文章で稼ぐ贅沢

作詞からプログラミングまで、文字を並べて生きる物書きのひとりごと @ 逗子

知性と個性のファッション計画」を遂行するために、この週末は徹底的な断捨離に励んだ。服の数は記憶できる範囲内に留めなきゃと未練を断ち切り、45リットル袋4つ分もの服を資源ゴミ行きにしたのである。クリーニングタグが付いたブランド服は惜しいけれど、質の良い品は選別して海外に送られると聞き、サイズが合わないものは何処かで再利用されるよう望みを託した。

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被災地に送るという手段もあっただろう。しかし5年前にボランティアで石巻に行ったとき、衣類の入った段ボール箱が幾つも道路に放置されているのを見て、古着を送るのは失礼にあたると認識した。もしも私が被災者の立場だったら新品が欲しいし、どんな状況にあろうと人間の尊厳は対等だと思いたい。

大量のゴミ出しをしている姿を誰かに目撃されたら、勿体ないと非難されるかもしれないが、他人からどう見られるかは気にしないことにした。心理学者のアドラーが言う「他者からの承認を求め、他者からの評価ばかりを気にしていると、最終的には他者の人生を生きることになります」が胸に刺さるからだ。

人生は一度きり。他人の忠告に従って何もしなかったことを後悔するか、暴走して失敗したことを後悔するか、私は後者を選ぶ。過去には絶対戻れないのだから、たとえ明日死ぬとしても今がスタート地点だし、自分の行いに責任を取れるのは自分しかいないのだ。

今回の熊本地震ではネット上で、芸能人の言動に対する「不謹慎狩り」が横行した。被災地に多額の寄付をすれば「偽善と売名だ」、家が倒壊して現地情報を発信すれば「愚痴りたいのはお前だけじゃない」「可哀想な私アピールがイラつく」などの批判が寄せられ、炎上騒ぎになる。まるで戦時中のアカ狩りみたいだ。

しかしその一方では、被災者がTwitterで発信した「被災時に要らないもの・・・自粛ムード、不謹慎連呼、被害の悲惨さばかり流すテレビ」が倍速で広まった。こちらのほうが正論だと、今度は一斉にネット民叩きが始まる。みんなストレスが溜まっているのかな。

人間一人ひとり個性が違うのだから価値観が違って当たり前なのに、どうして偏らないといけないのか。右向け右! 左向け左! この指とまれ現象に振り回された集団は、やがてゾンビの魔法が解けて、自分の世界に帰っていくのは目に見えている。

「あなたは他者の期待を満たすために生きているのではない。そして他者もまた、あなたの期待を満たすために生きているのではない。他者の視線に怯えず、他者からの評価を気にせず、他者からの承認も求めない。ただ自分の信じる最良の道を選ぶ」
「その選択によってもたらされる結末を、最終的に引き受けるのは誰なのか」

アドラーの言葉を念仏のように唱えながら、自分の頭のハエだけを追わなきゃ。戦うべきは他人ではなくて、成長の足りない私なのだ。まずは自分に信頼を寄せ、思い悩む前に行動した今日に花丸を付けることにしよう。

ランの代表格、シンビジウムが肉厚の花を咲かせている。ベランダに放置したまま時々の水やりだけで、夏の炎天下と冬の風雪に耐える強さだ。しかし今回は花芽が1本しか出ず、あの時みたいに天変地異の予兆かと気になっていた。

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どんなに手入れをしても、全く花芽が出なかったは5年前。3月11日に東日本大震災が発生して、根元でメジロが死んでいるのを発見した。鉢に飛び込んだのは地震の前か後か、それからすぐに福島第一原発のメルトダウンが起こった経過はブログに記してある。植物と動物は何かを感じていたんだろう。

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その年の暮れからまたシンビジウムは花芽を付け始め、春になるたび見事な花を咲かせた。スマホの緊急地震速報が鳴り響くような揺れは減っていき、警戒していた心が緩んでいく。喉元過ぎれば熱さを忘れる。空を見張って地震雲をアップすることも、いつしか止めてしまった。

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放っておいても花は毎年元気に咲くはず。しかし今年はなぜ1本だけなのか、首を傾げていたところに熊本地震が発生。4月15日の震度7から揺れは収まらず、震源は九州の中央部を中央構造線に沿って移動している。川内原発を停止しない政府にはネット上で批判が相次ぎ、ニュースの震度マップには鹿児島県が表示されないことへの疑問視まで出ているほどである。

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原子力防災担当相を兼務している丸川環境相は「原子力規制委員会において停止させる必要はないと判断されている」と報告。「今回の地震で川内原発において観測された地震動は最大で12.6ガルとなっている。これに対し、原子炉運転中に自動停止させる設定値は80〜260ガルに設定されている。さらに同発電所は新規制基準への適合性審査で620ガルの地震動を受けたとしても、安全上重要な機能は確保されることを確認している」がその理由だ。

はぐらかしのお手本みたいな報告だけど、分かってないな。国民が求めているのはコンピュータが計算した理論上の安心ではなく、揺れが収まらないことで高まっている心理的ストレスを軽減する篤実さではないのか。

政府は熊本県内の旅館やホテルに5000人分の部屋を用意し、食料品切れの小売店に70万食を届けるように要請した。事後対策として「今そこにある危機」に手を回し、カネの流れを途絶えさせない手段であるが、「明日起きるかもしれない危機」へはどう先回りするんだろう。生き物である人間が本能として持っている予知能力は、負のオーラが纏まると最悪の現実さえ引き起こしかねない。1000年以上の歴史がある阿蘇神社が崩落したことで、得体のしれない恐怖感に苛まれている人は相当数いるはずだ。

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活断層を刺激して、このまま震源が中央構造線上を移動していけば川内原発だけでなく、東には伊方原発がある。16日に起きたマグニチュード7.3が本震だと断定できるのか、もっと大きいのが来るかもしれないと不安とトラウマを抱えて、今夜も車で寝泊まりしている人たちがいる。その予感が当たった上に原発事故が起きた際には、寸断された道路を逃げるのは困難だ。

国会討議で、安心安全の言葉を何度も耳にしてきた。しかし不祥事が報道されるたびに閣僚は交代し、自分自身の安心安全さえ見えていない。植物と動物と国民はもっと感度の高いアンテナを持っているぞ。自民党政権の時に大地震は起きないという神話が崩れてしまった今、国民の心に寄り添った安心安全を与えてほしいと願わずにいられない。

: 追記 2016年4月20日 21:55
生暖かい外気。地震が心配な空です。

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テレビで時代劇を見て、昔の人たちが旅をするシーンで不思議に思うことがある。目的地まで何日も歩くのに、どうしてあんなに荷物が少ないんだろう。着替えを詰め込むスーツケースもリュックもなく、女性だって小さな風呂敷を背負っているだけだ。

ラフカディオ・ハーンの『心 ― 日本の内面生活の暗示と影響』には、昔の日本人を綴ったこんな一文がある。
「日本人が長旅を準備するには、5分もあれば充分である。なぜなら、彼らには必需品というものが少ないからだ。束縛されず、家具もなく、最小限の衣類で生きられるという彼らの才能は、日々が戦いである人生において、この国民の優位性を見事に表している」

う〜ん、今の日本には5分で長旅の準備ができる人はいないだろうな。昼間の観光はジーンズにスニーカー、レストランのディナーはワンピースとパンプス、他にもアクセサリー、メイク・ヘアケア道具、インスタントの食料、スマホのバッテリーチャージャーなど、カートに詰め込んでコロコロ引っ張るのが当たり前の姿だ。ラフカディオ・ハーンが賞賛した才能は、文明開化で和装から洋装へ変わった時代で途絶えたように思う。

余分なものを持たないミニマルな生活に憧れる私にとって、目下の悩みは服装計画。2013年の秋に、クローゼット半分の洋服を捨てる断捨離を決行したのはいいけれど、いきなり痩せたことで、この春は着るものに困っている。

脇の肉がはみ出てしまうノースリーブ、ボタンを留めるとハチ切れそうなシャツ、息を止めないとホックが閉まらないパンツ・・・、どんな高級ブランドであろうがエイヤッ!と捨てた。細身の服を二度と着られる機会はないと思ったからだ。

ところが禁酒してから自然に減っていった体重は、5カ月目にしてマイナス8kg。スウィーツをドカ食いしても太ることはなく、これ以上痩せることもなく、毎朝測る体重はきっちり同じ。服のサイズは11号から7号へ、手持ちの9号サイズもゆったりめで着られるのだが、薄着の季節は肩が落ちていると貧相に見える。

困って開いてみたのは封印していた衣装ケース。値札付きのまま捨てきれずにいた服を、スリムになって着てみれば、自分で言うのも何だが凄く似合う。しかし大いに悩むのが「流行」なのだ。一世を風靡したアバクロ(Abercrombie & Fitch)のTシャツは、着ても恥ずかしくないのか。ネット検索すると若者たちからの不人気さゆえ、ロゴマーク入りの商品を廃止しているという。

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おしゃれな湘南人たちが集う行き付けの店で、「アバクロって今も着てる人いる?」と聞いてみた。するとカウンターの隣に座っていたファッション関係者が勇気のある返事をくれた。「僕だったらここぞとばかり、A&Fのデカいロゴが入ってるのを着て歩きますよ。似合ってるんならいいじゃないですか!」

そうだよね、流行の先端を行く服を買い漁ることだけがおしゃれじゃないんだ。一番人気のブランドでしか自分を表現できないのは個性を無くしてる。量が必要なのはコーディネートの知性を逸してる。「最小限の衣類で生きられる」という昔の人たちの優位性は、自分にフィットする色と素材、カッティングの良さを追求して選んだ一枚を、手入れして大切に着続けること。その点で言えば体形が変わっても着られた和服って、なんて理にかなった衣類なんだろう。

とりあえず買い物に行くのは中止。最後まで残った手持ちの服に、知性と個性をプラスして着こなす方法を考えるのを、この春夏のテーマにしたいと思う。

2カ月間に渡って苦しんだ原稿書きがやっと終わった。来週から次の仕事が始まる前に、山積みになった資料を片付けて、部屋を春モードに切り替えよう。まずは椅子に被せていた電気掛け布団「おひとりさまっと」を洗濯することにした。

ついでにリビングのソファーに敷いたタオルケットを洗おうとしたら、ぬくぬくを好む与六が抵抗する。一日の大半を寝て暮らせる猫が羨ましいにゃ。働かず、お金がかからず、人間関係の煩わしさから解放された暮らしはできないものか。飽食の生活に引き算を取り入れたい。

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一人住まいなのに電気代が月2万円を超える我が家。パソコンに向かって徹夜するワーキングスタイルのせいなのか、改善せねばと思っていた矢先に見たテレビ番組『情熱大陸』に釘づけになった。「電気代月200円、風呂1日おき、食事は干し野菜…元記者の節電生活から学ぶ"暮らしのヒント"」、稲垣えみ子さんというフリーランサーの暮らしぶりが目から鱗だったのである。

28年勤めていた大手新聞社を「肩書から解放されたいから」の理由で退職。都内の古い賃貸マンションに住み、冷蔵庫も洗濯機もないどころか、都市ガスの契約もしていない。肉や魚は家では食べずに、道端で摘んできた野草を天日に干したのをカセットコンロで調理して、おひつに保存したご飯と一緒にいただく。調理に使った水はベランダで育てている野菜に与え、自宅の浴室は使わずに銭湯へ。暖房に関しては「周りを暖めず、自分が温まる」で、湯たんぽや厚着で寒さをしのぐそうだ。

朝は欠かさず近所のカフェに行き、新聞を読んだり執筆活動をしたり。5階の自宅に戻るときもエレベーターは使わずに足を使って上り下りしている。東日本大震災の原発事故を機に取り組んできた節電生活は、アンプラグドと題したコラムで注目された。夫なし、子なし、無職の50歳であることを選んだのは何のため? 日々生きることが冒険で、本当の幸せはどこにあるのかを追及したいのだという。

「どうなるか分かんないですよ、どこかで路頭に迷ってみたいなことが有り得るわけで」と本音を語る稲垣さんの1年後が気になる。私も真似したい、でもその機会が訪れることはないのを知っている。

もし与六がいなかったら、全てを手放して海外の小さな村に引っ越していたかも・・・の「もしも」は有り得ない。飼い主に頼るしか術のない小さな命の頭を撫でながら、とりあえずはこの子を守るために頑張るのが、今の私の人生だ。

次に生まれ変わったときは絶対に猫になって、一生面倒見てくれる人を探すからね。ベランダに干していた掛け布団を取りこんだら、すかさず与六がピョーン。ゴロンゴロンと転がって幸せそうに目を細めた。

朝から花曇り。うすら寒くても風はなく、鎌倉はこの週末がお花見のピークだろう。改修工事を終えて通行が再開した鶴岡八幡宮の段葛は、観光客でぎっしりと埋まっているはずだ。私もウォーキングに出かけなきゃと思いつつ、徹夜疲れが溜まって身体を動かす元気がない。諦めて部屋着のままスマホを持ち、一番近いソメイヨシノを見に行くことにした。パソコンに向かって家籠りしている間に、浦島花子になってしまったような。

公園の端、マンションの敷地にひっそりと咲く1本。めったに人が通らない階段に腰を下ろして、逗子で迎える10回目の春に挨拶する。ここ数年は観桜会や友人たちとの宴会をパスして、ひとり花見をすることが多くなった。出不精になったわけじゃなく、満開の桜が美しければ美しいほど、帰ってこない思い出に胸が痛むからだ。

東京に住んでいたころ、気の置けない地元仲間で徒党を組み、恒例行事としていた洗足池のお花見が懐かしい。携帯電話で場所取りや買い物の指示を出し、酔っぱらいグループを仕切っていたのはもうこの世にはいない彼だ。

うっかり斜面に陣取ったおかげで、崖下に転がっていく缶ビール。足が痺れてお尻が冷たくなるビニールの敷物。今年は失敗だったと笑いながら、降り注ぐ花吹雪に息を止めた一瞬の静寂。
「桜を見るのはこれが最後かなあ」
末期がんの余命宣告を受けていた彼がポツリと呟いた。「絶対に来年も見られるよ」と勇気付けて、それ以上は何も言えずにみんなで薄桃色の枝を眺める。その後はどうしたのやら、日が暮れて周りの屋台に灯りがともった時で記憶をシャットアウトしたらしい。

さくら さくら
やよいの空は 見わたす限り

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この場所は春が遅いのか。今日はまだ満開に至っていない一本桜と、歌詞が途中までしか思い出せない童謡で夕方を迎えてしまった。「さくらさくら」をスマホで検索しながら、原稿書きが待っている部屋に戻る。ダメだなあ、こんなおひとりさま。

かすみか雲か 匂いぞ出ずる
いざやいざや 見にゆかん

来年こそはノルマを早めに上げて、誰かとお花見に出かけよう。遅ればせながら恋の花を咲かせたくなった、目指せ!脱センチメンタルの4月である。

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アンチエイジングは一生のテーマ。一昨日NHKで放送された番組「これが体の新常識 若さと美のヒミツ」を見て、新たな課題が増えた。それは血管力を維持することである。

美肌のポイントは身体をくまなく走っている「毛細血管」にあり、皮膚の繊維芽細胞に栄養を運んでコラーゲンを生成する。しかし年齢と共にゴースト化して、毛細血管を守る壁細胞が剥がれ落ちることにより、70代では4割が消滅してしまうらしい。その結果は肌が陥没してシワとなり、いくら高級化粧品を擦り込んでも、コラーゲンは上皮から吸収されるものではない。

壁細胞を毛細血管にくっ付けておくには、天然の接着剤が必要。その成分に類似した食材として、沖縄でゴーヤチャンプルに振りかける「ピーヤシ」がある・・・と、これを聞いた瞬間にGoogle検索をかけてみた。別名ヒハツ、Long Pepperというスパイスで、S&Bからもパウダーとして販売されている。

さっそくamazonにアクセスしたところ既に売り切れだったので、石垣島の特産品を売っているページで「ビバーチ」なるものを注文した。5〜6日で届くはずが大誤算。発送元からのメールには「ご注文いただきました商品は、テレビ放映の影響で 只今注文が大変殺到しております。製造が追いつかない状況となっており 出荷までに約2〜3週間程度かかる見込みです」と書かれている。凄い、みんな一斉注文したんだ!

しかしピーヤシ以外にも、同じ効果を発揮する食材があるのを聞き逃さなかった。それはシナモンとルイボスティーだ。冷蔵庫に保管していたシナモンスティックで、ルイボスティーをかき混ぜるという技にトライ。これで夜中にパソコンに向かう時も、口寂しさを和らげて美肌対策になる一石二鳥の飲み物ができた。

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女性ホルモンを活性化させる恋愛には今のところ縁がないが、4か月目に入った断酒と美容食材選びも、ダイエットと若返りには効果を上げている(と思う)。モチベーションアップのために恥ずかしい過去を晒して、どれだけ変化したかの写真を載せておこう。最初が2009年、次が2013年、最後が3日前(2016.3.21)に撮った写真だ。頭の先から爪先まで固形石鹸だけで洗うボティケアも始めて、この数か月で顔は化粧水さえ要らなくなり、髪は艶々になった。

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アンチエイジングに塗る・切る・注すは要らない。新たに試みるシナモンスティックに効果はあるか、意を決してスタートしたお金要らずの美容法を続けて公開していきたい。

雨上がりの空気がぬるんだ日曜日。なまった身体をほぐしにウォーキングに出かけたいが、締め切りに四苦八苦する状況から抜け出せない。明日は仲間内のミニ・パーティーがあるので、徹夜明けのゲッソリした顔を晒さないよう、早めに片付けたいところだ。

そしてもう一つ、何としても時間を取りたいのが3月26日のコンサート。横浜市磯子区民センター(杉田劇場)で行われる、杉劇リコーダーずの定期演奏会だ。彼らは6歳〜85歳まで、46名のメンバーからなる異世代リコーダー・アンサンブルで、地元のみならず日本全国へ演奏活動に出かけ、東日本大震災の復興支援活動も行っている。

私の作詞した「赤いやねの家」を定番にしてくれているご縁で、昨年末に新作を一つ書き下ろした。長年コンビを組んでいる上柴はじめさんのメロディーに詞をつけた「あなたの笑顔」という曲である。

デモを聞いて印象的だったサビの部分にまずは、♪ 笑って! なんだか曇った顔してる 今日よりも 明日はうんといい日だよ ♪ の歌詞をはめ込み、後から全体を構成する作り方にしてみた。何もないところから詞を書くより、この方式が私には百倍も簡単なので、1時間かからずに完成したと思う。

コンサートに向けて歌劇団まで編成したと聞き、どんな演奏がステージに繰り広げられるかが楽しみだ。あくまでも演奏者が主役で、作者は裏方仕事。これまで人前に出たことは殆どなかったが、照れくさいことに今回は壇上でトークコーナーが用意されているらしい。これこそ徹夜明けでは行けないな。

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暑さ寒さも彼岸まで。ニュースによれば、ソメイヨシノが例年より4日早く開花した。1週間後に聴ける「あなたの笑顔」が、ますます沢山の春を運んでくれるように願っている。

締め切りが目前に迫っても原稿が書き上がらない。遅筆の原因は単純明快で「書きたくないから」に尽きる。自由気ままに書ける随筆やフィクションならパソコンに向かう意欲が湧いてくるのだが、他人の論旨を代弁するスピーチ原稿は肩の荷が重い。

嫌で仕方がなくても生活の糧は必要。頭の中ではプロットを組み立てながら、身体は無理やり他の用事を見つけて逃げ回り、真夜中に書き始めるのが現在のパターンだ。朝8時に完了してメール送信した昨日はついに熱が出たが、風邪の症状はなかったのでたぶん大人の知恵熱だろう。

こんなときこそ健康に気を配らなくちゃ。運動はサボっているしストレスは相変わらずだが、禁酒生活が4か月目に入った今は生活習慣病を引き起こす要因がかなり減った。それに気を良くして健康志向はさらに高まり、美容に関しても以下のミニマル化を実行している。

  • 髪・顔・身体は固形石鹸で洗う

  • amazonでマルセイユ石鹸(マリウスファーブル社のオリ-ブ200g)を購入。髪は泡で2度洗いし、シャンプーブラシで石鹸カスをしっかり洗い流したあとに、ねば塾のクエン酸を溶いたお湯でリンスしている。
    洗顔はメイクを落としたいとき時だけ石鹸で、基本は水洗顔のみ。乾燥している日はマリアナ・キチェットの保湿スプレー"Moisturizing Mist Complex"を吹きかけて終わりだ。成分は天然保湿因子を含んだ水なので安心である。

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  • 口さみしいときは葛湯を飲む

  • お酒の代わりに蕎麦茶・緑茶・コーヒー・ルイボス茶などをガブガブ飲んでいたが、さすがに飽きてきた。氷が苦手なので温かい飲み物となれば限られる。そこで思いついたのが葛湯で、南九州の本葛100%(微粉末)を購入した。マグカップに大さじ1杯を少量の水で溶いた後、お湯を足して飲んでみたら美味しくて腹持ちが良い。最初はハチミツで甘みをつけていたが、今は葛のみでイケるようになった。
    葛にはイソフラボンやサポニンが大量に含まれており、美肌・血流改善・ダイエット・肝機能アップに効果がある。

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  • 加工商品を食べない

  • 食料品は週1回の生協宅配を利用しているが、購入金額が半減した。それは化学調味料や人工甘味料、保存剤の入った食品を避けて、野菜・肉魚・海藻・納豆などのシンプルな食材だけ頼んでいるからだ。
    外出時にも、何が入っているか分からないファストフードや持ち帰り総菜には近寄らない。食べて帰るなら馴染みの店に寄り、清潔なオープンキッチンで作った野菜たっぷりの料理をいただく。飲み物はシンビーノのジャワティーにすれば、見た目はワインっぽい。

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肌と口から入ってくるものを厳選した暮らし。徹夜しても復活は早く、肌はすべすべ、トイレは快調、就寝時に足が吊ることは皆無となった。長年お世話になっている薬剤師から「むくみがすっかり消えましたね。若くなって別人みたいです」と褒められるのはお世辞でも嬉しい。

桜の季節が近づき春めいてきた今、次なる美容の課題は紫外線対策だ。紫外線は皺とたるみを生み、日焼けしてシミを隠す裏技が通用するのはアラフォーまで。とは言え、せっかく海のそばで暮らしているのだから太陽と親友でいたいジレンマがある。石鹸だけで洗い落とせるノンケミカルな日焼け止めを探して、締め切りをクリアした後にはお洒落して外に出たいなあ。

うむむ。いくら美容に気を配っても、見せる人がいなければ寂しいと気付いたのは、何かが足りないアンチエイジングかもしれない。そっぽばかり向いてないで、ママを褒めてよ、ねえ与六。

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お人好しのエピソード。
飲み仲間に「今日30円しか持ってないんだよ」とポケットの小銭を見せられて、その日の勘定を全部持ったことがある。彼は1000万円を超える年収があるのを後に知り、冗談を真に受けた自分が間抜けに思えた。酔っぱらいの戯言はご破算という暗黙のルールがあるなら、KYな私はやはりお酒をやめて正解かもしれない。

しかし真昼間でもお人好しにはアクシデントが降りかかる。締め切りを抱えて焦りまくっていた先日、恵比寿での用事を済ませて駅までダッシュした。湘南新宿ラインの逗子行きまであと2分しかない。自動改札機にスイカをタッチしようとしたら、あれ、幼稚園ぐらいの女の子が前に佇んでいる。「どうしたの?」と声をかけると、「お母さんがいないの・・・」と涙をいっぱいに溜めた顔が振り向いた。もう一度周りを探してごらんと促しても、お母さんらしき姿は見当たらず、とりあえず改札口の端にある事務室に向かった。

ブースの若い駅員さんは、早口でまくしたてる外国人客への応対で忙しい。合間を見て「迷子なんです」と何度か声をかけると、「分かりました。構内放送で流しますので、置いて行ってください」の短い返事。隣で足を震わせている女の子は行先の駅名を教えてくれるが、しゃくりあげて泣いているので言葉が聞き取れない。「大丈夫よ、お母さんが来るまで一緒にいるから」と手をつなぎ、何時間でも待つしかないと心に決めた。締め切りに遅れる言い訳には嘘くさいなと、クライアントへの謝罪方法を考えながら。

5分ほどして遠くから「アンタ、何してんの!」という声が聞こえ、お母さんらしき人が手招きしている。「モタモタしてるからでしょ!」と叱りつけて、後を追いかける女の子と共に走り去ってしまった。そして駅員さんは未だ事務室から出て来ず、次の湘南新宿ラインはあと30分後で、取り残されたのは私だけ?

電車が来たら空いている先頭車両に乗って、逗子まで眠って行こう。シートの端っこを確保して爆睡体制に入ったが、現実は甘くなかった。駅に停まるたび、隣に座ったお婆さんが「ここどこ?戸塚に着いた?」と聞いてくるのである。仕方ないので戸塚まで目を開けてお喋りに相槌を打ち、お婆さんが無事に降りて行ったのを見届けた。

どうしてこうなるのか、自業自得かな。きっと私はポケットに最後の30円しかなくても、誰かに奢ってしまうタイプだろう。でもそれは見栄を張っているんじゃなく、ケチになりたくないからだ。

ケチとは節約家を言うのではなく、思いやりのない人を言うのだと思っている。「ありがとう」「お疲れさま」の言葉を口にするのさえケチる、心の渋ちんだ。どこかのサイトに「ありがとう」の反対語は「あたりまえ」と載っていたが、他人が自分のために動いてくれるのを当たり前と思っているうちは、きっと一番欲しいものが手に入らない。

でもね、子育て中のお母さんなら許す、人生をいっぱい歩んできたお婆さんなら許す。
昼下がりのホームで電車を待っている間、心がほっこりする贈り物を神様がくれた。それは春のように暖かな日差し。もうすぐ線路際にソメイヨシノと菜の花が咲き始めるのを空想して、心の中にパステルカラーの絵を描くのは楽しい。

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小さな贅沢と幸せを目指してお人好しが行く。明日は都内で会議だけれど、どうか帰りの電車で爆睡できますように(*^^)v

昼間の気温が15度を超えると、逗子にはTシャツの季節がやってくる。禁酒と仕事でこの冬は家籠りが多かったが、うららかな日差しに誘われて薄着で外出したくなる。友人たちがFacebookにアップした梅の花に感化されて、ピンクのシャツが着たいとクローゼットを開ければ、暗く寒々しい色ばかり。一気に衣替えをしたい衝動にかられるが、まだコートを片付けるには早いかな。

3か月で7垳採未靴燭海箸如皆さんから「お尻が小さくなったね」「ウエストがくびれたね」と嬉しい言葉をいただくこの頃。おしゃれ欲が湧いてくるのに反比例して、頭を悩ますのは着られるものが激減したことである。3年前に思い切ってクローゼット半分の洋服を捨てたことが、今となって惜しまれるようになった。

あのとき断捨離した理由は、太って服のサイズが小さくなったこと、老けてベージュなどの曖昧な色が似合わなくなったことだった。先々痩せることなんてあり得ない、若返ることはもっとあり得ないと信じていたのに、その「まさか」が起きてしまったのである。今や上着もパンツもゆるゆるになり、あまり太陽に当たらなかったせいで皺やシミまで減った。

断捨離しそこなったパステルカラーの綿シャツを着てみると、あれ、違和感がない。二の腕の弛みもどこかへ消えてパツパツ感がなくなった。この不可思議な状況は、枯れたはずの植物が息を吹き返し、花まで咲いてしまった・・・と言うべきか(花坂婆さん?)。よれたTシャツだってパールのネックレスを合わせれば外出着になる。なんだか新生した気分。

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3月に入った金曜日、久しぶりに街に出てみようかなあ。書き上げた原稿をメールで送り、今日のノルマを達成した解放感が背中を押す。うす曇りの空からピーヒョロロと鳴くトンビの声が、遠く過ぎ去ったティーンエイジの春を喚起させた。

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