May 18, 2013
小指を激打して裸足の季節
粗忽者の私は身体にアザが絶えたことがない。先日もベッドの脚にガツーンと足指をぶつけ、あまりの痛さに息を止めて転げまわった。石のように堅い木材で出来ている上に、ひっかけやすいカーブ。ベッドの横を通るときに気をつけなきゃと思いつつ、月に2〜3回はぶつけて悶絶状態になる。

ジンジン、ズキンズキンと響く痛みは一晩寝ても収まらず、翌朝は外出して10メートルほど歩いてすぐ家に引き返した。靴下を脱いでチェックしたら、黒紫色になった小指は腫れあがって倍の大きさ。ネット検索すると、薬指と一緒にテーピングしておくと治るという記事が見つかったのでさっそく試してみた。しかし夜になっても腫れには変化がない。
この出来事をFaceBookに書きこんだら沢山のコメント。整形外科に行くべきという経験者からのアドバイスに従い、あくる朝一番で、逗子の友人たちに評判の良い整形外科を訪ねた。待合室には20人ほどの高齢な患者さんたちがいて、自分の番は当分やってこないのを覚悟したが、9時の診察開始と共に皆さんは一斉にリハビリルームへ。整形外科、恐るべしだ。
私はすぐに名前を呼ばれて問診とレントゲン、あっという間に出た診断は「ほら見て下さい、ここにヒビが入ってますよ」。小指を横から撮ったレントゲン写真で、末節骨に斜めの亀裂が入っているのが分かる。「湿布しましょう。温めるのは良くないのでお風呂には長く入らないでね。3週間ぐらいで痛みは引きます。それまではサンダルを履いてください」って、たったそれだけ?
タクシーで家に戻ってまず実行したのは靴の衣替え。夏靴を引っ張り出して小指がフリーになるトングサンダル(鼻緒サンダル)を下駄箱に並べた。思いがけずやって来た裸足の季節。しばらくウォーキングはお預けだけど、せめて家の中では小まめに身体を動かそう。そして椅子から立ち上がった途端に机の脚にまたガツーン!ひひが入った同じ個所をぶつけて涙・涙・涙の粗忽者である。

ジンジン、ズキンズキンと響く痛みは一晩寝ても収まらず、翌朝は外出して10メートルほど歩いてすぐ家に引き返した。靴下を脱いでチェックしたら、黒紫色になった小指は腫れあがって倍の大きさ。ネット検索すると、薬指と一緒にテーピングしておくと治るという記事が見つかったのでさっそく試してみた。しかし夜になっても腫れには変化がない。
この出来事をFaceBookに書きこんだら沢山のコメント。整形外科に行くべきという経験者からのアドバイスに従い、あくる朝一番で、逗子の友人たちに評判の良い整形外科を訪ねた。待合室には20人ほどの高齢な患者さんたちがいて、自分の番は当分やってこないのを覚悟したが、9時の診察開始と共に皆さんは一斉にリハビリルームへ。整形外科、恐るべしだ。
私はすぐに名前を呼ばれて問診とレントゲン、あっという間に出た診断は「ほら見て下さい、ここにヒビが入ってますよ」。小指を横から撮ったレントゲン写真で、末節骨に斜めの亀裂が入っているのが分かる。「湿布しましょう。温めるのは良くないのでお風呂には長く入らないでね。3週間ぐらいで痛みは引きます。それまではサンダルを履いてください」って、たったそれだけ?
タクシーで家に戻ってまず実行したのは靴の衣替え。夏靴を引っ張り出して小指がフリーになるトングサンダル(鼻緒サンダル)を下駄箱に並べた。思いがけずやって来た裸足の季節。しばらくウォーキングはお預けだけど、せめて家の中では小まめに身体を動かそう。そして椅子から立ち上がった途端に机の脚にまたガツーン!ひひが入った同じ個所をぶつけて涙・涙・涙の粗忽者である。
May 16, 2013
最終電車で疲れ果てて
打合せが終わって、今夜の帰りは逗子行きの最終電車。品川からだとグリーン車でも座れないので、新橋から乗ることにした。約4分しかない乗り継ぎ時間を山手線ホームから走って、地下の横須賀線ホームまでエスカレーターをかけ降りた。するとアナウンスは「今度の1番線の電車は1時間10分遅れです」。列に並んだ人たちがギョッとして電光掲示板を見る。えっ、午前1時になるんですか!?
その後アナウンスは5分遅れだの1時間遅れだの滅茶苦茶な情報を発信し、結局は10分遅れで電車が到着した。隣の東京駅で人身事故があった影響と言うが、どうして正しい情報が伝わらないのだろう。たぶん駅員が焦ったあまり、録音された女性アナウンスの操作にミスったっのだろう。
切符の購入や時刻表調べなどのデジタル化は目覚ましく進歩したが、乗客対応のアナログ面は置き去りにされたまま。ラッシュ時はホームの端を歩いて電車に接触しそうになることも稀ではない。
日常化した人身事故。遅延証明は改札に並ばすとも携帯で入手できるとのポスター。なんだか私たち乗客の動向までも0か1かの2進法で、コンピューター管理されているように思える。
シーンとした座席でバリバリとお煎餅を食べ、周りの顰蹙(ひんしゅく)を買っているサラリーマンがとても人間らしく愛らしく感じた。
その後アナウンスは5分遅れだの1時間遅れだの滅茶苦茶な情報を発信し、結局は10分遅れで電車が到着した。隣の東京駅で人身事故があった影響と言うが、どうして正しい情報が伝わらないのだろう。たぶん駅員が焦ったあまり、録音された女性アナウンスの操作にミスったっのだろう。
切符の購入や時刻表調べなどのデジタル化は目覚ましく進歩したが、乗客対応のアナログ面は置き去りにされたまま。ラッシュ時はホームの端を歩いて電車に接触しそうになることも稀ではない。
日常化した人身事故。遅延証明は改札に並ばすとも携帯で入手できるとのポスター。なんだか私たち乗客の動向までも0か1かの2進法で、コンピューター管理されているように思える。
シーンとした座席でバリバリとお煎餅を食べ、周りの顰蹙(ひんしゅく)を買っているサラリーマンがとても人間らしく愛らしく感じた。
May 14, 2013
イタリアンレストランで食べる和食
昨日はウォーキングのあと逗子のJJ.MONKSで晩御飯。ここはイタリア料理がメインのダイニングバーでありながら、オーナーの思いつきで時々変わったメニューが登場する。黒板の品書きを見て、迷わず注文したのは「〆サバのサラダ」。サバは見る見る鮮度が落ちる「足がはやい」魚だけど、逗子では釣りたてが食べられるので安心だ。
白ワインの肴にベストマッチなサラダは、分厚い〆サバの切り身と大根や海藻、トマトなどがさっぱりと和えられた和風の味。久保田の生原酒もあったりして、この店は何料理屋だか分からなくなるけれど、ゴダイゴのトミー・スナイダーがカウンターで賄いのおでんを食べている姿に遭遇した時は、逗子の愛すべき食堂であることを実感した。

そして今夜は友人と共に住宅街の奥にあるKatsu'sへ。逗子の草分けとも言えるイタリアンレストランで、前東京都知事やそのご子息もよく訪れる。厨房の手前にはロングノーズのフェアレディZが飾られ、体育会系のように元気の良いスタッフたちが鍋を振る様子を見ると入らずにはいられない。
ここでいつも注文するのは魚のカマ焼き。今夜はフッコ(大きさはスズキかも)の頭を焼いて貰った。パリパリに焼けた皮に香草と唐辛子が乗って、ほぐした身と混ぜ合わせながら食べると超美味なのである。どう見てもイタリア料理ではないが、ジャンルにこだわらずに魚に合ったいちばん美味しい調理法で出してくれる心意気が素晴らしい。

ああまた食べ過ぎちゃった・・と、腹ごなしに歩いて家まで帰り、パソコンを立ち上げて仕事の続きをするのは切ないが、ワインのほろ酔いで原稿書きも進むというものだ。都会では有り得ない食生活に恵まれた環境に満足しながら、第二の人生はぜひ逗子で!と声高らかに宣伝したい。
白ワインの肴にベストマッチなサラダは、分厚い〆サバの切り身と大根や海藻、トマトなどがさっぱりと和えられた和風の味。久保田の生原酒もあったりして、この店は何料理屋だか分からなくなるけれど、ゴダイゴのトミー・スナイダーがカウンターで賄いのおでんを食べている姿に遭遇した時は、逗子の愛すべき食堂であることを実感した。

そして今夜は友人と共に住宅街の奥にあるKatsu'sへ。逗子の草分けとも言えるイタリアンレストランで、前東京都知事やそのご子息もよく訪れる。厨房の手前にはロングノーズのフェアレディZが飾られ、体育会系のように元気の良いスタッフたちが鍋を振る様子を見ると入らずにはいられない。
ここでいつも注文するのは魚のカマ焼き。今夜はフッコ(大きさはスズキかも)の頭を焼いて貰った。パリパリに焼けた皮に香草と唐辛子が乗って、ほぐした身と混ぜ合わせながら食べると超美味なのである。どう見てもイタリア料理ではないが、ジャンルにこだわらずに魚に合ったいちばん美味しい調理法で出してくれる心意気が素晴らしい。

ああまた食べ過ぎちゃった・・と、腹ごなしに歩いて家まで帰り、パソコンを立ち上げて仕事の続きをするのは切ないが、ワインのほろ酔いで原稿書きも進むというものだ。都会では有り得ない食生活に恵まれた環境に満足しながら、第二の人生はぜひ逗子で!と声高らかに宣伝したい。
May 09, 2013
攻撃してくるニオイについて
夕方の山手線。すいているドアを選んで乗り込むと乗客たちの様子がおかしい。みんな何かに耐えるように顔をしかめて沈黙しているのだ。その原因は優先席を独占したホームレス。身体を小刻みに震わせながらブツブツと文句を言い、垢まみれのドス黒い肌からは強烈な悪臭が立ちのぼっている。次の駅で降りるまでの3分間は息をするのも辛かったが、彼の近くの普通席にいる人たちは、よく移動せずに座っていられるものだと不思議でならなかった。
そして乗り換えた横須賀線の中でも悪臭の不意打ち。またホームレスかと周りを見渡すと、発生源は私の隣に座っている学生風の若者なのである。服装はジーンズにジャケット、イヤホンで音楽を聴きながらスマホをいじっている姿は普通なのに、腐ったような酸っぱい系のニオイを身体から撒き散らしている。何日お風呂に入っていないのやら、髪もベッタリと固まって、家族や友人に指摘されないのだろうか。
潔癖症だった私の父はニオイに敏感で、最低でも一日5回はシャワーを浴びていた。不快なニオイを嗅ぐとクシャミを連発して鼻をズルズル言わせていたのは嗅覚過敏だったのかもしれない。その症状は私にも少々遺伝したようで、絶対に受け付けないのがデパートの化粧品売り場のニオイだ。特に香水の匂いは敵対心を持つほどに許せないのである。
先日も馴染みの飲食店で白ワインを飲んでいたとき、鼻が曲がりそうなほど香水を振りかけた女性客に遭遇した。店内にいる全員が目を白黒して、窓もドアも全開。しかし本人からだけでなく、離れた場所でハンガーにかけたコートからも激しく匂って、お酒も食事も喉を通らない。もしかしてホームレスに勝るとも劣らない体臭を消すためなのだろうか、慣れて嗅覚が麻痺しているのだろうか、拳を使わずとも周りをノックアウトできる殺人的なニオイであった。
人は長年にわたって馴染んだ自分のニオイには気づかないという。口臭が酷かった昔の彼に「歯医者さんに行ってる?」とソフトに聞いたらムッとされ、しばらく音信不通になったことがあった。ニオイ問題はデリケートであるがゆえ、プライドを傷つけないように教えてあげるのは非常に難しい。それと同時に自分は大丈夫なのかも気になるところ。猫は人間のニオイに敏感というが、与六が顔を寄せてフガフガ嗅ぎに来たときには要注意と思うことにしよう。
そして乗り換えた横須賀線の中でも悪臭の不意打ち。またホームレスかと周りを見渡すと、発生源は私の隣に座っている学生風の若者なのである。服装はジーンズにジャケット、イヤホンで音楽を聴きながらスマホをいじっている姿は普通なのに、腐ったような酸っぱい系のニオイを身体から撒き散らしている。何日お風呂に入っていないのやら、髪もベッタリと固まって、家族や友人に指摘されないのだろうか。
潔癖症だった私の父はニオイに敏感で、最低でも一日5回はシャワーを浴びていた。不快なニオイを嗅ぐとクシャミを連発して鼻をズルズル言わせていたのは嗅覚過敏だったのかもしれない。その症状は私にも少々遺伝したようで、絶対に受け付けないのがデパートの化粧品売り場のニオイだ。特に香水の匂いは敵対心を持つほどに許せないのである。
先日も馴染みの飲食店で白ワインを飲んでいたとき、鼻が曲がりそうなほど香水を振りかけた女性客に遭遇した。店内にいる全員が目を白黒して、窓もドアも全開。しかし本人からだけでなく、離れた場所でハンガーにかけたコートからも激しく匂って、お酒も食事も喉を通らない。もしかしてホームレスに勝るとも劣らない体臭を消すためなのだろうか、慣れて嗅覚が麻痺しているのだろうか、拳を使わずとも周りをノックアウトできる殺人的なニオイであった。
人は長年にわたって馴染んだ自分のニオイには気づかないという。口臭が酷かった昔の彼に「歯医者さんに行ってる?」とソフトに聞いたらムッとされ、しばらく音信不通になったことがあった。ニオイ問題はデリケートであるがゆえ、プライドを傷つけないように教えてあげるのは非常に難しい。それと同時に自分は大丈夫なのかも気になるところ。猫は人間のニオイに敏感というが、与六が顔を寄せてフガフガ嗅ぎに来たときには要注意と思うことにしよう。
May 04, 2013
美しい日本語で喋ること
連休の合間の平日、地下鉄にスーツ姿の男女が乗ってきた。憤った女性が同僚と思わしき男性に対して、上司への怒りをぶちまけている。自社への謗言を公共の場で語るのは如何かと思うが、それ以上に眉をひそめたくなる言葉があった。「うちらだって一生懸命やってるのに」「うちらの会社って古いよね」と連発する「うちら」が、ひどく品のない喋り方に聴こえてしまうのだ。
関西では自分たちのことを「うちら」と呼ぶ。方言の一部として喋っているのは違和感ないのに、標準語の主語として「うちら」が出てくるとヤンキー言葉みたいに感じてしまう。今の20代にとっては小学生の頃から口にしていた代名詞らしいし、学園ものアニメにも普通に使われているが、ミッション系女子校育ちのオバサンには理解不能。男女共学の学校へ行けなかったことへのコンプレックスかもしれないが、男子生徒が女子生徒を苗字で呼び捨てにするのも好きではない。彼女のご両親の前でも呼び捨てにできるのか。
そんなことを考えていた折り、昨夜は小津安二郎監督の作品「東京物語」を観た。敗戦からの復興期にあった昭和28年の東京は工場の煙突から黒い煙が立ち上り、狭い住居に煎餅布団、客間もない暮らし。下町が舞台なのでお世辞にも綺麗な街とは言えなかったが、ひとつだけ感心したものがある。当時の人々の礼儀正しい言葉遣いだ。
家族であっても目上の人にはきちんと敬語を使う。子どもが汚い言葉を吐いたら母親が「許しませんよ。お父様が帰っていらしたら叱って戴きましょう」と厳しく躾ける。質問に答えるときは曖昧でなく、まず「はい」「いいえ」をしっかりと言う。原節子の唇から発せられる敬語には聡明さと気品が満ち溢れ、言葉が清らかな水になって画面に流れているように感じられた。もしも彼女が「うちら」なんて人称を使ったら、「永遠の処女」と呼ばれることはなかっただろう。


時代は変遷して、喋り言葉は自由になった。より新しいギャル語やネット用語を使うのがイケていると思われる。しかし私は相手が迷惑な電話セールスであろうと、タメ口どころか、誇りある日本語を使いたい。親しい人にも水くさくない程度の敬語で、「○○してくれる?」よりは「○○してくださる?」、「わたし」よりは「わたくし」の方が喋っていて心地良いのだ。
この連休は古い日本映画を観ながら言葉の研究。時代劇に出てくる「なれど」「されど」もお気に入りだが、さすがに平成の世では使えず、いつかギャル語として復活してくれるのをこっそり期待している。
関西では自分たちのことを「うちら」と呼ぶ。方言の一部として喋っているのは違和感ないのに、標準語の主語として「うちら」が出てくるとヤンキー言葉みたいに感じてしまう。今の20代にとっては小学生の頃から口にしていた代名詞らしいし、学園ものアニメにも普通に使われているが、ミッション系女子校育ちのオバサンには理解不能。男女共学の学校へ行けなかったことへのコンプレックスかもしれないが、男子生徒が女子生徒を苗字で呼び捨てにするのも好きではない。彼女のご両親の前でも呼び捨てにできるのか。
そんなことを考えていた折り、昨夜は小津安二郎監督の作品「東京物語」を観た。敗戦からの復興期にあった昭和28年の東京は工場の煙突から黒い煙が立ち上り、狭い住居に煎餅布団、客間もない暮らし。下町が舞台なのでお世辞にも綺麗な街とは言えなかったが、ひとつだけ感心したものがある。当時の人々の礼儀正しい言葉遣いだ。
家族であっても目上の人にはきちんと敬語を使う。子どもが汚い言葉を吐いたら母親が「許しませんよ。お父様が帰っていらしたら叱って戴きましょう」と厳しく躾ける。質問に答えるときは曖昧でなく、まず「はい」「いいえ」をしっかりと言う。原節子の唇から発せられる敬語には聡明さと気品が満ち溢れ、言葉が清らかな水になって画面に流れているように感じられた。もしも彼女が「うちら」なんて人称を使ったら、「永遠の処女」と呼ばれることはなかっただろう。


時代は変遷して、喋り言葉は自由になった。より新しいギャル語やネット用語を使うのがイケていると思われる。しかし私は相手が迷惑な電話セールスであろうと、タメ口どころか、誇りある日本語を使いたい。親しい人にも水くさくない程度の敬語で、「○○してくれる?」よりは「○○してくださる?」、「わたし」よりは「わたくし」の方が喋っていて心地良いのだ。
この連休は古い日本映画を観ながら言葉の研究。時代劇に出てくる「なれど」「されど」もお気に入りだが、さすがに平成の世では使えず、いつかギャル語として復活してくれるのをこっそり期待している。
April 29, 2013
裏鎌倉を歩くゴールデンウィーク
ゴールデンウィークの鎌倉は駅もバス乗り場も人で溢れかえっている。平日は閑古鳥の鳴いている飲食店に長蛇の列ができて、観光客も国際色豊か。世界遺産に登録されるか否か、ユネスコの決定が6月に迫っている。



しかし一人歩きには賑やかなメイン通りではなく、一本裏通りへ入れば普段のままの静けさ。花盗人ならぬ花撮人になって、民家の軒先に咲く花たちをデジカメに収める。



鎌倉えびすの大覚寺は商売繁盛を祈願する人たちで混んでいるので、その向かいにある妙本寺へ。1260年に創建された日蓮宗の本山で、国木田独歩が「鎌倉妙本寺懐古」にて「夕日いざよふ妙本寺 法威のあとを弔へば 芙蓉の花の影さびて 我世の末をなげくかな」という寂寞とした詩を残している。

しかし私は夕日と芙蓉の妙本寺よりは、初夏の昼間に新緑を鑑賞しに訪れるのが好き。山門をくぐると両側には背の高い木立が続いて、向こうから人力車が走ってくる風景が様になる。裏山が迫った谷戸に建つ古刹を眺めながら、何も考えずにボーッと座っているのが心地良い。若緑のモミジの葉が風にサヤサヤと揺れる音を楽しんで、大町四つ角の和菓子屋で買ってきた柏餅を頬張る。



我が家と鎌倉間は歩いて30分ぐらいの距離だ。キャップをかぶりスニーカーを履いて、行きも帰りもウォーキングに励むとちょうど良い運動になる。久しぶりに見た鯉のぼりに子ども心を取り戻し、大潮の材木座海岸に降りて磯遊び。道草ばかりでカロリーの消費は期待できないけれど、こうしてブログを通して裏鎌倉の案内人になれたら本望である。





しかし一人歩きには賑やかなメイン通りではなく、一本裏通りへ入れば普段のままの静けさ。花盗人ならぬ花撮人になって、民家の軒先に咲く花たちをデジカメに収める。



鎌倉えびすの大覚寺は商売繁盛を祈願する人たちで混んでいるので、その向かいにある妙本寺へ。1260年に創建された日蓮宗の本山で、国木田独歩が「鎌倉妙本寺懐古」にて「夕日いざよふ妙本寺 法威のあとを弔へば 芙蓉の花の影さびて 我世の末をなげくかな」という寂寞とした詩を残している。

しかし私は夕日と芙蓉の妙本寺よりは、初夏の昼間に新緑を鑑賞しに訪れるのが好き。山門をくぐると両側には背の高い木立が続いて、向こうから人力車が走ってくる風景が様になる。裏山が迫った谷戸に建つ古刹を眺めながら、何も考えずにボーッと座っているのが心地良い。若緑のモミジの葉が風にサヤサヤと揺れる音を楽しんで、大町四つ角の和菓子屋で買ってきた柏餅を頬張る。



我が家と鎌倉間は歩いて30分ぐらいの距離だ。キャップをかぶりスニーカーを履いて、行きも帰りもウォーキングに励むとちょうど良い運動になる。久しぶりに見た鯉のぼりに子ども心を取り戻し、大潮の材木座海岸に降りて磯遊び。道草ばかりでカロリーの消費は期待できないけれど、こうしてブログを通して裏鎌倉の案内人になれたら本望である。


April 27, 2013
生活スタイルのリセットをする連休
近頃すこぶる肌の調子が良い。締め切りに追われて昼夜逆転していた生活を改め、何がなんでも朝は6時に起きるようにしたら、夜は早めに眠気が襲ってくる。午後10時から午前2時までは睡眠の質が最も良い時間であり、脳から若返りホルモンが分泌されるという説は本当だったようだ。洗顔のあと化粧水すらつけずに放っておいても、自然に肌が潤ってくるのが嬉しい。
早寝早起きで得をしたのは使える時間が倍に増えたこと。トータルな時間は夜中に起きていた以前と変わらなくても、午前中は仕事・読書・掃除・ガーデニングなど何をしても効率が良くバッチリ片付くのである。本や雑誌を一冊余分に読むことが出来て、夜の早寝が美容のゴールデンタイムなら、早起きした午前は教養を身に付けるための知的ゴールデンタイムになった。もっと若いうちに習慣付ければ良かったと思いつつ、今からでも遅くないと自分を叩きなおすことにした。
日産の社長カルロス・ゴーンは朝7時に出社するというが、それはフランスのエリート養成高等教育機関であるグランゼコールで全寮制寄宿生活を送ったからであり、欧米の厳然とした階層秩序において上位に立つ者は、寄宿学校で暮らしながら上流社会の生活法・礼儀作法を徹底的に仕込まれる。
首相を19人も輩出したというイギリスのイートン校では朝から燕尾服を着て礼拝に臨み、授業は週に35時限で宿題もたっぷり。夜はディベートか演劇鑑賞、コンサートのどれか一つに必ず参加しなければならないという。テレビを見たりゲームで遊んでいる暇なんて全くないのだ。
今日からスタートした連休は、私にとって生活スタイルをリセットするためのゴールデンウィーク。昨年の連休は不摂生がたたって身体を壊し寝込んでいたが、今年は大丈夫。自分で出来る範囲で家のメンテナンスも頑張りたいし、新しい事業の構想も練りたい。毎日のウォーキングとストレッチで筋肉を蘇らせるのはもちろん、脳をリフレッシュするためにアルコールを控えるのは真っ先に取り組みたいけれど、むむむ、これが一番の難問だ。
ブランチの冷えたビールを我慢したベランダで、ウグイスの鳴き声を聴きながら、さあさあ計画実行に向けて出発進行である。


早寝早起きで得をしたのは使える時間が倍に増えたこと。トータルな時間は夜中に起きていた以前と変わらなくても、午前中は仕事・読書・掃除・ガーデニングなど何をしても効率が良くバッチリ片付くのである。本や雑誌を一冊余分に読むことが出来て、夜の早寝が美容のゴールデンタイムなら、早起きした午前は教養を身に付けるための知的ゴールデンタイムになった。もっと若いうちに習慣付ければ良かったと思いつつ、今からでも遅くないと自分を叩きなおすことにした。
日産の社長カルロス・ゴーンは朝7時に出社するというが、それはフランスのエリート養成高等教育機関であるグランゼコールで全寮制寄宿生活を送ったからであり、欧米の厳然とした階層秩序において上位に立つ者は、寄宿学校で暮らしながら上流社会の生活法・礼儀作法を徹底的に仕込まれる。
首相を19人も輩出したというイギリスのイートン校では朝から燕尾服を着て礼拝に臨み、授業は週に35時限で宿題もたっぷり。夜はディベートか演劇鑑賞、コンサートのどれか一つに必ず参加しなければならないという。テレビを見たりゲームで遊んでいる暇なんて全くないのだ。
今日からスタートした連休は、私にとって生活スタイルをリセットするためのゴールデンウィーク。昨年の連休は不摂生がたたって身体を壊し寝込んでいたが、今年は大丈夫。自分で出来る範囲で家のメンテナンスも頑張りたいし、新しい事業の構想も練りたい。毎日のウォーキングとストレッチで筋肉を蘇らせるのはもちろん、脳をリフレッシュするためにアルコールを控えるのは真っ先に取り組みたいけれど、むむむ、これが一番の難問だ。
ブランチの冷えたビールを我慢したベランダで、ウグイスの鳴き声を聴きながら、さあさあ計画実行に向けて出発進行である。


April 20, 2013
フレネミーに振り回された3年間
FriendにしてEnermy、親友のふりをした敵を「フレネミー」と言い、女性に多い。私はこのフレネミーに3年間振り回されてきたが、やっと完全に遠ざかったことを昨日知った。
彼女との出会いは、友人たちと一緒に2009年12月に開いたライブパーティー。行きつけのバーで知り合った男性客がエスコートしてきたのが初対面だったが、挨拶したとたん私の着ているワンピースを褒めまくる。しかも何度も回れ右をさせられて「素敵な方ねぇ、後ろが」と「後ろ」を強調しまくった。二次会の席でもまた同じことを言われ続け、要するに前からは見られない容姿って意味なのかと悟ったのである。
しかし独り所帯で友だちがいないという彼女は、何かと私に近付きたがった。女1人でも行ける飲食店や飲み仲間たちを紹介し、イベントがあれば声をかけ、都内のクローズドパーティーにもゲストとしてお誘いした。1年かけて分かってきた性格は、自分の生い立ちを決して話さないこと、そして「モノ」「カネ」の自慢を始めたら止まらないこと、そこに「ヒト」の話題は入ってこないこと。何か厳しい過去があるのだろうと推察しつつも、私に対して笑顔を向けてくれることが嬉しかった。
それからも機会あるごとに彼女への友だち紹介作戦は続き、実業家の集まる某ボランティアクラブへ入会できるよう推薦し、これで彼女の事業も私生活も順風満帆になると手を取り合って喜んだ。「貴女には足を向けて寝られないわ」なんてお世辞に照れる私は、豚も木に登るお人よしだ。しかしその年の暮れ、私の誕生日会でまさかの事実が発覚したのである。
テーブル席の中心に私が座り、隣に彼女、その隣に仲間うちで最も若い男性が座って、約2時間のパーティー。彼女は私に背を向け、その男性を独り占めして喋り続けた。「何を喋ってたの?」と後から彼に聞いてびっくり。「ずっとゆり子さんの悪口でした」。皆で撮った集合写真を見て更にびっくり、花束を抱えてカメラに向かってVサインをする私を鬼のような形相で睨みつける彼女が写っていた。飲み放題のワインで自制心が無くなっていたのだろうか。その席で私は奢って貰えたのに対し、彼女は会費を取られたことに腹を立てて先に帰ってしまった。
しかし年が明けて我が家での新年会にやってきた彼女は、臆面もなく大はしゃぎ。ここでも給仕に忙しい私の聞こえないところで悪口を繰り返していたそうだが、もっと驚いたのは推薦した某ボランティアクラブでの発言の数々。いったい何処に根拠があるのか、私は大法螺吹きのとんでもない極悪人にされていたのである。
それ以降はそのボランティアクラブに関わることもなく、何度かブログに書いたように人間関係を整理する1年を過ごしてきた。そして昨年の末に晴天のへきれき。ボランティアクラブの親分から「いや〜、君が正しかったことが今になって分かったよ。彼女は人の悪口ばかり言うので、クラブの中じゃ総スカンだよ」と、あらためて親交を復活しようというお誘いがあったのである。大騒ぎしすぎて店に叱られたが、昔の友人たちが戻ってきたのは嬉しい。
昨日のこと、彼女がそのクラブを先月で退会したのを知り、散々な目に遭った3年間を振り返った。そして出てきた結論がフレネミーだ。livedoorの"Peachy"に載っているフレネミーチェック全てに当てはまっている。
思い起こせば、最初出会ったとき言われた皮肉「素敵な方ねぇ、後ろが」で、その性格には気付いていたはずである。これだけ生きてくればファーストインプレッションが外れることは殆どないのだと自らの甘さを認め、せめてもカウンセラーとしての知識が実体験によって増えたことをプラスとしたい。
彼女との出会いは、友人たちと一緒に2009年12月に開いたライブパーティー。行きつけのバーで知り合った男性客がエスコートしてきたのが初対面だったが、挨拶したとたん私の着ているワンピースを褒めまくる。しかも何度も回れ右をさせられて「素敵な方ねぇ、後ろが」と「後ろ」を強調しまくった。二次会の席でもまた同じことを言われ続け、要するに前からは見られない容姿って意味なのかと悟ったのである。
しかし独り所帯で友だちがいないという彼女は、何かと私に近付きたがった。女1人でも行ける飲食店や飲み仲間たちを紹介し、イベントがあれば声をかけ、都内のクローズドパーティーにもゲストとしてお誘いした。1年かけて分かってきた性格は、自分の生い立ちを決して話さないこと、そして「モノ」「カネ」の自慢を始めたら止まらないこと、そこに「ヒト」の話題は入ってこないこと。何か厳しい過去があるのだろうと推察しつつも、私に対して笑顔を向けてくれることが嬉しかった。
それからも機会あるごとに彼女への友だち紹介作戦は続き、実業家の集まる某ボランティアクラブへ入会できるよう推薦し、これで彼女の事業も私生活も順風満帆になると手を取り合って喜んだ。「貴女には足を向けて寝られないわ」なんてお世辞に照れる私は、豚も木に登るお人よしだ。しかしその年の暮れ、私の誕生日会でまさかの事実が発覚したのである。
テーブル席の中心に私が座り、隣に彼女、その隣に仲間うちで最も若い男性が座って、約2時間のパーティー。彼女は私に背を向け、その男性を独り占めして喋り続けた。「何を喋ってたの?」と後から彼に聞いてびっくり。「ずっとゆり子さんの悪口でした」。皆で撮った集合写真を見て更にびっくり、花束を抱えてカメラに向かってVサインをする私を鬼のような形相で睨みつける彼女が写っていた。飲み放題のワインで自制心が無くなっていたのだろうか。その席で私は奢って貰えたのに対し、彼女は会費を取られたことに腹を立てて先に帰ってしまった。
しかし年が明けて我が家での新年会にやってきた彼女は、臆面もなく大はしゃぎ。ここでも給仕に忙しい私の聞こえないところで悪口を繰り返していたそうだが、もっと驚いたのは推薦した某ボランティアクラブでの発言の数々。いったい何処に根拠があるのか、私は大法螺吹きのとんでもない極悪人にされていたのである。
それ以降はそのボランティアクラブに関わることもなく、何度かブログに書いたように人間関係を整理する1年を過ごしてきた。そして昨年の末に晴天のへきれき。ボランティアクラブの親分から「いや〜、君が正しかったことが今になって分かったよ。彼女は人の悪口ばかり言うので、クラブの中じゃ総スカンだよ」と、あらためて親交を復活しようというお誘いがあったのである。大騒ぎしすぎて店に叱られたが、昔の友人たちが戻ってきたのは嬉しい。
昨日のこと、彼女がそのクラブを先月で退会したのを知り、散々な目に遭った3年間を振り返った。そして出てきた結論がフレネミーだ。livedoorの"Peachy"に載っているフレネミーチェック全てに当てはまっている。
- 嫉妬心が強い
- 常に自分と他人を比べている
- 彼氏の切れ目がなく、相手に合わせる恋愛傾向がある
- 人の真似をしたがる
- 自分が一番じゃないと気がすまない
- 悪口を言っていた人と平気で仲良くする
- 10年以上、付き合いがある友達がほとんどいない
- 自己顕示欲が強い(自分大好き)
- 褒め言葉に混ぜて、グサっとくる言葉を言う
- 周囲から社交的だと見られている
- 知り合ったばかりの人には親切で良い人に見える
- 打算的に人間関係を築く
思い起こせば、最初出会ったとき言われた皮肉「素敵な方ねぇ、後ろが」で、その性格には気付いていたはずである。これだけ生きてくればファーストインプレッションが外れることは殆どないのだと自らの甘さを認め、せめてもカウンセラーとしての知識が実体験によって増えたことをプラスとしたい。
April 16, 2013
人身事故が頻発する不安
朝9時30分に家を出たのに、未だに恵比寿までたどり着けない。今朝7時過ぎに大船駅で起きた人身事故の影響で列車ダイヤは滅茶苦茶だ。
前がつかえた横須賀線は東戸塚駅でストップ。戸塚駅まで戻って東海道線に乗り換えたほうが 早いというアナウンスに従ったが、戸塚駅ではホームに人が溢れ、情報が錯綜して大混乱である。
昨夜も人身事故で帰りの電車が乱れたが、淡路島の地震や北朝鮮のミサイル、ボストンマラソンでの爆発など尋常でないことが続きすぎだ。
こういうときは地球の磁場が乱れているので、天災・人災に注意が必要。気を引き締めて行きましょう!
前がつかえた横須賀線は東戸塚駅でストップ。戸塚駅まで戻って東海道線に乗り換えたほうが 早いというアナウンスに従ったが、戸塚駅ではホームに人が溢れ、情報が錯綜して大混乱である。
昨夜も人身事故で帰りの電車が乱れたが、淡路島の地震や北朝鮮のミサイル、ボストンマラソンでの爆発など尋常でないことが続きすぎだ。
こういうときは地球の磁場が乱れているので、天災・人災に注意が必要。気を引き締めて行きましょう!
April 12, 2013
透明人間になった不思議な午後
朝パソコンを立ち上げた時に必ずチェックする占いがある。楽天的な性格のため1時間もすれば内容を忘れてしまうのだが、その日は特別。「神も仏も自分も消える」といったショッキングな文面だったのである。予定表を見れば横須賀の主治医のところへ定期健診に行く日で、もしかすると北朝鮮から米軍基地にミサイルが飛んでくるのでは?と不安がよぎる。さもなければ事故に遭う?脳卒中で倒れる?とりあえず車の運転はやめて電車で病院まで行くことにした。
比較的すいている待合室で診察の順番を待っていると、気味の悪い出来事。待合室の椅子は背もたれのない四角いスツールで、普段はみんな受付に向かって座っているのに、わざわざ私に向き合い膝がつくほど接近して座る患者がいる。やがて1人増え2人増えして、私の周りに輪ができる不思議な座り方となった。なんだろう、人気運?(なわけないか)。ゾッとしたのは誰もが生気のない暗い表情であり、春なのにゾクゾクッと寒気すら感じてしまうほどだった。
診察を終えた帰りの電車でも変な出来事が起きた。席がパラパラと空いているに関わらず、突撃するかのように私に密着して座る中年女性。間をあけて横にずれると彼女も一緒に付いてくる。ムッとして横顔を眺めてみると能面のように無表情で、こちらに関心があるとは思えない。もしかしてドッキリカメラと思ったが、降りるまで15分ほど攻防を繰り返しても看板は出てこなかった。
こういう変な日はまっすぐ家に帰れば良いものを、逗子に着いた条件反射でフラフラと行きつけの店へ。これが大失敗だった。女性客がポツンといるだけのカウンターに座るとやたら陰気くさい。急に吐き気が込み上げ、ワインも食事も残して店を飛び出してしまった。明るくて清潔な店なのにその日に限って気の流れが悪く、心にカビが生えそうな気がしたのは何だったのだろう。
「神も仏も自分も消える」とは、ひょっとして自分が透明人間みたいな存在になることだったのだろうか。その日はオーラが消えて邪悪なものを周りに寄せてしまったのかもしれないと思いつつ、不幸になる人を見てしまったという後味の悪さが拭えない。手のひらを透かして今はオーラが戻っているのに安心したが、経験したことのない不思議が次々起きる現象への回答は出ずじまいである。
比較的すいている待合室で診察の順番を待っていると、気味の悪い出来事。待合室の椅子は背もたれのない四角いスツールで、普段はみんな受付に向かって座っているのに、わざわざ私に向き合い膝がつくほど接近して座る患者がいる。やがて1人増え2人増えして、私の周りに輪ができる不思議な座り方となった。なんだろう、人気運?(なわけないか)。ゾッとしたのは誰もが生気のない暗い表情であり、春なのにゾクゾクッと寒気すら感じてしまうほどだった。
診察を終えた帰りの電車でも変な出来事が起きた。席がパラパラと空いているに関わらず、突撃するかのように私に密着して座る中年女性。間をあけて横にずれると彼女も一緒に付いてくる。ムッとして横顔を眺めてみると能面のように無表情で、こちらに関心があるとは思えない。もしかしてドッキリカメラと思ったが、降りるまで15分ほど攻防を繰り返しても看板は出てこなかった。
こういう変な日はまっすぐ家に帰れば良いものを、逗子に着いた条件反射でフラフラと行きつけの店へ。これが大失敗だった。女性客がポツンといるだけのカウンターに座るとやたら陰気くさい。急に吐き気が込み上げ、ワインも食事も残して店を飛び出してしまった。明るくて清潔な店なのにその日に限って気の流れが悪く、心にカビが生えそうな気がしたのは何だったのだろう。
「神も仏も自分も消える」とは、ひょっとして自分が透明人間みたいな存在になることだったのだろうか。その日はオーラが消えて邪悪なものを周りに寄せてしまったのかもしれないと思いつつ、不幸になる人を見てしまったという後味の悪さが拭えない。手のひらを透かして今はオーラが戻っているのに安心したが、経験したことのない不思議が次々起きる現象への回答は出ずじまいである。

