつけるのでなく、大きな懐(ふところ)で相手を包んであげる。我を通せない歯がゆさは、酔って眠って忘れるなり、穴でも掘って埋めておけばいいのだ。

幼児の頃、泣いて転がって求めたおもちゃは、そのあとに最も欲しかった誰かの手に収まったはず。飽きっぽい私と違い、何年も大事にしてくれたかもしれない。

クローゼットの肥やしだった衣類を捨て、読み終わった本を潔くリサイクルに出し、断捨離を心がけるこの頃。たったひとつ、どうしてもどうしても欲しいものを見極めるまで、どんどん身軽になっていこうと思っている。

夜は毛布を被って寝るほど涼しかった部屋に、いきなり訪れた夏日。関東内陸では気温39度に達した地域もあるらしいが、逗子市の高台にある我が家では、ある時間帯に達するまでは窓を開けるだけで何とか凌げる。

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しかし海岸地帯特有の、陸風と海風が切り替わる夕凪は地獄。西陽の直撃を受ける2階の書斎はサンルーム化する。横を見れば、飼い主と同じ部屋に居たい与六が、毛むくじゃらの肥った身体でゴロゴロ。さらに暑苦しさを増す。一人住まいなのだから、書斎を1階のリビングに移せばいいと分かっているけれど、決断できないままもう何年が経ったか。接客スぺースを物で溢れさせるのだけは止めておこうと、最後の牙城を守っている。

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物書きにとってのワーキングスペースは、資料の万年床。私の場合は文筆業とプログラミング業という二足の草鞋なので、分野の違う山があちこちに出来ている。「あの本は、このあたりに・・」と手を伸ばせばガサッと崩れて、あーっ!と自分に怒りをぶつけつつ、用が済めば元の場所にギュッと差し込む。なまじ本棚に仕舞わない方がリスクが少ないのは、以下の理由による。

大きな作業が一段落したら、我慢が限界に達して整理整頓に取り掛かるのはいつものこと。前回は2か月に及ぶ缶詰め状態が終わったゴールデンウィークに、初めて古本の宅配買取サービスに申し込んだ。せっせと段ボール箱に本を詰め込んでいく途中、我を疑う出来事が勃発。同じ本が2冊、それも帯が付いたままの新品で揃っているではないか。ベストセラーとなった「わたしはマララ」、ここぞと言う時に使う著名人の名言集・・・、あれっ、この本もまた!?と悲しい発見をするのだ。誰のせい? はい、私のせいです。

玄関に積み上げた段ボール箱が引き取られていくのを見送って、残った楽しみは買い取り額。新品が幾つも入ってるのだから高いはずと皮算用していたら、メールで届いた買取査定結果は6,144円だった。迷いに迷う選別作業で一晩費やしたのに、2階から1階へと腰を痛めて段ボール箱10個を運んだのに、たった一回の飲み代分にしかならないなんて。

あれから2か月。今回は延々苦しんだプログラミング作業が一段落し、文章制作の仕事へと切り替える時期が来ている。汗だくの猛暑が来る前に整理整頓しなくちゃいけないな。とりあえず今夜は冷えた白ワインを小脇に置いて、何が出るかお楽しみな山の切り崩し作業に入ることとしよう。因果な商売、でも好きで選んだ商売なのだから仕方ないよね。

逗子市に大雨警報が出た水曜日、私は生まれて初めての飲食業を体験した。たった一人で飲み物・食べ物を振る舞う一日店長にチャレンジしたのである。1か月前にマスターと冗談で会話しているうちに日にちが決まり、名前をカレンダーに書きこまれ、噂が広まるうちに逃げられなくなった。

逗子なぎさ通りにある「三遊亭」は8年ほど前、大手電気店にいた社員が脱サラして始めた、広さ3坪の立飲み屋。社長・サラリーマン・自由業・フリーター・年金生活者など、立場の違うみんなが顔馴染みとなって対等に言い合い、毎日のように集う場として有名だ。混みあう日はラッシュアワーの電車みたいで、カウンターとのグラスの遣り取りも客づてに行う。

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前日の7日に食材を買い込んで、Illustratorでメニュー表を作成。8日は朝9時から野菜や肉を切ったり炒めたりの仕込みを始め、電気釜で「ほたてご飯」を炊いてお握りにし、何とかお昼過ぎに10品の用意が整った。持ち込む調味料や鍋等をあれこれ準備しているうちに、店に入る約束の時間がくる。

生ビールの入れ方、焼酎やリキュールの分量の計り方、コンロの使い方、ゴミの出し方・・、マスターに教わっているうちに午後4時の開店時刻。暖簾の外は雨足が強まり、これじゃ来客は見込めないとホッしたような、ガッカリしたような気持ちになる。しかし元気な常連たちが顔を出し始めると、「生ビール!」の注文攻撃が開始だ。初めてのビアサーバーは第一の難関。グラスを傾けて静かにビールを注いだら、レバーを切り替えて泡をこんもりと乗せるテクニックは、実践しながら慣れるしかない。

料理の注文が入りお皿を用意しているうちに、次のお客から「コーヒー酎!」「トリスウィスキーのソーダ割り!」と声がかかり、これは幾らだったっけ?とお釣りの計算。誰が何を注文したのか順番を思い出しながら、狭いキッチンのまな板や洗い桶は物でいっぱいになっていく。手が4本欲しいとマジに思う忙しさである。

通勤帰りの人たちが逗子に着く頃は、道路に川が出来るほどの土砂降り。それでも律儀に顔を出してくれる友人たちに感謝しながら、夜は更けていった。そこにまさかのゴジコ女史が登場。「お皿をちょうだい」と言われて数枚渡すと、家で作ってきたという煮物を盛りつけ、お客たちに配り始めた。「美味しいでしょ。私は料理が得意なんだから」と、食べない人には無理やり箸で餌付けしている。この様子を見て、客でいるときには分からなかった店側の事情に初めて気が付いた。

飲食店に食べ物を持ち込むことは好意と言えず、どれほどの迷惑になっているか。一品100円の料理をせっせと出しながら日銭を稼ぐ商売なのに、持ち込みの品でお客の胃袋をいっぱいにさせてしまうのは営業妨害に他ならない。私も今まで似たようなことをしていたなと猛反省。お土産は個人的にこっそりと渡す。沢山飲んで沢山食べて、でなければちょくちょく顔を出して、お金を使ってあげることが小さな店への礼儀なのだ。

深夜になって軒下の提灯を消し、「いちげんさん」のお客の人生相談に乗っているうちに、タクシーも呼べない時間となった。眠気を我慢しながら店内を片付けて売り上げを計算し、何とか終了したのは午前4時近く。外はまだ雨がしつこく降っている。立ちっぱなしだったので腰が吊りそうな(?)ほど痛くなったけれど、戸に鍵を閉めてシャッターを下ろす音を聞くのは、たぶん職業的快感である。

帰宅して明け方のベッドに潜り込んだら、1分もしないうちに爆睡。これこそ幸せな眠りだ。人の本質を沢山見せて戴き、ごちそうさまとありがとうを戴き、しかも儲けまで貰えるとは、客商売の職業体験がこんなに人生にプラスになるとは思わなかった。マスターは「みんな一回やったら病み付きになるんだよ」と言っていたけれど、次はいつになるかなあ。秋の食材が出そろった頃に、もちろん晴れた日に、もう少し要領よく開店できたらいいなと思っている。

「お綺麗ですよ。またお待ちしております。」
元気な声に見送られて、いそいそと美容院のドアを開けた。駅に向かって花柄の傘をポンと開けば、七夕の夜はもう3日も続いた雨降り。今夜のデートに向けて巻き髪にしてもらったのに、いくら傘の角度を変えても、湿気でカールは取れていくばかりだ。おしゃれするために会社を早退した罰が当たったのかな。

今夜の待ち合わせ場所は、彼の会社がある駅。街の再開発に向けたジョイント・プロジェクトで、二年前から同じチームとなった私たちはアフター5に時々、仕事にかこつけて二人飲み会をする。まずはスタバで資料を広げて打ち合わせをし、要件がまとまったら「さあ、どこへ食べに行こうか」のお楽しみ。ベルギービールと自家製ソーセージの店、カウンター席だけのリーズナブルなフレンチ、魚河岸直送のお刺身が山盛りの居酒屋・・、行きつけの店は確かで居心地がいいけれど、いつもと同じ風景、いつもと同じ味。割り勘で飲んだらいつもの時間となり、どちらかの部屋に泊まることも暗黙の了解となっている。歯ブラシはもちろん翌日の着替えまでキープした、ちょっと鮮度の落ちかけた関係かもしれない。

濡れた傘を畳んで押し込まれた、終電に近い各駅停車。
「今夜はあなたの部屋?」
電車の窓ガラスに映った彼の顔が「うん」とうなづく。
「美容院に行ったんだけど、髪が雨でボサボサになったから直せるかな。」
大きなあくびをしながら、ネクタイを緩めてうなづく顔は、彼女の努力に気付かないオトコ。それなら勇気を出して言ってみよう。今まで一度も聞けなかったことだ。

「ねえ、私のこと愛してる?」
反応を伺う前に、電車は乗換駅に着いた。

駅構内に最終電車のアナウンスが流れて足早になる彼。私はピタッと止まり、小さくなっていく後姿を見ていた。振り向いてくれるかな、戻ってきてくれるかなの期待が遠ざかる。改札口に入ったところまで見届けた後は、溢れる涙で何も見えなくなった。どうして振り向いてくれないの?今日の変身に可愛くなったねと言ってくれないの?

くたびれた格好のまま24時間営業のファストフード店に入る。見る影もないヘアスタイル、車が撥ねた泥水で水玉模様ができた白いワンピース。心配して欲しい「悟ってちゃん」をやらかした自己嫌悪で、スマホの電源を切った。紙コップのコーヒーは冷え切って、窓に叩きつける雨はますます激しさを増す。これじゃ彦星と織姫は120%会えないよね。

「コーヒーをお取替えしましょうか」。
首を縦に振って顔を上げると、頬杖をついて私をのぞきこんでいる彼。
シティホテルのカードキーを見せ、大きな紙袋を指さした。そこに入っているのは彼の部屋に預けておいた私の着替えで、念のためとドライヤーまで入っている。
「その服はホテルでクリーニングに出して、仕上がったら僕が取りに行くよ。打ち合わせのついでだからね。」 打ち合わせ?新しい仕事のミーティング?何、何?

一年後の素晴らしく晴れた日、私たちはそのホテルで結婚式をあげた。合同プロジェクトは成功し、今は別々のチームに属している。時間がうまく合えば行きつけの店で飲んで食べて、相も変わらず混んだ各駅停車に乗る。窓ガラスに映る亭主となったオトコの顔を伺って、あれっ、あくびしてネクタイを緩めながら何か言ってるなあ。
「アイシテル、アイシテル、アイシテル・・・」

次の乗り換え駅では走らずに、ちゃんと手を引いてね。クシャクシャッと笑った私のお腹には、愛の結晶がすくすくと育っている。

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毎年7月7日に書いている小さなラブストーリーが9回目となりました。ということはこのブログも長く続いてきたんですね。お読みくださっている皆様に大感謝!です。くれぐれもですが小説は実体験ではなく、想像力の産物です。

その一方、これまでの切ない思い出をオムニバスにして、『赤いやねの家』のタイトルで、引っ越しをテーマにした小説を出す予定でおります。家族、恋人、友だち、ペット等々、住んでいた家、無くなってしまった家にまつわるエピソード。心の整理をしながら、これから執筆活動に入りますね!

期待を背負って走るマラソン選手に声援が飛ぶ。応援の声は「頑張って〜!」。声掛けされた側は聞こえているのかいないのか、いや、耳に神経を集中している場合ではないはずだ。苦しくて苦しくて苦しくて、これ以上頑張れるかは、他の誰よりも密接に向き合ってた自分にしか分からない。

どうして、いつから、「頑張って!」が始まったんだんだろう。マラソンにせよ仕事にせよ、プロフェショナルのギリギリで戦ってきた努力があるのに、事情を知らないギャラリーからの励ましは優しくて傲慢だ。これ以上どう頑張ればいいんだよ・・。心理学の世界で「頑張って」はお気軽すぎて、うつ病患者に対してはNGワードである。
本人が地道に頑張るしかないことに、どこまで他人がアドバイスするの?

数年前の夏、仕事で徹夜のあとに仲間たちと富士山に登った。
日本にエアロビクスが入ってきたころから有酸素運動を続けている私には、すいすいと登れる登山道だと思っていた。ところが息が続かず足が吊って、仲間を邪魔するだけの厄介者になったのである。なのに誰も「頑張って」を言わないのは、たぶん私の限界を見て取ったから。「先に行ってください」と手を振り、似たような体力の新しい友人を見つけてゆっくりゆっくりとカタツムリみたいに登った。登頂を果たした時にチームは既に下山した後だったけれど、だからこそ私のプライドは傷つかずに済んだ。心で泣いている自分と戦って、目的を果たしたことは我が人生の表彰状になったと思う。

人間は一人で生まれて一人で死んでいく。どんなに頑張っても孤独は避けられない。だからこそ付け焼刃の「頑張って」ではなく、黙々と鍛錬している姿を、宇宙みたいに大きなフィールドで見守り合える誰かが欲しい。

このブログをアップした後はプログラミング作業に戻り、たぶん寝ないままに明晩も徹夜が確定。そこに欲しいのは「君なら大丈夫!」だ。豚もおだてりゃ木に登るを促進するのは、そんじょそこらじゃ落ちないことを知っている訓練した豚の「どうよ!」を褒めてくれる、まっとうに観察し続けてくれた目じゃないだろうか。

私が属している某団体は6月が年度末だ。慰労の打ち上げや引き継ぎ会、キックオフパーティーなど、今月から来月にかけては毎晩のように宴会が続く。合間を縫ってパソコンに向かっている最中も頭に歌謡曲が鳴り響いているのは、二日続けてカラオケに行ったせいだろうか。

昨晩は赤坂の一つ木通りにある「島」というナイトクラブに行った。昭和歌謡が全盛だった時代に人気のあった歌手・島和彦さんが経営している店で、お客が生ピアノ伴奏に合わせて喉を披露する、大人のライブバーである。集まったメンバーの大半は演歌とムード歌謡に染まった年代であり、間違ってもAKBなど歌える雰囲気ではない。「赤本」と呼ばれた懐かしい楽譜集から歌を探し、リズムとキーを打ち合わせしてマイクの前に立てば、エロティックな色合いのスポットライトが当たる。

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即席オンステージの伴奏は決して完璧とは言えないが、気付いたのはどんなアップテンポな曲であろうと、大人の味付けがされること。歌っている人の個性と声質が引き出され、「この部分はゆっくりと」、「この部分はゴージャスに」と自己演出しながら、歌詞と共にこれまでの人生が見えてくるのである。歌詞が色変わりテロップで流れる通信カラオケのデジタル音楽に比べると、生ピアノ伴奏は歌本の縦書き歌詞しかない超アナログ。しかしそれが頭の体操になって、知性までもが見えてくる。

🎵コモエスタ・セニョール コモエスタ・セニョリータ 酔いしれてみたいのよ 赤坂の夜🎵のムード歌謡を誰かが歌えば、自然に誰かがダンスを始める。それもエッチなチークダンスではなく、適度にジルバを取り入れた大人の踊り方だ。カラオケ同好会の副会長(俗称チーママ)でありながら私はまだまだ青二才。都心で何十年もの経験を積んできた経営者のオジサマたちに、粋な遊び方のお手本を見せて戴いた夜であった。これが赤坂、美空ひばりも五木ひろしも訪れたというこの店で、演歌と歌謡曲の真髄に目覚めたのは言うまでもない。

作詞をするときは「メロ先(先に曲を貰って歌詞を当てはめること)でお願いします」なんて言っていたのを改め、情感のままに手書きで詞を書いていた時代に戻るべきか。昭和のアナログに回帰したい、甘酸っぱいラムネ味みたいな想いがシュワシュワと胸に溢れている。

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