文章で稼ぐ贅沢

作詞からプログラミングまで、文字を並べて生きる物書きのひとりごと @ 逗子

アートディレクターの大御所であるW氏が金曜の晩に亡くなったという知らせが届いた。御加減が良くないとは聞いていたけれど、こんなに早く向こう側に逝ってしまうとは思っていなかった。最後に姿をお見かけしたのは鎌倉駅のホーム。W氏が経営するバーに友人たちと飲みに行き、店内でも駅でもバッタリと出会った数年前の夏だったと思う。白いシャツの袖を捲ってチノパンを履いた姿は遠くから見てもすぐ分かり、軽く会釈して反対側の電車に乗った。

食へのこだわりが強かったW氏からはシンプルでレトロな調理道具を幾つか戴き、それを使ったレシピも教わった。ルッコラのサラダにかけるドレッシングの作り方、上に載せるポーチドエッグの茹で加減。その際に使うのがドイツの蚤の市で買ったというポーチドエッグ専用の小鍋である。

内心「電子レンジで作った方がずっと簡単なのに」と不満だった私は、この小鍋を戸棚の奥へ仕舞ったままにしていた。今朝になって引っ張り出し、気付いたのは小さな形見からのメッセージ。よく使い込まれて凸凹になった鍋は錆さえも愛らしく、卵一個を割って載せるパーツは持ち手や水抜き穴など究極のシンプルさで出来ている。W氏にとってはこの調理器具を使うこと自体がアートだったんだろう。

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スマホに訃報が届いたのは、葉山の友人宅でBBQパーティーをしていた昨日。野菜にはこの塩をかけると美味しいと、偶然にも直伝の調味料「ろくすけの塩」を皆に勧めた後だった。

今年の桜はまだ五分咲きなのに逝っちゃいましたか。シガーの煙をくゆらせ、鼻眼鏡でフンと笑うあの独特の表情が懐かしい。「良く生きて良く死ぬ」というインディアンの諺通りに生きられたのか、本音は聞けずじまいだった。

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今日は暖房が要らないほど暖かい一日だった。Facebookで友人たちの投稿を見ていると、一気に開花した桜の画像が沢山アップされている。冬に強い冷え込みがあったほうが、ソメイヨシノの花芽は早く休眠から目覚めるらしい。

私のなかで近頃むくむくと芽生えてきた心理現象。それはここ数年に渡り全く興味を抱かなかった、誰かに恋をしたいというモチベーションだ。夕食を取りながら見ていたラブコメディ「デート〜恋とはどんなものかしら〜」の最終回で、30歳を越えながら絶対に自分から好きと言えないカップルの不器用さ・もどかしさに、恋が始まるドキドキ感を思い出した。主題歌のサビ、🎵あなたに恋をしてみました〜🎵のフレーズが耳にリフレインして、堅く閉じた蕾に春の陽光が差したような感覚である。

去年に増して2〜3月は家ごもりの仕事に時間を費やし、生きているぬくもりは足元を温めてくれる猫しかいない状況が続いた。明け方ベッドに入ればすっ飛んできて、添い寝してくれる親密度は恋人そのもの。与六がいれば男なんか要らないと豪語していたのが、やっぱり抱き合うのは人間でなくちゃと思ったのは、友人から届くWedding Partyの招待状であったり、いつもloveloveの画像をFacebookに投稿するカップルであったり、大人が恋に弾ける姿を見せつけられたせいかもしれない。

睡眠サイクルが二転三転し、夜明け前に起きた月曜日。早起きの小鳥が鳴く声に誘われて散歩してみた。水色の空の下端には、これから太陽が昇る紅色。まだ点ったままの外灯が、夜から朝にバトンを渡そうとしている。

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「いつまでも可愛い女の子でいなきゃだめだよ。もっと華やぎなさい」。20年来の仲である男友達に説教されたことで、外に出る準備を始めたこの頃。クローゼットに吊るされた服たちがどれも臆病な色に見えて、ビビッドな春色のブラウスを買いに行こうと決めた。失敗をひるまず、先ずは恋の始まりから楽しまなくちゃ。季節が新しく生まれ変わる4月はもう目の前まで来ている。

陸前高田の地名を出して東日本大震災を予知したとされる、預言者のサイトを見て不愉快な気持ちになった。これから災害や戦争は激化していくと言い放ち、「天上から私たち人間を見ておられる神々が『人間の心よ清く美しくなれ』とさまざまな災害でそのお心を示されておられる気がいたします。」と書かれていたからだ。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。でも人間のみならず瑞々しい動植物を創造した天主(神様)が、災害を起こしてお心を示すなんてあるのだろうか。彼女が「来る来る」と書くたびに画面をキャプチャーしてきたけれど、懸念の事態は起こらないまま記事は削除されている。

旧約聖書に記されたバベルの塔とノアの箱舟の物語であれば、清い心の持ち主が一切消えてしまった地球で、神がペアの生物だけを残して全世界を洪水で滅ぼしてしまったのは仕方ない。しかし東北を襲った大津波により犠牲となってしまった方々に対して、出版や講演会などで金儲けに走る預言者が、神のお心が示されたと言うのは神と犠牲者を冒涜しているように思う。集まったお金はどこに行っているのか、なんだか韓国のドロドロした歴史ドラマを見ているみたいだ。度々登場する「知らないオジサマたち」が懐を温めているのかな。

私が育った家庭は毎日神棚に榊を捧げ、仏壇にご供物を備え、しかもミッションスクールでカトリック教育を受けさせられた。なのに未だ宗教の本質を見極められない。この宇宙を創造した神や、人の苦しみを救う仏が本当に存在するのか分からない。しかし人間が生まれながらに備わった心には、奢り高ぶりの世俗的仮面を拭い去れば、下地には赤子のように真なるものがあると思っている。それは空から見守ってくれている祖先からのDNAであり、共に生きながらも先に逝ってしまった大切な人からの愛と守護だと思うのだ。

悲しいかな、人間は欲望のために沢山の罪を侵し、中には殺人という極悪さによって死刑になる人もいる。日本には裁判員制度が出来て、より公平な目で人を裁く世の中になったけれど、長い歴史を遡れば法律はコロコロと変わってきたものだ。思想を貫いたために死罪となった吉田松陰は果たして神のご意思によって裁かれたのか、現在放映されているNHKの大河ドラマのヒーローとなっているからには、当時の処罰に疑問を抱く人たちも多いだろう。

何の権威もないちっぽけな私が言うことではないけれど、人が神の衣を着て預言などしてはいけない。預言内容に災害や戦争、経済不況といったネガティブなことばかり書きたてて人を脅してはいけない。心身が弱っているからといって、そこにお金を落とす相談者はもっといけない。

神や仏の御業を口にするのであれば、罪があろうとなかろうと皆が平等だ。次の災害を預言するスピリチュアラーが守ってくれる、だから自分は絶対に生きていられると確信する人はいるのだろうか。本来は幸せを予見するはずであったスピリチュアルブームは、バブルの終焉期を迎えたように感じている。天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず。真心を持って全うに生きていれば、幸せは向こうからやってくるものじゃないのかな。

未練は全くないけれど、とうに別れてしまった恋人がどうしているか、ふと考える。Facebookに「お友だちですか?」と名前が出てくれば、何で繋がってるの!?と驚きながらも生きてるんだ〜と安心する。しかしそれ以外は検索サイトで探しても古い情報しか見つからず、どんどんヒット数が減っていく。

もう10年になるのかな、赤い糸みたいな恋人を癌で失ってから、独りでいるのが怖すぎて「急ぎの恋」を求めていた時期があった。しかしそんな時こそ寄ってくるのは嘘つき男子。多かったのはバブル期に大儲けした過去の有名人たちだった。見た目が洗練されて、どの高級飲食店でも一目置かれ、女性扱いが手馴れている。しかし目が泳いでイラついているのはバレバレで、見栄だけで生きている平安貴族の残党みたいに見えてしまった。

汚れた世の中から隠居しようと恵比寿から逗子に転居。それでも都内のイベントに出てお酒を飲むと、寄ってくる人に惑わされてしまう。差し出された手を受け、この彼こそ誠実で運命の相手だと思った人は、詐欺師に騙された詐欺師だった。ターゲットにされたことは周りに知られ、自称・婚約者を紹介した方々にとんでもない迷惑をかけてしまった。唾を飛ばして融資話を持ちかける彼の嘘を見抜いて上手に断り、私には何も言わず、ずっと知らんぷりで接して下さった友人たちのおかげで今があると思っている。

全て自己責任。お人好しの私はどんなに騙されても、今の美しい場所にいられるのは何故だろう。しかしセレブ、先生、お嬢様と持ち上げてくれる人たちは勘違いも甚だしく、当の本人は恥ずかしくて居ても立ってもいられない。上下階に及ぶ大きな家は管理費が嵩んで掃除が面倒臭く、断捨離をして1Kのアパートで暮らした方がすっきり気楽になるのは間違いない。独身にこんな部屋数は要らないのだ。

先祖から受け継いだDNAなのかお金が掛からない体質。食事は一日一食で低カロリーなタンパク質と野菜がメイン。洗顔後に何も塗らくて済む肌なので高い化粧品は不要。猫を飼ったせいで外出が減って服飾費も減った。IT網が発達したおかげで殆どの仕事や銀行・役所とのやり取りも自宅でOK。パソコン置き場と食事スペースさえあれば与六を連れて生きていけるのだから、ITの使える離島に家を買って引っ越しても問題ないような気がする。次に迫りくる大災害の前に全てを整理しようかなあ。

戦後の高度成長期以来、2020年にオリンピックが控えている日本。東日本大震災よりずっと以前、太平洋戦争で背負った膨大な負債を返済するために、政府は起死回生の金儲けに向けて全力投球をしている。戦争時の合言葉「欲しがりません、勝つまでは」の質素さは軍国主義が崩壊して終わった。民主主義と個人主義が台頭した結果、アベノミクスが拍車をかけて格差が広がるばかり。「あの人はどうしてるかな」と消息不明な人たちはバンザイして、今ごろさっさと墓石の下にいるのかもしれない。

facebookやtwitterなどSNSを見ていて、思わず苛立ってしまう文章がある。苛立つのは内容ではなく「私は」を「私わ」、「という」を「とゆう」と書く、仮名遣いが間違った文章だ。タメ語として流行なのか、本人はわざとやって悦に入っているのだろうけれど、先生に×を付けられる小学校低学年の作文を見ているようである。

日本語にこれまでなかった2ちゃんねる用語やギャル語(渋谷弁)が出てくるのは不快ではない。文章を英小文字で短縮したり、自分たちにしか分からないウィットに富んだ隠語であったり、こんな発明・発想があったんだと目からウロコが落ちる。スマホで使う絵文字に関しては、もはや顔文字が古臭くなるほどキャリア共通文字として進化した。

しかし冒頭に述べたような、脳が退化する文字はダメダメである。Yahoo知恵袋を検索したら「はを わ と書くのは 馬鹿なんですか?」という質問があった。経緯を辿っていくと最初は「わ」を多出した質問が書かれていたようで、回答者たちとのバトルがあったことが伺える。質問者は「私のこの 〜わ わ癖です 深く追求しないでください」と逆切れしたらしい。

回答者たちがこぞって指摘したのはマナーの問題。自分が馬鹿に見えるじゃなく、相手を馬鹿にしているってことだ。いろんな年齢層・立場の人たちが参加する公の場では、敬意を払った文章を書くべきだと指摘している。それに対して質問者は謝意と訂正を入れた。「プリクラや友達、彼氏とのメールで普通に はをわ と書きます」が、真面目な文・手紙・書類はルールを守るというものであった。

ふ〜ん、わざわざ馬鹿を装う仮名遣いを使い分けるなんて、日本語はあらぬ方向へ進化を遂げたものである。親しみを込めたつもりなんだろうけれど、エレガントさや成熟度は微塵も見えない。若くてカワイイことがプライオリティーである日本人ならではの発想。アヒル口・半開き口に相応した言葉使いだ。

それでも「わ」と「とゆう」を使いたいなら、せめてSNSの公開範囲は友だちだけにして欲しい。本当は賢いのであれば、炎上対策やアプリ設定のスキルぐらいは持っているんだろうから。見ず知らずの人を不快にしないのは、社会に生きる人間としての基本ルールじゃないだろうか。

追記:
末尾に「。。。」を付けるのもいつから流行ってるんだろう。余韻を残したいなら「・・・」じゃないのかな。

中川郁子農林水産政務官の路上キスが報じられている。ご主人の死については怪しい憶測が飛び交い、キスの相手は妻子持ちであり、そしてお決まりのごとく2週間の入院。見張られながらの思い切った恋は、ハッピーエンドが用意されたテレビドラマのようには進まないのが現実だ。

許されないものは許されない。でも「赤い糸」として繋がった愛を見つけながら、世間の白い目、モラルの壁が立ちはだかった時はどうなるのだろうか。これまで築いてきた家庭、仕事、お互いの将来・・、乗り越えられない壁を無理やり壊したら誰かが泣くことになる。今回報道された二人については憶測しか出来ないけれど、ネットで見つけた手を繋いだ写真は、要職に付いた方たちと思えないほどに初々しく幸せそうだった。まだ何も起きてないかもしれないし、欧米人みたいに人間としてGood Night!のキスやハグじゃいけないの?

働いてシングルを通してきた女は、「たくない」のために葛藤する。
生活していくために、周りから人格と下半身を怪しまれたくない。
淋しさとかお酒とか、酔わされるものに負けたくない。
本当に巡り合うべき相手を見つけるまで、負けて妥協したくない。
「たくない」はいろいろあるけれど、プライドをキープするための脆い壁だから、壊して乗り越えてきてくれるディズニー映画のヒーローを求めているんだろう。

でもね、そんな本音は自分から言えるわけがないでしょ?
「君が必要なんだ」と勇気を出して言ってくれるオンリーワンを、何歳になろうがシンデレラみたいに求めていることを知ってほしいな。

近ごろ周りから話を聞きつつ、事情ありのLOVERSがいっぱいいる。お互いの関係は難題がありすぎるかもしれないけれど、たった一回しか生きられない人生。彼と彼女、夫も妻も子どもだって本当の一回を生き抜きたいはずだ。LOVEという言葉の自由さと重さを考えながら、後悔しない最期を迎えたいものである。

深夜に原稿書きが終わり、集合ポストへ郵便物を取りに行った。頬に当たる空気には尖った冷感がなくなり、山から降りてくる香りが春の近さを教えてくれる。しかし周りを見渡してビックリ。植物たちが息絶え絶えとなり、ピンクの小花を絨毯のように咲かせていた雑草さえ根こそぎ無くなってしまった。マンションの長期修繕が始まって、足場を建てるため邪魔なものを刈り取っただけでなく、ペンキ塗りと防水工事のシンナーでみんな枯れてしまったのだろう。仕方ないと部屋に戻りかけたところで、何で!?と驚く花を一輪だけ見つけた。

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冬薔薇。歳時記では冬の季語なので、弥生を迎える今にこの呼び名は季節外れだが、暗闇でうつむいていても瑞々しく、触ってみると柔らかい。この時期に狂い咲きするバラは赤黒いものが多いのに、とてもやさしい真紅の色をしているのである。本来なら夏の季語である薔薇がどうして今頃、ペンキやシンナーにも負けずに?

手がかりを探して、水原秋櫻子・加藤楸邨・山本健吉が監修した古い歳時記を開いてみた。解説を引用する。
「冬菊とか寒牡丹のように、特別な品種や手当をしたものではない。四季咲きバラなどで、冬に入ってからも名残りの花を開くさまをいう。すでに葉は変色し、落葉をはじめているなかで、輪(りん)をつめた花を開こうとする姿は、けなげであり、あわれでもある。ただし、冬薔薇という言葉のなかには、実態をこえた美意識もあるという(飯田龍太)。」

確かに葉の緑は弱々しくなっているが、よく見ると隣に小さな蕾がピンと空を向いている。「けなげ」や「あはれ」ではなく、この蕾は確実に春の喜びを捉えているような。数々の悪条件を撥ねのけて咲いた真紅の一輪と、凛としてこれから開こうとする小さな蕾。もう歳だなあと疲れて元気をなくしている私に対し、人生を諦めるなというメッセージを形で伝えてくれているようだ。実態を超えた美意識は、美容整形のオペみたいに一朝一夕に築かれるものではく、宇宙から引き継がれたDNAの研磨なのだろう。


「冬ばらの蕾の日数重ねをり」(星野立子)

一休みする明日は上野まで足を延ばし、東京国立博物館へ「みちのくの仏像」展を観に行く。東北の素朴な人間味を表情に湛えた仏様たち。東日本大震災の被災者たちに慈愛を注いでくれたそのお姿は、耐えて微笑む冬薔薇そのものに違いないと思っている。

疑問に思っていたこと。道に迷っているとか探し物をしているとか、見ず知らずの困った人がなぜ自分を見つけて寄ってくるのか、私と同じ不思議を抱えている人も多いだろう。そこで前回の終電エピソードを補足する記事を、同じ境遇である方たちの幸せのために書くことにした。

最終の逗子行きを待つ品川駅のホーム。徹夜仕事で疲れているのでどうしても座りたい。金曜の最終はグリーン車でも座れないことが多いので、椅子取り合戦には負けないぞ!と気合を入れて列に並んでいた時のことである。

小柄なお爺さんがよろよろしながらホームの端を歩いてきた。線路に落ちてもおかしくないほど明らかに酔っぱらっている歩き方だし、服装はホームレスみたいにボロボロで、みんな目を伏せて見て見ぬふりをしている。私だって早く通り過ぎて欲しいと思っているのに、ふとした瞬間からお爺さんはこちらに一直線で、「あのねぇ〜〜、グリーンの切符はどこ?」と声をかけてきた。

あらかじめスマホのモバイルスイカでグリーン券を買っている私は、ホームの売り場がどこか知らない。キョロキョロ見回しても列の乗客たちは知らんぷり。でも何だかそれっぽい機械が見えたので黙って指さしたところ、「あ、そう」とお爺さんは去って行った。

それから5分ほど過ぎてまた似たような状況に・・。お爺さんがどう見ても絶対に私を目がけて歩いてくる。買えなかったと言いがかりを付けられるのかと震えていたら、「おねえさん、グリーン買えたよ。ありがとね」とお礼を言いに来てくれたのだ。

架線トラブルで遅れた最終電車は超満員。座りたーい!と空席を探した私は奇跡的にも、とんでもない席(前回のブログをご参照)に座ることができた。お爺さんを最後までケアしてあげられなかったのを後悔して、やがて爆睡してしまった。

今になって思うに、あの人は神様だったのかもしれない。お正月に頑張って七福神巡りをした中にいた一人の神様かもしれない。グリーン車の温かいシートで睡眠を取りながら逗子まで帰って、友人のタクシー運転手が乗車待ちの列を離れて迎えに来てくれていて、すごく幸せな帰路だったと思う。

こうしてブログを綴る部屋の外からは春一番の強風が吹く音。それは幸せを大きく約束してくれる音だったら嬉しいなあと、いろんなものが寄ってくる自分を贔屓することにした。結局のところお人好しは、自分を幸せにしてくれる魔法なのかもしれないね。仕事へのオファーも増えた今、私と似たような境遇の人に、きっと良いことがあるよと告げたいための補足記事である。

毎年この時期になると仕事が溜まる。昼夜逆転生活を続けて10日ぶりに外出した昨日は、午後から新宿で大きな会議があった。真昼間の光を浴び、高層ビルを見上げるとクラクラして気が遠くなる。

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睡魔と闘いながら会議が終わると夕刻から懇親会。お酒が入ると元気の復活する私はその後の2次会にも参加して、横須賀線の下り最終電車を待つ品川駅のホームに立った。金曜の夜、しかもバレンタインデー前日とあってはグリーン車でも座れないかもしれない。

凍える寒さの中で15分待って電車が到着。8人掛けのコンパートメントに1席だけ空いているのを見つけ、幸運に感謝しながらドアを開けた瞬間に「しまった!」と思った。むわっとした強烈な匂いが漂っていたのである。一人の若者が焼肉弁当を食べており、あとの乗客の殆どはマスクを着用。申し訳なく思いつつ私もバッグからマスクを取出し、忍耐の仲間に加わった。

新幹線などの長距離電車は別として、最近はネットを見ていると電車内での飲食に批判的な声が多い。特に嫌がられるのはマックで、袋に入ったバーガーやポテトを持ち込んだだけでも「匂いのテロだ」と睨まれるほどだ。音はイヤホンで遮断しても、匂いからは逃げられず、マックマジックに食欲が刺激されるから余計に腹がたつのかもしれない。

かく言う私もマックポテトは年に数回、どうしようもなく食べたくなる時があった。しかし持ち帰りには躊躇するため、わざわざ車を運転して一袋を買いに行く。それが今は全く食べる気なし。ファストフード臭と言おうか化学調味料の匂いが鼻につくようになり、牛丼屋に至っては半径10メートル以内、息を止めて通り過ぎるほどになってしまった。

中国産の期限切れ鶏肉問題や異物混入問題が影響して、日本マクドナルドHDは1月の売上高が38%減、41年ぶりの営業赤字となった。27年12月期の業績見通しを未定とするばかりでなく、顧客のマック離れは世界で進行している状況だ。異物混入問題をマスコミが騒ぎ過ぎたせいという声もあるが、果たしてそれだけだろうか。新メニューや低価格を宣伝してもその場しのぎで、健康志向に背を向けた代わり映えしない商品が飽きられた結果のような気がするのだ。トランス脂肪酸がたっぷりのファストフードよりは、値段が高くても安心安全な手作りフードを食べたい人は増えている。

そういえばコンビニフードやデリバリーピザからも遠ざかったこの頃。原稿の締切が迫っていようと、楽しみな食事は冷蔵庫の野菜、肉、魚等から選んでキッチンで作る。油を使う料理は出来るだけ避けて、茹でたり蒸したりの低カロリーなメニューにする。あとは飲酒さえ止めれば良いと分かっているのだけど、アルコールの匂いが鼻につくようになる日はいつのことだろうか。

文筆業は夜型が多いと言われるが、ついに私も生活が昼夜逆転となった。マンションの長期修繕工事により朝8時過ぎから騒音に見舞われる。屋根からは頭を貫くような電気ドリルの音が絶え間なく響き、壁からは高圧洗浄で水がぶち当たる轟音。パソコンに向かっていても資料を読んでいても、耳がキーンとして頭がボーッ。集中力は1分と持たないことが判明した。長期修繕があることを分かってこの住まいを選んだのだから、管理組合や工務店の職人さんを恨むわけにいかず、ただひたすら4月末まで耐えるのみである。

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締切がある仕事なので、いっそ工事が終わるまで近くのホテルに泊まろうかとも考えた。しかし大量にある資料を箱詰めするのが面倒だし、騒音の中に愛猫を置いていくのは何より辛い。与六は窓から職人さんの顔を眺めて楽しんでいるようではあるが、足場という魅力的な巨大キャットタワーがあるため、何かの拍子で外に飛び出てしまったら取り返しがつかない。

もっと大きな問題として、ホテルに退避すれば身だしなみはどうする?ルームサービスを頼んでいては戴く原稿料を遥かに上回ってしまうし、ホームレスかと思われるボサボサ頭、毛玉だらけのルームウェアではコンビニに行くのもはばかれる。外に出るのはホテルのフロアに設けられた自販機との行き来だけになると思われて、あまりの不健康さに断念した。今だったら人目につかない夜中にゴミ捨て場まで歩いて月と星を眺め、ちょっとしたストレッチ体操などもして海の香りが混じる空気を胸いっぱい吸っている。

さあて明日は日曜日、仕事の電話はかかって来ないな。夜通し原稿書きをして白々と明けてくる空を眺め、疲れと睡眠導入剤が騒音に勝った睡魔となり、現実逃避の面白い夢を見ることを邪魔されない曜日だ。それでも仕事の電話であれば「起きてますよ!」とハイテンションな返事をするのだけれど、井戸端話の「ちょっと聞いてよ!」だったりする分には、内容に関せず「へぇ〜、そうなの〜」と口だけマシーンと化してしまう。ごめんなさいね。

しかし不思議なのは真昼間に、しかも騒音のせいで眠り半分な私の隣で、与六がひっついて爆睡してくれること。小鳥の鳴き声には耳をピクピクと敏感なくせに、電気ドリルの音は気にしないのである。ディズニー映画じゃないけれど、この工事期間のあいだだけ猫と私が入れ替われたらいいなあと願いつつ、先々の楽しみは桜の咲くころ。締切が終わった春にお花見で飲んで騒ぎたいと思っておりますので、どうか声をかけて下さいね。

よしっ、無い知恵を絞りつつ朝までもう1本書くぞーっ!

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