文章で稼ぐ贅沢

作詞からプログラミングまで、文字を並べて生きる物書きのひとりごと @ 逗子

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桜が散ってツツジが咲いたとたん、逗子には夏がやってくる。葉山マリーナのメンバーに入れてもらったペーペーのヨット乗りとしては、デッキシューズと日焼け止めのお世話になるシーズンの到来だ。

前日の曇天から一変して、青空が眩しい日曜日。早起きして作った料理を保冷バッグに詰め、京急バスでマリーナへと向かった。今回乗り込んだクルーは13名。もやいを外し、フェンダーをデッキに跳ね上げて、船が堤防の外に出ていく頃にはそれぞれのポジションについている。

どこでメインセールを上げようかと悩むほど、周囲はヨットとディンギーでいっぱい。微風だけれど、レースも行われていて、所狭し(?)な海である。

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ヨットパーカーの上にライフジャケットを着ると、だんだん汗ばむほどの陽気。

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キャビンの後方、コックピットも賑やかに打ち解けはじめている。

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あまりにも風が弱いので、フォアステイの外にジェネカーと呼ばれる大きな帆を張った。広げるのも畳むのも、人数を要する共同作業。意地でもエンジン機走をしないキャプテンの心意気が風を捕まえたのだろう。スピードが1.7ノットから7.5ノットまで上がると、速い速い。風の音、波を切る音だけしか聞こえないセイリングの醍醐味に感激する。

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江の島の裏側へ回り、洞窟の弁天様にごあいさつ。葉山マリーナのポンツーンで宴会をするために、お昼すぎには戻ることにした。

目をこらすと、渋滞した134号線をノロノロと動く車の列。片瀬海岸、七里ガ浜、稲村ケ崎、由比ガ浜、材木座海岸、逗子海岸。自分の引っ越しのルートを辿るみたいなセイリングだ。小学生のころから船に乗っている私は、何度も見ている沿岸の光景だけれど、そのつど湘南に住んでいて良かったと実感する生き生きとした景色なのだ。

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青春に年齢制限がないなら、相模湾から一生離れたくないな。逗子が終の棲家になるだろうと確信しながら、今年の夏は思いっきり海を楽しもうと思っている。

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子どもの頃を思い出す、とても懐かしいお菓子を頂いた。四国銘菓の「一六タルト」。タルトとは愛媛県松山市の郷土名産で、松山藩主・松平定行公が、ポルトガル人から教わったと言われる南蛮菓子だ。

香りの良い柚子を練り込んだ餡子を、カステラ状の生地で巻いた上品なロール菓子。食べるとジャリッした口当たりがあるのは、白双糖(しろざらとう)別名:白ザラメという結晶の大きい砂糖を使っているからだ。

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私が生まれたのは愛媛県西条市で、3歳のときには神奈川県に引っ越してきた。藤沢市片瀬の小さな借家に住み、共働きの両親に代わって面倒を見てくれたのは、母方の祖母である。親戚やら友人やら、祖母と同じ方言を話す人が家に遊びにくると、必ずと言っていいほどお土産にくれたのが「一六タルト」だった。

昭和30年代の記憶をたどれば、文明堂のカステラが洋菓子の中でも上等な部類に入る。そのしっとり&フワフワとした生地に似て、しかも中に餡子まで入った円筒形のタルトは、小学生だった私には小躍りしたくなるほどのお土産だった。西条市では竹の皮に包んだ「ゆべし」という、白みそと柚子の入った餅菓子も有名だったけれど、子どもが好きな味ではない。お客様から頂いた紙袋から何が出てくるか、台所で待ち構えていたのを思い出す。

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一六タルトは切るのが難しい。祖母が不器用に包丁を入れるのを横から眺め、失敗した一切れを指さして、「欲しい欲しい」とお願いしたものだ。一六本舗のWEBサイトを見ると、切る手間を省くために昭和43年からスライスを開始し、売上が一気に伸びたという。大人になったら一本丸ごと食べてやるんだと思いながら、中学生あたりからは生クリームとイチゴのショートケーキに興味が移ってしまった。

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こんな懐かしい銘菓は他にも沢山あったような。雷おこし、かりんとう、和泉屋のクッキー、銀座江戸一のピーセンの青い缶には、エッフェル塔の絵が描かれていたっけ。昔の人たちは素朴で素材が良くて、ほんとうに美味しいものを知っていたのだなあと感心する。戸棚の奥にしまった古いアルバムを引っ張り出し、モノクロの写真を眺めながら、この週末は記憶の味めぐりをするミニトリップに出かけよう。
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