文章で稼ぐ贅沢

作詞からプログラミングまで、文字を並べて生きる物書きのひとりごと @ 逗子

日付が変わろうとする月曜日の深夜、「○○さんという方はご存知ですか」と静かな声の男性から電話が入った。声の主は救急隊員で、呼んだのは継母(正確には彼女が住むマンションの管理人)である。

寒気がすると訴えて119番。救急隊が到着して容体を診たところ何の異常もないのに、わめき散らして手の付けられない暴れ様だったという。
「とても申し上げにくいのですが、○○さんは精神病院に行かれるべき状態と思います。しかしこの時間、救急車では対応できません。」
継母の妹の連絡先を伝えたところ、アドレス帳に○が付いている番号には連絡済で、電話には出なかったという。幾つか当たった後に同じ名字の私のところへ・・。

またかと思った。何で今さら連絡が来るのかと思った。介護施設に入っている父のために私の連絡先は公開しているけれど、継母は私に対して住まいも電話番号も一切明かしていない。それどころか父の財産を隠し持っていると疑って訴訟を起こし(父の資産は法定代理人預け)、この介護施設は信用できないから家の近くに移せとロビーで大騒ぎし(自分が通いやすい施設だからと最初に選んだのは継母)、誤嚥性肺炎防止のためペースト食しか食べられない父に巻き寿司やカップ麺を無理やり口に入れる等、介護施設のスタッフからも要注意人物とチェックされる行為を行ってきた。都合が悪くなると「しばらく入院します」と言って連絡をシャットアウト。何人もいた愛人全てが去って寂しい父にとっては、呆けても女の声が聞きたくて継母の携帯に電話するが、「おかけになった電話番号は・・」のアナウンスが返ってくるのである。

我が家を崩壊した継母について語れば切りがなく、幾つかの記事には暗い思い出を書いた。ブログの右下にある記事検索ボックスに「継母」と入力して下されば出てくる。母というものに縁がなく、私を連れて死のうとした実母もやがて新しい男に走って、時たま幸せな日々を自慢げに知らせてくるので返信を絶った。面白おかしい話を聞いてくれない娘にはもう連絡がない。

救急隊の電話から眠れないままに迎えた火曜日の午後、父の1年間のケアプランを決めるために介護施設スタッフとの面談に出向いた。心臓に入れたペースメーカーも異常なし、血圧も異常なし、マヒした左半身のケアや口腔ケアも万全、食欲旺盛、何もかもが問題なしなのでこのまま継続をお願いした。

そして私は検査した血圧と尿酸値が「要」のマークが付くほど高く、風邪の熱が1か月経っても37度より下がらないのだが、健康そのものな父は「ありがとう」と握手を求める。なのに「私が誰か分かる?」と聞くと???の顔。「ゆり子でしょ?」と答えると「そうか、そうか」と頷いて「食べるものは持ってきたか」と相変わらずの要求をするのは笑わずにいられない。「○○は入院しているから来られないんだ」と寂しく呟く顔を見て、継母は夕べ救急車を呼んで大騒動を起こしたんだとは絶対に言えなかった。

なんだかな、どうしようかな。この状況を相談する相手は誰もいなくて、帰宅途中のスーパーで買ってきた食材の袋を下げ、マンションのドアを開けて与六の頭を撫でる。暗い玄関で待っていてくれた猫の頭は温かく柔らかく、たった一人(一匹)の家族の優しさに涙が溢れ出た。

12月にやってくる誕生日&クリスマス。たぶん継母が更なる仕掛けを持って私を攻撃している真っ最中だろう。シンデレラや白雪姫ならハッピーエンドが訪れるのに、こんな年増にお伽噺は無縁な存在だ。

映画やドラマより危機溢れる人生を小説にしようかと思いつつ、本当にどうした良いものか。ブログを読んで下さる方に質問を投げかけるのは初めてながら、疲れ切った私にアドバイスを戴ければ嬉しいな。交番から巡回にきたお巡りさんに対して「緊急連絡先の身内は誰もおりません」って答えたとき、目が丸くなる衝撃を受けたのは他らならぬこの自分である。うわーっ、ネガティブ満載の私。でもこれしき、負けてなるものか!だからしぶとく生きていけるのかもしれないぞ(泣)。

都内の仕事や飲み会で遅くなって電車に飛び乗り、逗子駅に到着するのは上手くいくと夜11時半ごろだ。タクシーに乗らず、小坪経由鎌倉行き11:34の最終バスに間に合えば儲かった気になる。バスさん、待っててね!とホームから階段を上り下りして改札口に向かうと、1番線には品川行の最終電車が発車を待っている。「上り最終です。お急ぎくださーい!」のアナウンス。そこで思わず立ち止まる。

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改札を出てロータリーに走らなきゃいけないのに、上りの電車に飛び乗りたい焦燥感に囚われるのは何故だろう。ドアが閉まるよ!!、さあ今だ!!、走って飛び乗って!!と急かす声。ずっとずっと昔、恋に夢中だった19歳の私が背中を押しているように思うのだ。

恋にうぶい。この秋に楽しみにしているTVドラマは「今日は会社休みます」。30歳の誕生日までバージンだったOLが、9歳年下の大学生と恋に落ちる物語のウキウキ感がたまらなくて必見だ。

お嬢様学校育ちだった私に初めて彼氏ができたのは大学2年生のとき。帝国ホテルで開催したソーシャルダンス・パーティーに、場違いなジーンズ姿で来たイケメンと踊るように先輩から命ぜられたのが始まりで、私は彼に一目惚れしてしまった。バイトしている青山のバーガーショップに偶然を装って訪ねていき、やがて手をつないで帰る仲になったのである。

そのころ私は東横線沿線のマンションに住んでいた。鎌倉の実家から広尾の大学までは通える距離だったけど、父の会社を手伝っている母と一緒にいるという条件で東京暮らしを許してもらえたのだ。もちろんそれには魂胆がある。毎日とは言わずとも母は義務として祖母のいる実家に帰らざるを得ず、帰宅が決定した時点で私は思い切り自由な時間を得る。母が鎌倉へ帰るのかどうか、マンションでテレビを見ながら私が作った不味い夕飯を共にして、「今夜は帰るわね」と母が車のキーを手にするまでは判断が付かなかった。

よーし、ラッキー!母が出ていった後にすぐさま身支度と学校の用意を整えて、彼の部屋に電話する。最終電車、迎えに来てくれた京王線の駅で待ち合わせ、二人でアパートの端っこのドアを開ける瞬間は至福そのものだった。彼と同じ大学だった隣人には薄い壁を隔てて相当の迷惑をかけたと思うが、初めての恋人が好きで好きで好きで・・・どうしようもなかったのである。しかし・・。

燃え上がった初恋でありながら、大学4年で別男性に目が眩んで婚約してしまった私。ホテルオークラでの華々しい披露宴も意味なく数年後には離婚と至り、そのまま独身を貫いているオバサンがここにいる。

そして今は猫と暮らす逗子のホームタウン。こんなに年月を経たのに、上りの最終電車に飛び乗りたい衝動を止められないのは何故だろうか。誰かが待っていてくれるの?最終の行きつくとこまで行きたいの?帰れなかったらどうするの?
ずっと答えは出ないまま顔を上げ、改札口でスイカをタッチする。23時34分の鎌倉行き最終バスに間に合って、玄関で待っている与六ニャンに満足するのは、思い出肥りな女の行く末なのだろうか。

このブログで恒例としている七夕の書下ろしラブストーリー、別れちゃったしょっぱい味の思い出を甘い味に摩り替えて、来年のネタは決まったと思う。せめて夢の中だけでもみんな未来のハッピーエンドが好きなのだから。

芸能人はエステや整形で美を保っているはずと思っていた。しかしNHKの「家族に乾杯」に出演した夏木マリを見てビックリ。笑福亭鶴瓶と同じ年齢と言いながら、彼よりずっと老けてシワシワのおばあちゃんになっていたのである。63歳とはこんなものか、いや老けすぎだろう・・と、いつか自分も辿る道を考えれば未来がドヨーンと暗くなってしまった。

たぶん夏木マリはノーメイクでロケに臨んだと思う。鍛えまくった筋肉質なボディで、顎のたるみもないショートカットで、しかし顔だけが皺くちゃ。昭和歌謡の「絹の靴下」とは全く別人だ。その原因は何なんだろう、煙草皺?ドーランを塗り続けてきた職業病?

煙草が皮膚に及ぼす影響について。愛煙家の女性の顔には特有の「煙草皺」が現れる。最初は目尻に刻まれていたのが顔に広まり(特に額)、老人皺のごとく波のようにクッキリと刻まれる。二の腕はスリムだからとか、背筋はシャンとしてるからとか思っていても、顔のシワシワは誤魔化せない。マニキュアをした細い指で挟むシガレットは美しいかもしれないが、指先はヤニ臭くて黄ばんで、手の甲も老化している。

化粧品が肌と財布の敵であることについて。Facebookにしつこいほど出てくる基礎化粧品の広告は、ダイエット商品をしのぐほど胡散臭い。70%OFFってどれだけ売れてないかのDH×、ステマのコメントがわざとらしい草×木×、メーカーは忘れたが若い女性の顔にペンで皺を書き入れた写真。これらの企業が広告費に投じるコストを引き算したら製品原価は幾らなのか、クリックしてサンプルを手に入れるだけで個人情報がどれだけ拡散するのか、Facebookにダメネ!ボタンが欲しい。

大きなお世話と言われても、若さを保ちたければ煙草と化粧品は控えた方がいいと思う。極端な話、洗顔だって高級石鹸や洗顔フォームをやめて水道水でジャブジャブ洗うだけがベターだ。ずぼらな私は締切に追われているときは2日に1回の水洗顔だけれど、肌のきめが細かく色白になり、シミも皺も消えてきた。真冬でも突っ張らず乾燥せず、化粧水(貰い物で済ます)は1年に1本で事足りる。毎月数万円を高級基礎化粧品に投じていた一昔前より、格段に肌が若返った。

どうかご容赦を。鼻をつまんで避けたい煙草と化粧品の匂いに嫌悪感を感じるあまり、今夜は過激なブログになってしまった。ストレス要因が溢れまくっている世の中で、自分を癒してくれるモノを手放せないのはよく分かる。お酒をやめられない私だからこそ、せめても吸わない・塗らないで老化防止につとめているのは、「目くそ鼻くそを笑う」かもしれないけれど、健康と美容のために無駄遣いは要らないと思っている。

人間は噂話を好む動物だ。「ここだけの話」と言われると何々?と身を乗り出し、相手がヒソヒソ声であるほど聞き漏らさないよう耳ダンボになる。しかし「ここだけの話」は風に舞うタンポポの綿毛みたいなもので、聞いた人が身に付けてまた別の場に持っていき、塵や埃までひっつけて広まっていく伝言ゲームだ。

噂になってることを知らないのは話題の中心人物のみ。「人の口に戸は立てられぬ」(世間の噂や評判は防ぎようがないこと)の諺そのままに、この人は信用できると思って悩みを打ち明けたことが仇になるのである。

実はこの数週間、三角関係の恋愛がらみの件で友人から相談を受け、どう円満に収めたら良いものか悩んでいた。しかく三角が円になることはなく、誰かが弾き飛ばされるか、下手すれば全壊だ。

そこで自分に出した結論は「見ざる聞かざる言わざる」だ。「へぇ、そうなの」と相槌を打っても聞かなかったことにして、その場限りに徹すること。濁った感情をいつまでも胸に溜めておかないよう、心の受け皿をザルにするのである。

それでも後日また相談された時には、頑なに「聞きたくない」なんて遠ざけず、ザルの心で新たな時点からスタートすればいい。誠心誠意その場でお付き合いして、私に話したことで少しでも楽になってくれれば良いのだ。悠久の宇宙の時間に比べたら微々たる人生、きっと成るようになるんだから。

風邪が長引いたり、度々熱が出たり、なんだか体調がすぐれないこの頃。厭世的な気分に陥らないよう、いやな匂いのする人間関係には深入りしないことにした。キャットタワーのてっぺんから下界をウォッチングしている猫のように、良い匂いがしたときだけ尻尾を立てて降りていくことにしよう。他人よりも自分をまず大事にしなくてはと思う、秋の後半戦である。

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台風18号が去った。「こちらは防災逗子です。大雨洪水警報ならびに暴風警報は解除されました。」のアナウンスが流れ、高い青空と鳥の鳴き声が戻ってきた。ピーヒョロロと旋回するトンビが、嵐の去った下界の食べ物を探している。風が止み、動かない落ち葉を見張っている与六は、背中に太陽の熱を集めて満足げだ。

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今朝は明け方から雷と猛烈な雨音で目が覚め、防災無線からは「・・・土砂災害・・・小学校へ避難して下さい。」と途切れ途切れの避難勧告が聞こえる。9時前には暴風域に入って、窓ガラスがドーン!としなる音にビクビク。我が家は洪水や崖崩れの危険はないけれど、標高35メートルで雨戸のないマンションは、強化ガラスであっても飛来物が当たれば割れる心配があるのだ。

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しかし今回は10時半を回った途端にピタリと風雨が止んだ。台風の目に入ったのでもなく、どんどん天候は回復。2011年9月に来た台風15号に比べるとあっさりと終った。とは言え鎌倉では若宮大路が浸水したというニュースが流れて、短時間でも被害は大きかったことが伺える。

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そして不思議なのは台風一過と同時に、2週間苦しんだ風邪がスカッと抜けたこと。しつこく残った咳と鼻水が止まり、身体も軽い。風邪とは「体内の毒を一掃するデトックスだ」と聞いたことがあるが、お昼からは久しぶりに食欲も戻ってきた。一週間前のお月見パーティーにはフラフラの体力で参加して、皆に「なんかゲッソリしていない?どうしたの」とご心配をおかけしたのが嘘のようである。

深い眠りから醒めたみたいに、気付けばもうハロウィンのシーズンだ。カレンダーは残り3か月。とりたててビッグニュースもないまま過ぎてしまった9か月を取り戻すべく、今から巻き返しを図らねば。暴風に負けず、どこからともなく香ってくる金木犀にアロマパワーを貰いながら、秋の再スタートを切ることにしよう。

今回の風邪は凄まじかった。鼻水と咳は止まることを知らず、熱は39度を超え、何を食べても苦いので食べ物は喉を通らない。弱り果てた末にウツラウツラし始めた朝っぱらに、枕もとの電話が鳴った。以前私が、友人のよしみでホームページを作って差し上げた高齢者からである。声がガラガラでお喋りできる状況でないことを告げたが、「あら大変ねえ。お大事にしてね。それでね・・・」と話は続く。

彼女の主張は「自分のホームページを見られなくなった。表示しようとするとドメイン云々といった意味の分からない英語の文章が出てくる。もしかしてこれは、あなたがホームページに変なセキュリティをかけたせいじゃないのか。家族もおかしいと言っている」というものだ。

数年前にそのページを作った際、私はFTP制限(トロイの木馬といった不正アクセスによるファイルの改ざんを防ぐ対策)はかけたが、閲覧制限など一切かけていない。
「どうやってご自分のページをご覧になっていますか?」と聞くと、「googleに自分の名前を入力したら以前は出てきた」。しかしその方法では候補が表示されなくなったのでhttp://・・・のURLを入れてみたところ、英語の変な文章が出てくるのだという。

枕もとのノートパソコンで早速試してみたところ、google検索でもURLの直接入力でも表示されて問題なし。ウイルスが混入している形跡もない。もしかして何かの拍子にプロバイダの閲覧制限リストに入ってしまったのでは?と聞くと、「プロバイダって何?NTT東日本のこと?」の質問がきた。専門用語と固有名詞は通じず、どうやってパソコンでネット閲覧ができるかの仕組みを説明し、やっと引き出せた答えは5月にO××からJ××××に切り替えたとのこと。
「そういえばあの頃からホームページが見られなくなったんだわ。機械を設置に来た業者、なんだか感じ悪かったのよ。きっとあの人が変なことをしたんだわ」と怒り始める。5月に始まったことを何故今このときに・・とガックリきたが、即刻J××××に電話してみるということで話は収まった。

そして夕方、また結果報告。J××××に電話したら部署をたらい回しにされ、ブチ切れて「上司を出しなさい!」と怒鳴ったところ、緊急対応という形になり5日後に来て貰えることになったという。「はあ〜そうでしたか。良かったですね〜」とお相手しながら、熱で意識はもうろう。声の頼りなさを察知してか「あなた、ちゃんと食べてるの!?」と叱って戴いた。

しかし電話は翌日にもかかってきた。「風邪どう?」と聞かれて「まだ39度から下がらなくて」と答えると、前回同様に質問コーナーがスタートしたのである。「やっぱりホームページが変なのよ」って、業者を待たずしてまたそこに戻るんですか〜っ!!
「分かりました。もしかしてプロバイダじゃなくてブラウザに閲覧制限がかかっているかもしれません。IEではないブラウザで確かめるために、Google Chromeをインストールしてみたらどうでしょう?」
「それならもう入ってるわよ。そこに文字を入れても出てこないって言ってるんじゃないの」
「それはGoogleツールバーで、ブラウザじゃないと思います」
カチャチャという音。
「Googleよ。ほらね!何回やってもINBOXってのが出てきて、ドメインがどうとかって英語で書いてあるのよ」

そこでピンときた。彼女は「INBOXツールバー」を何かの拍子にインストールしてしまったのである。この悪名高き詐欺ソフトは一度インストールすると仲間の詐欺サイトへの経路を作り、どんどんパソコン内に詐欺ソフトをインストールしていく。彼女の力量で退治を試みれば逆に被害が広がりかねないので、パソコンを買った際に同梱されていたソフトでシステムを初期化するか、さもなければパソコンのサポートセンターに電話して対策を請うように伝えた。
「じゃあ2日にくるJ××××はどうすればいいの?」
「その会社のせいじゃないので、取り消しにすれば如何でしょう」
「だってプロバイダに電話するんでしょ?」
「いいえ、パソコンの製造メーカーです。どこの会社ですか。」
「N××よ。」
こんな会話を繰り返し、「わかった。保証書を探して電話してみるわ」の答えを得て何とか終わらせて戴いた。

そして翌朝。「N××に電話したら、ちょっとパソコン良くなったわ」との意味不明な電話があり、「風邪どう?お医者さんに行った?」の質問に「週末だったので行けませんでした」と答える。「あなたは不摂生しすぎるから・・」とお説教され、ありがとうの一言もなかったのは寂しかったが、まあ良いのである。詐欺ソフトが退治できて、他に被害が広まらずに済んだのが何よりだ。

私が人生で最も愛しているのは与六であり、二番目に愛しているのはパソコンで、猫とPCを語らせれば一晩では足りない。例え持ち主が誰であろうとパソコンが苦しんでいるのなら直してあげたいと思う溺愛ぶりから、PC関連の仕事に入ったとも言える。ただし職種はトラブル相談のサポートセンターではなくWEB制作なんだけど、お人よしが高じてついつい嵌まってしまう無料サポセン。風邪が治りかけた今夜は、赤ワインの味が苦いか甘いかを一口嗜みたくて、どうか電話の呼び出し音が鳴らないようにと小さな願いをかけている。

久々に風邪をひいてベッドの中で過ごしている。熱は昨日から38〜39度を行ったり来たりで、喉の痛み・咳・くしゃみ・鼻水と典型的な風邪の症状だ。これらは身体がウイルスと闘っている証拠なので、薬は飲まずに自然治癒を待つことにした。食欲が湧かないのは哺乳類に備わった保護機能で、消化器官を動かすことで余計な体力を使わないようにするためである。

病原体は高熱に弱い性質を利用して、昔は梅毒の治療に患者をわざとマラリアに感染させていたという。毒は毒をもって制す。41度の高熱が続けば梅毒トレポネーマは死滅するそうだが、それまで人間の体力が持つかどうか一か八かの賭けだったと思う。

私はこれまで40度の高熱が出たのは人生で3回。幼稚園のころ夢の中に黄色い顔をした老婆の幽霊が出てきて、連れ去ろうと襲い掛かってくる。その時は原因が分からない高熱が出ていたそうで、私は幽霊との鬼ごっこに一生懸命。怖かったけど面白かった。

中学生のときも40度の熱が1週間続き、病名が分からなくて匙を投げた医者は「リウマチ熱」とカルテに書いた。しかし本人は関節痛など全くなく、少々フラッとする程度で至って元気。寝ているのに飽きて、親が仕事に行っているあいだ好き勝手していたら治ってしまった。

そしてもう1回は文筆業が超忙しかった時代の12月31日。徹夜を重ねてミュージカルの脚本を書き上げ、提出したとたんに高熱と血尿が出て、急性腎炎と診断された。しかしボーイフレンドからの呼び出しに応じてウキウキと外出し、帰宅後に父からこっぴどく叱られたものだ。

変わっていると言われそうだが、私は熱が上がることによる環境の変化が楽しい。熱が出たとき口の中に広がる特有の味が大好きで、体温計の数値が上がっていくほど脳内麻薬みたいにテンションが高くなる。ベッドサイドに積んだ本を読み、枕の上にノートパソコンを置いてネットサーフィンに明け暮れ、首と肩が凝ってどろ〜んと眠る怠惰な昼間。

その間ずっと隣にいてくれる与六はベッドの横幅2/3を占領し、ご主人様の分までさらに怠惰な爆睡に甘んじている。愛猫のイビキを聞きながら、至福のときを過ごせる風邪症候群。「何か食べ物を持って行ってあげましょうか」の電話を有難く辞退し、だらけた週末を送る予定である。

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10年ぶりに髪を短くした。かろうじて結べる程度のショートヘアだ。周りからは「何かあった?」と聞かれるけれど、恋人もいないのだから失恋ではなく、単に長い髪が邪魔になっただけである。

床に落ちた長い抜け毛はひどく目立つ。シャンプー後の排水溝に集まった毛はゴソッと嵩が多く見えて、このまま行ったら四谷怪談のヒロインになるんじゃないかと背筋が寒くなる。夏になれば猫の抜け毛も加わって、履いても拭いても掃除を怠った家に見えてしまうのが耐え切れず、クリーンな道を選ぶことにした。

そして断髪式。スタッフを使わず1人で切り盛りし、半年に1回しか予約が取れない某カリスマ美容師からOKの連絡を貰って、土曜日の正午に向かったのは世田谷。駅から10分ほど歩いた森の中にある美容室に、ボサボサのロングヘアで「お久しぶり、野武士です」と挨拶したら笑われた。戦国時代の合戦で負傷して野山を逃げ惑うサムライみたいに、見る影もないヘアスタイルになっていたからである。

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「どうします?」以前に、鏡の前に座って即刻お願いしたのは「思い切りやっちゃって下さい」。シャキシャキと動く鋏がいさぎよく切り落とした髪が、ホウキで履き集めればこんもりと黒い山となる。私の10年間が切り落とされたのだと感無量になり、それからは目を閉じて過去を振り返る旅に出た。

いつだったかラジオでユーミンが言っていたが、よほど強運の持ち主でない限りロングヘアは運と体力を吸い取る。なるほど私の傾向としては、ショートヘアの時に素敵な恋をつかみ、ロングヘアの時に詐欺師やスケコマシやらが寄ってくる。たぶん髪がユーミンほどのミラクル強度を持っていないのだろう。しかも伸ばせば伸ばすほど貧相な質感になって「美」からは遠ざかる。

さてさて森の中の美容室。親ゆずりの頑固な癖毛ゆえ、カットの後に縮毛矯正、ふんわりとカールするためのデジタルパーマ、仕上げのブロー。ここまで要した時間は4時間半に及んでも、値段は町場の美容院の半額程度だった。「長らくお待たせしたので・・」の割引が入っていたのだろうが、何よりも爽快で幸せな気分になった。

ずっと頭皮を引っ張っていた重りが消えた世界は、御伽草子の「鉢かつぎ姫」に匹敵する。観音様のお告げにより大人になるまで頭に鉢をかぶりつづけ、周りにいじめられながらも最後に幸福をつかんだ娘の物語である。

ロングヘアで鉢かつぎ姫になれるのは、ユーミンが言っていたように天から選ばれた存在なのだろう。頭皮が軽くなった私は昔のごとくラッキーに出会えるよう、軽々と生き生きと振る舞いたい。長い髪を切ったのはこれで何度目か・・、今度こそ失くさない幸せを手に入れたいと思っている。

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駅に向かって歩く途中、立ち止まってスマホのメールを見ていたら「すみません」と声をかけられた。「〇〇行のバスはどこから乗るんでしょうか」の質問に乗り場を指さした直後に、ハッと気付いたこと。その男性は白い杖をつき、私は黄色い点字ブロックの上に立っている。バス乗り場の番号を探して歩いてきた彼の行く手を、私は知らずに妨げていたのである。

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先日、車椅子バスケのパラリンピアンである男性から障害とは何かについて話を聞いた。彼らは障がい者と呼ばれているけれど、身体が不自由なことは障害ではないという。例えば点字ブロックの上に誰かが荷物を置けば、そこに初めて目の不自由な人の歩行を妨げる障害が生まれる。バリアフリーでない駅で車椅子では降りられない段差があれば、それが足の不自由な人の障害となる。どんな人でも暮らしやすくする街づくり、困っている人の立場になって考えてあげる心づくりが必要なんだと教えて戴いた。

彼がバスケに出会ったのは車椅子生活になってからのこと。高校生のとき交通事故で脊椎を損傷するまでは大して運動にも興味がなかったという。失意に負けず、持ち前の陽気さとポジティブさで練習に励み、シドニーオリンピックでは車椅子バスケ日本代表のキャプテンを務めた。今は障害についての講演活動をしながら、全国の学校を回る日々が続いているという。彼のポリシーは「語るよりも見せる」。車椅子からバスケのゴールに100発100中でシュートを決める格好よさに子どもたちは目を輝かせ、障害なんていう垣根はどこへやら、たちまち年齢差を超えた友達になるのだそうだ。

近ごろは盲導犬が後ろから刺されたり、杖をついて歩く盲学校の生徒が蹴られたり、胸の痛むニュースが続く。混雑の中を急ぐ人ににとっては邪魔な存在かもしれないけれど、彼らはハンディキャップを持っているだけで、決して「害」ではない。誰が障がい者なんていう言葉を作ったのか、逆に100%健常者と呼べる人がこの世にいるのか、自分と違っている人を差別する偏見こそが大きな障害なのだと思う。

仕事もプライベートも、PCメールとスマホでやり取りしている私にとって、固定電話にかかってくる知らない番号は99%がセールスだ。「今お使いの複合機が安くなる」「インターネットが安くなる」といった代理店からのセールスはやたら流暢な喋りの男性が多く、断ると「いいから社長につないでください」と凄む。頭に血が上るやり取りの後、記録した電話番号を着信拒否登録。しかし最近ではメガバンクからのセールス電話も増えて、固定電話はFAX専用にしておこうかと思うほどになった。

そんな日曜日の午後、「○○畳店です。今たいへん畳がお安くなっていまして」と年配の女性から電話がかかってきた。「うちに畳はありません」と答えると「ないんですか・・・」と溜息をついてプツッと回線の切れる音。上品そうな声からして畳屋の奥さんだと思うが、畳がありそうな家を探すには行き当たりばったりの電話セールスしかないのだろうか。マーケティング効率の悪さに衰退産業の悲哀を感じてしまった。

コミュニケーション手段が多様化した今、固定電話は信用度を得るために設置している人も多い。定住場所があるという証明になり、子どもの入学や不動産ローンの契約には必要となるが、子育てが終わって第二の人生を歩んでいる年代層にはどうだろう。電話セールスだけでなく、振込詐欺犯の絶好の商売道具になっているように思うのである。

公的機関からの連絡でさえ、携帯にかけて下さいとお願いすれば受けてくれる。名刺に固定電話を書いてあっても、連絡は携帯へと言われることが多い。固定電話は本当に必要か、時代の流れに取り残された遺物のように感じる昨今である。

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