文章で稼ぐ贅沢

作詞からプログラミングまで、文字を並べて生きる物書きのひとりごと @ 逗子

6年前このブログに「僭越ながらは謙虚か傲慢か」という記事を書いた。よく読まれているようだが、なぜ「僭越ながら」をテーマにしたかは、私のもう一つの仕事に関係しているからだ。

組織が年度切換えを迎える時期が近づくと、スピーチライティングが忙しい。簡単にいえばトップの方々のスピーチ原稿を代筆する仕事で、「演説は本人が書くもの」と誰もが疑わない日本では、スピーチライターという職種はほとんど浸透していないと思われる。誰が喋るかは極秘だし、クライアント名を名刺に刷って営業するわけにもいかず、ゴーストライターに徹した地味な仕事なのである。

文筆業の出だしは作詞家であるが、テレビ・ラジオの放送台本や脚本書き、ステージ構成などを併行してやっているうちに、「あること」がとても得意になった。それは目で見る文章でなく、聞いて分かる文章を書くことである。特にラジオの放送台本はパーソナリティがあたかも自分の言葉で喋っているように聞こえないといけない。「えっ、生放送でも台本があるの?」なんて驚かれるが、台本がないとディレクターは番組進行が分からないし、リスナーの反応に合わせ、パーソナリティの横に座って原稿を書きまくるのは相当の熟練が必要だ。

人間には耳で聞いて理解しやすい語調(五七五や韻など)があり、息次ぎのタイミングを計算して、句読点を打つ場所も考える。「今日はよく晴れてますね」と「今日は・・・、よく晴れてますね」では大きく違い、後者だと窓の外を見て天気を確かめるライブ感が出る。脚本だったらト書きがある上に何度も読んで練習できるけれど、放送台本はオンエア(または録音)前に一度目を通すぐらいなので、センテンスは短めに、アドリブがきく幅を含ませた方がいい。

最も神経を使うのは、喋る本人の個性に合わせること。その人と打合せをしているうちに口調の癖をつかみ、カタカナ語、熟語、流行語などのボキャブラリも取捨選択する。意味が分からずに喋りがたどたどしくなるのは、何か読んでいるのがバレてしまうからだ。

そして、偉い方の畏まったスピーチ原稿の場合は、市販本の「スピーチ集」に載っているようなガチガチの定型文は使わず、大和言葉の洒落た言い回しを考える。「これから30分、我慢して座ってなきゃいけないのか」と諦めている聴衆に対し、ストライクでなくカーブ球を投げるのだ。「あれ?」と耳が向いたところで情報のフォークボール。メモしたくなるような役立つ情報を噛み砕いた言葉で伝えるのである。

というわけで、職人技として培った話し言葉は何の苦もなくキーボードに打ち込めるが、その何十倍も労力がかかるのは最新の情報を集めること。政治、経済、歴史、国際情勢、科学、医療、芸能などオールジャンルに渡り、それこそSMAPの独立問題だってスピーチの議題に関連付けて語れなくちゃならない。「風が吹けば桶屋が儲かる」の論理立てがいかにスムースにできるかが、スピーチライターの腕の見せ所なのだ。

ネットが普及したおかげで、部屋中に参考書籍を積み上げなくても済むようになったが、情報の信憑性を確かめるのには時間がかかる。誰でもSNSで好き勝手に発言できる時代。引用して著作権侵害にならないか、公序良俗に反していないか、蚤のハートのような神経を使うのである。

スピーチライティングを始めてもう何年になるだろう。春が来るまでは昼も夜もパソコンに向かう毎日が続いて、飲食を忘れるため体重が激減する。昨年からの禁酒で既にマイナス6kgなので、これ以上痩せるわけにはいかず、昨夜はキーボートの横にクッキーの袋を置いてカロリー摂取した。Facebookに夜明けの写真をアップしたりしているが、もちろん徹夜明け、そのまま昼間も続行のヘロヘロさだ。

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お酒は飲まないし肴も食べないし、花より団子になった近ごろ。差し入れが届いたら嬉しいなと、宅配便のお兄さんが鳴らすピンポーンが待ち遠しい。

ベッキーにまつわるスキャンダルが毎日のように報じられる。CM契約の打ち切り、番組出演の見合わせ、そしてまたLINE画面ショットが週刊誌に掲載されて、不倫疑惑騒動は収まるところを知らない。LINEが覗き見されているのは分かっているのに、やり取りを続けるのは正気の沙汰と思えない。

国民的アイドルの座から急転落下。江戸時代なら密通罪に問われるのだろうが、なぜベッキーばかりが集中砲火を浴びて、表に出てこない川谷絵音はバッシングされないのか不思議である。

もちろん人の亭主を奪った女は悪い。しかしフリーライブで女性ファンを動員し、「ご迷惑、ご心配をおかけして申し訳ございません」のお詫びで涙を集めた川谷絵音は、ズルい男の代表みたいに思えるのだ。アーティストの売りはイメージではなく、良い作品を生み出すことだと言えばそれまでだが、いまだに妻と愛人(恋人?)双方の心をかき乱しているのはルーズなのか、自分の心に正直なのか、ラブソングにいったいどんな形のエンディングを描くんだろう。

先日、とある女性経営者と仕事の打合せをしていたところ恋愛談義になり、「近ごろの男ってズルくて臆病よね」の本音が彼女の口からこぼれた。女に向かって自分から好きとは言えず、相手の出方を待っている。向こうから寄ってくればしめたもの、フラれて自尊心が傷つくのを恐れているというのだ。逃げ場を用意しているのは自分に自信がないからでは?と聞けば、「したたかさが、少なくとも武士ではないわ」と笑い飛ばして、いかに昔の男たちが魅力的であったかと、歴史上の好男子論へ話が発展した。才色兼備で著名人で資産家で、きっと恵まれすぎている女性だからこそ行き着いたダメンズ論なのかもしれない。

私の恋人といえば今のところ肥った猫だけ。足元のホットカーペットから聞こえてくるイビキに癒されながら、朝までもうひと頑張り、徹夜が続く繁忙期をありがたく乗り切ることに集中しよう。

一日ひとつ良いことがあるのを熟語にすれば何ていうのだろう。本棚のことわざ辞典を手に取って「一日」が付く四字熟語を調べてみた。見つけたのは「一日一善」「一日千秋」「一日一夜」、これ以外は載っていない。「一日一良」という言葉はないのかな。

原稿書きの資料探しで、昨日はほぼ一日を書店巡りに費やした。しかし求めているテーマに見合った本が見つからず、ランチで食べたオニオンサラダで胃が痛み、保留になっている気がかりは解決せず、電車では眠りこけた隣の客がもたれ掛かり・・・と、ツイてないことだらけ。重い気分を抱えたまま帰宅したくないので、厄払いをしようと逗子駅近くの氏神様にお参りをした。

心が少し軽くなって、青信号を待つスクランブル交差点。向かい側に宝くじ売り場のボックスがあるのに気付き、「新春運だめしくじ」を買ってみた。1セット分の2千円を渡したら、くじと引き換えに嬉しい一言が・・・。中の女性がにこやかに「気持ちのいい夕方ですね。楽しんでお帰りください」と声をかけてくれたのである。ああそうだった、金曜日の夕方なんだから、どこかに寄ってから帰ろう。久しぶりに馴染みの小さなワインバーに入って、温かいジンジャーティーをオーダーした。

店長とお喋りしていると程なく常連たちが集まり始め、なぜか皆が次々に差し入れを持ってくる。一粒100円の甘王、北陸で買ってきた蛍イカの燻製、家で作ってきた海苔巻き、バターの香るカップケーキなど、「食べて食べて」の輪ができた。お酒も飲まず、カフェオレを追加オーダーしただけなのに、夕食が要らないほどお腹がいっぱい。まさに「一日一良」な出来事は、心のスクラッチくじに当たりが出た気分である。

人生って不思議だ。たとえ部屋に引き籠っていようが、苦難はこちらを見つけて降り掛かってくる。その大半は人間関係によるもので、人は人、自分は自分と割り切れず、理不尽さに怒りが燻り続ける。

でもそこは冷静に切り分けよう。「理不尽」とは相手が自分の思い通りにならないことであり、こちらの期待と思い込みが招く身勝手な苦悩なんじゃないだろうか。所詮は相手の器の中で采配されている出来事。人の器に文句を言う筋合いはなく、体裁を気にするものでもなく、自分は淡々と自分を生きていくしかないのだ。

運勢はバイオリズム。悪いことばかり起きた一日でも、たった一つ良いことが起きたらそれに目を向けよう。低気圧が去って、厚い雲の切れ目から覗いた青空のように、良いことは弾みが付けばどんどん広がっていくものである。

暦の上で明日は、寒さのピークとなる大寒だ。今週はじめには首都圏でも雪が積もり、ますます冷え込みが厳しくなってきた。

清少納言は『枕草子』で「冬はつとめて」(早朝)と言っているが、そんな時間にベッドから出られない私は、紫式部が『源氏物語』で描写した冬の月が好きだ。「第二十帖 朝顔」の第三章・第二段「夜の庭の雪まろばし」で、朝顔の君に嫉妬する紫の上に、光源氏が雪景色を見ながら語った一節を載せよう。

「人の心を移すめる花紅葉の盛りよりも、冬の夜の澄める月に、雪の光りあひたる空こそ、あやしう、色なきものの、身にしみて、この世のほかのことまで思ひ流され、おもしろさもあはれさも、残らぬ折なれ。すさまじき例に言ひ置きけむ人の心浅さよ」

(人の心を惹きつけて移ろわせる桜や紅葉の盛りよりも、冬の夜の澄んだ月に、雪の光が映えた空こそ私は好きだ。幽玄で、色のない風景が身に染みて、現世を離れた世界にまで想いが及んで、おもしろさも哀しさもここに尽きる。冬の夜を興ざめと言う人の心は浅いものよ。)

紫の上は幼い頃から光源氏に育てられて最愛の妻となり、才色兼備の代表格ともいえる理想の女性であった。しかし身分のせいで正妻にはなれず、子宝にも恵まれず、我が身のたよりなさに悩み苦しんだという。その孤独さに気付かなかった光源氏とは擦れ違いが多くなり、やがて37歳で重病にかかって、出家を望みながらも叶わずにこの世を去った。

御簾を巻いて、恋い焦がれる源氏の君と見上げた冬空。高々と浮かんだ白い月と、紫の上の心情には「凄愴(せいそう)」という表現を当てはめたい。

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中秋の名月やスーパームーンよりも、なぜか今は心惹かれる寒月。ベランダに出てスマートフォンで撮る冬の月は遠く小さくなろうと、家族団らんの灯りを画面の下に入れたくなる。冷たくてあたたかい風景。かじかんだ指をポケットに入れて白い息を吐き、どんな祈りを捧げようかと、話しかける言葉を探すのが日課になった。

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前回の記事へのコメントに返した一文、「スイーツ、お酒、煙草等、やめられなくて悩んでいる方は多いですが、思うにそれがストレス発散の道具なら良いのかも。」に補足を加えたい。スイーツは別として、お酒・煙草に関しては「他人に迷惑を及ぼさなければ・・・」の条件が抜けていた。

喫煙のトラブルは煙い・臭いという生理的な問題なので、場にルールを設ければおよそ決着がつく。しかし飲酒のトラブルはその場限りでは収拾が付かず、事件や事故を引き起こしたり、人間関係にヒビが入ることが多々ある。なぜなら呑兵衛の王道ルールとして、お酒のせいにした言い訳がまかり通るからだ。
「酔っていたので覚えていない」
「飲み過ぎて意識が飛んでいた」
約束を反故にした理由としてよく出る言葉だが、じゃあ覚えていた相手はどうなるの? 分かっているのに逃げるためのズルい言い訳かしら?と不信感が湧く。「そうだったのね」と笑って対応しても、内心は北風にあおられた気分になるのだ。心が素通しですよ、なんて言わないけれど、白か黒か灰色かが丸見えなのに気付いていないのかな。

酒は飲んでも飲まれるな!は、人格者であるがための格言。
私に人生の教訓をくれる先輩は80歳近い年齢なのに、その場の出来事や交わした言葉は一字一句忘れない。足がよろめくほど酔っぱらっていても、次回の約束が何処で何時何分かを記憶していて、待ち合わせの5分前にはきちんと到着している義理堅さなのだ。

昨日はランチをご一緒して、深みのあるアドバイスをまた戴いた。
「悪事をはたらく人間は、他人だって自分と同様に悪事をはたらくと思っている。100%の善意で手助けしたことも、何か裏があると勘ぐるんだよ。誠意のあるなしは育ちの問題で、10歳頃までには右左に別れる。だからお人好しはやめて、適当なところで見切りをつけなさい。」

お人好しと言われて思い出したのは、数年前の惨めな待ち合わせ。
友人たちと深夜まで飲んで、翌日のアウトドアイベントに皆で参加する約束をした。グループや家族連れで賑わう日曜日、小雨の中を早めに集合場所に着いて待つこと10分、20分・・・そして1時間。結局は誰も来なくて、電話しても通じない。腹が立つ以前に、律儀すぎた自分が恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。

心の健康こそが明日を連れてくる。自分に限って言えばお酒で記憶を無くした経験はないけれど、それでも精神面の弱さとサヨナラするために断酒を決めた。「それじゃ楽しくないでしょう、まあ一杯!」のお誘いには笑顔を返して、こちらからビールをお注ぎする。いけいけゴーゴーな場の雰囲気に呑まれないことは、お人好しの苦い経験から生まれた防衛手段かもしれない。

この2ケ月弱で体重が5キロ減となった。ダイエットや運動は何もしていなくて、習慣だった飲酒をやめただけである。炭水化物が欲しくなるのでご飯・パンなどは制限せずに食べているが、BMIは21.5から19.6にダウン。服のサイズがどれも緩くなるという、嬉しくて困った現象が起きている。

今日は飲み仲間である主治医のところへ定期健診に行き、「この年末年始、よく飲まずに我慢したねェ〜」とビックリされた。血圧が安定したので降圧剤の量が減り、血液検査の結果次第では尿酸値を下げる薬もたぶん要らなくなりそうだ。遅くまで暴飲暴食して、糖質の分解に今までどれほど肝臓を酷使していたか、推して知るべしである。

ひとつだけ忠告されたのは、しばらくハードな運動をしないこと。某ダイエットジムで死亡者が出たのは徹底しすぎた食事制限によるもので、極端に言えば「餓死」だという。痩せることで短期間のうちに血管の状態が改善されても、血液が順応するには3ケ月かかるのだそうだ。皮下脂肪が落ちた分、寒さに耐えられるよう筋肉を増やそうと思っていたが、極暖ヒートテックで凌ぐことにしよう。

処方箋を持っていつもの調剤薬局に行くと、スタッフの皆さんから「なんだか顔の雰囲気が変わりましたよね」と不思議がられた。「髪が伸びたせい?」「痩せました?」と質問が飛んでくる。お酒をやめた話をすると、「ヘェ〜、私もやめてみようかしら」と場が盛り上がり、医師も薬剤師も呑兵衛が多いのだと知った。

帰りは逗子の馴染みの店に寄って、鯛と温野菜のソテーを戴く。常連が集うカウンターでグッと耐え忍び、目の前に並んだお酒たちの誘惑を降り切ってSINVINOのジャワティーを注文した。グラスに注いだら見た目は白ワイン。糖質の摂取にはフランスパンを食べて、食後酒の代わりには蜂蜜とレモンでホットドリンクを作って貰った。お勘定が今までの半分になったのは申し訳ないが、帰宅してから一仕事終え、こうしてブログを書く余裕もできる。

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酔っ払いが一変して素面。この変貌ぶりが不気味だと笑われても、自分で自分を褒めてあげたいのは、痩せた身体に反比例して心が丸くなったこと。もちろんネガティブな態度で接してくる人はいるし、つらい目に遭うことだって多々ある。でも怒りや恨みの感情が湧くのはますます減り、その場はちょっと落ち込んでも翌日はカラッと心が晴れているのだ。何とかなるさ!の楽観的な子ども時代が帰って来た感覚は、たぶん心身が再生しているのだと思う。

昔『赤毛のアン』のミュージカルを書いたとき、歌のタイトルにした言葉が浮かんでくる。それは「あしたはきっといい日」。疑わず、本当にいい日になるに違いないと信じていれば、世界の彩りは目に見えて美しくなるはずだ。

二十四節気の「小寒」を過ぎて朝晩の冷え込みが増したものの、去年に比べたら昼間の日差しは春のように柔らかい。ベランダのノースポールが小さな花を咲かせ始め、今日は根元に肥料を与えた。

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枯れた葉を摘む際に手折ってしまった一輪。捨てるには忍びないのでグラスに生けて眺めていると、愛媛県にあった祖母の住まいを思い出す。ハルジオンだったかヒメジョオンだったか、野の花を竹の一輪挿しに生けて、トイレの窓際に飾っていた。一人で生計を立てていた呉服仕立ての手を休めては、花を摘みに行くのを楽しみにしていた姿が懐かしい。もう思い出の中でしか行けない家だけれど、列車に乗って四国に渡りたいと無性に旅ごころが湧いてくるのだ。

そして思いがけず巡り合ったネットの記事。「恕(如)」について調べているうちに、浄土真宗の僧侶が書かれた「自他一如の心」という法話を見つけたのだが、なんとこのお寺(南岳山光明寺)がある住所は愛媛県西条市大町。祖母の借家のすぐ近くだったばかりか、西条市は私の出生地でもある。

孟子の説いた「仁義礼智(惻隠の心は仁の端なり、羞悪の心は義の端なり、辞譲の心は礼の端なり、是非の心は智の端なり)」を座右の銘としたくて、そこまで全く到らない我が身が恥ずかしくて、悶々とする毎日。性善説を信じるなら、他人に対して怒ってはならないと心に言い聞かせつつ、批判的な感情を抑えきれないのが歯がゆい。

困った人を見かけたら駆け寄るのが普通だと思ってしまうのは、自分の驕ったところ。
見て見ぬふりで「知らない、関係ない」と言う人を保身と思ってしまうのは、自分の偽善たるところ。
自分が行いたい事に、他人との比較を持ち込んではいけないのである。

真っ白なノースポールの花。楚々としたハルジオン、ヒメジョオン。真紅の薔薇みたいにに目立たなくても、咲いていることに気付いてくれる誰かがいるなら、それだけで充分に幸せなのだと思う。

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追記:1月11日
日ごろお世話になっている先輩から「今、何してる?」と電話があり、昨晩は逗子で魚料理をご馳走になった。自分が目をかけた後輩を成功に導けるよう、的確なアドバイスを下さるだけでなく、根回しも欠かさない方だ。礼節を尽くすべき相手に陰で頭を下げて回っていることを知り、フットワークの軽さと責任感の強さに驚いた。

そしてポケットから「今日は嬉しいことがあってね」と見せてくれたのは、大吉のおみくじ。その「第〇〇番」の数字は、生まれながらのラッキーナンバーだという。私も数年前に「一番の大吉」を引いた話をして、万物を制御する力の存在について盛り上がった。誰にも言えず墓場まで持っていこうと思っていた悩みを聞いて戴き、心の重しが取れたことに感謝!

この三が日は文字通りの新春で、弥生か卯月を偲ばせる陽気だ。運動不足解消のウォーキングに、昨日は逗子市桜山の宗泰寺へ初詣に行ってきた。去年の湘南七福神巡りでギリギリ最後に駆け込み、腰が引けながら福徳大黒尊天にお参りしたお寺である。

とんだハプニングにも関わらず、墨書きの御朱印と共に優しいご住職から戴いたのは、「気心腹口命」と書かれた印施。「きはながく こころはまるく はらたてず くちつゝしめば いのちながゝれ」と読む。これを御朱印帳の最後のページに挟んで仕事机の横に置き、事あるごとに戒めと励ましを貰ってきた。

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そして今年最初の責務、恥ずかしながら何年も祀ったままだったお札を納めに行っていいものか。風呂敷を持って静かな境内に入ると、最初に目に入ったのが古神札納め所で、明らかに他の神社仏閣の名称が書かれたお札・破魔矢が積まれている。なんて心の広いお寺だろうとご慈悲に救われて、まとめて持ってきたお札を置き、これまでのご加護に手を合わせた。その後は社務所でご住職に新しい印施を戴いて、帰りの足取りが軽かったのは言うまでもない。

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そのまま帰宅するのは勿体ないので、日のあるうちに披露山の大崎公園へ。汗びっしょりになって坂道を上ったご褒美は、藍色と紅色の空に映える富士山のシルエットと、逗子マリーナや134号線沿いの宝石みたいに煌めく灯りたちだった。

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翌朝に体重を計れば、お正月肥りもせずにこの1か月ほどで4kg減を達成。テーブルに広げた宗泰寺の「吉祥寶来」と印施には、福々しく肥った与六がマタタビみたいに頭を擦りつけてている。そういえば去年も御朱印帳を手で捲っていたことからして、与六は我が家の招き猫なのかもしれない。頭を撫でるたびに御利益がありそうで、今夜は旨みが回ったヒラメの昆布締めを差し出そうと決めた。

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明けましておめでとうございます。
ブログで新年のご挨拶をするのも9回目となりました。三日坊主のくせに、ここまで続けられた自分に驚きつつ、いつも訪れてくれる皆様には心より感謝を申し上げます。

ここ逗子では雲ひとつない青空に恵まれた、穏やかな元旦となりました。
ほっと一息ついて過去を振り返れば「事実は小説より奇なり」で、変化に次ぐ変化を遂げてきた人生だったと思います。これからまた何が変わっていくのか、希望と不安が交錯する心境でありつつ、一つだけ確かなのは去年の自分より格段に強くなったことでしょうか。その理由について打ち明け話を致しましょう。ちょっと長くなりますよ。

今だから言えるのですが、去年の秋ごろは鬱状態になって、どうやって死のうかばかりを考えていました。しかし苦しいのはダメ、痛いのはダメ、飛び降りたり吊ったりの決断を要するものはダメ。雪山で凍死するしかないと考えているうちに気付いたのは、私には死ぬ勇気が全くないということでした。ましてや飼い猫を置いて旅行するのさえ躊躇する心配性なのですから、帰ってこられない向こう岸へ渡るなんて不可能なのです。もうこれは笑うしかない。

張り裂けそうな気持ちが耐えられず、誰かにすがりたいとも考えました。でもそんな狂気に満ちた女を心身ともに愛してくれる人は、冷静になって考えたら居るわけがない。居ても距離を置くのが当然です。

そして訪れたのが運命の日。「飲酒が招いたホラー体験」の日記に書いたように、身も凍る出来事が起こりました。それをきっかけにアルコール類は口にせず(我が家は酒豪の家系だし、大学時代から大酒飲みだったのに・・・)、弱い自分を真正面から見据える生活を始めたのです。世間は忘年会、クリスマス、お正月と笑い声に溢れ、独りになることが最も辛いシーズンに何故こんなことを始めたのか、私って極端なマゾ?とまで思いました。親交を深めたはずの飲み友だちはどんどん離れていき、最後に残ったのはニャンコの与六だけ。

でもね、土砂降りな心に耐えているうちに、ちょこちょこと晴れ間が見えてくる。去年の七福神巡りで三分の二が埋まった御朱印帳に手を合わせ、「今日も無事に生きています」の感謝と、「みんなが幸せでありますように」のお願いを朝晩繰り返していると、私を見捨てたはずの神様が帰ってきてくれました。絶体絶命のピンチから救われて、「こんな私に、いいんですか!?」と思えるラッキーな出来事が降ってくるのです。もちろんそこで驕った気持ちになれば捻り潰され、明日は太陽を拝めるのだろうかと落ち込むことも多々あります。

嘘を付くと天罰が下るから、馬鹿みたいにストイックでピュアでなくちゃいけない。心が不器用な自分は誰よりも底辺にいるんだと思い続けながら、大晦日の夜は悔恨の涙が止まりませんでした。今は序の口で、もちろん年が明けてもまだまだ辛い戦いは続きます。

思えば2012年12月22日、自分の誕生日にアセンションを超えたと悦に入っていたのは勘違い。スピリチュアルブームに踊らされていただけの大うつけでした。もしも次元上昇が本当にあるとすれば、今がそのスタート地点かもしれません。

とても不思議なことに、大酒飲みがピタリとアルコールをやめる現象が同時期に周りで起きています。その人たちとは電車で偶然に隣り合ったり、数年ぶりに連絡が来たり、飲むのを止めたらしいと人伝てに聞いたり、全てはこの一か月間です。この現象について話し合えた相手からは「飲まないことが楽しくなった」、「冷静になって被害者意識が無くなった」、「やましい心を持った人が分かるようになった」と、これまた同じ現象が起きていることに驚きます。何なんでしょうね?

そしてもう一つ、感激したこと。心が美しい人は絶対に離れていかないのを知りました。大切なのは権力や名声ではなく、人の苦しみに寄り添える「如」を持ち合わせているかどうか。これまで沢山の「如」を下さった方たちに追いつけるよう、私も惻隠の心を育てていこうと思っています。

もちろん誘って戴ければ、飲み会の席にも今まで通り参加しますし、一緒に大騒ぎします。もともと下戸ではないので、酔った人たちの楽しい雰囲気は大好きなのです。

年が明けてから、やっと1日が経ちました(笑)
長い長い2016年になることが予感できるのは、前に続くのが今まで歩いてきた既知の道ではないからでしょう。険しい山を越える力を身に付けなくてはなりません。

やっぱり長い話になりましたね。ここまでお読みくださったあなたにも、きっと素晴らしい気付きが訪れますように。相棒の与六とともに、心より皆様のご多幸をお祈りして、改めて新年のご挨拶を申し上げます。

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今年最後の週末が来て、忘年会も月曜日に1回を残すのみとなった。しかし昨年に比べたら飲み会への出席は激減。節酒を始めてから付き合いが悪くなったのは否めないが、不思議なことにお酒の席に出ると、決まって良くないことが起きるのである。

その一。近くに超ヘビースモーカーが座る。
喫煙可の飲食店では、愛煙家と嫌煙家は平等だと思っているので基本的に表情には出さない。しかし私との間にわざわざ灰皿を置き、空気が白くなるほどチェーンスモーキングするお客が隣りに来てしまうのだ。その確率は9割を超え、酷い時には横並びに3人。煙が目にしみて、髪も服もたちまちヤニ臭くなるので、グラス半分のワインすら飲まないうちに退散する羽目になる。

その二。服や靴にお酒が飛んでくる。
先週はディスコパーティーの会場で、グラスを持って踊っているお客のワインが降りかかってきた。さらに一昨日は帰りのグリーン車のコンパートメントで、後ろの座席の客が豪快に缶ビールを引っくり返して、私の足元へゴロゴロ。靴の下でビールが水溜りとなったため、アテンダントに促され他の車両に移動することとなった。

その三。アクシデントの対応に追われる。
ヨットのキャビンで忘年会をしているとき、酔った女性が調理しようとして、包丁で指をざっくり切ってしまった。本人は「大丈夫よ、(⌒▽⌒)アハハ〜!」と元気に笑っているけれど、血液は隣人の白いパーカーに飛び散っている。救急箱を開ければ古すぎる絆創膏は乾いて役に立たず、一升瓶の2本目に突入したクルーたちはもっと役に立たない。応急処置をして次のパーティーに遅れて参加したら、上記「その二」となった。

連続する不運を冷静に考えれば、酒飲みに有りがちな出来事なのかもしれない。例年のごとく自分も大トラ状態なら、けつまづいて転んで顔面着地し、朝起きたら血だらけになっていた可能性だってある。酒豪の武勇伝から遠ざかり、「大難は小難に、小難は無難に」と、見えない力に導かれている幸運をかみしめよう。

追記:12月29日
最終難関の忘年会もずっとウーロン茶で乗り切った。私が春までに飲酒を再開するか、賭けをする友人までいたけれど、決めたからには正々堂々と守り通す。自分を含め誰に対しても、約束はきちんと守るのが誠意だからだ。できない約束ならしない方が自他ともに心を傷つけない。
小さな誠意の積み重ねは、目立たなくても社会的信用に繋がると信じている。昨日は都内へ向かう電車の中で、お得意様から新年早々のアポイントが入った。変わらぬご愛顧に感謝しつつ、ご期待に添えるよう精進に励みたい。

追記:12月30日
例年なら今ごろは、馴染みのカウンターで「かんぱーい!」とグラスを合わせているはずだ。陽気な友人たちの顔が頭をよぎるけれど、これは神様の試練だとグッと耐えて、自宅で過ごすことにした。

昼間のうちに食材の買い物を済ませ、地獲れのヒラメで昆布締めを作った自分に苦笑い。お正月は取っておきな酒の肴をお茶で頂くのか、これじゃ猫しか寄りつかないな。それでも、目を爛々とさせて私の一挙一動を見守っている与六のおかげで、淋しい夜にならずに済む。今夜は和牛ステーキ丼を作って、相棒に分け前を一口プレゼントしよう。成人してから初体験の「しらふ」な年末年始になる。

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