文章で稼ぐ贅沢

作詞からプログラミングまで、文字を並べて生きる物書きのひとりごと @ 逗子

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8月の後半に記事をアップをしてから、もう2カ月が過ぎてしまった。ここまでブログを留守にしたのは初めてだ。とても大切な人が立て続けに亡くなったり、重い病になったり、その他にも「これって小説?」と言いたくなるようなハプニングが勃発し、心模様を書く気にならなかったのである。

マザー・テレサは「神様は乗り越えられない試練は与えない」という有名な言葉を残したけれど、ちょっとだけ疑心暗鬼。それが本当なら、どうして自ら命を絶つ人が後を絶たないのだろう。

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台風が通り過ぎて青空が戻ってきた秋の午後、父が暮らす介護施設へと出かけた。毎年10月の終わりに行うケアプランの更新の時期がきて、総合的な支援方法の確認をする。

嚥下能力が弱ってペースト食しか食べられない父は、いつ誤嚥性肺炎で看取りの時が来てもおかしくないと医師から宣告を受けた。それから1年、奇跡的に熱を出すこともなく元気でいるのは、温かい見守りの目を絶やさないスタッフたちのおかげである。

ケアプラン表に承諾のサインを入れて、入居者たちが健康体操をしているフロアへと上がった。車椅子に座ったまま、伸びをしたり足踏みをしたりのストレッチ。若いインストラクターの指示に従いながら、半身不随の父も動かすことができる範囲で、手を掲げて参加している。

「さあ皆さん、うーんと伸びをして天井を見ましょう」
「今度は顔を右に向けましょう」

あれれ、父の視線は可愛いインストラクターにしか向いていない。派手な女性関係で身代を持ち崩したような人だから、要介護5になっても女癖の悪さは健在だ。元気で何より何より(笑)
父の隣では、ぐっすり寝入っているお婆さん。スタッフの声でちょっとだけ目を開けて、窓から差しこむ日差しに微笑んで、また眠りに入る。
自分の力で歩ける人は誰もいないけれど、暮れていく人生を皆が自分のペースで生きている。

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久しぶりに娘としての時間を過ごし、父と握手をして施設をあとにした。広い道路に出るまでの小径は、10年前には空き地だらけだったのが、今はマンションだらけである。下へ降りていく見慣れない道もいっぱい出来た。黄色いセイタカアワダチソウが風に揺れているのだけが、昔見たのと同じ景色。


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駅まで徒歩10分の歩道は、ベビーカーを押す若いお母さんの後をゆっくりと、陽の当たる側を選んで歩いた。イチョウの落ち葉と桜の落ち葉が一緒くたに風に転がって、秋も春も、老いも若きも混在した坂道。

あっという間に今年はあと2カ月になってしまったけれど、泣こうが笑おうが、人間の一生なんて微々たるものである。微々たるものであるからこそ、不器用に一生懸命生きればいいのだと思う。

「神様は乗り越えられない試練は与えない」かどうかは、乗り越えてみなきゃ分からないよね。
相変わらず睡眠時間を削るハードワークは続いてるけれど、幸せな時間ができたら100倍楽しもう。今年こそは誰かに誕生日を祝ってもらおうなんて、少女みたいな夢を抱いているアラ還である。

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私が住んでいるマンションの敷地で、濃い緑の陰を作ってくれる樹木。それがポプラだと思い込んでいたのが、実はプラタナスだった。

ポプラの季語を探していたら発覚したのだが、両者とも季語がないどころか、葉の形が違う。
ポプラの葉は丸くて、大きさは6〜7cm程度。

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プラタナスの葉は3つに割れて、ポプラの2〜3倍もある大きさだ。

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そんなこと、今さらどうでもいいじゃないかと笑われそうだけど、私にとってはA型だと思っていた彼氏が、本当はB型だったというほどにショックが大きい。都内から引っ越してきて以来、十年以上も四季を共にしていると、人間のように愛おしい存在になっていたからだ。樹木への恋心とでも言うべきか。

プラタナス、和名は篠懸(すずかけ)。

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歳時記に載っている季語は「篠懸の花」のみで、季節は晩春。細かい花だから目立たないけれど、4月には枝から新緑が伸びて、またたく間に初夏を迎える。

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真夏の炎天下。微風でもサヤサヤと音を立てる葉は、にぎやかにお喋りをしているようだ。むせかえるような生々しい香りは、汗ばんだ母親の胸に抱かれているみたいな錯覚を覚える。

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日が短くなると真っ先に枯葉になって、地面を舞いながら吹き溜まりに転がっていく。茶色くなった葉をガサゴソと踏んで歩くと、晩秋が近いことを教えてくれる。

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木枯らしが吹く冬の入り口。スケルトンになったプラタナスの枝が、青空に残った白い半月を指さしている。
凍えていないかい?また明日も頑張ろうな!
真夏のサヤサヤも、秋のガサゴソもないけれど、裸ん坊たちが寒空に励まし合う声が聞こえるような。背の高いプラタナスが男っぽくて、いちばん逞しい季節。

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8月は後半に入り、今年もあと4カ月ちょっとになった。
残暑のなか、着々と散る準備を始めているプラタナスを見上げては、また来年も会えるよね?と声をかける。逝ってしまうのではなく、春には必ず戻ってきてくれる彼らは安堵をくれる存在。

これからは正しい名前で呼ぶからね。お喋りなボーイフレンドたちと一緒に暮らしていけることに感謝しながら、時の流れを静かに確かに感じている。
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